33__新婚旅行(仮) 3
北の村の災害を直したのに、王宮に帰らず ふらふらする王と、それを諌められず附いてゆく魔法使いの お話です。
では、どうぞ。
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
『 いいよ、リリィ 』
ラノイが そう言った途端、ぽろぽろと零れ隕ちた泪に、リーゼロッテ-自身が驚いたのか。
彼女は、すぐに 顔を乖向けた。
「いいんだよ」
ラノイは 河伯の手綱からも手を離し、両腕で リーゼロッテを抱き寄せる。
殊更 優しく抱き締めて、優しく髪を撫でる。
《 リリィの過去は、辣いのばっかりなんだ。》
ラノイ-自身の過去も、決して 劣る事のないモノだ。
しかし、彼女に較べれば 自分は恵まれていた、と惟ってしまうらしい。
ラノイは、度々 使っている戒縛の仂の事を惟った。
《 戒縛の仂は、嫌いだろうな。》
軽いモノしか行使していないが、やろうと惟えば 強制的に魔法を使わせる事さえ可能な仂だ。
腕の中の魔法使いに悚がられ 嫌われるのは、ラノイ的に ダメージが大きい。
《 これからは、本当に自粛しよう。》
そんな経緯がなくとも、魔法使いならば 戒縛の仂は 慄しく感じる。
今更だが、その事実に痍付いていた。
《 今まで 使い放題だったけど、少しは気を付けなくちゃ駄目だな。》
將に 今し方 戒縛の仂を使ったと云う自覚が、ラノイにはないのだ。
無理に云う事を聆かせる為に この仂を使うまい、と決意しながら 腕の中を瞰す。
リーゼロッテは、ラノイの前で泣いてしまった事に動揺しているのか、抱き締めている事に文句を言わない。
零れる 宝石の様な泪を、そっと揩ってやる。
「も、申し訳 あ、ありま せ……… 」
熄え入りそうな声で、リーゼロッテが呟いた。
《 可愛い。》
その他-大勢が美女と評する女の 羞じらって困っている様子を、とても愛しいと感じていた。
ずっと こうして傍に置きたい、と 切に願っていた。
《 だからって 駄目だよね、無理矢理 縛り付けちゃ。》
戒縛の仂を使う事は自粛しよう と決めたばかりで、既に 心が揺らいでいるらしい。
それを振り払う様に、ラノイは 譚を変えた。
「 ––––––––––––––さっき『男爵』って言ったよね? それって、一緒に馬に乗った あの男爵?」
当たり障りのない話題のつもりで、ラノイは この譚を蒸し皈した。
急に話題を変えられた事は判っていても、リーゼロッテは それについて指摘しない。
寧ろ、話題転換は 彼女にとっても好都合だったのだ。
違う譚をしながら 心を落ち着けようと云う算段なのだろう。
リーゼロッテは、ラノイから 顔を乖向けたまま 答えを返した。
「ぁ、いいえ………でも、同じ男爵家の血を引く方です」
「息子って事?」
「いいえ。父を苦しめた 当時の男爵は、父と母が出会い 森で暮らし始めた頃に、亡くなったそうです。あの方は、その男爵の妹君の ご子息で、優しい方です」
「でも、仂はある……でしょ?」
ラノイの指摘に、リーゼロッテは 瞠目した。
確かに、彼女の父親と関わりがあった当時の男爵には 戒縛の仂があった。
現在の男爵とは叔父・甥の関係であるが、戒縛の仂については匂わせてもいない。
何故なら、件の男爵に戒縛の仂を使われた事がないのだ。
匂わせようもないし、リーゼロッテ自身、相手に仂がある事を 時折 忘れるくらいだった。
それに対して、この若き国王は 指摘してみせたのである。
まるで 心でも詠めるかの様に。
「 ––––––––––––……… 」
〈魔法使いの眼〉を惟わせる勘の良さに、リーゼロッテは言葉を失っていた。
ふっくらとした唇が 小さく動くが、声にならないらしい。
そんな様子を瞰して、ラノイは 浅く苦笑いを泛かべる。
「判るよ、何となく」
類い稀なる勘の良さがあるのか、洞察力が凄まじいのか。
どちらにしろ、彼の指摘は 的を射ていた。
「はい。ですが………… 」
肯定の意を示す様に頷くが、リーゼロッテは すぐに言葉を切った。
そして、苦虫を噛み潰したかの如き顔になる。
姚しい貌に泛いた 複雑な色を察て、ラノイは 軽く瞠目した。
つい先程『現-男爵は良心的な紳士』と受け取れる評価を聴いたばかりだ。
なのに、リーゼロッテの表情は 痛みを含んだモノになっているのである。
《 何で? 何が遭ったの? 》
この警戒心の強い魔法使いに『良い』と評価された者が、彼女を酷く扱うなど ないだろう。
エスファニア王国の男爵-セレディン=ラグロス=ハーシュフェルダーを直接 知らなくとも、そう言い切れた。
ラノイは、それだけ リーゼロッテの評価を信じていた。
だからこそ 驚いたし、混乱していた。
「たぶん、ご自身では判っておられません。自分は 何の仂もないのだと惟っておられる様ですし、普段から ご命じになる事もありませんし」
言い訳の様な言葉を、ラノイは 何処か遠くに聴いていた。
「あの方-ご自身を 悚いとは、もう 惟っていない の、です が」
リーゼロッテは、とても談し辣そうに呟いて 再度 言葉を途切れさせた。
「リリィ?」
ラノイは、リーゼロッテを見詰めて そう聘んだ。
しかし、彼女は これに気付かなかったらしく、哀しそうに睛を細めた。
「名前 を…………どうして も」
聘べないのだと、小さな声で科白を繋げている。
この短い言葉を耳にした途端、ラノイの脳は過敏な反応をした。
直前まで遠くに聴こえていた声は クリアに脳へ届き、直後 鈍器で殴られた様な衝撃を感じた。
脳が揺さぶられたかの様なダメージを受けたのだ。
「両親から 何度も聴かされた譚のせいなのかもしれません が……あの方が、その度に痍付いていると 判っている、のに……どうしても………聘べ なく て」
俯き加減で続けられた 愛しい女の声を、またも 少し遠くに聴いていた。
耳に届いているし 言葉を理解してもいるのだが、脳が 現実を受け入れられずにいる。
そんな感じだった。
「 ………そう」
そのせいか、ラノイは 酷く気の抜けた相槌をうっていた。
その裡、心の中では 項垂れていた。
眼の前にいるのは〔森の妖精〕だ。
魔法使いである以上、戒縛の仂は、脅威だ。
きちんと理解していた事なのに、酷くショックだった。
《 やっぱり 悚いんだ。》
強いショックを受けながらも 何とか手を動かし、艶やかな髪を撫でる。
晃りを受けて白銀に輝く髪を撫でていると、少しずつだが 冷静さを取り戻せた。
受けた精神的ダメージは大きかったが、何とか体裁は繕えそうだ。
そう判断してラノイは、意図的に雍かい笑みを泛かべる。
「いいよ。僕-以外の男の名前なんか 聘ばなくても」
にっこりと笑って、そんな事を言う。
「リリィは、僕の奥さんなんだから」
ラノイの冗談と本気が 半々となった言葉に、リーゼロッテは 俯いていた顔を上げる。
丸くなった蒼い瞳が、真っ直ぐ ラノイを見上げた。
まだ泪に濡れた瞳は、驚きを泛かべている。
「だから、いいんだよ? 僕の名前だけ聘んでくれれば」
にこりと微笑んでの提案に、姚しい魔法使いは 何度か睛を瞬かせた。
「ね? 僕の可愛い 奥さん」
王宮にいる時と変わらない軽口に、揶われているとでも惟ったのか。
リーゼロッテは、少し むくれて、僅かに怒った表情をして、ほんの緲かに 苦笑いを零した。
「わたし は……短期間、雇われているだけです」
「えーー、リリィ、洌い」
「ほ、本当の事です」
「ええーーー、リリィ、酷い」
言葉を交わす度に雍かくなってゆく表情に、ラノイは 少し安堵していた。
零れ続けていた泪は、どうやら止まったらしい。
これを見たラノイは、相変わらず 銀の髪を撫でながら、心から穏やかな笑みを泛かべた。
「僕は、こんなに リリィが大切なのに」
どんな女でも見惚れる程 姚しい青年が 蕩ける様な微笑みを向けても、リーゼロッテは変わらない。
…………筈だった。
「あれ? リリィ?」
突然、腕の中の美女が 硬直したのだ。
どうかしたのか と問う前に、美しい声が 困惑気味に呟いていた。
「そ、その 聘び称……… 」
「ん?『リーゼロッテ』のほうが良かった?」
「そ、そうでは、なく て………… 」
リーゼロッテは、しどろもどろと返答している。
どうにも 彼女らしくはない様子だった。
《 あれ? ひょっとして、テレてくれてるのかな? 》
ラノイの表情や 甘い囁きには無反応なのに、聘び称は 気になるらしい。
その事に、若き国王は 心の中で苦笑しながら、表面上は 無邪気に笑う。
「可愛いでしょ?」
もっと別な部分に反応してくれても……などとは言葉に出来ず、努めて明るい声で言う。
「僕としては『アシュリー』よりも『リーゼロッテ』のほうで聘びたいんだよね」
そうは言ったものの、素直にリーゼロッテと聘ぶ事はしたくないらしい。
《 でも、普段から そう聘んで、他の奴に教えたくないって惟っちゃうんだよね。》
極端な譚、シズにだって教えたくはない。 自分だけが知っていれば良い。
そんな考えが頭にあったのだ。
勿論、他に知る者がいない訳でもないし 誰にも知らせない事も出来ない。
だが、特に関わり合いにならない者達にまで教えてやりたくはない。
矮小な感情が働いた結果、愛称を惟い付いたのだ。
「ですが……… 」
反論しようとするリーゼロッテを、ラノイは 丸め込もうとしていた。
「駄目?」
態と、哀しそうな顔で問い掛けた。
ラノイは、この数日で リーゼロッテの弱点を理解していた。
優しすぎる魔法使いは、威圧には屈しないが 懇願には頓に懦い。
「っ」
案の定、反論出来ずに 口を ぱくぱくさせている。
「厭だった?」
「そ の………で、ですが………… 」
首を傾げる様にして 尋ねると、拒絶にもならない言葉の切れ端を ぽつぽつと呟いている。
《 やっぱり可愛い。》
先程のダメージから 完全に恢復したのか、ラノイは 上機嫌になる。
にこにこと笑いながら、愛おしそうに リーゼロッテの髪を撫でている。
リーゼロッテとしては、何故 愛称などを付けられて聘ばれているのか 解釈に困っていた。
仮初めの妃の事など どうでも良いではないかと惟うのだが、この王は いちいち困惑する様な言動をする。
そして、自分の意思を貫こうとするのだ。
今回も無駄かもしれない と惟いながらも、リーゼロッテは諫言めいた言葉を口にした。
「い、今更 聘び称を変えると、王宮の方達が混乱されますよ?」
「其処なんだよねぇ。こんな事なら、最初から ちゃんと訊いとけば良かったな」
撤回するつもりはない と、その表情と声が示していた。
どちらかと云えば、どうにかして正式に認めさせられないか と思案を巡らせている気配がある。
「リオ………… 」
難題に頭を捻る必要はなく、今まで通りで良いではないか。
そんな想いを込めた声に、真剣な顔で ラノイは首を振る。
「だけど、リリィにとっては、眞名の次に 大切な名前でしょ?」
「そ、れは…………でも」
「あ、そうだ。 この際、アシュリー=リーゼロッテ=ラッケンガルドに改名する……とか、どう?」
名案でしょ? と、ラノイは 目映い笑顔を向けてきた。
「な っ」
反論が出なかったのは、唖然とさせられた程度では済まされない名が含まれていた為だ。
家名にラッケンガルドと付けられたのは、対内的に妃であると云う 仮の立場に因るのかもしれない。
だが、それを考慮しても 受けた衝撃は強かった。
仮ではなくとも、正妃ではないのだから 国名を背負う必要はない。
リーゼロッテの場合なら、アシュリー=リーゼロッテ=サフィールになる筈だ。
それを、ラノイが知らない訳がない。
「だって、リリィは、僕の 奥さんでしょ?」
「だ、だから それは……… 」
一時の事だ、とは 言えなかった。
髪を撫でていたラノイの口許に 意地の悪い笑みが泛いたのに気付いたのだ。
左腕で 細い腰を絡める様に抱き寄せ、背を跼めて 赧くなっている頬へ 顔を寄せる。
「リーゼロッテ、そなたは 私の妃だろう?」
耳許で囁く。
「きゃ」
ぴくん と、細い軀が撥ねた。
構わずに、耳朶に 唇で觝れる。
「やっ」
止まった泪が 1粒 零れた。
《 本当に、慣れてないんだな。》
余りにも 初々しい反応に、ラノイの口許に笑みが泛く。
「ぉ、お罷め くださ ぃ。リオ、どうか っ」
リーゼロッテは、それまで愨しく抱き締められていた腕から遁れようと 身を捩る。
ラノイの胸に手を当て、腕を伸ばす様にして 軀を離そうとする。
「暴れるな、隕ちるぞ?」
びくっと 小さく身を震わせて、リーゼロッテは 抵抗を罷めた。
その瞬間、ラノイは はっとする。
《 あ。》
抵抗を罷めた のではなく『罷めさせてしまった』のだ、と 理解したのだ。
あの短い言葉に、戒縛の仂が乘ったのだ。
魔法使いであるリーゼロッテが抵抗出来ない仂が、だ。
《 使う気はないのに っ。》
ラノイは 小さな頃から、幾つかの天賚の他にも 魔法使いに准ずる程の魔力を具えていた。
中でも、戒縛の仂は強い。
その気がなくとも、言霊だけで 相手の行動を制限する事が可能な程だ。
つまり、使わずにいると云う事は ほぼ不可能だった。
《 こうなると、厄介だ。》
心の中で 苦笑いをして、腕を弛める。
「それもこれも、リリィが可愛いのが いけないんだよね」
「ぇ? え?」
真っ赤な顔をし、睛を丸くさせ、訳が判らないと云った表情で 自分を見上げてくる。
《 駄目だぁ、可愛い〜。》
弛めた腕を 再び絡めたいと云う欲求を闘いながら、ラノイは 苦笑を泛かべた。
「これから、苦労しそうだな」
「ぇ? え?」
眼舜きをする度に、蒼い瞳から泪が零れた。
「悚くないよ? 大丈夫だからね」
優しく泪を揩いながら、何度も そう囁いた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
ラッケンガルドの大地は、大きく波打っている。
宛ら、風の悪戯に因って 大きく波打ったカーテンの様だ。
これは 国の何処でも同じだが、国境-周辺になれば 幾らか緩やかになる。
今 青鹿毛の馬-河伯が進んでいるのも、高低差や 傾斜の緩やかになった場所だった。
ラッケンガルド王国の中央地帯は うねりが大きく、国境付近になると 緩やかになる。
今いる北の火山地帯は 国境に近く、例に洩れず うねりは小さい。
高低差-2メートルに満たない 緩やかな うねりの向うに、街が見えていた。
しっとりと落ち着いた印象の温泉街を想像してもらえれば、当たらずとも遠からずだ。
温泉が出る この街の更に北側には 標高-320メートル程の山があり、ラノイは 其処へ邀っていた。
「後で 街にも往こうね」
そう言って 温泉街の外周にある逵を通って、山へ入った。
幅-3メートルの土の逵が、真っ直ぐ森を切り裂いて 斜面を陟っている。
九十九折にする程ではないが 決して緩くはない斜面を陟って往くと、古い邨が見えてきた。
山の中腹に なだらかな場所があり、家々が 身を寄せ合う様にして建てられている。
「こちらに 住んでいらっしゃったのですか?」
2人を乗せた河伯は、邨の真ん中を貫く逵を ゆっくりと陟っている。
否応無く睛に入る邨の様子は、廃村-そのものだった。
「うん、この奥」
昔は 120世帯-700人剰りが住んでいたのだが、今は 誰もいないのだと ラノイが言った。
曾ては、温泉街の人々が住んでいた邨だった。
そもそも、この地の恵みでもある湯を使っての商売は 麓で行っていた。
住人達は、朝 山を下り、陽暮れに 山へ戻る生活を続けていた。
温泉旅館で働く何10人かは 夜間も麓に残る事があるが、それも 交代制だった。
しかし、此処の湯が怪我に効くとの噂が広まると同時に、長期に亘る湯治客が増える。
そうなると、利便性から 麓へ移住する者が出始めた。
そうして、この邨は 無人になった。
今は、麓に移り住んだ者達の 別荘-兼-倉庫として 一部が活用されるのみだ。
そんな中、幼少のラノイが 身分を匿し移り住んでいた。
遊び廻った野山や 剣や槍の稽古をした庭などを思い出しているのか、ラノイは 睛を細めている。
「あの頃から こんなだよ」
誰もいない邨を見回して、ラノイは 懐かしんでいる様だった。
「魔法もね、此処で習ったんだ」
この何気ない一言に、リーゼロッテが 軽く瞠目した。
「あの適当魔人が、此処へ………?」
ラノイにとっては 素晴らしい魔法の師であった人物なのだが、どうやら 幼い魔法使いにとっては違うらしい。
《『適当魔人』なんだなぁ、リリィの中じゃ。》
終始変わらない態度から、彼女の中で坍れる事のない印象なのだと俔い知れる。
ラノイは、苦笑を噛み殺しながら 逵の先を指差した。
「ほら、見えてきた」
示した先には、石造りの塀で囲まれた朱色の門が見えてきた。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
「う、わ〜〜ぁ」
門に近付くと 感動ではない声が、ラノイから零れた。
曾ては 綺麗に朱塗りが施されていた木製の門は、表面の塗装が剥げている部分が眼立ち 扉が僅かに傾いている。
どうやら、柱との継ぎ目が腐っているらしい。
触ると、ぎぃぎぃ と耳障りな音が発つ。
慎重に 門を押し敞き、中に入った。
「あ〜……… 」
更に 無感動の声が零れた。
石畳になっている表の庭は、石畳の間から 雑草が伸び放題になっている。
夏枯れでもしたのか、何本かの植木は 枯れていた。
表の庭の向うにある母屋と離れも 同様に樣変わりをしており、屋根や窓ガラスに 年季を感じさせるモノがある。
台風にでも襲われたのか、至る処にダメージを受けた跡があり、瓦や窓ガラスの幾つかは割れている。
《 そうだよね。》
曾て ラノイが此処に隠れ住んでいた事は、シズでも知らない。
当然、クランツも知らず、誰かが気を利かせて手入れをしてくれるなど、起こり得ない状況だ。
《 しょうがないか。》
落胆しているラノイを 隣で見上げていたリーゼロッテは、徐に 唄い始めた。
過ぎ去りし日の微風、花 咲きたる丘
梢を渉る 鳥の面影、野路の笑い声
在りし日 心に懐きて、遙々 寂しく
今こそ、形見に祈らん
親しきモノに 尽きせぬ幸あれ、と
短い歌が終わる頃には、睛に映る景色は 一変していた。
門は 朱塗りの色が映え、屋根の瓦は 美しく整い、窓ガラスは 磨き上げられた直後の様だ。
見える範囲の綜てが、曾ての様子を取り戻していた。
「リリィ………… 」
「この敷地の中だけ、時を戻しました」
限定空間の時間を 数年前に戻す事で、荒廃していた屋敷が 美しさを取り戻したのだ。
「そんな事、出来るの?」
「はい、限定的ではありますが」
幼い魔法使いは、小さく微笑んだ。
「戻せるのは、生物-以外です」
枯れてしまった草木を戻す事は出来ないし、死んでしまった動物を生き還らせる事は出来ない。
しかし、彼女は 光りと生命を司る 特殊な魔法使いだ。
生え放題だった雑草は 魔法で一掃し、立ち枯れていた樹は 魔法で消した。
何もない庭になってしまっては 余りにも寂しい為、似た植物を栽えた。
その植物の種は リーゼロッテが集めていた手持ちの種で、発芽・育成は〔森の妖精〕の能力だ。
魔法で収納していた空間から 幾種類かの種を択び、一気に育てた。
そうして、この屋敷は ラノイがいた頃よりも美しい姿となって蘇ったのだ。
「わ〜〜〜!」
感動しながら、この譚を聴いていたラノイだったが、唐突に 表情を失くした。
「リオ?」
ものの数秒で、青年の顔は青褪めた。
「これは 時に関する魔法でしょ?」
「はい」
あっさりと返された肯定に、ラノイは 益々 青褪めた。
「時の魔法には それだけの代償が要るよね。僕は、何を払えばいい?」
どうやら、時の魔法に関する制約を知っていたらしい。
そうと察して、リーゼロッテは 殊更 雍かく微笑んだ。
『温泉 いいな、温泉 行きたい』
そんな適当な理由で、行き先を温泉にしてしまいました。
お話の中の季節は 晩冬あたりの設定なので、丁度良いでしょう! って事で。
作中に出てきた歌は、ツッコミ禁止! で お願いします(泣)
これ以上は 思い付きません(号泣)




