36__魔法使いが語る御伽噺
ご無沙汰をしておりました。
全編 ラノイの視点での お話になります。
前話を お忘れかと思いますが、ラッケンガルドの北にある温泉地の、そのさらに北にある山中にある寂れた町。
ラノイが幼少期を過ごした隠れ家での お話の続きです。
では、どうぞ。
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
リリィが作ってくれた美味しい朝食の後、僕は リビングのソファにいた。
勿論、隣には リリィがいる。
彼女は 僕の隣に座って、僕に背を向けてる。
そして、僕は 彼女の髪を 指で梳いてる。
《 綺麗な髪だなぁ。》
撫でているのも気持ち良かったけど、こうして梳いていても 指通りが良くて気持ちいい。
艶やかで 滑らかで、ひんやりとした感触が 指に心地いい。
でも、結うとなると難しいな。
「うーーん……… 」
惟わず唸ったせいだろう、リリィが 軽く振り皈った。
「あの、別に いつもの……… 」
いつものままでいい、って言いたかったんだろうな。
だけど、リリィは 最後まで続けなかった。
たぶん、僕の 余りにも真剣な顔を見て 言葉が続かなかったんじゃないかと惟う。
そう、これは 僕が言い出したんだ。
______ リリィの髪を結ってみたい。______
1度、存分に堪能したかったって理由で、特に どう結わえたかったとかはなくて。
でも、好きに触らせてほしくて そんな事をお願いした。
リリィは お願いに 凄く懦いから、割と簡単に赦してくれた。
そんな訳で、最も簡単だと惟った 三つ編みに挑戦している最中だ。
初めてやるけど、凄く娯しい。
そして、存外 難しい。
綺麗に結うには、もう少し時間が縣りそうだ。
上手になるくらい触らせてもらえると嬉しいな。
僕が 上手に結える様になるまで、何度も 何度でも。
《 いつか きっと、役に立つよね。》
僕は、リリィの背に向かって 北叟笑んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
三つ編みに挑戦していた僕は、悪戦苦闘しながら リリィの髪を結ってた。
そして、ふと 手を停める。
「リリィ?」
三つ編みは、丁度 中程に差し掛かった攸だ。
途中 曲がったり縒れたりしているけど、初めてなら 上出来? かな。
勿論、こんな髪型で出掛けさせたりは出来ないんだけど。
でも、いつか……そんな事を考えていたら、不意に リリィの肩が強張ったんだ。
「どうしたの?」
手を停めて、肩越しにリリィの顔を覗き込む。
リリィは、虚空を見据えていた。
その表情には、少し 見憶えがある。
この間〔海の妖精〕から呼ばれた時と同じ睛だ。
「また エスファニアからの連絡?」
「いいえ、エスファニアでは ありませんが……… 」
歯切れが悪い、こう云う時は 面倒事が起きているんだろうな。
僕には言いたくない事かもしれないけど、リリィに抅る事だから 気になって仕方ない。
「誰か、会話を求めてきてるんでしょ?」
あの時みたいに、って言えば リリィは小さく頷いてくれた。
「はい」
「誰か 判る?」
「〔砂礫の預言者〕ですね」
そう答えたリリィの表情が、ほんのり雍かくなった。
え? 何それ、嬉しいの?
《 相手は魔法使いでしょ? なのに、どうして嬉しそうにするの? 》
はっきり言おう、嫉妬だ。
この上なく了見の狭い自己主張だ、判ってる。
でも、リリィに 魔法使いが近付くって惟うと、お腹の辺が熱くなって ムカムカしてくるんだよ。
幾らかは仕方ないんだって惟うのに、どうしても 不機嫌になっちゃうんだよ。
本当に、僕って心が狭いな。
「それって 男? 女?」
声に 不機嫌が滲み出てた気がする。
勿論、顔は 声-以上になってると惟う。
まぁ、顔は リリィに見えてないから気にする必要ないんだけど。
《 男って言われたら 全力で拒否しよう。》
妖精なら別だけど、それ以外の魔人なんて 絶対 厭だ。
魔法通信だろうと、リリィとの繋がりを持たせたくない。
………本当に、了見が狭いな。
でも、それが 詭らざる僕の本心だ。
尤も、これは 杞憂に終わった。
「魔女です」
あ、そう。
取り敢えず、良かった。
そうなれば、僕が気にするべきは 啻一つだ。
「危なくないの?」
僕の懸念に、リリィは 凄く雍かい表情で頷いてくれた。
「彼女は、闘う仂のない魔女ですから」
本当に 嬉しいんだな。
妖精でもない魔法使いが相手なのに、どうして そんなに嬉しそうに笑うんだろう。
闘う仂がない魔女だから? 自分は安全だから? そんな理由だとは惟えないんだけど。
でも、本来 リリィは お人好しだからなぁ。
僕みたいなのの毒牙に縣りそうなくらいだし、同じ様に 戦闘向きじゃない魔女に利用される事も あったりするかも。
《 –––––––––––––––むかつく。》
考えただけで、また胃の辺りが ムカムカしてきた。
「受けるの?」
「あの人の願いは、聆いてあげたいのです」
「 ………ふぅん」
やっぱり 不機嫌な声になった。
相手が 男だとか女だとかは、どうやら関係ないらしい。
僕は、性別は関係なく リリィに近付く魔法使いは気に食わない様だ。
《 本当に、了見が狭い。》
リリィの事になると、本当に駄目だなぁ。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
リリィは、ソファから離れた場所に竚って 魔法の板を展開した。
勿論、相手の魔女が僕を認識しない様に 〈不可視障壁〉も張ってある。
僕は 見られてもいいんだけど。 寧ろ、リリィの後ろから威圧してやりたいくらいなんだけど、リリィは 首を縦に振ってくれなかった。
仕方ないから、ソファから こっそり見学するに留める事にした。
此処でゴリ押しして、結果 僕に匿し事をする様になったら 元も子もないしね。
あ、僕が編んでた髪は 元に戻したよ。
あんな髪型を他の奴の睛に晒させる訳にはいかないから。
もっと上手になったら 譚は別だけど。
そんな事を考えてる間に、魔法の板に女が現れた。
【 イリフィ!】
僕が ソファで不貞腐れつつ眺める先、2メートル四方の魔法の板に映し出されたのは 黒髪の美女だった。
年齢は、20代半ばくらいかな。
飽く迄も 見た目のだけど。
妙齢って云ってもいい魔女は、この近辺の国々では見ない 褐色の肌をしてて、それを惜しげもなく晒す衣裳を紱ってる。
男にとっては、凄く刺激的な格好だった。
〔砂礫の國〕だと言ってたから、肌が浅黒いのも 薄着なのも判るけど、あんなに布面積が尠いモノ?
沢山の宝飾品で飾る前に、その胸許しか蔽わない程度の衣裳を何とかしたら?
そんな事を考える一方で、僕は ちょっと想像してた。
《 リリィに あんな格好されたら。》
うわ……それ ヤバイ。
凄く見てみたいけど、そんな格好されたら………。
《 尠くとも、仕事にはならないな。》
他の奴には、絶対に見せない。 見せてほしくもない。
子供だろうが老人だろうが、僕-以外の男の視線が 不躾にリリィの軀を這うなんて。
そんなの 厭だ、赦せない。
譬え、祭典の衣装だろうと そんな格好で僕-以外の男の前に竚ってほしくない。
リリィは僕の奥さんなんだから。 今は まだ (仮) だけど。
《 でも、絶対 逃がさないんだから、もう 決定でいい気がする。》
僕が そんな莫迦な事を考えてる間に、魔法使い達の会話は進んでた。
魔法の板に映し出された魔女は、両の睛から 大粒の泪を零してた。
【 お願い、侑けて!】
随分 取り乱してるな。
まぁ、リリィに侑けを求めるくらいの何かが遭ったんだろうけど。
そんな魔女を前にしても、リリィの背には 動揺も泛かばない。
交信を受ける前、リリィは『あの人の願いは聆いてあげたい』って言ってた。
たぶん、予見で視てたんだろうな。
あの魔女に何が起きるのか 知ってたから、驚きも惶てもしないんだろうな。
「どうしました? ティアマト」
凄く落ち着いた声で問い掛けるリリィに、その予測が深まった。
【 あの人が死んじゃう! 死んじゃうううぅ。】
ぼろぼろと泪を流す魔女を見ても、リリィに惶てた様子はない。
やっぱり、予見してたんだろうな。
「落ち着いてください、大丈夫ですよ」
【 でも! 矢がっ。】
「大丈夫です、急所は 外れている筈ですよ」
あぁ、やっぱり知ってたんだ。
これは、相手の魔女も気付いたらしい。
【 っ。】
睛を見敞いて、息を飲んだ。
胸許しか蔽ってない衣裳の上で、青い石を聯ねた首飾りが大きく揺れた。
なけなしの布を押し上げてる胸も大きく揺れたけど、僕の興味は引かなかった。
「お薬も用意してあります。大丈夫、侑かりますよ」
そう言って、リリィは 何処からか少し大きめの瓶を出した。
《 そう云えば、何処から出してるのか訊こうと惟ってたんだっけ。》
魔法使いなら誰でも出来るのか、何か条件があるのか、知りたい。
もし、条件次第で 僕にも使えるんだったら、是非 教えてほしい。
後で訊いてみよう。
「差し上げます、お使いください」
リリィは、魔法の板の向うの魔女へ その瓶を差し出した。
魔法の板へ伸ばされた手にあった瓶は、光りが入ってる。
僕やシズの体内の毒を消してくれた お茶の時みたいに、予め魔法薬を作って 瓶詰めにしてたんだな。
魔法の板の向うの魔女も、その事に気付いたらしい。
大きく瞠った睛が 驚きを表してた。
「さぁ、お早く」
リリィが催促すると、魔女は 泣きながら手を伸ばした。
こっちへ伸ばされた手に、リリィの手にあった瓶が移動する。
魔女は、その瓶を大切そうに抱き締めた。
【 ありがとう…………ありがとう、リィリア。】
お礼を言った魔女が 僕達に背を向けて、交信は切れた。
切れる寸前、魔法の板の端に 男が映った。
背に深々と矢が刺さり、血塗れで倒れてる男だ。
《 あれを侑けたかったのか。》
きっと 大切な人なんだろうな。
魔女である自分の仂で どうにも出来なくて、リリィに侑けを求める程。
脳の半分で そう考えながら、僕は 全く別の事を気にしてた。
「ねぇ、さっきの『リィリア』って?」
魔女との交信を切った事で〈不可視障壁〉も熄えた。
もう声を掛けてもいいって事だよね って解釈して、僕は リリィに問い掛けた。
「そう聘ばれてるの?」
リリィの事を知りたいって云う 純粋な疑問と、僕の知らないリリィを 他の奴が知ってる事への 何とも云えない感情。
そりゃ、僕とリリィは知り合ったばかりなんだから 知らない事なんか沢山あるんだけど。
あって当然だし 仕方ない事なんだけど、何て云うか こう……さぁ。
《 頭では ちゃんと理解してるんだけどなぁ。》
気持ち的には、全然 ちょっとも納得してない。
これも、僕の了見が狭いが故なんだろうな。
「魔法属の間では定着している聘び称です」
リリィは、ソファに座ったまま不機嫌そうにしてる僕を見て 軽く首を傾げてる。
そうだよね、判らないよね。 僕が こんなにリリィを好きだって知らないんだから。
全くっ、訒いんだから!
「僕が『リリィ』って聘んでるのと 同じに?」
尋ねながら、僕は ソファを敲いた。
自分の右隣を示して 手招くと、リリィは 不思議そうな顔をしたまま 寄って来た。
《 なに? 襲われたいの?》
そう惟っちゃうくらい 無防備に近寄って来る。
僕に対する緊張感も警戒も、すっかり熄えてるな。
旅に出る前は あんなに身構えてたのに、この2日半で 随分 綯んでる。
やっぱり、あの荒療治は有効なんだな。
まぁ、怒らせるリスクもあるんだけど。
《 どうしよう、断行すべきかな。》
今夜も添い寝したら、明日は土下座くらいしないと赦してくれないかもしれないな。
いや、でも 土下座くらいで赦してくれるなら やってみるべきか。
いやいや、怒らせて 出てかれちゃったら元も子もないし……。
《 う〜ん………。》
僕の脳内が 軽く脱線してる間に、リリィは ソファに座ってた。
交信前にいた場所、僕の隣に。
そして、僕の明後日に飛んでった思考に気付かずに、さっきの問いの答えをくれた。
僕は、逸れまくってた思考のほうを停止させて、即座に リリィの譚へ意識を戻した。
「そうですね。妖精達の間での聘び称が、いつの間にか拡がったのですが」
成程、リーゼロッテの愛称が『リィリア』だったのか。
對の妖精達なら 家族といた頃のリリィを知ってて当然だし、無闇に『リーゼロッテ』の名前が拡がらない様に 愛称で聘んでても可妙しくない。
つまり、リリィを『リィリア』って聘ぶのは 魔法使いだけなのか。
公では〔森の妖精〕で、個人では『リィリア』か。
リリィを そう聘んだら、魔法使いって事だな。
見頒けが付いて いいね。 今後の参考にしよう。
「じゃあ………『リリィ』って聘ぶ人は?」
こっちは、純粋な疑問。
僕が付けた『リリィ』って云う愛称は、北の国々で聘ばれてる偽名の『アシュリー』と、聘び称の『リーゼロッテ』を組み合わせて作ったモノだ。
そもそもリリィは 偽名は沢山あるみたいだし、この組合せになる事は なかったと惟う。
僕は、期待の篭った視線を 隣の美女へ向けた。
「 …………リオだけです」
あ、やっぱり 僕だけなんだ。
そうか……そうか、ふふ。
「そう」
僕の機嫌が一気に良くなった事は、言わなくても判るよね。
気分が急上昇した僕は、満面の笑みで 隣に座ったリリィを見た。
リリィは 少し俯いて、でも ほんのりと微笑んでた。
あの魔女からの交信を受ける前と同じ表情だった。
《 嬉しいんだな。》
疑問に惟った事を訊いてみた。
「攸で、さっきの……… 」
あの魔女との交信が切れる寸前、魔法の板の端に映った人影。
大柄な男は、褐色の肌に 筋肉質な軀付きをしてた。
上半身しか見えなかったけど、偃伏せに倒れた背に深々と矢が刺さってた。
血塗れで倒れてる男は、裸に見えた。 まぁ、全裸じゃなかったと惟うけど。
たぶん、軽装の土地柄なんだろうな。 あの魔女も 薄着だったし。
でも、問題は 其処じゃない。
リリィは、予め薬を用意してた。
今日-この日の為の薬を、だ。
而も、あの男が見える前に 怪我の状態を的確に言い当ててた。
この予測を肯定する様に、リリィが 小さく頷いた。
「予見しておりました。初めて〔砂礫の預言者〕と会った時に」
そう言った声は 凄く小さく、微笑んでた表情は ほんのりと暗くなってた。
たぶん、あの魔女と出会ったのって 結構 前なんだな。
その時 未来を視たなら、ずっと誰にも言えずに 今日を待ってたって事だ。
あの薬で あの男を救う事が何になるのか判らないけど、きっと悪い未来じゃなかったんだろうな。
《 だけど、それなら どうして今 そんな顔してるんだ? 》
そんな疑問が顔に出ちゃってたのか、リリィは 僕を見て小さく微笑んだ。
「〔砂礫の預言者〕の御伽噺は この辺りに伝わっていないのですね」
さっき、僕が性別を訊いた事でも判ってたんだろうな。
リリィは、〔砂礫の預言者〕の御伽噺を語ってくれた。
「此処より南……内海を渉った その先に、黄金に輝く 砂の大地があります。その地は、何10年もの間 絶え間なく戦乱の刻に揺れています。其処での『王』は、勍き者が択ばれる。飽きる事なく 血を流し合っている………その国の 1っに、予見の仂を持つ女性-〔砂礫の預言者〕がいます」
それが、さっきの魔女か。
って事は、あの時 傍にいて倒れてたのは 魔女の衛士か何か?
「彼女は 長らく囚われの身で、残忍な王の許で 予見を強要されてきました」
この言葉で、僕は息を飲みかけた。
「幼い頃から予見の仂を具えていた彼女の噂を聴き付けた かの地の王は、彼女の邨を滅ぼして………無理矢理 〔砂礫の預言者〕を手に入れました。そして、ほんの7〜8歳の内から〔石の城〕に幽閉され 出る事も赦されずに、彼女は 残虐な王の為に 戦の結果を予見し続けてきました」
魔女に その仂を強要させる……それって、將に 戒縛の仂が成せる業だ。
「 ………その王は、魔女を捕まえてるの?」
「はい」
リリィの肯定を聴いて、僕の背に ざわりとした感覚が湧き上がった。
エスファニアにいる様に、他の国にも この仂を具える人がいる可能性はある。
《 そんな奴が、リリィに目を付けたら………。》
強烈な嫌悪感が 全身を貫いて、背骨に沿って 震えが拡がる。
リリィは〔砂礫の預言者〕に会ってるんだ。
囚われてて〔石の城〕から出る事も出来ない〔砂礫の預言者〕と。
つまり、その危険な奴がいる場所へ往ったって事だよね。
もしかしたら、自分も捕っちゃうかもしれない 危険な処へ。
そう惟ったら、僕は 半眼になってた。
機嫌? 悪いに決まってるでしょ?
「 –––––––––––––………… 」
僕が不機嫌に黙ったのを見て、リリィは くすりと笑った。
なに それ、可愛い! じゃなかった!
《 『酷い』な、心配してるのに。》
こんなに心配してる僕を笑うなんて……而も、あんな可愛い顔するなんて酷い。
………あれ? 何か間違ってるな。
僕が 毒気を抜かれちゃってる間に、リリィは説明を補ってくれた。
「別に、珍しい事ではありませんよ? 同様に 魔法使いを使役している国は、結構 あります」
リリィに因ると、戒縛の仂くらい強い拘束力を持つのは そう多くないらしい。
だけど、その下のランクの能力を保持してる人は 決して尠くないらしい。
魔法使いではない事が殆どだそうだけど、自覚の有無を除けば 結構な数がいるらしい。
《 なに それ、初耳だけど⁉︎ 》
師匠は、何で それを教えといてくれなかったんだ⁈
重大な問題じゃないかっ。
真っ先に教えといてくれないと、僕がリリィを護れないじゃん!
益々 不機嫌になってる僕を余所に、リリィは 説明を続けてくれた。
「あの国に、そう云った仂を具える方はいませんよ?」
「本当に?」
「ええ」
「じゃあ、どうして……… 」
その魔女は 啻の人間の言う事を聆いてたんだ?
そう続けようとして、僕は 言葉を切った。
リリィが、小さく微笑んだからだ。
凄く綺麗な微笑なのに、凄く哀しくなる表情だったせいだ。
「〔砂礫の預言者〕は、弱いのです」
「逃げ出せないくらい 弱かったの?」
魔法使いとは、雷や 炎を操り、鳥獣を手足の如く使うとされてる。
加速系の攻撃魔法を使えれば、王を逮える事も 戮す事も可能だ。
その仂があれば、王が どれだけ残忍で横暴でも 遁れる術はあった筈だ。
譬え、誰かを人質を捕られてたとしても、生活を劫される事もない筈でしょ?
そんな意を含んだ問いに、リリィは ゆっくりと首を振る。
「彼女の仂は、殆どが予見です。一応、動物達と会話する能力くらいは具えていますが」
それだとて 従える程じゃないらしい。
《 本当に、弱いんだ。》
さっき『闘う術を持たない』って言ってたのは、そう云う事だったんだね。
リリィにとって敵じゃないって意味じゃなく、たかが一般人にも忤えないくらい 無力なんだ。
何だろう、魔法使いの印象が 一気に坍れたなぁ。
「予見-以外の仂は、ないに等しいのです。魔法使いの中では、随分と安全な方ですから」
予見だって、一般人から見れば 凄い能力だ。
でも、多くの魔法使いには 些細な能力にしか映らない。
幾多の御伽噺に登場する魔人や魔女に
狙われる事のない、幼い魔法使い。
闘う術を持たない、弱々しい魔法使い。
それが〔砂礫の預言者〕と云う魔女らしい。
「忤えず、意に副わない者の為に仂を使わざるを得ない…………それが、漸く」
今日で終わりを迎えた……そう言って、リリィは 泣きそうな顔をした。
僕は、此処まで聴いて、漸く 愁いの理由に気が付いた。
《 リリィは、知ってた。》
子供の内から 特殊な能力を開花させる者は、きっと多くない。
雨を察知したり 植物を芽吹かせる程度のモノでも、稀少で 貴重な能力だ。
それが、魔法使いに称を聯ねる程ともなれば、戦乱の世にある王にとって 咽から手が出る程欲しいだろう。
幼い内に逮えたのも、肯ける譚だ。
それを、リリィは知ってた。
出会ったのが どんな状況かは判らないけど、知ってたなら、リリィなら その場で侑け出せた筈だ。
でも、それを しなかった。
《 リリィは、知ってたんだ。》
何年後かに、あの魔女にとって大切な出会いがある事を。
予見で知っちゃったから、何も出来なかったんだ。
今日まで、ずっと………。
《 だから、あの時 嬉しそうにしてて………だから、今 泣きそうなんだね。》
どれだけ悩んだろう、どれだけ苦しんだろう。
他人の未来なんか視たくなくて 予見の仂を封じたのに、そのせいで 撰り確定した未来が視える様になった リリィは。
知らずにいれば 迷わず出来た事も、知ったら 迷ってしまう。
考えて出した結論でも、心優しい君は きっと沢山 泣いたんだろうな。
あの魔女が いい未来を迎えた今でも、これからも……たぶん………きっと。
「あの戦乱は 終焉を迎えました。血の川を止める 新しき王が現れて……〔砂礫の預言者〕を侑けてくれた……… 」
相変わらず、リリィは 泣きそうな笑みを泛かべてる。
今でも 過去の自分の選択を責めてるのかな。
そう惟ったら、勝手に口が動いてた。
「その時に教えてあげられないのは、辣かったろうね」
「 ––––––––––––でも、良い未来でしたから」
リリィは、ふんわりと微笑んでくれた。
とても綺麗な、すぐに熄えちゃいそうな、小さな微笑だった。
「そう」
それしか言えなくて、僕は リリィの肩に腕を回した。
そっと抱き寄せて、優しく 髪を撫でてみる。
リリィは、拒む事なく 僕の右肩に凭れてくれた。
《 未来を知る能力が 災いを齎した。 あの魔女にも、リリィにも。》
僕に出来る事なんて ないかもしれないけど、少しでも リリィの心が和らいでくれると いいな。
艶やかな髪を撫でながら、祈る様な気持ちで そんな事を考えてた。
あと、リリィが凭れてくれた事が 凄く嬉しかったのは、内緒だ。
流石に不謹慎だって判ってる。
何か こう、むず痒くなるみたいな感じがして そわそわしちゃいそうだったけど。
嬉しくて ぎゅ〜って抱き締めたくなったけど、自重したよ。
幾ら何でも 無思慮な行動だからね。
懦ってる攸に付け込みたい、なんて考えてないよ?
下手したら 嫌われちゃいかねないじゃん。
《 今は、これで いいや。》
数日前とは 格段に変わった距離感に、僕の頬は綯み捲ってた。
…………リリィが見てなくて、本当に良かった。
この話は こんなに長くなる筈じゃなかったんですが、書いてたら 1万文字に達してしまいました。
ラノイが 王宮へ帰るのは いつになるのか、全く読めません。
帰る気あるんだろうか……。
何処かで激怒しているクランツを書きたいものです。




