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森の妖精と 戒縛の王  作者: にくきぅ


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34/60

34__新婚旅行(仮) 4

確か 7日目だった筈……。

書いている本人にも時間経過が判らなくなる程、進展が遅いです (T . T)


お忘れでしょうが、ラノイが幼少を過ごした隠れ家の時間を巻き戻したリーゼロッテと、その代価でモメるラノイから始まります。


では、どうぞ。

___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___


ラノイが子供の頃に 身を護る為に隠れ住んでいた 山の中の寂(さび)れた町で、リーゼロッテは 魔法を使った。

時に干渉する、代価の高い魔法。

或る意味、とても危険な魔法だった。

そう察し 青褪(あおざ)めたラノイへ、魔法使いは 雍(やわら)かく微笑んだ。

必要ないと言わんばかりの笑顔だった。

勿論、これは ラノイにとって呑める条件ではない。

「駄目だよ、リリィが この代価を払うなんて」

何が何でも代価を払おうとするラノイに対して、リーゼロッテの対応は変わらない。

「大丈夫ですよ、このくらい……… 」

「駄目だよ」

「何と云う事は ありません。それに、これは わたしが勝手にした事。どうか お気に爲(な)さらず……… 」

「駄目だってば」

ラノイは、真剣な表情で リーゼロッテの両肩を掴(つか)んだ。

「リリィが負う必要なんか、全然ないんだよ?」

「 ……………… 」

真剣な願いを じっと見詰めたリーゼロッテからは 笑みが熄(き)えていた。

「リリィ」

絶対に引かない、と云う意志が盈(あふ)れた睛(め)に屈したのか。

リーゼロッテは、暫(しばら)く考えた後(のち) 困った諷(ふう)な顔をした。

「 …………では、半分こに致しましょう」

緲(かす)かに苦味を含んだ微笑で、提案を始めた。

「まず、お家の中を 案内してください。それで、また リオの お譚(はなし)を お聴かせください。それから、今日は こちらに泊まらせてください」

一瞬 半分こ(・・・)の意味を計りかねたラノイだったが、すぐに 眉を寄せる。

内容は、とても半分こ(・・・)とは惟(おも)えないモノだ。

「リリィ」

指摘しようとするが、リーゼロッテは 口を挟ませない。

「後は、お食事を作らせてください。それに當(あ)たって 食材がございませんので、お買い物にも お付き合いください」

「そんな程度じゃ 足りないでしょ?」

これだけ範囲の、非生物の時間を巻き戻したのだ。

そんな瑣々(ささ)やかな代価である筈がない。

そう惟(おも)って 諫めようとするが、リーゼロッテは 穏やかな笑みで首を振った。

「 ………此処へ お連れになられたのは、わたしが初めてなのでしょう?」

この隠れ家から王宮へ呼び戻されてから 帰っていなかったのだろう事は、此処の荒れ具合から察せる。

隠れ家の場所などを シズやクランツが知っていたなら、これ程までに荒れていないだろう。

つまりは、ラノイが連れて来たのは リーゼロッテだけだと云う事になる。

自分の大切な思い出(ばしょ)に、1番-最初に連れて来てもらった。

「その お礼です」

リーゼロッテは、雍(やわら)かい笑顔で そう答えた。


《 そんな可愛い事を言われたら、付け込みたくなる。》


拮(きつ)く抱き締めて 口付けたい気分だった。

自分の我儘(ワガママ)な願望に対する 優しい気遣いが、嬉しかった。

「だけど、それは受け取れない」

ラノイは〔時の女神〕の噺(はなし)を知っていた。

未来について 他人に談(はな)したり、過ぎ去った時間を捻じ曲げ 操ったりすれば、それには 必ず(・・)代価が発生する。

どんな善意でやった事だろうと、何の気なしにやった事だろうと、それは 等しく発生するのだ。

正当な代価を渡さなければ、取引をした どちらかが必ず(・・)代償を払わされる。

この場合は、リーゼロッテが 綜(すべ)ての代償を支払う事になるのだ。

「時間を戻すなんて……そんな事して 代価も取らなかったら、リリィが…………… 」

一体 どの様な罰則(ペナルティ)が科せられるのか、ラノイには判らない。

だが、生半(なまなか)なモノではないだろうと云う予測は出来る。


《 代価って 何を要求されるんだろう。お銭(かね)とかなら、まだ 何とかなりそうだけど。》


自分に払い切れるものか不安になりながらも、精一杯 対応しようとしたラノイの耳に 淡々とした言葉が届いた。

「大丈夫です。数年 寿命が縮む程度ですから」

何でもない事の様に、魔法使い(リーゼロッテ)は呟いた。

小さな声であったが、驚く程 すんなりと耳に入り、ラノイは 鋭く息を飲んだ。



  リーゼロッテの生命(いのち)が縮む。



そう理解した途端、視界が暗転した。

これだけの時(・)に干渉したのだ。

それだけの代価を要求される事に、素直に納得が出来る奇蹟だったのだ。

然(さ)も有りなん、とは惟(おも)う。

だが、ならば 彼女の生命(いのち)が縮んでも良いかと訊かれれば、即座に 否と噭(さけ)ぶだろう。

「っ––––––––––––––リリィ!」


《 判っていて、どうして そんな危険な事を⁈ 》


言葉にならなかったが、どうやら伝わっていたらしい。

リーゼロッテは、軽く肩を竦(すく)める様にしながら 穏やかに微笑んだ。

「わたしは 魔法使いです。寿命は、何100年もあるのですよ?」

その内の数年など、なくなった攸(ところ)で 何も変わらない。

そう言って、リーゼロッテは 明るく笑った。


《 そ、う かもしれない、だけど! 》


ラノイとしては、納得出来ない。

理屈として 頭で理解する事は出来たが、心が 完全に拒絶していた。

頼んだ訳ではなくとも、自分の為にしてくれた事で 彼女が生命(いのち)を削るなど 容認出来なかった。

「やっぱり 駄目だよ、出来ない」

ラノイが代価を払わないと決まってしまえば、その瞬間に リーゼロッテの寿命は削られる。

数年と言っていたが、実際は 何年分の寿命が捥(も)ぎ取られるのか判らない。

怕(おそ)らく、彼女にも 試算がある訳ではないのだろう。

ひょっとすると、数年では済まされないかもしれない。

そんな事に気付いたら、余計に 容認出来なくなっていた。

「此処は 僕の家なんだから、僕が……… 」

「いいえ、リオ」

払う、とは 言えなかった。 言わせてもらえなかった。

語気を強めた訳ではなく 威圧している訳でもなく、彼女は タイミングだけでラノイを黙らせたのだ。



  その先を言っては いけない。



そんな意志を感じたのは、気のせいではないだろう。

ラノイの残りの寿命が どれ程かは知りようもないが、明け渡してはいけない。

尠(すくな)くとも、リーゼロッテは そう判断したのだ。


《 代価って、本当に数年(・・)なの? 》


そう疑わざるを得ない状況だった。

たぶん、ラノイの動揺は 顔に出ていた事だろう。

青褪(あおざ)めてすらいたかもしれない。

それに対して、リーゼロッテは 雍(やわら)かい微笑を泛(う)かべて 首を振った。

「何100年もの寿命など、わたしには 必要のないモノです」



  自分なら、数10年もの寿命を失っても 何て事はない。



そう言いたかったのだろう。

確かに、魔法使いの寿命は 永(なが)い。

この世界の魔法使いは、数10万人いると云われる。

中でも 仂(ちから)の強い者達に於いては、いつから存在しているのか誰にも判らないくらいだ。

彼等には、数1000年-攸(どころ)ではない寿命がある。

戮(ころ)されない限り 死なない、と表現しても良い。

魔力の強さで云えば、リーゼロッテも その部類に當(あ)たるのだろう。

そう考えれば、彼女の言い分は 間違っていない。

だが、ラノイの心情としての受け入れ難(がた)さは変わらない。


《 リリィは、生きる気がないんだ。》


酷くショックだった。

ラノイの受けた衝撃は、筆舌に尽くし難(がた)い。


《 それは、家族や友人が死んだ後の世界に対して? それとも………。》


確かに、この心優しい魔法使いなら それも有り得るだろう。

しかし、そればかりではない様に惟(おも)えた。

「 ……………でも、僕は厭(いや)だよ」

哀しい気持ちになると主張すると、漸(ようや)く折れてくれた。

「 ––––––––––––––でしたら……… 」

正当な代価を計算しているのか、リーゼロッテは 暫(しばら)くの間(ま)を擱(お)いた。

そして、周囲を見回す。

「こちらを、わたしに くださいませ」

「この家の事?」

「はい」

この土地・屋敷の、今後-60年の所有権。

それが 時を戻した代価に相応しいモノだと リーゼロッテは言った。

「ご無理でしたら………… 」

「あげるよ」

ラノイは、即答していた。

迷う必要なんてない、隠れ家-攸(どころ)か 人生の大半を捧げても良い。

本気で そう惟(おも)っている。

「リリィに あげる」

「 ………… 」

「だけど、そんなので足りるの?」

「はい」

戻したのは 10年に充(み)たない時間であり、この敷地内に限っている。

そして、何よりも、損傷が酷かったのは 外観だけだ。

内部の傷みは、それ程ではなかった。

故(ゆえ)に 正当な代価だと、リーゼロッテは言葉を重ねた。

その説明を聴いても、ラノイは 不安な顔をしている。


《 リリィは 優しいから…………。》


そう云って 代価の見積もりを安く伝えるのではないか。

そんな不安があったのだ。

尤(もっと)も、確かめる術(すべ)なら ある。


《 ––––––––––––––どうしよう。》


ラノイには、戒縛の仂(ちから)がある。

それは、エスファニア王国の男爵が具(そな)える それよりも、かなり勍(つよ)い仂(ちから)だ。

加えて、瞞(まやか)しや 幻倆(げんじゅつ)・結界などに隠されたモノを見抜く〈真眼〉がある。

しかし、彼には セレディンの様な〈心眼〉はない。

嘘を誥(つ)いているのかを 瞬時に見究める事が出来ない。

「リオ」

今 眼の前にいる魔法使いは、嘘を誥(つ)いている様には見えない。

しかし、事が事だけに 心象だけで捉える事は危険だと感じていた。

だが〈心眼〉を持たないラノイにも 確かめる方法はある。

僅(わず)かに逡巡して、ラノイは 決意した。

「 …………ごめんね、リリィ」

「はい?」

小首を傾(かし)げるリーゼロッテの頬へ、手を伸ばす。

滑(なめ)らかで 少しひんやりとした肌を、指先で撫でる。

数日前よりも 格段に無警戒になった様子に、やや心苦しさを覚える。

これからラノイが行(おこな)おうとしているのは、彼女の信用を 軽く裏切る行為だからだ。

それでも、確かめずに進む事は出来ない問題だった。

「本当に、代価は足りたのか? リーゼロッテ」

魔法使いには 嘘が誥(つ)けない質問の仕方だ。

戒縛の仂(ちから)が乘(の)った問いに、リーゼロッテの肩が強張った。

そんな魔法使いを、ラノイは じっと瞰(みおろ)している。

「私に 嘘など、誥(つ)いておらぬな?」

ラノイが リーゼロッテへ向けているのは、偵(さぐ)る様な視線ではない。

只管(ひたすら) 愛しい者を案じる男の睛(め)だ。

それを見たリーゼロッテの双眸が 軽く瞠(みは)られた。

浅くも 驚愕を泛(う)かべたが、彼女の口は 勝手に答えを紡いだ。

「は ぃ………等価であり、正当な代価です」

戒縛の仂(ちから)に促されれば、返答を詐(いつわ)る事など出来ない。

誤魔化す暇などなく、勝手に 答えてしまうのだ。

だからこそ、信用出来る答えだった。

これを聴いて、ラノイは ほっと息を咐(つ)いた。

「そうか」

漸(ようや)く 安堵した様子で、ラノイは リーゼロッテを抱き締めた。

「 ………………良かった」

心底 安堵したのだろう。

ラノイは 深い溜息を零(こぼ)したくらいだ。

「あげるよ、屋敷くらい。幾らでも…………だから、リリィ」

生命(いのち)を無駄遣いする様なマネは しないでほしい、と囁く。

その真剣な言葉に、蒼(あお)い瞳が瞬(しばた)かれた。

今は仮初めの妃であったとしても、今は傍(そば)にいるとしても、元は 他人でしかない。

契約で保(たも)っている関係なのだから、気にする相手ではない。 その筈だ。

故(ゆえ)に、リーゼロッテが勝手にした事に対して、ラノイが心を乱される必要もなければ 責任を感じる必要もない。

それでも、今のがラノイの願いである事だけは判ったらしい。

「 ––––––––––––––は い、ラノイ様」

リーゼロッテは、複雑な表情を泛(う)かべながらも 神妙に頷いていた。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


2人は、夕刻の温泉街へ来ていた。

隠れ家の外観と内装は 元に戻ったが、彼処には 何もない。

差し当たって必要な食糧を買い揃える為に、麓にある温泉街を訪れたのだ。


  「 ––––––––––––––あ!」


暢(のん)びりとしていながらも そこそこの活気がある目抜通りに差し掛かると、誰かが大きな声をあげた。

声の発(た)った方向へ顔を向けると、喫驚を泛(う)かべた中年女性がいた。

歳の頃は 40代半ばだろうか。

やや小柄で ふっくらとした軀(からだ)付きに 穏やかそうな顔立ちの、優しき良き母と云った印象の女性だ。

その女性は、自分の店らしい小さな屋台の向うから 驚きに染まった睛(め)を こちらへ向けていた。

正確には、リーゼロッテの隣にいる ラノイに、である。


  「リオじゃない⁈ 」


どうやら、現国王のラノイは 幼い頃から『リオ』を通称にしていたらしい。

リーゼロッテが、自分の偽名に較(くら)べれば 愛称の様なモノだと感じていた聘(よ)び称(な)は 將(まさ)しく愛称だったのだろう。

頭の片隅で そんな事を考えている間に、その女性は 小さな屋台の向う側から出て来た。

「まあああ、大きくなってえ!」

「おばさん、こんばんは」

にこやかに挨拶をしたラノイに 数年前の記憶を重ねているのか、女性は 何度もラノイを見直している。

「何よォ、本当に 眼が醒める様な美男に育っちゃってーー!」

女性の大声を聴き付けてか、2人の周りには人が集まってきた。

出立(いでた)ちから、この温泉街で働いている者達だと判る。

つまりは、幼い頃のラノイを知る者達なのだろう。

彼等は、睛(め)を輝かせて ラノイを取り囲んだ。

湯治客を当て込んだ屋台は 其処彼処(そこ かしこ)にあり、其処にいた店主達は 全員が知り合いの様だ。

其々(それぞれ)から好意を含んだ言葉を向けられ それに答えるラノイを、リーゼロッテは 新鮮な思いで見詰めていた。

「帰って来たのか、リオ」

その言葉は、この地に定住するかを問うていた。

そして、そうであってほしいと 全員の表情が語っていた。

「ちょっとの間だけね。また 戻らなきゃいけないんだ」

あっさりと返したラノイの科白(セリフ)に、周囲から 落胆の息が零(こぼ)れる。

中には 晳(あか)ら樣(さま)に不満を言う者もいた。

いや、そう云った者のほうが多かった、と云うべきか。

社交辞令などではなく、誰もが ラノイに戻ってきてほしいと惟(おも)っている様だ。

その事に、リーゼロッテは 小さく微笑む。

幼少のラノイは 切なく哀しい理由で此処へ来たのだろうが、尠(すくな)くとも 周囲の人々は彼に優しかったのだと感じられた。

厭(いや)な思いをして 哀しみに晏(く)れていたのではない事が、ラノイの言葉だけではなく 実感出来た為だろう。

安堵していたリーゼロッテは、交わされる温かい言葉(こえ)を 余り聴いていなかった。

「どうだい? うちの婿に」

唐突に、その声だけが 彼女の意識に辷(すべ)り込んできた。

安心から綯(ゆる)んでいた意識が、現実へ引き戻された。



  「ばーか、身の程を弁(わきま)えろって。

   リオの後ろの別嬪(ベッピン)さんの前じゃ

   この街の娘達なんか 睛(め)に映るかよ」



少し離れた場所から、野次(ヤジ)の様に男の声が飛んだ。

「それも そうねえ」

反論もあがらずに、誰もが納得だと言わんばかりに肯(うなず)いている。

自分が引き合いに出されている と察したが、直前の譚(はなし)を聴いていなかっただけに 反応出来なかった。

その為、先に発言をしたのは ラノイになった。

「綺麗でしょ? 僕の奥さん」

半歩-下がっていたリーゼロッテを、ラノイは 自然に抱き寄せて嬉しそうに自慢する。


《 なっ⁉︎ 》


声を失っていると、周囲は 微笑ましい視線を投げ掛けてくる。

何の衒(てら)いもなく言い放たれ、テレているのだとでも惟(おも)っているのだろう。

ラノイの 片時(かたとき)も離したくないと云った態度もあって、見事に誤解された様だ。

寧(むし)ろ、疑う余地などないと云った状況だった。

「結婚の報告に来てくれたのかい?」



  曾(かつ)て 住んでいた場所の顔馴染み達に

  『結婚しました』と報告に来てくれた。



温泉街の者達は、そう解釈をした様だった。

そして、ラノイは これを否定しなかった。

「うん」

満面の笑みで肯定した美形の青年を、周囲の者達が 微笑ましく見詰めていた。

祝福の声と 安堵の言葉が掛けられ、彼は その1っ1っに 笑顔で礼を返している。


《 家族の様………。》


本当に良い関係を構築していたのだと判る一面だった。

リーゼロッテは、再び 心弛(こころゆる)びをした。

怕(おそ)らく、ラノイは 天真爛漫な子供だったのだろう。

だからこそ、今の彼の様子を 街の者達も馴染んで受け入れているのだろう。

王宮の外でしか見られない人間関係、とも云える。

予見(よけん)で変えようとした未来ではあったが、共に来たからこそ見る事が出来たモノだった。


《 シズ様や クランツ様には申し訳ないけれど、これで良かったのかも………。》


そんな事を考えている間に、周囲の会話は先へ進んでいた。

「2人で 此処に住みゃいいのに」

誰かが、そう言い出した。

「そうしたいけど、仕事もあるし」

戻らない訳にはいかない、との言葉に 街の者達は 口々に不満そうな声をあげる。

「そんなの罷(や)めろ、辞めろ」

「そうよ、それで こっちに戻っておいで」

「そう そう」

「リオなら、此処でも働き口があるんだよ?」

其処彼処(そこ かしこ)から掛けられた誘惑の言葉に、ラノイは霽(は)れやかな笑みを向けた。

「ありがとう」

キラキラと、視覚に於いても 聴覚に於いても音響効果(エフェクト)が掛かっていそうな笑顔だった。

美女ばりな美形の青年の、無防備-且(か)つ無邪気な笑顔の破壊力たるや 凄まじいモノがあった様だ。

「 ––––––––––––……… 」

真面(まとも)に これを睛(め)にした者達は、ぼぼっと音がしそうな勢いで赤面し 停止した。

其処に、老若男女の差はない。

一様に瞠目し 真っ赤な顔でラノイを見入っている。

これを前に、リーゼロッテは 僅(わず)かに苦笑いを零(こぼ)した。

そんな中、ラノイの表情が見えない背後の者達が 声を掛けてきた。

「いつまで いられるんだ?」

どうやら、他の者達の異変に気付かずにいるらしい。

その声にも 視線にも、周りの者達の沈黙と赤面に疑問を懐(いだ)いている様子はない。

「ん〜、今日・明日かなぁ」

ラノイは、背後からの声に 振り皈(かえ)って返答をした。

麗しい貌(かんばせ)が乖向(そむ)けられた事で吾(われ)に還(かえ)ったのか。

凝然と息を飲んでいた者達が、漸(ようや)く動き出した。

緻(こまか)く眼舜(まばた)きを繰り返す者・駄目だあれは男だしっかりしろなどと呟く者・ほうっと甘美な溜息を零(こぼ)す者など、反応は樣々(さまざま)だ。

ラノイもリーゼロッテも、彼等の状況も心境も察しが付いていて 見ないフリを決め込んでいる。

勿論、これに觝(ふ)れると 危険だからだ。

「せめて、もっと ゆっくり出来ないのかい?」

その為、この質問には 緩やかな笑みで応える。

「うん。どうしても新婚旅行がしたくて、仕事を放り出して来ちゃったから」

「いいじゃないか、折角なんだから」

「それで、馘(クビ)になったら、そのまま 此処に移っておいで」

「ん〜、それも いいね」

国王であるラノイが その立場と職務を放り出したら、どうなるか。

本人が 最も良く判っている筈だった。

それなのに、当人は 何故か軽く考え込んでいる。

まさかと惟(おも)うも、やりかねないと云う気持ちにもなってくる。

つまりは、何処か不安にさせる沈黙だったのだ。

「リオ……… 」

惟(おも)わず、リーゼロッテは 諌める様な声を掛けていた。

これに、ラノイは 爽やかな笑みを向けた。

「リリィに見せたい処、沢山あるんだよ」

「っ   で、でも」

「それに、此処なら 2人きりで ゆっくり出来るし、ね?」

ラノイは、にっこりと微笑んでいる。

しかし、その屈託のない笑顔の中に 何とも云えない策謀が視えた。


《 こっ、この人は   っ。》


確信犯、その3文字が リーゼロッテの脳裏に浮かんだ。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


母屋の裏側には、室内用の湯殿と 露天風呂がある。

どちらもが、天然温泉-掛け流しだ。

母屋も 離れも、地熱と 温泉の湯を利用した床暖房が完備されており、造りも広い。


《 此処って、贅沢な造り。》


後宮を出されたとは云え、父王の愛情と加護は深かったらしい。

華美ではないが、不足がない様に整えられている。


《 でも、お母上様とも離れて この様な処へこなければならなかった、なんて…………。》


当時のラノイの心を想うと、どうしても哀しくなってしまう。


《 正当な代価とは云え、それを貰ってしまうなど………。》


重苦しい気持ちのまま湯浴みをし、離れへ邀(むか)う。


《 此処は、ラノイ様の大切な場所なのに。》


荒廃している思い出の場所を見詰める 淋しそうなラノイを見ていたくなくて、勝手な事をした。

まさか、代償の事を知っているとは惟(おも)わなかったのだ。


《 失敗だったわ。》


溜息を咐(つ)きながら、寝室のドアを開ける。

そして、硬直した。

彼女が入ろうとしたのは、離れの寝室だ。

元は、客間にしていた場所だ。

その部屋に、ラノイがいたのである。


《 ––––––––––––––ぇえ⁉︎ 》


開けたドアに手を当てたまま、リーゼロッテは 混乱していた。

ラノイには、母屋にある 広い寝室を使う様 伝え、整えておいた。

別々に寝る事へ 文句は言っていたが、納得してくれたと惟(おも)っていたのだ。

それが 離れにいて、ソファで眠っているのだ。


《 どうして⁈ 先程は『判った』と  っ。》


この隠れ家を案内された折、ラノイは 主寝室へリーゼロッテを招いた。

其処は この家の主人が使用する部屋であり、当然 ラノイが今晩を過ごす場所だ。

そう惟(おも)っていたリーゼロッテは、相手の些細な言葉から 自分と相手の考えが根本からズレていると気付いたのだ。



  宿で泊まった時と同じ様に

  共に寝るつもりでいる。



そう察して、リーゼロッテは ラノイを説得した。

それは もう、夕刻までの時間を説得にだけ費やした。

倫理を諭し 常識を説き、自分は仮初めの存在だと繰り返し、寒いなら湯たんぽを作ると駄目押しをした。

ラノイは、渋々ながらも 最後には『判った』と言っていたのだ。

だが、彼は今 リーゼロッテに割り当てた寝室にいる。

懇切丁寧にした願いは 聆(き)き入れてもらえなかったのか、と惟(おも)った直後に リーゼロッテは小さく首を振る。


《 は、談(はな)したい事とか あったのかも………待っていて、眠ってしまったのかも。》


ベッドではなく ソファにいる事から、そう判断した。

怕(おそ)らく、この推測は外(はず)れていないだろう。

何とか 気を落ち着けながら、リーゼロッテは離れに入り 扉を閉めた。


《 暢(のん)びり浸かっていたせいで、お待たせしてしまったのかも。》


ゆっくりと扉から離れ、趾音(あしおと)を忍ばせて ラノイに近付く。

ラノイは、ソファの肘掛け部分に頭を乗せ 腰を拈(ひね)る様にして横になっている。

睡魔に襲われ、座っていた状態から 撓垂(しなだ)れる様に 横へ倒れ込んだものだろう。

「 ––––––––––––……… 」

眠っているラノイは、実に無防備な顔をしていた。

何だか、新鮮な気分だった。

共に王宮を離れている間、ラノイは活き活きとしていたが、今は それとも違う。


《 この方が、安心して過ごせる様になるには………どのくらい縣(かか)るのかしら。》


すよすよと眠っているラノイの横に身を寄せ、腰を跼(かが)める。

リーゼロッテは、穏やかに眠っている顔を見詰めている。

ラノイは、整った容貌をしている。

エスファニア王であり リーゼロッテの従兄であるフェイトゥーダの様に、雍(やわら)かくて 且(か)つ 華やかな容姿ではない。

同国の男爵であるセレディンの様に、男らしくて精悍な顔立ちでもない。


《 この方の お母上様は、嘸(さぞ)かし お姚(うつく)しかったのでしょう。》


他を圧倒する程の 妖艶な美女が男児を産めば こんな感じだろう、と惟(おも)う面立ちをしている。

冷徹な表情となれば 周囲の者達を威圧し、優しく微笑めば 周囲を魅了する。

だからこそ〔獅子王〕として、他を圧倒するカリスマ性を助長させられる。

線は細めだが、均整の取れた 脆弱さのない軀(からだ)付きも、この貌(かんばせ)に相応(ふさわ)しい。


《 綺麗な人。》


魔法使いは、概(おおむ)ね 美男であり、美女である。

だと云うのに、何1000人と云う魔法使いと関わってきて、初めて そう惟(おも)った。

手許(てもと)から離してでもラノイを護ろうとした 彼の両親の賢明さに、感謝すら懐(いだ)いていたのかもしれない。

じっと寝顔を見詰めながら、どんな気持ちだったかと想いを馳(は)せる。


《 安心して、眠れる様に…………。》


そう願いながら、右手を伸ばす。

そっと伸べた手は、視界の外から 掴(つか)まえられた。

「!」

ラノイの手が、リーゼロッテの右手を掴(つか)んだのだ。

うっすらと、瞼(まぶた)が敞(ひら)く。

とろんとした黒い瞳が、リーゼロッテを見た。

その途端、心臓が 大きく跳ねる。


《 ッ    な、なに?  い ま、の………。》


急に鼓動が荒くなった事に動揺しつつ、表面上は 平素を妝(よそお)って 何とか言葉を紡ぐ。

「 ………申し訳ございません、起こしてしまいましたか?」

この問い掛けに、ラノイは 答えない。

とろんとした睛(め)で、魔法使いを見詰めている。


《 寝暈(ねぼ)け て、いる? 》


どぎまぎしつつも、そう惟(おも)うと 何処か安心した。

今の自分は いつもの自分ではない気がして、妙な動揺をしている樣(さま)を見られたくはない。

そんな惟(おも)いがあったのだ。

「リリィ」

「は、はい」

「ありがとう、ね」

ふにゃりとした笑顔と共に言われた この言葉に、リーゼロッテは 軽く瞠目した。

「此処、直してくれて」

優しく手を引かれ、リーゼロッテは 招かれるままにラノイの軀(からだ)に凭(もた)れた。

ソファに寝そべっているラノイの上に 倒れ込む様に寄り添った状態で、見詰め合う。

「ありがとう、リリィ」

嬉しそうな微笑に、撰(よ)り一層 胸が高鳴る。

「い、ぃえ………… 」

一瞬前の表情が 嘘の様に、ラノイは哀しそうな顔になった。

「ごめんね、無茶を させちゃって………僕の為に、君の 生命(いのち)が」

今し方までの ドキドキが、一変した。

理解不能な辣(つら)さが、湧き上がってきた。

胸が潰されそうだった。

「ちが  っ」

辣(つら)い顔などさせたくはなかった。

しかし、己(おの)れの生命(いのち)を軽んじていた事で こんなに後悔をさせている事も事実だ。

哀しませた、と云う罪悪感が襲ってくる。

「大丈夫ですよ。無茶もしていませんし、生命(いのち)も………… 」



  ___ 貴方の為に使うのなら 惜しくはない ___



そんな言葉が、口から零(こぼ)れそうになった。


《 え? 》


自分の中にある感情に、彼女は驚いていた。

〔時の女神〕の審判は、厳格で公正で 慄(おそろ)しい。

まだ 代償を理解していなかった頃に、痛い目にも遭(あ)っている。

それだけに、時に関する魔法に対しては 慎重だった。

予見(よけん)の仂(ちから)を封じたのも、同様の間違いを犯さぬ様 勗(つと)めた結果だ。

その魔法使いが、数日 共にいただけの男の為に、数年とは云え 生命(いのち)を消費する覚悟だったのだ。


《 わ、たし………? 》


しかし、一体 どうして こんな気持ちになるのか、など考えられなかった。

突き詰めるだけの時間を与えられなかったのだ。

「っ⁉︎ 」

ラノイの腕が、リーゼロッテを強く抱き締めた。

彼女は、漸(ようや)く 自分の状態に気が付いた。

ソファで仰向けになっているラノイの胸に倒れ込む形で 抱き締められているのだ。


《 きゃああぁあ!!? 》


悲鳴は あがらなかった。

「リリィ」

しっかりと抱き締められると、ふわりと湯上りの馨(かお)りがする。

先に風呂を使っていたラノイの 石鹸の馨(かお)りに気付くと、更に 鼓動が跳ね上がった。


《 っ〜〜〜〜 だ、駄目、死にそう。》


自分の耳にも、心臓の音が聴こえていた。

どきゅん どきゅん、と激しく打つ音が響く。

ラノイにも聴こえてしまうのではないか と、心配になる程だ。


《 これ以上 傍(そば)にいたら、停まってしまいそう。》


軽いパニックになりながらも、抱き締める腕から逃げる事も出来ずにいた。

何だか ラノイが『天然のタラシ』みたいになりそうだったので、温泉街の様子は簡素に書きました。

きっと、子供時分も 周囲の大人をメロメロにして甘やかされていたに違いない(笑)

リーゼロッテは、やんわりと囲い込まれてきている状況に いつ気付くのか。

彼女も、或る意味 天然なので、最後まで気付かないかも……気付かないほうが 幸せかな。うん。


次話は、来年2月になる気がします。

読んでくださっている皆さま、ほんと〜に ありがとうございます m(_ _)m

そして、亀どころか ナマケモノ更新で申し訳ございません。

どうか 見捨てないで待っていてください (>_<)


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