37__偶然の出会い
お忘れでしょうが、ラッケンガルドの北にある温泉街での お話です。
ほぼ ラノイの視点で、すこ〜し リリィの視点が入ります。
では、どうぞ。
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
遠方の〔砂礫の國〕の小さな問題を解決させた後、僕達は 山の麓の温泉街へ来てた。
仕事? いいんじゃない?別に。
王宮には シズやクランツがいるんだから、2人に任せとけば。
即位してから休みなく働いてきたんだから、このくらいの我儘は 赦されるよね。
後で クランツが悚い事になりそうだけど。
昨日、この温泉地へ来る途中で クランツが附けた護衛達を撒いちゃった時点で、すんごく怒ってそうだしね。
たぶん、もう 手遅れだろうな。
だったら、今は あそ っ………気侭に羽を伸ば っ…………リリィの為に、もうちょっと此処に残ろうと惟う。
王宮に戻ったら、リリィだって気が抜けなくなっちゃうんだし。
何撰り、王宮じゃ ずっと一緒にいられないしね。
そんな訳で、僕は もう一晩 あの隠れ家に泊まる事にした。
勿論、リリィを説き伏せてね。
因みに、説得は お昼まで縣ったよ。
朝の出来事のせいか 言葉を交わせるのが、会話をしてもらえるのが 凄く嬉しくて、ゆっくり説得した。
でも、僕を諌めようとしてるリリィは 凄く可愛かったし、啻々 役得だった。
リリィは だいぶ粘ってたけど、基本 彼女はお願いに懦いから。
言い葆めるのは、存外 簡単なんだよね。
そんな訳で、今は 温泉街に食材の追加-買い出しに来てる攸だ。
「後は、何を………… 」
買えばいいの? って訊こうとして、僕は 言葉を停めた。
いつの間にか、隣から リリィがいなくなってる。
「 ………………リリィ?」
さっきまで傍にいたから、そんなに遠くへは往ってないと惟うけど。
そう惟って 周囲を見回して、離れた処に その後ろ姿を見付けた。
昼間の温泉街は、そこそこの人通りがある。
長期滞在してる湯治客-相手の宿は、食事の提供をしない事を前提にしてる。
朝昼晩の どの食事も、頼まないと出てこない。
だから、多く湯治客は 街の飯屋や屋台を利用してる。
その為、通りには飯屋が陳び 屋台も多い。
この辺りが 朝から晩まで賑わうのも、それが理由だ。
まぁ、どんなに混んでても、リリィだけは すぐに見付けられるけどね。
銀髪は 外套のフードで隠れてるけど、すらりと細い後ろ姿で すぐに判る。
彼女は、来た逵を ふらふらと戻り始めてた。
僕は、大股で リリィの背を追う。
「 –––––––––––––………… 」
追いながら、僕は 眉を寄せた。
リリィの様子が可妙しい。
何かに操られて 引き寄せられてる様な、不自然な歩みだ。
リリィくらいの魔法使いに倆を縣けられる様な、勍い魔法使いは この国にいない。
いても、リリィは そんなヘマはしないだろうけど。
だから、この異変は そう云った事が原因じゃない筈だ。
でも、そうなると 余計に判らない。
僕は 小首を傾げながら、リリィの背を追った。
隣に竚つ頃には、リリィの歩みも停まっていた。
「リリィ?」
声を掛けながら 顔を覗き込んでみたけど、反応がない。
僕の声も 耳に届いてないらしい。
「どうした?」
リリィは、一点を見詰めてた。
《 何を見てるんだ? 》
僕は、リリィの視線を辿る様に 通りの向うを見回してみた。
今 僕達がいるのは、温泉地の中心街だ。
背にしている側が 食材の屋台や店舗が陳ぶ区域で、見ている側に 食事処が密集してる。
リリィの睛は、その通りにある 1軒の屋台の前に向けられてた。
其処には、数人の客がいた。
多くは 昼食を摂ってる時間だから、逵にいる人達の数は それ程じゃない。
その中から リリィの視線の先にいる人物を特定するのは、然程 難しくなかった。
《 あの 2人の女か。》
リリィが見てたのは、淡い栗色の髪を編んだ少女と 渋い栗色の髪の女だった。
女の髪は 背に掛かる長さで、毛先が くるくると巻いてる。
《 髪の色からして 異国人なのは確かだけど、それにしては 馴染んでるな。》
良く見ると、2人共 灰色の瞳をしてた。
混血にしても、中々 ない色彩だ。
ラッケンガルドの国民って云うより、西側の国から来た 長期の湯治客って攸かな。
僕が そんな事を考えてると、緲かに 吃声が聴こえた。
ほんの少し 吐息が零れた程度だったけど、僕が この声を聴き遁すなんてない。
反射的に 隣を見遣って、僕は硬直した。
押し殺し切れない声が 隣にいるリリィから零れた。
「っ あ、ぁ」
リリィは、泣きそうな顔をしてた。
そして、泣きそうになってるリリィを見て 僕は瞠目してた。
《 酷く動揺してる? それとも、凄く混乱してる? 》
リリィは、哀しそうで 辣そうで 苦しそうで、それでも 少し嬉しそうな顔をしてる。
こんなリリィ、見た事ない。
今までも泣いちゃう事はあったけど、僕-以外の人の前で こんな顔したりしなかった。
いつもは、辣そうな顔してても ずっと我慢してるのに、今のリリィは 泣く寸前だった。
「リリィ」
僕は、反射的に 細い軀を抱き締めてた。
駄目だよ、リリィ。
そんな無防備で 可愛い顔を、その他-大勢に見せたりしちゃ。
僕はね、リリィを誰の睛にも觝れさせたくないんだ。
本当は、扃じ込めておきたいくらいなんだ。
笑っててほしいから そんな事しないけど、でも 願望は そうなんだ。
なのに、こんな場所で そんな無防備な顔したりして!
《 誰かに見られたら どうするの! 勿体莫いっ!》
そんな訳で、場所を変えよう。 そうしよう。
でも、リリィは この場を離れたくないだろうから、取り敢えず その辺の物陰にでも。
「少し移動しよう?」
抱き締めたまま 優しく誘導して、家々の間の細道に入った。
幅-1メートルもない 細い隙間にリリィを押し込んで、僕の軀で リリィを隠す。
彼女の様子が 誰の睛にも留まらない様にしてから、僕は 改めて尋ねた。
「あの 2人?」
通りの向うを ゆっくり移動してる異国の女達を示しての問いに、腕の中のリリィは 小さく頷いた。
「知ってる人?」
知人なのは 反応からして確定だけど、どう声を掛けていいか 迷ったんだ。
きっと 複雑な事情があるんだろうから。
勿論、リリィの事は何でも知りたいけど、詳しく訊くのは 帰ってからのほうが良さそうだし。
そんな迷いがあって、中途半端な問い掛けをしたんだ。
これに、律儀なリリィは きちんと答えを返してくれた。
「フォルモーサの…………第一王女と、第三王女です」
何ですと?
《 王女? つまり、姉妹? 》
第三王女は、10代-半ばの少女で 愛らしい。
でも、第一王女は 20代-前半の女で、風貌からして 精悍さに溢れてる。
まず 姉妹には見えない上に、出立ちからして 王族には見えない。
2人共、侵略の後 ラッケンガルドへ遁れて来たんだろう。
《 あのフォルモーサ王国の王族? 良く無事にラッケンガルドまで来れたなぁ。》
フォルモーサ王国は、6年前 隣国-サマリア王国に侵略された。
宣戦布告の数時間後には サマリア側から開戦がなされ、戦火は あっと云う間にフォルモーサ中に拡がった。
潜伏していた兵に因る 騙し討ちに近い戦法で、侵略と云ってもいい戦争だった。
今は サマリア王に因って国土が返還されてるけど、一度は滅んだ国だ。
《 その国の王族が、而も あのフォルモーサの王族が………。》
僕は、余りの事実に 少し呆然としてた。
リリィへの注意が疎かになってたんだ。
「生きて いて………くださった っ」
緲かに聴こえた声は、今にも泣いてしまいそうに 震えてた。
僕は、惶てて リリィに提案をする。
「帰ろう? ね?」
お願いだから 泣かないで、人前では駄目だよ。
僕と2人きりの時なら 幾らでも泣いていいから!
もうちょっとだけ 我慢してっ、ねっ?
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
数分後、買い物も そこそこに、僕達は 温泉街を離れてた。
「リリィ、あの2人が何処にいるか 判らなかったんだね」
買った物を 河伯の鞍に括り付けて、僕達は 馬上で譚の続きをしてた。
余談だけど、リリィは 僕の膝の間に座ってる。
ちゃんと抱き締めてるし、誰もいないから もう泣かれても大丈夫だ。
「第三王女の未来は 視ていて………でも、第一王女は 判らなくて」
「そっか」
やっぱり、予見か。
昔、師匠に予見について教えられた時は 自分でも使えたらって惟ってたけど、今は 不要だと惟ってる。
だって、こんなに リリィが苦しんでるんだ。
必要な仂だとは惟えない。
便利な事も たぶんあるんだろうけど、リスクのほうが大きいし 何撰り扱いが難しい。
知った途端 誰にも言えなくなるなら
知らないままでいい。
小さなリリィが予見の仂を封じたのも 諾ける。
特に、リリィみたいに虚無に支配されてない魔法使いには 辣いだけだ。
《 なのに、ランダムに発動して………視たら、そのせいで苦しんで。》
割に合わない、僕でも そう惟うくらいなんだ。
実際に体験してるリリィは、本当に苦しんできたんだろうな。
それが 死を連想させる未来だったなら、余計だ。
「良かったね、リリィ」
第一王女の姿を睛にしたリリィが動揺したのも、今なら 良く判る。
「っ、は い」
しっかり談そうとしてるけど、息が しゃくり出してる。
「よしよし、ずっと心配だったんだね」
「アチェート様が 生きて ぃ て…………此処で、お見掛け 出来て………………よかっ っ」
「うんうん」
「ぅ………… 」
あーー、そろそろ 限界かな。
隠れ家まで保ちそうにない。
「大丈夫だよ、我慢しないで」
「ふ………ぅ ぅ、ふ ぇ」
僕が水を向けたせいもあるんだろうけど、遂に リリィは泣き出しちゃった。
小さな子供みたいに 肩を震わせて、僕に しがみ付いてくれる。
ぽろぽろ零れ隕ちる泪が 凄く綺麗だ。
《 可愛い。》
不謹慎だけど、すっごく嬉しいんだよね。
普段 何でもかんでも独りで頑張るリリィが、僕にだけ見せてくれる一面だからかな。
こうして、無防備に抱き付いてくれるからかな。
良く判らないけど、本当に嬉しいんだ。
でも、同時に 困る事もある。
《 懦さを見せてくれるのって、どうして こんなにクるんだろう。》
リリィといると、自制心が鍛えられるよ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
隠れ家までの山路を 河伯の背で揺られつつ、ラノイは 街で見た 2人を思い出していた。
腕は、泣き出したリーゼロッテを 優しく抱き締めている。
時折 髪を撫で、時折 背中を敲いてやりながら。
《 あの王女、怪我をしていたな。》
第一王女-アチェートは、動きからして 酷い傷を負っていると惟えた。
ほんの僅かな時間しか見ていなかったが、それでも 何処かを祐っている動きと云うモノは睛に付く。
特に、ラノイの様に 武に長けた者には察し易いモノだった。
《 隠れ住む事と、湯治が目的だったか。》
フォルモーサ王国が サマリア王国の侵略に遭ったのは、6年前だ。
宣戦を布告した使者が王城を去って 僅か4時間後に、国境は破られた。
正確には、フォルモーサ中に サマリアの兵が密かに配置されていた。
戦火は、あっと云う間に フォルモーサ全土に拡がった。
国中での同時多発した闘いは、最早 蹂躙と聘ぶに値する。
大した抵抗をする間もなく、兵力の薄い邨や街は 陥落した。
その後、短時間で 驚異的に態勢を立て直しつつ国民が総動員して立ち向かったが、国家陥落は早かった。
闘える者達は 国を護る為ではなく、国民を護る為に闘った。
遁すべき国民を逃がし切るまで 王-躬らが先頭に竚って闘った、と 報告を聴いた。
勿論、あの第一王女も その1人だろう。
《 何にしても、リリィが こんなに泣く程 心配していた王女達か。》
フォルモーサにもいた事は知っていたが、まさか 其処でも王族と関わりを持っていたとは惟わなかった。
而も、啻の知り合いではなさそうだ。
その点も践まえて、今後の予定を考える。
《 もう少し、滞在するかな。》
怒髪天を突くが如く恚り狂うクランツの顔が泛かんだのは、ほんの数秒の事だった。
___ 後の事は 後になってから考えよう ___
実に 短い時間で そう決め込むと、ラノイは クランツ達の顔を 頭の片隅からも消し去った。
国も国民も大切だが、シズとクランツがいれば 何とかなる。
そう結論付けたのだ。
《 何撰り大切なのは、リリィだ。》
結局、これに尽きるのだ。
「顔が広いな、我が妃は」
呟きながら、ラノイは 己れの胸に縋って泣き続けるリーゼロッテを 嬉しそうに宥めていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
気が付いたら、こうなっていました。
いいえ、意識がなかった訳ではありません。
意識していなかったと云うか、意識している余裕がなかったと云うか……気付いたら、隠れ家に戻っていました。
暖炉の傍に据えられた1人掛けのソファに座るラノイ様。
そして、その膝の上にいる わたし。
《 きゃああぁああ⁈ 》
何故 こんな状態にっ?
温泉街で アチェート様とハルディナ様を お見掛けして、それから 帰る事になって……馬上にある内から泣き出した わたしをラノイ様が ずっと宥めて譚を聴いてくださって っ。
《 はっ、詬しい! 》
そのまま、この状態にっ? でも、歩いた記憶もないわ。
まさか、抱き擁えて 此処まで移動してくださった⁈
だから、膝の上⁉︎ でも、何故っ⁈
あ! わたしがラノイ様の服を掴んで放さなかった⁈
絶対に そうですね⁉︎ だって、今も 掴んでいるもの!
《 何て事を⁉︎ 幾ら 動揺していたからと云って、どうして⁈ わたし、何て事を⁉︎ 》
今更ですが、恐る怖る ラノイ様の服から手を離します。
あ、皺になって………そんなに掴んでいましたか、そうですか。
今更だから、最早 顔も上げられません。
「ぁ、あの………… 」
「うん?」
「その………た、大変…………ぉ、お見苦しい攸ばかり、を」
少々の緊張と 大部分の動揺とで、上手く喋れません。
そんな わたしの髪を、ラノイ様は 指を辷らせる様に撫でています。
「落ち着いた?」
そう尋ねるラノイ様は、不可解な程に 上機嫌でした。
こんなにも ご迷惑をお掛けしたのに……取り乱して泣いてしまう様な わたしに、どうして この方は これ程までに優しいのでしょう。
「は、ぃ」
そう返答をしましたが、この状況で落ち着いている訳がありません。
声だって、見事に震えてしまいました。
これ程 判り易い嘘もないでしょう。
「落ち着いてる様に見えないんだけど?」
やはり、見遁してはくださいませんね。
ラノイ様は そう云う方ですよね、知っていました。
でも、幾ら 見え透いた嘘であっても、それを敢えて無視するのが 紳士の所作ではありませんかっ?
そう云うモノでしょう⁈
「おっ、落ち着いています」
「そうかな、こんなに硬直してるよ?」
そう言って、ラノイ様は わたしの背に腕を回しました。
どうしてっ⁈
「お放し頂けましたら、すぐに解けま っ⁉︎ 」
わたしは 放してくださいと言っているのですぅ!
間違っても、抱き締めてくださいなんて お願いしておりません!
さっきまでの事は お詫び致しますから、どうか 放してくださいぃ。
ぎゅってしないで〜! 髪に頬擦りとかしないで〜!
「やだよ、折角 あったかいのに」
そうでした、寒さにお懦いのでしたね。
でも、わたしは 湯たんぽでも 懐炉でもございませんっ。
「なら、暖炉に 火を……… 」
「いいよ、今は あったかいから」
「っ」
確かに 温かいですよっ? と云うか、暑いくらいですけど⁉︎
何だか軀が ぽわぽわして、頭が くらくらしていますけど!
抱き締められているのは困るのに、撫でられているのは心地良いなんて!
どうしたのでしょう、どうしたらいいのでしょう。
上手く頭が働きません。
このままでいるのは詬しくて いやなのに、今すぐ 放してほしいのに。
なのに、自分から振り觧く事が、どうして 出来ないのでしょう。
動揺して泣いて、ラノイ様に縋って 宥められて。
自分で何をしているのか、何がしたいのかも判らないなんて。
《 子供みたい。》
余計に詬しくなって 更に顔を伏せていると、頬に手が觝れました。
「顔 見せて?」
っ〜〜〜〜いやです!
瞬間的に叫んだと惟ったのですが、わたしから零れた声は とても繊細いモノでした。
「ぃ、やです」
「顔、見せて?」
ラノイ様は、尚も意地悪を言います。
詬しくて顔を上げられないから俯いているのに、それを上げろだなど 意地悪でしかありません。
「リリィ」
優しい手が 宥める様に頬を撫でます。
「羞じらう 可愛らしい妃の顔が見たい」
なっ ⁈
意地悪ですか⁈ 意地悪ですよね⁉︎
いつもみたいに、わたしを揶っておられるのでしょうっ?
でも、どうして?
《 啻の意地悪なら、どうして戒縛の仂を使わないの?》
どうして、何故…………考えても、わたしには 判りません。
「ぃ、やです」
やっと出た言葉は、否定するには弱い声です。
これでは 拒絶になどなっていません。
そのせいか、ラノイ様は 言葉を変えて顔を上げる様に促します。
「私は、そなたの綜てを見遁したくないのだ」
「っ––––––––––––い、意地悪を 仰有らないで」
わたしは 一時的に雇われているだけなのに、妃でも何でもないのに。
どうして、そんな言葉ばかり言うのです?
どうして、優しくするのです?
わたしは、ずっと お傍にはいられないのに。
取り留めもなく、そんな考えが頭を過りました。
揶っているだけなのでしょうか、言葉遊びなだけなのでしょうか、わたしには 判りません。
言葉には出来ない疑問は、文字通り 言葉になりませんでした。
「こんなに近くに可愛い妃がいるのに、その可愛らしい顔を見せてもらえないなんて、君こそ 酷い意地悪だ」
《 ええっ⁈ 》
わたしへ苦情を零されたラノイ様は、重く哀しげな溜息まで咐いています。
ラノイ様のせいで こんなに詬しい思いをしているのに。
そのせいで、顔も上げられなくなってしまったのに。
放してくださらないばかりか 意地悪まで言われたのに。
《 わたしが意地悪⁈ 》
これ、わたしが悪いのですかっ⁈
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
リリィは、僕の膝の上で愨しくしてる。
たぶん、葛藤はしてるんだと惟うけど 逃がさないしね。
諦めてくれたのか、小さくなって 僕に撫でられてくれてる。
《 可愛い。》
このまま食べちゃいたい。
力盡くとかしたら 絶対に嫌われるから やらないけど。
でも 首筋の辺りとか、ちょこっとなら いいかな。 駄目かな。
駄目だろうな、主に 僕の自制心的な意味で。
《 まぁ、将来の愉しみにしとこう。》
こう云うのは、しっかりがっちり囲い込んでからじゃないとね。
逃げられたら 追い掛けるのが大変だ。
さて、お巫山戯は このくらいにして、そろそろ真面目に考えるか。
思い出すのは、温泉街で見掛けた2人の異国民だ。
灰色の睛をした、隣国の王女達。
特に、背の高いほう……第一王女-アチェートだ。
少しの間しか見れなかったけど、それでも 手足に障害が残る程の怪我を負っていた事は すぐに判った。
本当に激戦を切り抜けて 生き延びたんだろう。
リリィの予見では 死んでたっぽかったし。
でも、気になってるのは 王女の怪我じゃない。
その2人を見た時の リリィの反応だ。
《 何で 声を掛けなかったんだ? 》
勿論、リリィは あの場で駆け寄ったりはしなかったと惟う。
悪眼立ちするのは、あっちにとっても こっちにとっても良くないし。
だけど、あの2人が宿へ着いた攸で声を掛けるとか……いや、僕が連れ帰っちゃったせいもあるんだけど。
でも、何て云うか らしくない。
それに、あんなに動揺してたのも ちょっと引っ掛かる。
《 考え佚ぎかな。》
単に 生きててくれて嬉しかっただけかな。
あの瞬間までは 死んだって惟ってた訳だし。
それに 単なる知り合いって訳じゃないんだろうし、何撰り リリィは優しいから。
第一王女が生きてて 嬉し佚ぎただけかな。
…………少し違和感があるけど、まぁ いいや。
リリィが もう少し落ち着いたら、教えてもらおう。
《 今 訊いたら、また泣きそうだし。》
泣き顔も 勿論 可愛いけど、僕としては 笑っててほしいんだよね。
でも、フォルモーサの王女達に会ったら、リリィは また泣いちゃうのかな。
それが嬉し泣きでも、相手が男じゃなくても、何だか 見せたくない。
そう惟うと、堅苦しい王宮であっても 帰りたくなる。
本当に、僕は了見が狭い。
《 明日の朝イチで 帰ろっかな。》
可能か不可能かで云えば、可能だ。
この隠れ家にいるのだって、予定になかった事なんだし。
でも、リリィは 魔法使いだ。
王宮に戻った攸で、閇じ込めておく事は不可能だよね。
その気になれば、単独で出歩いちゃうし。
《 また 鳥にでもなって此処へ戻って、独りで王女達と会って、独りで泣いたりしたら………。》
自分のいない処で この優しい魔法使いが泣くのは 厭だ。
譬え、あの王女達の前で泣かなかったとしても、僕のいない攸で リリィが泣くのは厭だ。
僕が何もしてあげられない何処かで、独りで泣いたりしてほしくない。
《 それくらいなら、明日 会いに往こうか。》
二者択一で、僕は 後者を選択した。
うん、本当に了見が狭い。
だって、リリィの為って云うより 僕の為だもん。
自己中心的な行動だって理解してるけど、こればっかりは どうにもならない。
「ねぇ、リリィ」
改めるつもりもないし、早速 提案してみた。
「明日、あの2人に会いに往こう」
「!」
僕の腕の中で、リリィが硬直した。
「 –––––––––––––––あれ?」
予想外の反応だった。
てっきり喜んでくれると惟ったのに、どうして?
「リリィ?」
膝の上で横抱きにされて、詬しがりながらも 愨しく髪を撫でられてたリリィは、さっきの提案で 軀を硬くした。
そして、次第に震え出してる。
俯き加減の顔は、さっきまでと一変して青褪めてた。
「会いたくないの?」
僕の質問に、リリィは肯かなかった。
表情は 無に近いけど、細められた瞳が苦悶を滲ませてる。
《 何で? 》
疑問に惟うと同時に、1っ 仮説が泛かんだ。
王女達を見たリリィの動揺・何10分も泣き続けた理由、その辺りを加味すると 信憑性が高い仮説だ。
でも、これは 考え佚ぎであってほしい。
そのくらい 僕にとっては最悪の仮説だった。
《 さっきの疑問……僕が感じてた あの違和感は………。》
外れてほしいのに、考えたくないのに、僕の頭は 勝手に回る。
まるで これが正解だと言い聆かせる様に、樣々な角度から 疑問を解析する。
そして、何度やっても 同じ回答に辿り着く。
どんなに 別の可能性を見出そうとしても、だ。
《 だから、リリィは………。》
余りの事に 軽く眩暈がした。
これを聴き出したら、リリィは また泣いちゃうな。
でも、このままには出来ない。
放っておいたら、リリィは 単独で行動するに決まってる。
《 それだけは、絶対に厭だ。》
何も出来なくても、抱き締めてあげる事も出来ないよりマシだ。
………結局、僕の自己満足だけど。
そんな事を考えてる間に、リリィが 口を敞いた。
「詫びる術が、ありません」
緲かに聴こえた その言葉に、僕は 推測が的中したのを直感した。
「視たのは、フォルモーサの未来だったのか」
惟わず、溜息と共に そんな呟きが零れる。
もう確認する必要もない、これ以外は考えられなかったし。
「アチェート様とは、同じ師に付いていて………ぇ、と……昔、フォルモーサで 武術を学んでいて」
何もかも察した僕に、リリィは 何とか説明しようとしてくれる。
辿々しいけど、知り合った経緯は判る。
リリィが武術を学ぼうとしたのは 魔法使いの闘いに必要と感じたからだ。
その場所を、エスファニアじゃなくて フォルモーサにしたのは、あの王国が 武術に秀でた国だったからだね。
其処で あの第一王女と知り合った……大丈夫、判るよ?
「それで……… 」
「王様とも 会ったんだね?」
緻い経緯は判らないし 向うが『リリィの出自』を知ってたかも判らないけど、それでも 知り合ったんだ。
なら、リリィにとっては 大切な存在だった筈だ。
「とても お優しい方達で、安心して…………でも」
リリィの蒼い瞳が 大きく揺れた。
「何が視えたの?」
「侵略される王都、人々の楯になる王。避難民の誘導に立つ王女達、先頭に立って闘う王子達」
淡白な声だったけど、その内容は壮絶なモノだったろう。
実際に 未来の映像を視たリリィの動揺は、きっと 言葉じゃ表せないくらいだったと惟う。
知り合った 優しい人達が戦火に巻かれ、剰え 生命を殞とす。
そんな予見を視せられたんだ。
《 それは、言えないな。》
代価は、国家を そっくり譲り受けても足りなかっただろう。
人-1人の生命の代償は、同じく 生命でしか贖えない。
予見で死ぬと視た人の生命を侑けたければ、同数の生命を代償にしなきゃいけない。
国家単位の救済なんて、リリィじゃなくても 出来る訳がないんだ。
《 そう判ってても、リリィは窘しんだだろうな。》
言えない未来だって理解してても、何も出来ないって判っても。
それで 気持ちや考えを切り替えられる人じゃない。
そんなに器用なら、こんなに震えたりしない。
「何処かで、声を殺して泣いておられる ハルディナ様」
リリィの言葉に、僕は 抱き締める腕に力を込めた。
《 ハルディナ………あの第三王女か。》
この様子だと、他は死んだか。
状況的にも、そうだったろうなぁ。
リリィは 何もかも知ってて、それでも 防げなかった自分を責めてるんだ。
《 でも、リリィが視る予見は『確定した未来』だ。》
曾て 魔法の師から聴いた〔森の妖精〕の譚を思い出して、腕の中を見る。
仂が強すぎるリリィは、希まなくても未来が視える。
そして、その殆どが 変えようのない未来だ。
何をしても、これ程の人々の生命を救う方法はなかっただろう。
リリィだって ちゃんと判ってる筈だ。
《 でも、判ってても 窘しむんだよね。》
それが、この幼い魔法使いの良い攸で、不憫な攸だ。
だから、放っておけないし 1人で泣いてほしくないんだ。
そんな事を惟いながら、銀の髪を撫でる。
「それでも、会おう」
僕は、腕の中の魔法使いを瞰した。
「僕も、一緒に往くから」
「 –––––––––––––––ラノイ様」
リリィが 震える声で、僕の名前を聘んでくれる。
もう 泣きそうな顔をしてるけど、真っ直ぐ 僕を見てくれる。
何て嬉しいんだろう。
「ね? リリィ」
悚いなら 傍にいてあげるよ。
零れる泪なら、僕が 全部 揩ってあげる。
リリィの為なら、何でもしてあげるよ。
だから、リリィ。 僕を頼って。
「は ぃ」
小さく返された声に、僕は 場違いなくらい満面の笑みを泛かべてた。
明日(次話)は、アチェートとハルディナに会いに行きます。
でも『明日』が いつ書き上がるかは、不明です。
大凡のストーリーが出来ているのに、何故か遅くなる……。
この2人を書くのは すごく楽しいのに、凄く難しいのです。
頑張りますが、気長に お待ちください。




