34__新婚旅行(仮) 4
確か 7日目だった筈……。
書いている本人にも時間経過が判らなくなる程、進展が遅いです (T . T)
お忘れでしょうが、ラノイが幼少を過ごした隠れ家の時間を巻き戻したリーゼロッテと、その代価でモメるラノイから始まります。
では、どうぞ。
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
ラノイが子供の頃に 身を護る為に隠れ住んでいた 山の中の寂れた町で、リーゼロッテは 魔法を使った。
時に干渉する、代価の高い魔法。
或る意味、とても危険な魔法だった。
そう察し 青褪めたラノイへ、魔法使いは 雍かく微笑んだ。
必要ないと言わんばかりの笑顔だった。
勿論、これは ラノイにとって呑める条件ではない。
「駄目だよ、リリィが この代価を払うなんて」
何が何でも代価を払おうとするラノイに対して、リーゼロッテの対応は変わらない。
「大丈夫ですよ、このくらい……… 」
「駄目だよ」
「何と云う事は ありません。それに、これは わたしが勝手にした事。どうか お気に爲さらず……… 」
「駄目だってば」
ラノイは、真剣な表情で リーゼロッテの両肩を掴んだ。
「リリィが負う必要なんか、全然ないんだよ?」
「 ……………… 」
真剣な願いを じっと見詰めたリーゼロッテからは 笑みが熄えていた。
「リリィ」
絶対に引かない、と云う意志が盈れた睛に屈したのか。
リーゼロッテは、暫く考えた後 困った諷な顔をした。
「 …………では、半分こに致しましょう」
緲かに苦味を含んだ微笑で、提案を始めた。
「まず、お家の中を 案内してください。それで、また リオの お譚を お聴かせください。それから、今日は こちらに泊まらせてください」
一瞬 半分この意味を計りかねたラノイだったが、すぐに 眉を寄せる。
内容は、とても半分ことは惟えないモノだ。
「リリィ」
指摘しようとするが、リーゼロッテは 口を挟ませない。
「後は、お食事を作らせてください。それに當たって 食材がございませんので、お買い物にも お付き合いください」
「そんな程度じゃ 足りないでしょ?」
これだけ範囲の、非生物の時間を巻き戻したのだ。
そんな瑣々やかな代価である筈がない。
そう惟って 諫めようとするが、リーゼロッテは 穏やかな笑みで首を振った。
「 ………此処へ お連れになられたのは、わたしが初めてなのでしょう?」
この隠れ家から王宮へ呼び戻されてから 帰っていなかったのだろう事は、此処の荒れ具合から察せる。
隠れ家の場所などを シズやクランツが知っていたなら、これ程までに荒れていないだろう。
つまりは、ラノイが連れて来たのは リーゼロッテだけだと云う事になる。
自分の大切な思い出に、1番-最初に連れて来てもらった。
「その お礼です」
リーゼロッテは、雍かい笑顔で そう答えた。
《 そんな可愛い事を言われたら、付け込みたくなる。》
拮く抱き締めて 口付けたい気分だった。
自分の我儘な願望に対する 優しい気遣いが、嬉しかった。
「だけど、それは受け取れない」
ラノイは〔時の女神〕の噺を知っていた。
未来について 他人に談したり、過ぎ去った時間を捻じ曲げ 操ったりすれば、それには 必ず代価が発生する。
どんな善意でやった事だろうと、何の気なしにやった事だろうと、それは 等しく発生するのだ。
正当な代価を渡さなければ、取引をした どちらかが必ず代償を払わされる。
この場合は、リーゼロッテが 綜ての代償を支払う事になるのだ。
「時間を戻すなんて……そんな事して 代価も取らなかったら、リリィが…………… 」
一体 どの様な罰則が科せられるのか、ラノイには判らない。
だが、生半なモノではないだろうと云う予測は出来る。
《 代価って 何を要求されるんだろう。お銭とかなら、まだ 何とかなりそうだけど。》
自分に払い切れるものか不安になりながらも、精一杯 対応しようとしたラノイの耳に 淡々とした言葉が届いた。
「大丈夫です。数年 寿命が縮む程度ですから」
何でもない事の様に、魔法使いは呟いた。
小さな声であったが、驚く程 すんなりと耳に入り、ラノイは 鋭く息を飲んだ。
リーゼロッテの生命が縮む。
そう理解した途端、視界が暗転した。
これだけの時に干渉したのだ。
それだけの代価を要求される事に、素直に納得が出来る奇蹟だったのだ。
然も有りなん、とは惟う。
だが、ならば 彼女の生命が縮んでも良いかと訊かれれば、即座に 否と噭ぶだろう。
「っ––––––––––––––リリィ!」
《 判っていて、どうして そんな危険な事を⁈ 》
言葉にならなかったが、どうやら伝わっていたらしい。
リーゼロッテは、軽く肩を竦める様にしながら 穏やかに微笑んだ。
「わたしは 魔法使いです。寿命は、何100年もあるのですよ?」
その内の数年など、なくなった攸で 何も変わらない。
そう言って、リーゼロッテは 明るく笑った。
《 そ、う かもしれない、だけど! 》
ラノイとしては、納得出来ない。
理屈として 頭で理解する事は出来たが、心が 完全に拒絶していた。
頼んだ訳ではなくとも、自分の為にしてくれた事で 彼女が生命を削るなど 容認出来なかった。
「やっぱり 駄目だよ、出来ない」
ラノイが代価を払わないと決まってしまえば、その瞬間に リーゼロッテの寿命は削られる。
数年と言っていたが、実際は 何年分の寿命が捥ぎ取られるのか判らない。
怕らく、彼女にも 試算がある訳ではないのだろう。
ひょっとすると、数年では済まされないかもしれない。
そんな事に気付いたら、余計に 容認出来なくなっていた。
「此処は 僕の家なんだから、僕が……… 」
「いいえ、リオ」
払う、とは 言えなかった。 言わせてもらえなかった。
語気を強めた訳ではなく 威圧している訳でもなく、彼女は タイミングだけでラノイを黙らせたのだ。
その先を言っては いけない。
そんな意志を感じたのは、気のせいではないだろう。
ラノイの残りの寿命が どれ程かは知りようもないが、明け渡してはいけない。
尠くとも、リーゼロッテは そう判断したのだ。
《 代価って、本当に数年なの? 》
そう疑わざるを得ない状況だった。
たぶん、ラノイの動揺は 顔に出ていた事だろう。
青褪めてすらいたかもしれない。
それに対して、リーゼロッテは 雍かい微笑を泛かべて 首を振った。
「何100年もの寿命など、わたしには 必要のないモノです」
自分なら、数10年もの寿命を失っても 何て事はない。
そう言いたかったのだろう。
確かに、魔法使いの寿命は 永い。
この世界の魔法使いは、数10万人いると云われる。
中でも 仂の強い者達に於いては、いつから存在しているのか誰にも判らないくらいだ。
彼等には、数1000年-攸ではない寿命がある。
戮されない限り 死なない、と表現しても良い。
魔力の強さで云えば、リーゼロッテも その部類に當たるのだろう。
そう考えれば、彼女の言い分は 間違っていない。
だが、ラノイの心情としての受け入れ難さは変わらない。
《 リリィは、生きる気がないんだ。》
酷くショックだった。
ラノイの受けた衝撃は、筆舌に尽くし難い。
《 それは、家族や友人が死んだ後の世界に対して? それとも………。》
確かに、この心優しい魔法使いなら それも有り得るだろう。
しかし、そればかりではない様に惟えた。
「 ……………でも、僕は厭だよ」
哀しい気持ちになると主張すると、漸く折れてくれた。
「 ––––––––––––––でしたら……… 」
正当な代価を計算しているのか、リーゼロッテは 暫くの間を擱いた。
そして、周囲を見回す。
「こちらを、わたしに くださいませ」
「この家の事?」
「はい」
この土地・屋敷の、今後-60年の所有権。
それが 時を戻した代価に相応しいモノだと リーゼロッテは言った。
「ご無理でしたら………… 」
「あげるよ」
ラノイは、即答していた。
迷う必要なんてない、隠れ家-攸か 人生の大半を捧げても良い。
本気で そう惟っている。
「リリィに あげる」
「 ………… 」
「だけど、そんなので足りるの?」
「はい」
戻したのは 10年に充たない時間であり、この敷地内に限っている。
そして、何よりも、損傷が酷かったのは 外観だけだ。
内部の傷みは、それ程ではなかった。
故に 正当な代価だと、リーゼロッテは言葉を重ねた。
その説明を聴いても、ラノイは 不安な顔をしている。
《 リリィは 優しいから…………。》
そう云って 代価の見積もりを安く伝えるのではないか。
そんな不安があったのだ。
尤も、確かめる術なら ある。
《 ––––––––––––––どうしよう。》
ラノイには、戒縛の仂がある。
それは、エスファニア王国の男爵が具える それよりも、かなり勍い仂だ。
加えて、瞞しや 幻倆・結界などに隠されたモノを見抜く〈真眼〉がある。
しかし、彼には セレディンの様な〈心眼〉はない。
嘘を誥いているのかを 瞬時に見究める事が出来ない。
「リオ」
今 眼の前にいる魔法使いは、嘘を誥いている様には見えない。
しかし、事が事だけに 心象だけで捉える事は危険だと感じていた。
だが〈心眼〉を持たないラノイにも 確かめる方法はある。
僅かに逡巡して、ラノイは 決意した。
「 …………ごめんね、リリィ」
「はい?」
小首を傾げるリーゼロッテの頬へ、手を伸ばす。
滑らかで 少しひんやりとした肌を、指先で撫でる。
数日前よりも 格段に無警戒になった様子に、やや心苦しさを覚える。
これからラノイが行おうとしているのは、彼女の信用を 軽く裏切る行為だからだ。
それでも、確かめずに進む事は出来ない問題だった。
「本当に、代価は足りたのか? リーゼロッテ」
魔法使いには 嘘が誥けない質問の仕方だ。
戒縛の仂が乘った問いに、リーゼロッテの肩が強張った。
そんな魔法使いを、ラノイは じっと瞰している。
「私に 嘘など、誥いておらぬな?」
ラノイが リーゼロッテへ向けているのは、偵る様な視線ではない。
只管 愛しい者を案じる男の睛だ。
それを見たリーゼロッテの双眸が 軽く瞠られた。
浅くも 驚愕を泛かべたが、彼女の口は 勝手に答えを紡いだ。
「は ぃ………等価であり、正当な代価です」
戒縛の仂に促されれば、返答を詐る事など出来ない。
誤魔化す暇などなく、勝手に 答えてしまうのだ。
だからこそ、信用出来る答えだった。
これを聴いて、ラノイは ほっと息を咐いた。
「そうか」
漸く 安堵した様子で、ラノイは リーゼロッテを抱き締めた。
「 ………………良かった」
心底 安堵したのだろう。
ラノイは 深い溜息を零したくらいだ。
「あげるよ、屋敷くらい。幾らでも…………だから、リリィ」
生命を無駄遣いする様なマネは しないでほしい、と囁く。
その真剣な言葉に、蒼い瞳が瞬かれた。
今は仮初めの妃であったとしても、今は傍にいるとしても、元は 他人でしかない。
契約で保っている関係なのだから、気にする相手ではない。 その筈だ。
故に、リーゼロッテが勝手にした事に対して、ラノイが心を乱される必要もなければ 責任を感じる必要もない。
それでも、今のがラノイの願いである事だけは判ったらしい。
「 ––––––––––––––は い、ラノイ様」
リーゼロッテは、複雑な表情を泛かべながらも 神妙に頷いていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
2人は、夕刻の温泉街へ来ていた。
隠れ家の外観と内装は 元に戻ったが、彼処には 何もない。
差し当たって必要な食糧を買い揃える為に、麓にある温泉街を訪れたのだ。
「 ––––––––––––––あ!」
暢びりとしていながらも そこそこの活気がある目抜通りに差し掛かると、誰かが大きな声をあげた。
声の発った方向へ顔を向けると、喫驚を泛かべた中年女性がいた。
歳の頃は 40代半ばだろうか。
やや小柄で ふっくらとした軀付きに 穏やかそうな顔立ちの、優しき良き母と云った印象の女性だ。
その女性は、自分の店らしい小さな屋台の向うから 驚きに染まった睛を こちらへ向けていた。
正確には、リーゼロッテの隣にいる ラノイに、である。
「リオじゃない⁈ 」
どうやら、現国王のラノイは 幼い頃から『リオ』を通称にしていたらしい。
リーゼロッテが、自分の偽名に較べれば 愛称の様なモノだと感じていた聘び称は 將しく愛称だったのだろう。
頭の片隅で そんな事を考えている間に、その女性は 小さな屋台の向う側から出て来た。
「まあああ、大きくなってえ!」
「おばさん、こんばんは」
にこやかに挨拶をしたラノイに 数年前の記憶を重ねているのか、女性は 何度もラノイを見直している。
「何よォ、本当に 眼が醒める様な美男に育っちゃってーー!」
女性の大声を聴き付けてか、2人の周りには人が集まってきた。
出立ちから、この温泉街で働いている者達だと判る。
つまりは、幼い頃のラノイを知る者達なのだろう。
彼等は、睛を輝かせて ラノイを取り囲んだ。
湯治客を当て込んだ屋台は 其処彼処にあり、其処にいた店主達は 全員が知り合いの様だ。
其々から好意を含んだ言葉を向けられ それに答えるラノイを、リーゼロッテは 新鮮な思いで見詰めていた。
「帰って来たのか、リオ」
その言葉は、この地に定住するかを問うていた。
そして、そうであってほしいと 全員の表情が語っていた。
「ちょっとの間だけね。また 戻らなきゃいけないんだ」
あっさりと返したラノイの科白に、周囲から 落胆の息が零れる。
中には 晳ら樣に不満を言う者もいた。
いや、そう云った者のほうが多かった、と云うべきか。
社交辞令などではなく、誰もが ラノイに戻ってきてほしいと惟っている様だ。
その事に、リーゼロッテは 小さく微笑む。
幼少のラノイは 切なく哀しい理由で此処へ来たのだろうが、尠くとも 周囲の人々は彼に優しかったのだと感じられた。
厭な思いをして 哀しみに晏れていたのではない事が、ラノイの言葉だけではなく 実感出来た為だろう。
安堵していたリーゼロッテは、交わされる温かい言葉を 余り聴いていなかった。
「どうだい? うちの婿に」
唐突に、その声だけが 彼女の意識に辷り込んできた。
安心から綯んでいた意識が、現実へ引き戻された。
「ばーか、身の程を弁えろって。
リオの後ろの別嬪さんの前じゃ
この街の娘達なんか 睛に映るかよ」
少し離れた場所から、野次の様に男の声が飛んだ。
「それも そうねえ」
反論もあがらずに、誰もが納得だと言わんばかりに肯いている。
自分が引き合いに出されている と察したが、直前の譚を聴いていなかっただけに 反応出来なかった。
その為、先に発言をしたのは ラノイになった。
「綺麗でしょ? 僕の奥さん」
半歩-下がっていたリーゼロッテを、ラノイは 自然に抱き寄せて嬉しそうに自慢する。
《 なっ⁉︎ 》
声を失っていると、周囲は 微笑ましい視線を投げ掛けてくる。
何の衒いもなく言い放たれ、テレているのだとでも惟っているのだろう。
ラノイの 片時も離したくないと云った態度もあって、見事に誤解された様だ。
寧ろ、疑う余地などないと云った状況だった。
「結婚の報告に来てくれたのかい?」
曾て 住んでいた場所の顔馴染み達に
『結婚しました』と報告に来てくれた。
温泉街の者達は、そう解釈をした様だった。
そして、ラノイは これを否定しなかった。
「うん」
満面の笑みで肯定した美形の青年を、周囲の者達が 微笑ましく見詰めていた。
祝福の声と 安堵の言葉が掛けられ、彼は その1っ1っに 笑顔で礼を返している。
《 家族の様………。》
本当に良い関係を構築していたのだと判る一面だった。
リーゼロッテは、再び 心弛びをした。
怕らく、ラノイは 天真爛漫な子供だったのだろう。
だからこそ、今の彼の様子を 街の者達も馴染んで受け入れているのだろう。
王宮の外でしか見られない人間関係、とも云える。
予見で変えようとした未来ではあったが、共に来たからこそ見る事が出来たモノだった。
《 シズ様や クランツ様には申し訳ないけれど、これで良かったのかも………。》
そんな事を考えている間に、周囲の会話は先へ進んでいた。
「2人で 此処に住みゃいいのに」
誰かが、そう言い出した。
「そうしたいけど、仕事もあるし」
戻らない訳にはいかない、との言葉に 街の者達は 口々に不満そうな声をあげる。
「そんなの罷めろ、辞めろ」
「そうよ、それで こっちに戻っておいで」
「そう そう」
「リオなら、此処でも働き口があるんだよ?」
其処彼処から掛けられた誘惑の言葉に、ラノイは霽れやかな笑みを向けた。
「ありがとう」
キラキラと、視覚に於いても 聴覚に於いても音響効果が掛かっていそうな笑顔だった。
美女ばりな美形の青年の、無防備-且つ無邪気な笑顔の破壊力たるや 凄まじいモノがあった様だ。
「 ––––––––––––……… 」
真面に これを睛にした者達は、ぼぼっと音がしそうな勢いで赤面し 停止した。
其処に、老若男女の差はない。
一様に瞠目し 真っ赤な顔でラノイを見入っている。
これを前に、リーゼロッテは 僅かに苦笑いを零した。
そんな中、ラノイの表情が見えない背後の者達が 声を掛けてきた。
「いつまで いられるんだ?」
どうやら、他の者達の異変に気付かずにいるらしい。
その声にも 視線にも、周りの者達の沈黙と赤面に疑問を懐いている様子はない。
「ん〜、今日・明日かなぁ」
ラノイは、背後からの声に 振り皈って返答をした。
麗しい貌が乖向けられた事で吾に還ったのか。
凝然と息を飲んでいた者達が、漸く動き出した。
緻く眼舜きを繰り返す者・駄目だあれは男だしっかりしろなどと呟く者・ほうっと甘美な溜息を零す者など、反応は樣々だ。
ラノイもリーゼロッテも、彼等の状況も心境も察しが付いていて 見ないフリを決め込んでいる。
勿論、これに觝れると 危険だからだ。
「せめて、もっと ゆっくり出来ないのかい?」
その為、この質問には 緩やかな笑みで応える。
「うん。どうしても新婚旅行がしたくて、仕事を放り出して来ちゃったから」
「いいじゃないか、折角なんだから」
「それで、馘になったら、そのまま 此処に移っておいで」
「ん〜、それも いいね」
国王であるラノイが その立場と職務を放り出したら、どうなるか。
本人が 最も良く判っている筈だった。
それなのに、当人は 何故か軽く考え込んでいる。
まさかと惟うも、やりかねないと云う気持ちにもなってくる。
つまりは、何処か不安にさせる沈黙だったのだ。
「リオ……… 」
惟わず、リーゼロッテは 諌める様な声を掛けていた。
これに、ラノイは 爽やかな笑みを向けた。
「リリィに見せたい処、沢山あるんだよ」
「っ で、でも」
「それに、此処なら 2人きりで ゆっくり出来るし、ね?」
ラノイは、にっこりと微笑んでいる。
しかし、その屈託のない笑顔の中に 何とも云えない策謀が視えた。
《 こっ、この人は っ。》
確信犯、その3文字が リーゼロッテの脳裏に浮かんだ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
母屋の裏側には、室内用の湯殿と 露天風呂がある。
どちらもが、天然温泉-掛け流しだ。
母屋も 離れも、地熱と 温泉の湯を利用した床暖房が完備されており、造りも広い。
《 此処って、贅沢な造り。》
後宮を出されたとは云え、父王の愛情と加護は深かったらしい。
華美ではないが、不足がない様に整えられている。
《 でも、お母上様とも離れて この様な処へこなければならなかった、なんて…………。》
当時のラノイの心を想うと、どうしても哀しくなってしまう。
《 正当な代価とは云え、それを貰ってしまうなど………。》
重苦しい気持ちのまま湯浴みをし、離れへ邀う。
《 此処は、ラノイ様の大切な場所なのに。》
荒廃している思い出の場所を見詰める 淋しそうなラノイを見ていたくなくて、勝手な事をした。
まさか、代償の事を知っているとは惟わなかったのだ。
《 失敗だったわ。》
溜息を咐きながら、寝室のドアを開ける。
そして、硬直した。
彼女が入ろうとしたのは、離れの寝室だ。
元は、客間にしていた場所だ。
その部屋に、ラノイがいたのである。
《 ––––––––––––––ぇえ⁉︎ 》
開けたドアに手を当てたまま、リーゼロッテは 混乱していた。
ラノイには、母屋にある 広い寝室を使う様 伝え、整えておいた。
別々に寝る事へ 文句は言っていたが、納得してくれたと惟っていたのだ。
それが 離れにいて、ソファで眠っているのだ。
《 どうして⁈ 先程は『判った』と っ。》
この隠れ家を案内された折、ラノイは 主寝室へリーゼロッテを招いた。
其処は この家の主人が使用する部屋であり、当然 ラノイが今晩を過ごす場所だ。
そう惟っていたリーゼロッテは、相手の些細な言葉から 自分と相手の考えが根本からズレていると気付いたのだ。
宿で泊まった時と同じ様に
共に寝るつもりでいる。
そう察して、リーゼロッテは ラノイを説得した。
それは もう、夕刻までの時間を説得にだけ費やした。
倫理を諭し 常識を説き、自分は仮初めの存在だと繰り返し、寒いなら湯たんぽを作ると駄目押しをした。
ラノイは、渋々ながらも 最後には『判った』と言っていたのだ。
だが、彼は今 リーゼロッテに割り当てた寝室にいる。
懇切丁寧にした願いは 聆き入れてもらえなかったのか、と惟った直後に リーゼロッテは小さく首を振る。
《 は、談したい事とか あったのかも………待っていて、眠ってしまったのかも。》
ベッドではなく ソファにいる事から、そう判断した。
怕らく、この推測は外れていないだろう。
何とか 気を落ち着けながら、リーゼロッテは離れに入り 扉を閉めた。
《 暢びり浸かっていたせいで、お待たせしてしまったのかも。》
ゆっくりと扉から離れ、趾音を忍ばせて ラノイに近付く。
ラノイは、ソファの肘掛け部分に頭を乗せ 腰を拈る様にして横になっている。
睡魔に襲われ、座っていた状態から 撓垂れる様に 横へ倒れ込んだものだろう。
「 ––––––––––––……… 」
眠っているラノイは、実に無防備な顔をしていた。
何だか、新鮮な気分だった。
共に王宮を離れている間、ラノイは活き活きとしていたが、今は それとも違う。
《 この方が、安心して過ごせる様になるには………どのくらい縣るのかしら。》
すよすよと眠っているラノイの横に身を寄せ、腰を跼める。
リーゼロッテは、穏やかに眠っている顔を見詰めている。
ラノイは、整った容貌をしている。
エスファニア王であり リーゼロッテの従兄であるフェイトゥーダの様に、雍かくて 且つ 華やかな容姿ではない。
同国の男爵であるセレディンの様に、男らしくて精悍な顔立ちでもない。
《 この方の お母上様は、嘸かし お姚しかったのでしょう。》
他を圧倒する程の 妖艶な美女が男児を産めば こんな感じだろう、と惟う面立ちをしている。
冷徹な表情となれば 周囲の者達を威圧し、優しく微笑めば 周囲を魅了する。
だからこそ〔獅子王〕として、他を圧倒するカリスマ性を助長させられる。
線は細めだが、均整の取れた 脆弱さのない軀付きも、この貌に相応しい。
《 綺麗な人。》
魔法使いは、概ね 美男であり、美女である。
だと云うのに、何1000人と云う魔法使いと関わってきて、初めて そう惟った。
手許から離してでもラノイを護ろうとした 彼の両親の賢明さに、感謝すら懐いていたのかもしれない。
じっと寝顔を見詰めながら、どんな気持ちだったかと想いを馳せる。
《 安心して、眠れる様に…………。》
そう願いながら、右手を伸ばす。
そっと伸べた手は、視界の外から 掴まえられた。
「!」
ラノイの手が、リーゼロッテの右手を掴んだのだ。
うっすらと、瞼が敞く。
とろんとした黒い瞳が、リーゼロッテを見た。
その途端、心臓が 大きく跳ねる。
《 ッ な、なに? い ま、の………。》
急に鼓動が荒くなった事に動揺しつつ、表面上は 平素を妝って 何とか言葉を紡ぐ。
「 ………申し訳ございません、起こしてしまいましたか?」
この問い掛けに、ラノイは 答えない。
とろんとした睛で、魔法使いを見詰めている。
《 寝暈け て、いる? 》
どぎまぎしつつも、そう惟うと 何処か安心した。
今の自分は いつもの自分ではない気がして、妙な動揺をしている樣を見られたくはない。
そんな惟いがあったのだ。
「リリィ」
「は、はい」
「ありがとう、ね」
ふにゃりとした笑顔と共に言われた この言葉に、リーゼロッテは 軽く瞠目した。
「此処、直してくれて」
優しく手を引かれ、リーゼロッテは 招かれるままにラノイの軀に凭れた。
ソファに寝そべっているラノイの上に 倒れ込む様に寄り添った状態で、見詰め合う。
「ありがとう、リリィ」
嬉しそうな微笑に、撰り一層 胸が高鳴る。
「い、ぃえ………… 」
一瞬前の表情が 嘘の様に、ラノイは哀しそうな顔になった。
「ごめんね、無茶を させちゃって………僕の為に、君の 生命が」
今し方までの ドキドキが、一変した。
理解不能な辣さが、湧き上がってきた。
胸が潰されそうだった。
「ちが っ」
辣い顔などさせたくはなかった。
しかし、己れの生命を軽んじていた事で こんなに後悔をさせている事も事実だ。
哀しませた、と云う罪悪感が襲ってくる。
「大丈夫ですよ。無茶もしていませんし、生命も………… 」
___ 貴方の為に使うのなら 惜しくはない ___
そんな言葉が、口から零れそうになった。
《 え? 》
自分の中にある感情に、彼女は驚いていた。
〔時の女神〕の審判は、厳格で公正で 慄しい。
まだ 代償を理解していなかった頃に、痛い目にも遭っている。
それだけに、時に関する魔法に対しては 慎重だった。
予見の仂を封じたのも、同様の間違いを犯さぬ様 勗めた結果だ。
その魔法使いが、数日 共にいただけの男の為に、数年とは云え 生命を消費する覚悟だったのだ。
《 わ、たし………? 》
しかし、一体 どうして こんな気持ちになるのか、など考えられなかった。
突き詰めるだけの時間を与えられなかったのだ。
「っ⁉︎ 」
ラノイの腕が、リーゼロッテを強く抱き締めた。
彼女は、漸く 自分の状態に気が付いた。
ソファで仰向けになっているラノイの胸に倒れ込む形で 抱き締められているのだ。
《 きゃああぁあ!!? 》
悲鳴は あがらなかった。
「リリィ」
しっかりと抱き締められると、ふわりと湯上りの馨りがする。
先に風呂を使っていたラノイの 石鹸の馨りに気付くと、更に 鼓動が跳ね上がった。
《 っ〜〜〜〜 だ、駄目、死にそう。》
自分の耳にも、心臓の音が聴こえていた。
どきゅん どきゅん、と激しく打つ音が響く。
ラノイにも聴こえてしまうのではないか と、心配になる程だ。
《 これ以上 傍にいたら、停まってしまいそう。》
軽いパニックになりながらも、抱き締める腕から逃げる事も出来ずにいた。
何だか ラノイが『天然のタラシ』みたいになりそうだったので、温泉街の様子は簡素に書きました。
きっと、子供時分も 周囲の大人をメロメロにして甘やかされていたに違いない(笑)
リーゼロッテは、やんわりと囲い込まれてきている状況に いつ気付くのか。
彼女も、或る意味 天然なので、最後まで気付かないかも……気付かないほうが 幸せかな。うん。
次話は、来年2月になる気がします。
読んでくださっている皆さま、ほんと〜に ありがとうございます m(_ _)m
そして、亀どころか ナマケモノ更新で申し訳ございません。
どうか 見捨てないで待っていてください (>_<)




