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森の妖精と 戒縛の王  作者: にくきぅ


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32/60

32__新婚旅行(仮) 2

今回は ラノイとリーゼロッテの過去の お話が、ちらりと出てきます。

基本的には、荒野を馬で進んでいるだけの お話です。


では、どうぞ。


___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


交易の街から東へと進む 馬の背で、ラノイが 不服そうな顔になった。

「攸(ところ)で、まだ 尾(つ)けて来るんだけど」

周囲に人影はないが、戦場の鬼神と謡(うた)われた武人でもある この王は、背後の気配に気付いていた。

これに、同乗している美女が頷いた。

「はい」

2人共 振り皈(かえ)る事はしないが、数10メートルは離れて附(つ)いて来る気配を 正確に把握していた。

交易の街を歩き廻っていた時から尾(つ)けて来た気配達である。

「付かず離れず、と云った攸(ところ)でしょうか」

2人の様子を遉(うかが)いながら 尾(つ)けて来る気配の数は、5っ。

その内の 1っは、驢馬(ロバ)のモノだ。

実質-人数は 4人で、小さな幌付きの荷車を 驢馬(ロバ)に牽(ひ)かせている。

魔法使い(リーゼロッテ)は、こっそりと〈魔法使いの眼〉を使い 後方の者達を視た。

2人の 若い男が 驢馬(ロバ)の左右を歩き、左の者が 驢馬(ロバ)の手綱を握っている。

どちらもが 行商人の出立(いでた)ちをしていた。

もう2人は、幌付きの荷車の中にいた。

小さな荷車の中にいる 2人の男の軀(からだ)付きは、筋骨隆々で 大柄だった。

とてもではないが、行商人達の用心棒ではなさそうだった。

そもそも、用心棒が荷車に乗るなど 有り得ないのだが。

「こんなに暢(のん)びり進んでるんだから、さっさと襲ってくればいいのに」

うんざりとした口調で、ラノイが呟いた。

「そうですね」

苦笑いを含んだ声で同意したが、魔法使い(リーゼロッテ)も 全面的に同意見だった。

昨夜、交易の街の裏路地で襲ってきた者達とは 異なる組織・首謀者から送られたらしい。

これは、追跡して来る者達に 焦燥や窮追した感じがない事で判断出来た。

1度 仲間が失敗していれば、焦りから 次の策(て)は性急なモノになる。

人気のない場所へさしかかっても こちらを襲ってこないのは、別の人間が差し向けた者達だからと推察出来る。

今-現在は、魔法使い(リーゼロッテ)が本物の王妃なのか 替え玉なのかを見定めている最中(さいちゅう)と云った攸(ところ)だろう。

つまりは、まだ暫(しばら)くは尾(つ)け廻されると云う事でもある。

「やだなぁ、新婚旅行なのに」

「違います」

間髪を入れずの返答に、ラノイが笑みを零(こぼ)す。

以前ならば、揶(からか)うなと、誰もいない場所で演技などするなと、非難の睛(め)を向けてきた場面だ。

今では そんな反応すら示さない。

これが、何だか擽(くすぐ)ったく感じる程 嬉しかった。

「えーーー 」

歓びを噛み締めながらも、ラノイは 文句を言いたげな声を出した。

そんなラノイの心境には気付かず、魔法使い(リーゼロッテ)は 後方の者達を垣間見(かいまみ)る。

50〜60メートルの距離を、近付いたり離れたりしながら尾(つ)けてくる者達は 終始 無言だった。

何か言葉を発してくれれば 音波を拾って会話を聴く事が出来るが、一言も発しないのだ。

〔獅子王〕の妃を襲撃するだけが 目的ではないのか、仲間の到着を待っているのか。

人気(ひとけ)のない場所であっても、20メートル以内へは近付いて来ない。

これだけ離れていては 相手の睛(め)を見る事も叶わず、魔法使い(リーゼロッテ)は 追尾者達の目的を知る事が出来なかった。

「このままに しますか?」

当面の危険はなさそうだが、有無を云わさず捕縛するなら 此処は最適だ。

目撃者もなく 魔法を使える環境なのだから。

そう云う意味を込めての言葉に、ラノイは 小さく首を振った。

「鬱陶(うっとう)しいし 面倒だし、撒いちゃおうか」

本来 この旅は、妃を餌に〔獅子王〕に反発する者達を釣り上げる事を目的としている。

つまり、ラノイの発言は 根底から間違っているのだ。

しかし、魔法使い(リーゼロッテ)は それを窘(たしな)められなかった。

「附(つ)いて来られると、折角の新婚旅行気分が台無しだし」

懲(こ)りずに、ラノイが呟いたせいである。


《 違います! 》


先程は言えた言葉が、今度は出なかった。

理由は 簡単、寝起きに受けた衝撃的な光景を思い出してしまったからだ。


《 違うからっ、違うから! 違うからぁぁ! 》


懸命に否定するのだが、肩を抱き寄せている大きな左手や 凭(もた)れているラノイの体温などを感じると、動揺してしまうらしい。

一度 意識してしまうと、容易に無視出来なくなるのが 温度と云うモノだ。

それが 他人のモノで、而(しか)も 異性ともなれば、尚更である。

初心(うぶ)な魔法使いは、相手の体温を意識した途端、撰(よ)り鮮明に 今朝の事を思い出してしまった。


《 違うから気のせいだから間違いだから揶(からか)われているだけだからぁ! 》


何を否定しているのかは、彼女-自身 理解していないだろう。

取り敢えず『違う』を、樣々(さまざま)な言葉で繰り返す。

早口言葉の様に 脳内で捲(まく)し立てながら、魔法使い(リーゼロッテ)は ラノイに進言した。

「 ………………では、幻倆(げんじゅつ)を使いましょう」

何食わぬ声で、提案する。

勿論、心臓は ぱくぱく鳴っていて、頭の中は ぐにゃぐにゃだ。

そんな状態でも、声だけは 平静を保(たも)てた。

頭の片隅で『これまでの魔法属との戦闘で得た〈凪の声〉が役に立つとは』などと感嘆する。

しかし、脳の大部分は 震盪(しんとう)しており、収拾は付いていない。


《 どうして こんな  ッ! ––––––––––––莫迦(ばか)ばかバカ莫迦(ばか)ぁ ラノイ様のバカばかぁぁぁぁ! 》


相手(ラノイ)の言葉に揺さ振られている心情を悟られない様、彼女は 前を向いた。

熱を珮(お)びた頬を隠す為に、俯くよりも 顔を乖向(そむ)ける事を選択したのだ。

その状態で、ラノイの文句を連呼する。 勿論、頭の中だけで。

そして、声と言葉だけは 普段通りに平静を妝(よそお)うのだ。

「この先に 岐(わか)れ逵(みち)は?」

「あるよ、僕達は 左に曲がる」

魔法使い(リーゼロッテ)は、不自然に惟(おも)われない動きで ラノイから顔を乖(そ)らす事に成功していたらしい。

彼女は、頬が赧(あか)くなっている事を指摘されずに済んだ事に 密(ひそ)かに安堵していた。

序(つい)でに、ほんの僅(わず)かだが 落ち着いてきていた。

「判りました」

東へ進む青鹿毛(あおかげ)の馬の背で ラノイに抱き寄せられたまま、左手を上げる。

後方の追尾者達とは 真逆の方向を向いたまま、魔法使い(リーゼロッテ)は 魔法を揮(ふる)った。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___


肩の高さへ上げられた アシュリーの左手が、ゆったりと空(くう)を撫でる。

魔法を使ったんだって事は判ったけど、僕が見ていたのは アシュリーの手だ。

細くて白くて 綺麗な手なんだ。

昨夜、襲ってきた暗殺者達を 素手で叩き舒(の)めしたなんて忘れちゃうくらい、綺麗な手だ。

あの手の 薬指に、いつか……なんて 考えてる間に、妙な気配がした。

首を回して 振り皈(かえ)ると、すぐ後ろに 河伯(かはく)がいた。


《 おぉ。》


其処には ゆっくりと歩く河伯(かはく)がいて、その背に アシュリーと僕がいる。

幻なんだって事は、すぐに判った。

僕の睛(め)には、幻も結界も 半透明に視えるからだ。

つまり、他の者には この幻が視えてる状態なんだ。

「 …………今って、もう 見えてないの?」

「はい」

そうでなきゃ可妙(おか)しいなって惟(おも)てるのに、口が勝手に尋ねてた。

吾(われ)ながら 莫迦(ばか)な質問だって惟(おも)うけど、アシュリーは くすりとも嗤(わら)わずに答えてくれた。


《 アシュリーって………。》


優しいなぁって言葉と同時に、別の感情と言葉が湧き上がってた。

本当に 呪文とか使わないよねぇ、アシュリーって。

普通は、一言 二言でも、呪文くらい唱えるモノなのに。

確かに、唱えないほうが 倆(じゅつ)を特定されなくて いいのかもしれないけど。


《 省くにも 程があるよ。》


僕みたいに 頭の中で唱えてるにしては、発動が早い。

時間差(タイムラグ)がないのは、簡単な倆(じゅつ)だから?

でも、障壁も 結界も 幻倆(げんじゅつ)も、この精度のを紡ぐのは簡単じゃないと惟(おも)うんだけど。

半ば 惘(あき)れた様な気分で、僕は 溜息を咐(つ)いた。

そして、気分を変える様に 腕の中の魔法使いを見た。

「じゃあ、ゆっくり新婚旅行を娯(たの)しめるね」

「違います」

間髪入れずに 否定されたけど、やっぱり 嬉しかった。

だって、ほら、僕の手を拒んでない。

ずっと抱き寄せてるのに 脅(おび)えない攸(どころ)か、拂(はら)い除(の)けもしないんだ。

抱き締められて同衾した事に較(くら)べれば、この程度は……って反応かも。


《 ちょっと大胆だったかなって惟(おも)ったけど、あれはあれで 良かったんだな。》


ショック療法みたいな感じだったのかもしれない。

そう惟(おも)うと、自然と顔が にやけてくる。

「ええーーー 」

不服そうな声で返してるけど、僕は、勿論 上機嫌だ。

因(ちな)みに、こっちを見てもらえないけど こうしていられるだけで充分だ。

1ヶ月は縣(かか)るかもって惟(おも)ってた状態に、もう なれたんだから。

そんなご機嫌な僕に、前を向いたままのアシュリーが こう言った。

「意地悪ばかり仰有(おっしゃ)るのなら、このまま 河伯(かはく)と共に 王宮へ戻りますよ?」

拗ねたみたいな声が、諌めの言葉を紡いだ。

でも、僕が引っ掛かったのは 別の部分だった。

「 ––––––––––––名前……… 」

僕は、この旅に出てからの アシュリーとの会話を惟(おも)い返しながら 呟いていた。

言ってない筈だ、河伯(かはく)の名前を。

僕の愛馬の紹介をするタイミングを遁(のが)したまま、今に至った筈だ。

そう 記憶を確認し直しながら、呟いていた。

これに、アシュリーが 答えをくれる。

「河伯(かはく)が 教えてくれました」

「 ………談(はな)せるんだ」

「はい」

「そうか、談(はな)せるのは 使い魔だけじゃなかったんだね」

これ また、呟き声しか出なかった。

凄く驚いてたんだ、初耳だったから。



  魔法使いは、自分が創り出した魔法生物や

  自身の使い魔と会話が可能。



師匠は、そう教えてくれた。

だけど、それ以外は 言ってなかった。 言わなかった。


《 師匠から そんな譚(はなし) 聴いた事なかったけど⁈ 》


驚いたけど、混乱はしなかった。

何て云うか、妙に納得しちゃったんだ。


《 一瞬、アシュリーが『適当魔人』って言ってる意味が判りかけた気がする。》


脳内が軽く揺れて 閃光が散った気がして、意識的に 眼舜(まばた)きを増やした。

そんな事しても、眼の前の チカチカは熄(き)えなかったけど。

冷静に 少しずつ質問を重ねよう、そうする間に 落ち着こう。

そんな意図で、僕は尋ねた。

「それって、どの魔法使いも?」

「いいえ」

「じゃあ、これも 妖精(ディナ・シー)の特性?」

だから、師匠は 談(はな)さなかった? 殆(ほとん)どの魔法使いは使えないから?

もしかして……なんて考えた僕を、アシュリーの声が すっぱりと否定した。

「いいえ。同じ妖精(ディナ・シー)でも〔海の妖精(エルフィ)〕には出来ません。同様に、仂(ちから)の勍(つよ)さも 関係ない様です」

〔荒れ地〕で最強の魔人-〔東の魔人(イムージン)〕は 仂(ちから)の勍(つよ)い魔人だが、この能力(スキル)を具(そな)えていない。

サマリア王妃になっていた〔黒の魔女〕は弱い魔女だが、この能力(スキル)を具(そな)えていなかった。

一方、エスファニア王国の西にあるナルシェル王国にいる弱い魔人は、この能力(スキル)を具(そな)えている。

「適当魔人は とても勍(つよ)いのですが、会話の能力(スキル)はないと聴きました」

捕捉された説明に、僕の頬は引き攣(つ)っていた。

「へぇ〜 」


《 やっぱり『適当』なのか! 適当だったのか!! 》


師匠は 大雑把な人で、そんな性格だから この説明を省いたんだな。

たぶん『まぁ いいか』くらいの感覚で。

「強制的に手懐ける事は、怕(おそ)らく 可能でしょうけれど」

あの魔人は、面倒がって それすらもしないだろう……アシュリーは、そんな事を呟いた。


《 あぁ、そうかもしれないな。》


惟(おも)わず そう納得してた自分に苦笑する。

アシュリーが付けた『適当魔人』の異名は 言い得て妙だったんだと、改めて感じてた。

あの頃は 偏屈な攸(ところ)がある人だとは惟(おも)ったけど、大雑把だとは惟(おも)わなかった。


《 憧れフィルターって 凄いな。》


眼の前で見せられた魔法に、文字通り魅せられてたんだとしても 何か酷い。

子供の頃の事だけど、見定める眼 なさすぎだったな。

「『河伯(かはく)』は、東方の 水を司る龍の事でしょう? 素敵な名前ですね」

アシュリーの言葉で、落ち込みつつあった気分が 一気に上昇した。

「そう?」

「はい」

ありがとう、アシュリー。 嬉しいよ。

それと、本当に 凄く物知りで 吃驚(びっくり)するよ。

この龍の譚(はなし)、凄く遠くの国のだよ? 往(い)った事あるの?

短い喫驚が あれこれと頭の中を飛び交ったけど、僕の機嫌は上昇したままだ。

『河伯(かはく)』は、小さい頃 東方の見聞録を読んで、何となく憶えてた名前だった。

何頭もの龍の中の 1っが『河伯(かはく)』だ。

響きが好きで、戦場で生命(いのち)を預け合う この子に付けた名前だ。

其処まで考えて、1っ 重要な事に気が付いた。


《 名前…………そうだ、名前! 》


僕が 今 聘(よ)んでる『アシュリー』は、通り称(な)の1っで 眞名(まな)じゃない。

家族だって、眞名(まな)で聘(よ)んでいない筈だけど、家族が聘(よ)んでる名前がある筈なんだ。

親しい者だけが聘(よ)んでる、特別な名前が。

今更だけど 知りたくなった、なんて 本当に今更で、言い訳として通用しないかな。

「アシュリーは、家族には 何て聘(よ)ばれてるの?」

この質問に、アシュリーが 僕を振り皈(かえ)った。

蒼(あお)い瞳が やや瞠(みは)られた状態で、僕を見上げてる。

「ぁ………… 」

その睛(め)には 小さな動揺が泛(う)かんでた。


《 本当に 正直な睛(め)だなぁ、魔法使いなのに。》


僕は、零(こぼ)れそうになった微笑を 何とか押し込んだ。

「『アシュリー』って、北の国での聘(よ)び称(な)だったよね? じゃあ、家族は?」

そう尋ねた途端に、蒼(あお)い睛(め)が游(およ)いだ。

眞名(まな)-以外の聘(よ)び称(な)がある って自白してる様な反応だ。

これを見て 付け入らない筈がないよね。

「教えて?」

静かに、そう尋ねた。

戒縛の仂(ちから)が働かない様に、言葉を択(えら)んで 訊いてみる。

そうしたら、すぐに 視線が乖(そ)らされた。

「 ……………… 」

無言を貫こうとする態度が、何だか可愛い。

もっと別な反応したほうがいいんじゃない? バレバレだよ?

まぁ、僕としては 戒縛の仂(ちから)が働かなくて良かったって事が 真っ先に頭に泛(う)かんだんだけど。

だって、あんな仂(ちから) 使ったら、こんな可愛い攸(ところ) 見れなかった。

「教えて?」

この言葉には 戒縛の仂(ちから)が乘(の)らない。

なら、今は 可愛いアシュリーを もっと見る為にも、この訊き方は正しい(・・・)んだと惟(おも)う。

「教えて?」

いつもみたいに、人畜無害なフリして この言葉を繰り返す。

「教えて?」

教えて、ねぇ。 僕に 教えて?

『アシュリー』じゃなくて、もっと近い距離にいる人物だけが知ってる名前を、僕に。

僕に、聘(よ)ばせて。 その資格を与えて。

お願いだよ〔森の妖精(イリフィ)〕、エスファニアの魔法使い、〔幼き妖精(ファニーナ)〕。

僕に、どうか。

「 –––––––––––––…………ろ、て」

小さく、彼女が声を零(こぼ)した。

迷いながらだったけど 答えようとしてくれてるのを見て、僕は 彼女の声を拾おうと顔を寄せた。

つまり、抱き寄せてた彼女を 更に抱き込んだ形になった。

硬直したのは 回してる左手に感じたけど、そのまま 気付かないフリして催促した。

「うん?」

聴こえないよ、って示したら、やっぱり迷いながら もう一度 答えてくれた。

「り、りー ぜ ろっ て…………と」

「リーゼロッテ?」

「は、はい」

肩へ回した手に、震えが伝わってくる。

後悔してるのかもしれないけど、ごめんね、リーゼロッテ。 もう 放してあげられない。

もう、そんな攸(ところ)は 疾(と)っくに過ぎちゃってる。


《 リーゼロッテ、リーゼロッテかぁ。》


何て愛しい名前なんだろう。

「リーゼロッテ」

「っ」

僕と同じ響きだったから『アシュリー』って聘(よ)んでたけど、こっちのほうが 断然いい。

眞名(まな)の代わりに 家族が聘(よ)び続けてた名前、小さい頃から ずっと彼女と共にあった名前だ。

本当に、眞名(まな)の次に大事(だいじ)な名前なんだ。

思い入れも 思い出もある、大切な –––––––。

「リーゼロッテ」

「ッ」

聘(よ)ぶ度(たび)に、腕の中のリーゼロッテが 硬直して震える。

色の白い頬は 紅潮してて、耳まで 真っ赤だ。

赧(あか)くなってるリーゼロッテは、凄く可愛いな。

「リーゼロッテ」

態(わざ)と、耳許(みみもと)で囁いてみた。

可愛くて 嬉しくて、意地悪したくなっちゃったんだ。

これに、リーゼロッテは 首を竦めて、序(つい)でに 僕を見上げた。

「っ   リ、リオ」

たぶん 睨んでるんだと惟(おも)うけど、可愛すぎて 逆効果だ。

真っ赤になって 泣きそうな顔で、上眼遣いに見据えられても 悚(こわ)くない。

それ攸(どころ)か、抱き締めたくなっちゃうくらい 可愛い。


《 あぁ、駄目だ。このままだと 悚(こわ)がらせる様な事しちゃいそうだ。》


力一杯 抱き締めて、キスしたくなる。

頬にも、瞼(まぶた)にも、唇にも、だ。

「なぁに? リーゼロッテ」

だから、僕は 彼女の肩を放した。

細い軀(からだ)は、僕から そっと離れる。

でも、相変わらず 可愛いままだ。

「ず、狡(ずる)いです  っ」

「何で? 狡(ずる)くないよ? ねぇ? リーゼロッテ」

そんな可愛い顔で、そんな可愛い睛(め)で 僕を見上げるなんて、リーゼロッテのほうが酷いよ。

「ッ〜〜〜〜 ずっ、狡(ずる)いですぅ」

狡(ずる)いのは そっちでしょ?

煽らないでよ、リーゼロッテ。

軀(からだ)を硬直させて、縮こまる様にして、こんなに声を震わせて、そんな事 言うなんて。

「そんな可愛い声を嬌(あ)げる リーゼロッテのほうが、余ッ程(よっぽど) 狡(ずる)い」

僕が どんな気持ちかなんて判ってないだろうけど、言わずにはいられなかったんだ。

言葉の真意なんて判らないだろうけど、声にしちゃってた。

リーゼロッテは、顔を赧(あか)くしたまま 睛(め)を丸くして僕を見た。

「   ぇえ⁉︎ 」

その顔を見て、僕は 苦笑いを零(こぼ)す。

やっぱり判ってないんだなって、判っちゃったから。


《 訒(にぶ)いんだから。》


もう 苦笑するしかないよね。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


2人は、交易の街から 東への街道を巡り、王都へ続く逵(みち)から 左へ逸(そ)れた。

街道が岐(わか)れる その場所で、北への逵(みち)を択(えら)んだのだ。

そのまま進むと、徐々に標高が上がってくる。

この辺りは ラッケンガルドでも高地に當(あ)たる為、気温が低い。

だが、同時に 火山が近い事もあって、地熱があり 温泉が涌く。

「温泉で観光地化されてるのは もっと東の街なんだけど、此処のほうが静かだから」

そう言って ラノイが連れて来たのは、火山の西にある 古い温泉街だった。

勾配のある街の 綜(すべ)ての逵(みち)には石畳が施されている。

温泉を売りにしている宿はあるが、華やかさはない。

華美に飾り立てる事はされず、趣きのある佇まいが特徴だ。

それ故か、数泊する観光客よりも 長期の湯治客が多い。

「こちらには、何度か?」

「此処は、昔ね」

ラノイには、腹違いの兄が 7人いた。

上は 16歳違いで、一番 歳が近かった兄はシズで 1歳違いだった。

ラノイが 4歳の時、4番目の兄が死んだ。

それを追う様に、1番目の兄も死んだ。

後宮に緊張が趁(はし)る中、3番目の兄が倒れた。

この直後、父であった 当時の国王は、まだ幼かったラノイとシズを 別々に王宮から遠去(とおざ)けた。

「それで、乳母と侍従官と 3人で、この先にある邨(むら)に移ったんだ」

母は 後宮に残され、ラノイは 4歳で知らない場所へ放り出されたのだ。

「今日は、其処に往(い)こうね」

温泉街の中心は通らず、街の外周を抜ける逵(みち)を 馬で進む。

「結構 いい処なんだよ」

明るく笑って、ラノイは 腕の中の魔法使いを見た。

そして、すぐに 睛(め)を丸くする。

瞰(みおろ)したリーゼロッテは、哀しげな表情を泛(う)かべていたのだ。

泣きそうになっていた訳ではないが、哀しみを怺(こら)えている様な表情だった。

「リーゼロッテ?」

手綱に戻していた左手で 細い肩を優しく抱き寄せながら、顔を覗き込む。

「そんな顔しないで」

「 …………はぃ」

そう答えているが、彼女の表情は変わらない。

簡潔に談(はな)した自身の過去が この優しい魔法使いを哀しませていると知り、ラノイは 一瞬 複雑な顔をした。

困惑している様な睛(め)をしているのに、頬に 僅(わず)かだが喜色が泛(う)いた。

尤(もっと)も、それは すぐに熄(き)えてしまったが。

そして、元の笑顔になったラノイは 全く異なる話題を切り出した。

「リーゼロッテの両親は 駆け落ち?」

ラノイが、自分を気遣って 話題を変えた事を察してか。

リーゼロッテは、小さく息を咐(つ)くと共に 淡い微笑を泛(う)かべた。

「いいえ」

軽く首を振るリーゼロッテに対し、ラノイは 過去の記憶を思い起こす。

王城を飛び出した エスファニアの第二王女は、自身を死んだと惟(おも)わせる細工をして 失踪した。

当時は 死んだとされていたが、生きていたのならば 身分を棄(す)てたい理由があったのではないか。

身分違いの恋でもしていたのではないか、それを反対された末の行動だったのではないか。

丁度 王女の縁談が上がっていた頃だった為、ラノイは そう惟(おも)っていた。

そんな程度に 考えていた。

「そうではなかった様ですが、結果的には 同じ事になりました」

「教えて?」

説明を促すと、リーゼロッテは すらすらと談(はな)し始めた。

「母が 王城を抜け出したのは、縁談が厭(いや)だったからと聴いております。それ以前から 王城の狭い世界が嫌いだったのでしょう。母は、追手が来ない様 躬(みずか)らの腕を斬り、裂いた衣服に血を塗って 馬の鞍に残しておりました」

「幼い頃に 1度だけ訪れた 森の奥の炭焼き小屋に隠れ住む事を、決意していたそうです」

だが、徒歩で向かった その場所は すっかり荒れ果て、1日目は 隙間風に身を震わせながら眠りに就いた。

「翌日、その炭焼き小屋に現れたのが 父でした」

その後 運命の相手となる2人の出会いは、偶然だった。

「父は 魔法使いではありませんが、幻術の天賚(てんらい)を具(そな)えており、母と会った時には 少年の姿を模(も)していたそうです」



  見知らぬ土地へとやって来て、

  人眼(ひとめ)を避ける様に 森へ入った。

  其処までは良かったが、彼は 途方に晏(く)れていた。

  森で 何日も野宿をするのは、厳しすぎる。

  しかし、近くの街に身を寄せられない理由があった。

  安易に森の奥へは入れず うろうろしていた時、

  偶然 見付けたのが、放置された炭焼き小屋だ。

  余りの荒れっぷりに 無人だろうと近付けば、

  これまた 訳有りそうな妙齢の女がいた。

  男の自分が現れたとなれば、彼女は

  警戒して 入れてくれないだろう。

  しかし、他に往(い)く宛(あ)てもなく、

  何とか同居を頼み込むしかなかった。

  其処で、歳幼い少年に視える様 幻倆(げんじゅつ)を使った。



「それで、お互いに身分を匿(かく)して 一緒に暮らし始めたんだね」

「はい。人眼(ひとめ)を避ける様に 森の奥にいた為、父は 眼の前にいるのが 自国の第二王女だと知らないまま 1ヶ月も共に過ごした、と 笑っておりました」

緲(かす)かに、リーゼロッテが微笑んだ。

当時の父親の喫驚を想像して 惟(おも)わず のモノだろう、と見えた。

小さかったが ほんのりと宿った笑みに、ラノイは ほっとしていた。

「相手が お姫様だって知ったのは、捜索の 御触書か何か?」

「はい」

ラノイの問いに、笑みを泛(う)かべたリーゼロッテが 雍(やわら)かい声で そう返した。

大切な思い出を語るリーゼロッテを瞰(みおろ)して、ラノイは 嬉しそうに睛(め)を細めた。

「冬を前にして、どうしても自給自足が出来ない 幾つかの品を買う お銭(かね)を手に入れる為に、近くの邨(むら)のバザールへ………母が作った薬やジャムを、売りに往(い)った時だったそうです」

今 語られているのは、リーゼロッテの両親の過去だ。

ラノイが愛情を向ける女の、大切な両親の思い出だ。

それを談(はな)してくれている事が、嬉しかった。

「其処で 御触書を見たなら、吃驚(びっくり)しただろうね」

ラノイの言葉に、リーゼロッテは 緲(かす)かに苦笑いを返す。

「母は、父の態度が急変したと言っておりました。突然 洌(つめた)く突き放す様になった事に、母は 相当 混乱したそうです」

「恭しくなったんじゃなくて、洌(つめた)くなったの? 自分の国の 王女様-相手に?」

「父は 或(あ)る名家の三男で、直前まで 或る貴族に仕えていました。其処で 酷い仕打ちに遭(あ)い続け、耐えかねて 隙をみて逃げ出して………… 」

緲(かす)かに笑んでいたリーゼロッテだったが、いつの間にか その笑顔は消えていた。

これで、ラノイは 漸(ようや)く失敗に気付いた。

この話題は、自分にとっても 彼女にとっても酷なモノだった、と。

「 ––––––––––––––まさか、王女様の縁談先が………… 」

「はい。当時の男爵にして 戒縛の仂(ちから)を具(そな)えた………父の、曾(かつ)ての主人(あるじ)です」

そう呟いた時、リーゼロッテは 無表情になっていた。

そんな状態でも、声だけは揺れる事なく 過去を語ってゆく。

「戒縛の仂(ちから)に 自由を簒(うば)われ、瑣々(ささ)やかな抵抗すら出来ない父を、その男爵は 何度も鞭で打ちました。母の〈緑の手〉が作った薬を使っても 数ヶ月も消えない、酷い怪我だったそうです」

既に喪(うしな)っていても、彼女にとって 両親は大切な存在だ。

20年以上-前だとしても、大事(だいじ)な父を傷付けられた哀しみや悔しさは 強く残るのだろう。

「父が不興を買った訳ではありません。何か、粗相をした訳でも………… 」

何かを怺(こら)えている顔に、ラノイは 複雑な気持ちになっていた。

「いいよ、リリィ」

その言葉が合図だったかの様に、蒼(あお)い瞳から 泪(なみだ)が溢れた。

泣かしてしまいましたが、まぁ、仕方がないのです。


ラノイに名前を告げた事で『魔法使い』から『リーゼロッテ』に変えました。

読みづらくて スミマセン。

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