31__新婚旅行(仮) 1
意味深長なタイトルですが、然程の進展はありません。
ラノイの願望を 多分に含むサブ-タイトルにしてみただけです。
期待を削いだところで、さぁ、どうぞ。
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
リビング側で 新しい衣服に着替えたラノイは、寝室で着替えている魔法使いの様子を俔う。
充分 時間を取った為、彼女も 着替えは完了している様だ。
最終チェックをしているのか、鏡の前に竚っている。
「アシュ………… 」
称を聘ぼうとして、言葉を収めた。
理由は 単純だ。
「申し訳ありません」
きちんと身支度を終えた魔法使いは、鏡を前に 談している。
以前にも睛にしている光景だけに、彼女が何をしているのかは 容易に察しが付いた。
ラノイは、寝室とリビングの境で竚ち停まり、魔法使いの横顔を 静かに見詰める。
「はい……暫くは」
今し方の会話は、エスファニア王の傍に控える 賢き猫からの連絡だろう。
〔森の妖精〕の使い魔の猫が産んだ、叡智の名を冠する猫。
内外的には空席となっている『執政官』の地位にある、美しい猫だ。
彼女は、毎朝 こうして生国の猫と連絡を取り合っていた。
そうする事で、ラッケンガルドに滞在する許可を得ているのだ。
「 ………… 」
ラノイは、離れた場所にいる魔法使いの 姚しい横顔を眺めつつ、会話に 耳を傾ける。
「そちらは お変わりなく?」
問い掛けに、どんな言葉が返されたのか。
魔法使いの表情が 僅かに曇った、気がした。
「 ––––––––––––今年は、少し 早いですね」
そう答えた魔法使いの声は、普段より 気落ちしている様に感じる。
エスファニアの地で 例年とは異なる何かが起きているらしい。
だが、そう察し得ても それが何かは、判りようもない。
ラノイは、緲かに首を傾げた。
「では、その件は 早急に対処致しましょう……
……はい。 勿論、今日中に」
この言葉に、ラノイは 表情を硬くした。
彼女が、エスファニア王国が誇る魔法使いであると 再認識した。
ラッケンガルドの誰よりも理解していた筈の事を 今更の様に知覚したのは、手許から失われる感覚せいなのか。
ラノイの顔から 血の気が引いた。
《 厭だよ、アシュリー。ずっと、僕の傍に………。》
軽く 眩暈の様なモノに襲われつつも、睛は 魔法使いの姿を映していた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
ラノイが衝撃を受けている間に、遠方との通信は終わっていたらしい。
魔法使いは、鏡の前から離れていた。
寝室の窓際に竚ち、明るくなった昊をみている。
その背へ、ラノイは 声を掛けた。
「アシュリー」
そのまま窓を開け 翔び発ってしまうのでは、と 惶てて掛けた声に 彼女が振り皈った。
「ぁ、はい」
反射的に返答をして 振り向いた魔法使いは、ラノイを見て すぐに顔を乖らした。
何か疚しい事でもあるか 匿し事をしているのか、と云った素掉りだ。
この反応に、ラノイの脳裏で 先程の疑念が渦巻いた。
「何故、私を見ぬ?」
視線を乖らされた事が、気に障っていた。
しかし、寝起きに受けた彼女の動揺を惟えば 当然の事である。
尤も、今のラノイに それを考慮する余裕はない。
「アシュリー」
顔を乖らした事への非難を込めて、称を聘んだ。
これに、離れた処にいる銀髪の美女は 肩を震わせた。
「ぁ、あの………… 」
逃げ出しはしないが、一向に ラノイを見ない。
そんな魔法使いに痺れを切らせたのか。
ラノイは、戸惑い 口篭っている魔法使いの傍に寄り、その顎に 手を掛ける。
「何故、私を見ないのだ?」
この問いで、睛を乖らした事で痍付いているのだと察したらしい。
魔法使いは、勇気を出して 言葉を発した。
「だ、だって…………その……は、詬しぃ です」
未だに視線は乖らされているが、小さな声は しっかりと耳に届いた。
眼の前の美女は、觝れていなくとも判る程 ふるふると震えている。
そんな彼女に、ラノイは 漸く気付いたのだ。
気が付いてみれば、觝れている手にも 震えが感じられた。
《 あ、そうか。》
ラノイの恚りは、あっと云う間に冷めた。
綢っていた〔獅子王〕の威圧感は、もう失せている。
眼寤めてからの反応が 今まで程 拒絶的ではなかったせいか、失念していたのだ。
抱き締められて眠っていた など、この純情で初心な魔法使いには 刺激が強かったのだ、と云う事を。
故に、彼女に寄り添った考えが出来なくなっていた。
《 そうだった。》
ラノイは、浅く息を咐くと共に 肩の力を抜く。
そして、魔法使いの顎から手を放した。
昨日の昼までは、抱き締めただけで震えていた相手だ。
抱き締めて眠っていたのだから、この反応は 当然だった。
いや、この旅へ出る前を惟えば、拒絶されなかっただけ 随分な進歩だろう。
6日前なら、言葉も交わしてくれなかったかもしれないのだ。
黙って エスファニアまで逃げ帰られても可妙しくない事を、ラノイはしたのだ。
判っていた事だったのに、手許から離れてしまう恐怖と 浅ましい嫉妬心とで苛立ってしまったのだ。
《 莫迦か、僕は。》
吾-知らず 舞い上がっていた事を自覚して、大きく溜息を零す。
今度は、彼女の髪へ 手を伸ばした。
艶やかな銀髪を 一束 指に絡め、悪戯に それを曳いた。
つんつん と軽く曳いて、気を引こうとする樣は、まるで 子供だ。
一瞬前までの〔獅子王〕を 躬ら全否定する行動を、敢えて 執る。
「帰っちゃうの?」
捨てられかけの仔猫の様な 淋しげな声を、態と出す。
魔法使いが、ラノイを見た。
「ぁ……… 」
睛を併せた途端 更に頬を染めはしたが、今度は 視線を乖らされなかった。
ほっとしつつ、ラノイは 赧くなっている顔を覗き込む。
「エスファニアに」
この言葉で、何故 不機嫌だったかを察したらしい。
魔法使いは、得心した様な反応を示した。
不可侵だろうが不可視だろうが、障壁は ラノイに通用しない。
それを理解している魔法使いは、最早 無駄なモノと考えていた。
故に、障壁を張らなかったのだ。
張っても見られ 聴かれてしまうのだから、この判断は正しいだろう。
そして、聴かれて困る会話ではなかったとも認識していた。
だから、咄嗟に ラノイの不機嫌の理由に察しが付かなかったのだ。
「いいえ」
「だけど、さっき………… 」
エスファニアの執政官-シエルとの会話を聴かれていたのだと察しながら、魔法使いは 小さく首を振った。
「あれは、エスファニアの東部に 旱魃の兆候があるから 早急に対処する様に、との指示だけです。渇水なら、此処から 雨を降らせれば済む事です」
何でもない事の様に 淡々と、魔法使いは そう答えた。
これに、ラノイの黒々とした瞳が瞠られる。
「 ––––––––––––そんな事、此処から出来るの?」
「はい」
魔法使いの返答は、やはり 淡泊だった。
特に 強調する事ではなく、特に 難度の高い行為でもない。
その事が、彼女の態度から受け取れた。
それを象徴する様に、魔法使いは 微笑んだ。
「支配区域-内の気候は、何処にいても コントロール可能ですから」
この言葉に、ラノイの瞳が 更に瞠られた。
魔法使いの支配区域は、広い。
これは、何10万人といる魔法使い達の中にあっても 類を見ない広さだ。
その内部の気候を操れるなど、計り知れない魔力が必要になるのではないか。
そんな事が、脳裏を過る。
「そうなの?」
「はい」
にこり と、魔法使いが微笑んだ。
そして、付け加えた
「ですから、帰りませんよ?」
魔法使いは、この件で帰る必要はないと云う意味で発した言葉だ。
勿論、ラノイにも 判っている。
しかし、本当に嬉しい言葉だった事に変わりはない。
ラノイは、衝動のままに 魔法使いを抱き締めていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
朝、馬で 北の邨へ邀った2人は、怪我人を見舞った。
そして、再び 交易の街へ戻って来た。
ラノイは、此処で昼食を摂る予定らしい。
「アシュリー」
下町の露店街を歩きながら、ラノイは 実に娯しそうだ。
手には、屋台で購入した喰べ物が あれこれと持たれている。
《 こう云う処が お好きなのね。》
活き活きとしているラノイの〔獅子王〕らしからぬ様子に、魔法使いは 笑みを零していた。
幾許かのテレは残るが、それでも 娯しそうな様子に安堵していた。
「今度は、あれ 喰べようよ」
指差した屋台に近付きながら、手に持った串焼きを頬張っている。
《 とても 鬼神には見えない。》
この姿を見て、彼が『戦場の鬼神』と聘ばれる王だ などと、誰が気付けるだろう。
そんな事を惟いながら、ラノイに附いて往く。
屋台に近付いた美青年に、店の者達も好意的だ。
進んで お薦めを教えてくれる。
「美味しいよ、アシュリー」
子供の様な無邪気さに、魔法使いにも笑みが宿る。
「では、わたしも いただきます」
攣られる様に、おでんの様な串を 1っ買う。
芋と卵を串に刺して 出汁で煮てあるらしく、囓ると 味が染みていて美味い。
「美味しいです」
素直な感想に、隣にいるラノイだけでなく 屋台の者達も笑顔になった。
「ありがとよ」
営業用ではない笑顔で礼を言った 屋台の親父の横から、夫婦と思しき ふくよかな女性が声を掛けてきた。
「新婚さんかい?」
「うん!」
「っ」
間髪入れずに返答したラノイに、魔法使いは 小さく息を飲んだ。
思い出してしまったのだ、今朝の出来事を。
眼が寤めた時の衝撃は 筆舌に尽くしがたいモノだった。
着替えている間に 気持ちを落ち着けたつもりだったが、思い出してしまっては 和んでいた気分も飛ぶと云うモノだ。
ラノイを含めた 3人は、そんな彼女の動揺に気付く事なく 会話を続けている。
「美男美女だねえ」
うっとりとした口調で、女将が呟いた。
これに、嬉しそうなラノイが応える。
「綺麗でしょ? 僕の奥さん」
「ああ、見た事ないくらいの別嬪さんだ」
親父の言葉に同意しているのは、隣の女将だけではない様だ。
近くにいた 他の客も、周囲の屋台の売り子達も、大きく頷いている。
全員、浅く頬を染めて俯いている美女を見て、蕩ける様な視線を向けている。
《 ぃ………居た堪れない。》
今朝の事を思い出しての恥ずかしさと 今-現在の状況に因る詬しさとで、逃げ出したくなっていた。
余計に俯いた魔法使いに気付いていないのか、気にしない事にしているのか。
誰も 彼女の様子に言及しない。 しようとしない。
硬直したままの魔法使いを放置して、周囲の者達は 娯しそうにラノイを囲んでいる。
「これ 喰べるか?」
隣の屋台の主人らしき若い男が 声を掛けると共に、串を 1っ差し出してきた。
タレに漬けた肉を しっかりと焼いた、焼き鳥の様な串だった。
「くれるの?」
僅かに顔を上げた魔法使いの睛に、にこやかなラノイが映る。
本当に 活き活きと、ラノイは笑っていた。
惟わず、微苦笑が零れた。
「ああ、2人で喰べるといいよ」
差し出された串を 何の疑いもなく受け取った青年は、更に 笑顔になる。
「ありがと〜 」
すっかり馴染んでいるラノイに、少し顔を上げ 何度目かの苦笑を泛かべた。
魔法使いの周囲に、こう云った者はいない。
二面性があり 互いの性質の振り幅が大きく、時に 冷徹で計算高い獅子の様であり、時に 無邪気な仔猫の様でもある。
その どちらもが、新鮮だった。
戸惑い 振り回されているのも、相手がラノイだからだろう。
そんな 諦めに近い感情が、唐突に去来した。
《 きっと、この人には 敵わない。》
不意に、そう惟った。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
先導されるが侭に、魔法使いは 屋台を渉り歩く事となった。
「次は あっちね」
「はい」
あれこれと 気侭に喰べ歩くラノイの迹を、淡い苦笑いを泛かべて 附いて往く。
そんなラノイに附いて往きながら、魔法使いは 被っていたフードを直した。
ラッケンガルドの旅人が着用する外套を紱い、大きなフードを 目深に被っている。
勿論、この国では眼立ち佚ぎる髪色を隠す為だ。
当然、正面から見れば判るモノだが、周囲の大多数の者達からは見えなくなっている。
だが、これは 周囲の大多数に対する処置ではなかった。
2人の様子を、遠巻きに見ている者達がいるのだ。
《 5人。》
はしゃぎ倒しているラノイの後から歩きつつ、魔法使いは 後方に気を配っていた。
尾けてくる者達の存在は気付いていたが、彼女は 何もしない。
怕らくは、ラノイも同じなのだろう。
2人は、飽く迄も 観光客の様に 屋台街を娯しんでいた。
「お昼は、この先の食堂で喰べようね」
散々 屋台の料理を喰べ歩いてきたと云うのに、まだ空腹なのか。
ラノイは、迷いもなく 食堂を目指していた。
《 王宮では、それ程 召し上がらないのに。》
此処まででも、スリムな軀の何処に収まるのか 不思議になる程の食欲だった。
それだけ腹に収めても、それは 摘み食いと云った程度だったのか。
ラノイは、小体な食堂を指差している。
「はい」
魔法使いは、娯しそうに微笑んで 頷いた。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
「どうしよっかな」
店のメニューを見ながら、ラノイが 呟く様に言った。
何を喰べるか、と云う意味ではない事を声の感触から察して 魔法使いは 睛を丸くした。
それから、諌めの言葉を択ぶ。
「クランツ様が、お恚りになられますよ?」
ラノイに対する誡めの言葉としては 弱いモノだと理解していたが、こんな言葉しか泛かばなかった。
自分でも これでは駄目だろうと惟いながら、小さく苦笑する。
そんな魔法使いに気付かず、ラノイは メニューに視線を落としたまま 言葉を紡ぐ。
「だけど、こんな機会 滅多にないし」
このまま 暫く国内の視察をしよう、と云う提案だ。
一国の王が 勝手に出歩いているばかりか、王宮へ帰らない予定を立てようとしている。
而も その予定は、何日間に亘るのかが不明瞭なモノだ。
「それは、遊興と云うのでは」
そう言わずにはおれなかったが、言った攸で ラノイが意見を顚えさない事は 彼女にも判っている。
「でも、アシュリーだって 王宮の中より娯しいでしょ?」
メニューから顔を上げて、ラノイは にっこりと笑った。
「そ、れは………ですが」
無邪気な時のラノイに 少年の様な睛で言われると、懦いらしい。
魔法使いは、諌める言葉を失ってしまった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
交易の街を出て、河伯の背に ゆったりと揺られながら、訊いてみた。
「疲れない?」
別段、聴きたい事じゃない。
疲れてる様子がないのは、見てれば判るし。
啻、声を掛けたくなったんだ。
「はい」
僕の気紛れな質問に、アシュリーは きちんと返してくれる。
馬の背に横座りをして 僕の腕に前後を囲まれてる状態で、アシュリーは 微笑んでた。
同時に、僕の胸が あったかくなる。
《 アシュリー。》
この距離にいても 硬直されない。
そんな小さな事が、本当に 嬉しい。
当初の目的だった『僕の存在に慣れてもらう』は 達成された、って事かな。
まぁ、同衾したのは ちょっと……って云うか、随分 やり佚ぎた気もしたけど。
でもねぇ、あれは あれで、凄く倖せだった。
まぁ、手を出さずにいる為の自制心の活動量が 半端なかったけど。
でも、アシュリーが 傍にいてくれるなら、あのくらい 何でもない。
あんな事の後でも 今みたいに微笑んでくれるなら、どんな我慢だって してみせる。
そんな惟いを 噛み殺しながら、僕は 何でもない会話を続ける。
「アシュリーは、旅をする時 翔んでくの?」
「はい」
彼女の行動範囲は きっと広い。
ラッケンガルドの何倍もあるエスファニアの国土は云うに及ばず、その周辺王国へも 支配区域が拡がってる。
その事からも、当然の様に理解出来た。
《 移動するにしても、翔んだほうが 迅いんだろうな。》
山脈も森も河も 一直線に翔び越えて、好きな処へ往く。
アシュリーには、それが出来るんだ。
逆に云えば、そんな妖精を 僕は縛り付けてるんだけど。
いつか、アシュリーが『此処にいる』って言ってくれる様になったり、するのかな。
なってくれたら、倖せだな。
思考が 軽く脱線してる間に、アシュリーが言葉を補った。
「昊は、わたしの領域なので」
短い言葉に、違和感があった。
領域と 支配区域は、違うの?
違うとしたら『昊が領域』って、どう云う事だろう。
「 ………支配区域とは違うって事?」
小首を傾げながら尋ねると、アシュリーは 少し驚いた様な顔をみせた。
「 ––––––––––––––––その事について、あの適当魔人は 何も言わなかったのですね」
問い掛けたんじゃなく、確認した訳でもない。
驚きが零れ落ちた様な 一言だった。
「てきとー……… 」
苦笑いをして、僕は 同じ馬上にいる魔法使いを見た。
「やっぱり、知ってるんだ?」
主語が抜けた質問だったけど、アシュリーになら伝わるよね。
僕が 何を訊いたのかって事。
僕が〔森の妖精〕を知ってた訳も、これまでも 魔法使いしか知らない情報を持ってた理由も。
きっと、会った頃から察してただろうから。
「この辺りを うろうろしている魔法使いで、珍しがって 戒縛の仂を持つ者に近付いて、面白がって 魔法を教えるなど、彼くらいでしょう」
予想通り、アシュリーは 希んだ情報をくれた。
僕には、魔法使いの師匠がいた。
一緒にいたのは そう長い時間じゃなかったけど、沢山の知識をくれた人だ。
でも、彼-自身の事は 殆ど識らない。
ノリが軽くて風変わりな人だったって事くらいしか知らないから、実際は 何も識らないに等しいかな。
だから、アシュリーに教えてもらいたかったんだ。
「有名な魔人なの?」
好奇心のまま、僕は そう尋ねた。
これに浅く頷いたアシュリーは、何だか 遠い睛をしてる。
「そうですね。口が達者で 調子が良くて、にこやかで いい加減ですが、この辺りの魔人の中では 最も勍い人です」
貶めてるんだか 褒めてるんだか、拒絶してるんだか 認めてるんだか。
アシュリーの言葉と表情は、何だか複雑だ。
「 ………そうなんだ?」
どう詠み取ったらいいのか悩んでたら、微妙に問い掛ける様な返事になってた。
曖昧な返答になってたんだけど、アシュリーは 気にした様子もなく説明を足してくれた。
「周辺の魔人達や魔女達だけでなく 北の〔荒れ地〕にいる〔東の魔人〕でさえも、彼に闘いを仕掛けはしません」
ええっ⁉︎ そんなに⁈
〔東の魔人〕って、確か〔荒れ地〕で最強の魔人だよね?
危ない奴だって 師匠が繰り返し言ってたけど、その〔東の魔人〕より 師匠は勍い? の?
「 ………それは 初耳だ」
本当に 驚いてた。 驚くと、碌な返答が出来なくなるんだね。
僕の頭の中じゃ、過去の情景が 飛ぶ様な早さで流れてる。
アシュリー曰く『適当魔人』の師匠との時間は、今でも鮮明に思い出せる。
確かに、調子のいい おちゃらけた人だったけど……まさか、そんなに勍い魔人だったなんて。
『人違いじゃ?』とか言いたくなるくらいの衝撃があったんだけど。
信じられない気分でいるのを察してくれたのか、アシュリーが 苦笑いを泛かべた。
「あの魔人は、気紛れで適当な人ですから、見ても そうとは惟えないでしょう」
あ、やっぱり 人違いじゃないんだ………。
《 そっか……師匠が…………。》
僕は、過去に見た 師匠の姿を想い泛かべた。
「 ––––––––––––……… 」
ものの数秒で、僕は 疑問の声を零していた。
もしかしたら、胡乱な睛を向けてたのかもしれない。
言動や その他-諸々を思い出して、やっぱり人違いであってほしい と惟った。
勿論、アシュリーが間違える筈はないし 人違いじゃないって判ってるけど。
何て云うかね、こう……受け入れ難い現実って あるよね、って気分で。
だって、どうしても 繋がらないんだ。
あの師匠と アシュリーが談す『適当魔人』とが。
《 うん……今度 考えよう。》
僕は、あっさりと考えを放棄した。
これ以上 突き詰めてると、許容量 超えちゃいそうだし。
でも、それとは別に 気になる事もあった。
「アシュリーとは?」
師匠の事に詳しいのは、魔法使い同士なんだから当然なのかもしれないけど。
会った事があるのかな、親しいのかな、あの師匠と。
《 あ…………ちょっと 複雑。》
いや、訂正する。ちょっと攸じゃなく 複雑だ。
師匠の事は尊敬してるんだけど、それと アシュリーの事は、僕の中じゃ 別になってるみたいだ。
仲良く談す2人 なんてモノを想像して、途端に 僕は気分を害した。
そんな矮小な僕に気付かなかったのか、アシュリーは にこやかに教えてくれた。
「出会った事はありませんが、怕らく、わたしを欲したりはしない……と惟います」
会った事がない割に、良く知ってるよね? アシュリー、師匠に興味あるの?
それに、どうして『アシュリーに興味ない』なんて言えるの?
師匠だって魔人なんだから、絶対〔森の妖精〕が欲しいでしょ?
《 ……とか 言いたくなっちゃうなんて、本当に 了見が狭いな。》
複雑な気分になってる僕に気付いたのか、アシュリーは 軽く睛を瞠った。
「 ––––––––––––……… 」
それから、ゆっくりと微笑んだ。
凄く穏やかな微笑だった。
たぶん、嫉妬してる僕に気付いたんじゃなくて、純粋に『〔森の妖精〕として狙われてるんじゃないか心配してる』くらいに解釈したらしい。
「あの適当魔人は、他に 執心の妖精がいるのですよ」
この言葉に、僕の睛は丸くなった。
アシュリー以上に執着する妖精? そんなの いるの?
だって、アシュリーは〔森の妖精〕だ。
本来なら、光りを司る妖精と 生命を掌る妖精がいる攸を、たった1人で 両方の二ッ称を冠してる。
早い譚が、有り得ないくらい存在の強い妖精なんだ。
それを、欲しがらない魔法使いなんか いる⁉︎
《 アシュリーより欲しい妖精って 誰⁈ 想像も付かないんだけど。》
同じ馬上にいる 銀髪の美女を瞰して、その真偽を 眼線だけで問い掛ける。
僕の驚きが判ったアシュリーは、小さく頷いて 更に言葉を補ってくれた。
「わたしの對の1人 -〔闇の妖精〕です」
師匠には執心の妖精がいて、彼女の為に 對である〔森の妖精〕と その家族を手援けして廻ったりしてるらしい。
つまり、アシュリーの對の1人 -〔闇の妖精〕の役に立とうとして、アシュリーの近辺を うろついてる……って事?
じゃあ、僕に魔法を教えてくれたのも? ひょっとして?
其処まで考えて、答えに詰まった。
《 ––––––––––––………。》
有り得るけど、理由が判らない。
判らないけど、また今度 落ち着いてから考えよう。
今は、最初の疑問を解消する事を優先しよう。
「それで 領域って なぁに?」
唐突に譚を変えたのに、アシュリーは 特に驚きもせず、僕の質問に答えてくれた。
「支配区域は、その称の通り 区域を示し、魔法使いなら 持つ事が叶います。それに対して領域と云うのは『妖精-特有の支配権を発動する事が出来る場所』の事です」
え〜と、妖精が支配出来る処を 領域って言ってるって事? だよね?
でも、それって 支配区域と どう違うんだろう。
《 いまいち、ピンとこないけど。》
僕が 理解に苦しんでるのが判ったらしい。
「何処が領域なのかは、その妖精に因って 異なります」
アシュリーは、そう言って 詳しい説明を足してくれた。
〔海の妖精〕は、水中が領域になっている。
〔死の妖精〕は、地中や洞窟の様な
閉塞された空間が領域だ。
〔闇の妖精〕は、陽暮れから
夜明けまでが領域になる。
〔森の妖精〕は、空中と 光りがある場所を
領域とする。
大きく頒けて そう云う事だそうだ。
「わたしの特性で、制空権があるのです」
それって、凄くない?
凄いよね、もしかしたら 卑怯なくらいじゃない?
「今の攸、地上から成層圏までを 領域に出来る様です」
空中と 光りがある場所、って ほぼ全域じゃない?
陽の晃りじゃなくてもいいなら、本当に 定義が広い……って云うか、広すぎる。
何が出来るんだか、想像も付かないんだけど。
もう 訊かないと判らない難易度だよね。
そんな訳で、此処からは 質疑応答に対応してもらおう。
「具体的には?」
「通常 魔法使いの支配区域は、碗を伏せた様な形をしているのです」
一般的には、と前置きをして アシュリーは説明を始めてくれた。
地上から中空までを 己れの領土とするが、
上空は 支配区域に含まれない。
その為、他の魔法使いの支配区域であっても、
上空であれば 通過が可能だ。
しかし〔森の妖精〕の支配区域は 容赦がない。
巻層雲の上まで舞い上がろうとも、
支配区域を包む結界がある。
その譚を要約すると、こんな感じだった。
「え〜と、アシュリーの支配区域の上は 通れないって事?」
「はい」
本当に簡単な説明だったんだろうけど、僕は もう混乱してた。
判り易く談してくれたと惟うけど、識ってるから 困惑してた。
《 何それ凄すぎない? って云うか、その法則でいくと、他の魔法属の支配区域であっても、支配権を発動させて 自分に有利な状況を作り出せる……なんて事になるんじゃ? 》
己れの仂を、十二分に発揮する事が可能な場所や状況。
それを『領域』って呼んでるらしい。
どうして 幼い魔法使いのアシュリーが闘えるのか、闘ってこれたのか、何となく理解した気分だった。
茫然としてる僕に気付かずに、アシュリーは、ラッケンガルドの うねる大地へ視線を向けてる。
「だから、気候も操れるのです」
僕は、この言葉に 衝撃を受けた。
ごいん と、鈍器で頭を殴られた感じだった。
エスファニア王国にも 四季はあるそうだけど、アシュリーは 魔法で気候を操ってるそうだ。
年間を通し 温暖な気候になる様に矯正して、
適度な日照や降雨を齎す。
そんな事も、彼女の支配区域の中では 簡単に叶う。
領域である昊を支配すれば、雨の量の調節は 惷か、気温の調節なんかも 簡単らしい。
だから、エスファニアは豊かだって事か。
そう云えば、此処より 圧倒的に高地にあるのに、って惟った事あったなぁ。
僕は『あぁ、そう云う事だったんだねぇ』って、 遠い睛をして呟いた。
苦笑いが零れたけど、仕方ないよね。
あぁ、此処からは 考え方を変えなきゃ。
この調子だと、良く判らないダメージを食らい続けちゃいそうだ。
「 …………領域では 無敵、って事だよね?」
そう尋ねてから、はっとした。
今のは しちゃいけない質問だった。
「幼い身ですので まだ完璧な支配は適いませんが、闘いに於いて 有利ではあります」
あっさりと答えたけど、アシュリーは 平気そうに笑ってるけど。
《 それでも…………。》
一昨日 耳にした譚を思い出して、僕は 睛を俛せた。
彼女は、曾て 家族を失ったんだ。
領域内で無敵になれる程だったら、有り得なかったのかもしれない。
そんな事が、ちらり と頭を勦める。
「ですから、こうして馬に乗るのは 5度目です」
この言葉に、僕の心境が変わった。
表情も変わったんじゃないかな。
普段、この魔法使いは 翔んで移動する。
鳥に変幻して 風を利用すれば 眼立たないし、遠くへも 簡単に往く事が出来る。
そんな彼女が馬に乗るなんて、そう 多い事じゃない筈だ。
いや、そもそも 単独での移動なら 馬に乗る必要はなかった筈だ。
そうなると、誰かと共に乗ったって事になる。
「誰かと 一緒に乗ったの?」
「ぇ?」
数瞬前までの考えは、頭の隅からも抜けてた。
今は、眼の前の 見過ごせない疑問と疑惑を解くのが 最優先だ。
「誰と?」
「ぇ、あの………… 」
アシュリーにしたら、戸惑いでしかなかったろうな。
だって、僕が こんなにアシュリーを好きになってる事だって、欠片も理解してない。
だから、どうして『共に馬に乗った人物』を知りたがってるのかも 判らない訳で。
でも、だからって『気にしてない』なんて 嘘でも言えない。
これは過去なんだから、今更 知って どうこう出来る事じゃないけど、聴き遁せないんだ。
知りたくないのに 識りたい、そう云う 厄介な感情が働いてる。
「誰と、だ?」
執拗く追求すると、アシュリーは 困惑しながら答えた。
「エスファニア城の 侍従長でもある、男爵様……と」
戸惑った様子で、アシュリーが そう言った。
頭の何処かで『やっぱり』って感じてたんだけど、大部分は やり場のない恚りが湧き上がってた。
《 因りに縁って、男と! 》
アシュリーが悪いんじゃないし、今更 言っても どうにもならない事だ。
でも、この肚の虫が治まらない感覚は どうしたらいい?
いっそ、この場で方向転換して 後ろから附いて来る奴等に打付けようか。
八ッ当たりでしかないけど、こんな時に 僕の傍にいるほうが悪いよね?
いや、流石に それは可哀相か。
今は、叩き舒めす程度じゃ済まないだろうし。
だけど、じゃあ、この苛々は どうしたらいい?
「 ––––––––––––……… 」
ほんの1〜2秒の間に、そんな事を煩雑と考えてた。
そんな僕を見上げてたアシュリーは、小首を傾げながら ほんの少しだけ言葉を補った。
「私が 幼い姿をしていた為『子供を 単独で馬に乗せる事は出来ない』と」
この言葉に『あぁ、そうだったな』って 惟った。
アシュリーは 幼い魔法使いで、而も〔森の妖精〕で、魔法属からも それ以外からも求められる存在だ。
数多の手から遁れる為に、彼女は、日常的に 姿も名前も詐ってきた。
故郷であり 自身の支配区域の中であるエスファニアでも、それは変わらないんだ。
確か 12歳くらいの、平凡な姿の 小さな女の子に変幻してたんだっけ。
だから、平気? そう言いたいんだろうな。
判るけど、理解出来るけど………納得出来ない。
「 …………ふぅん」
僕は 不服そうに吐息を零して、不貞腐れた様に アシュリーの肩を抱き寄せた。
「きゃ」
吃驚したのか、僕を見上げるアシュリーの睛が丸くなった。
やっぱり、悚がったり 脅えたりしなくなった。
《 嬉しいな。》
心の中では そう惟うのに、僕の顔は まだ不機嫌-そのもので アシュリーを瞰してる。
「こんな諷に?」
左手を手綱から放し、代わりに アシュリーの肩を抱き寄せた。
ちょっと乱暴に引き寄せちゃったけど、痛くはしてないと惟う。
啻、驚かしてはいるんだろうな。
僕の胸に凭れ掛かる姿勢になったアシュリーは、晳ら樣に 狼狽えた。
「そっ、その様な事は 爲さいません!」
少々 上擦った声で、アシュリーは 僕の疑念を否定した。
「あの方には、どなたか お好きな女性がいらっしゃるそうです。そもそも、子供の姿をした わたしなど」
眼中にもない筈だ、との主張に 僕の機嫌は 呆気なく直った。
単純だなと自分でも惟うけど、事がアシュリーに関わると どうしても冷静でいられないんだから、仕方ないよね。
「そう?」
あっと云う間に笑顔になった事に驚いてただろうけど、アシュリーとしては それよりも気になってる事があるらしい。
まぁ、判るけどね。
僕の左腕が、彼女を抱き締めたままなんだから。
「だ、だから 手を………… 」
放してほしい、とは 言われなかった。
実際は 言いたかったんだろうけど、言えなくなったんだと惟う。
勿論、僕が 全く逆な事をしたせいだ。
左腕で ぎゅっと抱き締められて、アシュリーは赤面して 言葉を失ってた。
《 可愛い。》
きっと 今、僕は 満面-倖せで填め尽くされた顔をしてるんだろうな。
まだまだ続くんです。
ラブラブが遠い……っ。あまりに遠くて 眩暈がします。
頑張って書くので、気の長い方だけ 付いてくてください。




