29__仮初めの妃の役目 2
5日目の続きです。
何度、この文字を書いたのやら……。
兎に角、お忍びの続きを どうぞ。
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
ラッケンガルドと云う小国は、その国土の大半が 乾燥地帯だ。
南の 広い土地が砂漠になっており、国境の北には〔荒れ地〕と聘ばれる 湿地を含む原野が拡がっている。
南から 乾燥した熱風が吹き付け、北からは 冷気が吹き寄せる。
国土としては 大国-エスファニアの20パーセント程度の この小国が、これ程 過酷な環境にあるのは、偏に魔法使い達の存在のせいだ。
ラッケンガルド国内の 南にある砂漠 =〔沙の海〕には〔焔の騎士〕が、北の国境外にある荒涼とした原野 =〔荒れ地〕には 魔人達や魔女達が、其々 陣取っている。
そして、彼等が放つ魔力の影響が、この小さな国の環境を過酷なモノに仕立て上げているのだ。
広くはない国土に降る雨は極端に減り、それに伴って 湖沼が消え 緑が減少するには、充分な悪条件だった。
その為、各-市町村の間には、荒廃し 乾燥した原野だけが拡がっている。
時折 樹々が生えてはいるのだが、高木は 殆どなく、矮小な低木が 点在しているだけだ。
乾き切った大地には、生命の気配が 圧倒的に尠い。
雨季に育ったのだろう草花や 若木が、枯れ果てた姿で残っている。
「尾けてる人、いる?」
森や林などない 荒涼とした野原なのだ。 普通は、隠れる場所などない。
だが、この国の国土は 大きく波打っている。
底辺から頂点までの高低差は 平均-5メートル、1っの奥行きは 10メートルから20メートル。
幅に至っては 見渡す限り、と云った状態だ。
うねりの強い大海を想像してもらえば、大凡 合っている。
そんな 波状の大地だから、隠れようと惟えば 隠れられなくはない。
その為か、尾行の存在は視認出来ない。
だが、首都で附き綢っていた あの気配が離れたとは惟えなかった。
故の 質問である。
「はい」
ラノイの問いに、魔法使いが 小さく頷いた。
《 そうだよねぇ。》
少し 面倒だ、などと考えながら ラノイは小首を傾げた。
今回の北の邨への逵往きには、善からぬ者達を騙き出す と云う目的もあったのだ。
密やかにとは云え、魔法使いは 或る程度 眼立つ方法で出て来たのだから、附いて来てもらわなければならない。
頭では理解しているが、やはり 邪魔だと感じてしまうらしい。
納得し切れない惟いで、ラノイは 溜息を零した。
その黒い睛が向ける先に、本日 宿泊予定の街が見えてきた。
夕焼けに染まり始めた昊と、それに照らされる荒野を 軽く見渡すフリをして、後方へ首を巡らせた。
サバンナ気候を想わせる景色の中に、人影はない。
《 街までの間に 襲って来てくれれば、良かったのに。》
旅人も 交易商人のキャラバンも いないのだ。
暗殺者達にとって、これ程の好機はないだろう。
なのに、視界の外から附き綢うだけで 攻撃を加えようとしない。
それ攸か、近寄って来る気配すらない。
怕らく、街に入るまで この状態が続くだろう。
ならば、ラノイ達に出来る事はない。
「じゃあ、先に宿を取ろっか」
襲撃は 夜半、そう 見当を付けて、ラノイが提案をした。
事前計画では『手前の街で宿泊し 翌日に災害地を見舞う』となっている。
だが、この予定は 襲撃者達を騙き出す為に立てられた計画であり、遵守しなければならない予定ではない。
それに、魔法使いの当初の目的は、災害地の復旧と 北の邨の者達の見舞いだ。
加えて、彼女の性格上 一夜だとて放っては置きたくない筈だ。
故に、ラノイは、此処までの道中で 襲撃され、それを撃退し 身軽になっておく予定だった。
他の睛のない街道で襲撃されなかったと云うのは、少々 予定外でもあったのだ。
ラノイは、早々に襲撃者達を返り討ちにし 悠々と北の邨へ邀う予定、を変更する事にした。
「それで、こっそり 出掛けよう」
宿の部屋に篭っていると惟わせて 魔法で外出をしよう、と云う誘いだ。
ラノイの提案に、魔法使いの蒼い瞳が 緲かに瞠られた。
「先に、災害の場所を見たいでしょ?」
魔法使いなら それを希むだろう、と確信しての提案だった。
これに、僅かに瞠目していた瞳が ゆったりと笑んだ。
「はい」
控えめだが 晣らかに嬉しそうな微笑に、ラノイも微笑んでいた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
北の国境に近い邨から 南東へ20キロの場所に、この街はあった。
此処は、西の国境の邨にも 遠くなく、西と北からの旅人が滞在したり 商人達が交易の拠点としていたり で、栄えている。
街は 常に賑わい、国内の特産物の他に 国内では珍しい品々まで、多く集まっていた。
見物をしたい気持ちを扼えて、ラノイは 1っの宿へ馬を進めた。
其処は、立派な馬房がある 大きな宿だった。
「いい宿だね」
チェックインをして 案内された部屋は、滅法 広かった。
「最上階が空いていて 良かったです」
2人が案内された最上階は 特別仕様だ。
部屋の仕様がロイヤル スイートになっているのは 然て措き、この最上階には 隣室がない。
同階に 別の宿泊者が泊まる部屋-そのものがない。
つまり、最上階-綜てが 1組の宿泊者の為に誂えられた空間なのだ。
同階に 他の宿泊者がいないのは、襲撃者に備える側として 非常に援かる。
2人は、迷いなく この部屋を択んだ。
入口の扉を入ると 2メートルの廊下があり、その先に リビングルームがあった。
リビングは ほぼ正方形で、40畳-剰りの広さがある。
3人掛けの 大きなソファが テーブル越しに 対面で据えられ、そのテーブルの左右には 1人掛けのソファも置かれている。
それ等のソファは、見ただけで 上質な生地が使用されている事が判る。
中央のテーブルも、見劣りする事がないモノだ。
入口から敷き詰められている絨毯も、跣で歩いたら心地良さそうな ふかふか具合だ。
クリーム色の壁紙には、緲かな凹凸で 蔦が畫かれている。
柱に使われている木材も 上質で、良く磨かれ 艶がある。
全体的に重厚感がありつつも 落ち着ける雰囲気の部屋だった。
「 ………… 」
室内に入り 扉を閉めると、魔法使いは リビングの中央に竚って ぐるりと室内を見渡した。
《 出入口は、2っ。》
ロイヤル スイートの形式をとる この部屋には、出入口が 2箇所ある。
宿泊客が出入りする扉と、その奥にある スタッフ用の扉。
宿泊者用の扉は、入ると 廊下があり、その先に リビングに綰がる。
こちらは、食事のサービスなどを提供する為に スタッフが利用する扉だ。
リビングの奥にある ダイニングに続いており、リビングや寝室で寛いでいる宿泊客の邪魔にならない様 食事の準備が出来る。
その為、宿泊者用の扉と違い、スタッフ用の扉には 内鍵が付いていない。
テラスに続く窓もあり、出入り可能な場所は 尠くない。
《 でも、侵入するなら 窓でしょうね。》
これだけの規模の宿で 誰の睛にも留まらず最上階まで、となると 不可能に近い。
だが、この宿の裏にある隣の建物から この宿の屋根へ、更には 屋根から この部屋のテラスへ……ならば、可能な距離だ。
無人と知れば、必ず 室内での待ち伏せを試みるだろう。
鍵は付いているが、襲撃者-相手に 一般的な鍵は 余りにも心許無い。
屋上からテラスへ降り ガラスを破れば、侵入は容易だからだ。
魔法使いは 部屋の構造を、リビングの中央にいるまま 把握した。
そして、侵入への対抗措置として 結界を張る。
何人たりとも、この部屋への立ち入りを禁ずる。
10数万人いる魔法使いの中で、300番台に称を聯ねる〔森の妖精〕の〈結界〉だ。
これを破れる者は、相当な魔力の持ち主だけだ。
格下の魔法属では 結界の存在を感じ取る事も適わない。 そう云った〈結界〉だ。
しかし、ラノイは違った。
「〈結界〉?」
周囲を見回しながらの科白に、魔法使いは 苦笑いを零した。
予測はしていたが、彼には視えるらしい と知って、魔法使いが 小さく肯く。
「はい」
肯定しつつ、魔法使いは 今更ながらに驚いていた。
魔法使いであっても 認識出来る者の尠い〈結界〉
これを、魔力量としては 魔法使い以下のラノイが
何の倆を使うでもなく感知する。
この特異で 類をみない事象を、ラノイ-本人は どれ程 理解しているのか、などと 頭の隅で考える。
怕らく、当人は 己れが特殊な事をしている自覚などないかもしれない。
〈不可侵障壁〉を撥ね除け〈不可視障壁〉を視透せる事も 充分 奇異だが、この〈結界〉を感知する事に較べれば まだ難易度は低い。
《 もしかしたら、ラノイ様は〈位相空間〉すらも視透せるのかも…………。》
〈位相空間〉は、魔法属との戦闘用の 特殊結界であり、最上級の結界だ。
これを視透せる者は、魔法使いにもいない。
だが、探査の倆を使う事なく〈結界〉を感知するラノイならば、そんな有り得ない事も可能にしそうだった。
「 ………… 」
ぼんやりと 其処まで考えて、冷や汗が出た。
ラノイは、戒縛の仂があると云うだけで、充分 厄介な相手なのだ。
その上、結界でさえ感知し 視透せるとなると、厄介-攸の譚では済まない。
心底『敵ではなくて良かった』と惟いながら、正面の窓へ向け 歩き出す。
窓を開け、テラスへ踏み出てから ラノイを振り返る。
「リオ、風になった事は?」
内心の動揺を見せずに、魔法使いは 室内の〔獅子王〕へ問い掛けた。
細い手に招かれて、ラノイも歩き出す。
その睛は、好奇心に輝いていた。
「ないよ」
娯しそうな顔で、ラノイが笑った。
「一緒に、いらっしゃいますか?」
断るなど有り得ない と理解した上で、魔法使いは 右手を差し出した。
「勿論」
躇いなく、ラノイは 差し出された白い手を把った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
宿屋のテラスから 昊へ誘い出されたラノイの軀は、風に包まれていた。
2人の周りには、風があり 渦を巻いている。
決して 強い風ではない。柔らかく包み込まれている感覚だ。
まるで、微風に因って舞い上がる 花葩にでもなった気分だった。
將しく、風になっている感覚だ。
今は まだ、高く翔んではいない。
ラノイの爪先の下-1メートルの位置に、最上階のテラスがある。
しかし、決して 低くはない。
宿の部屋は、5階だった。
足許を見れば、18メートル下に 地面がある。
夕暮れには まだ早い時間であり、人々の往き復いも まだ盛んだ。
下を歩く者達が ほんの少し見上げれば、睛に付いてしまうだろう。
「これ、下からは見えてないの?」
「はい」
2人の周りには、当然の様に〈不可視障壁〉が張られていた。
「便利〜ィ」
きょろきょろ と見回しているラノイを見て、魔法使いは 瑣々やかな笑みを泛かべる。
「悚くは ありませんか?」
「うん、全然」
ラノイは、興味深げに 眼下の人々を瞰しながら、そう答えた。
これに、魔法使いは 密かに安堵した。
王宮に建つ樣々な建物は、この宿よりも高い。
啻でさえ 各-階層の天井が高く造られている為、3階であっても 12メートル以上になる。
特に 執務室は最上階にあって、眺めは良い。
そんな執務室で 日々の書類精査をしているのだから、高所に対する恐怖はないと知っていたが、足下が空になっている状況でも 平気らしい。
ほっとした攸で、彼女は 北を目指す事にした様だ。
「では、移動 致しましょう」
魔法使いの言葉が終わると同時に、ふわり と軀が浮き上がる。
あっと云う間に、眼下の景色が遠去かる。
自分が 昊に舞い上がっていると云うよりは、急激に 大地が離れた感覚だ。
一気に 人の姿は判別出来なくなり、家並みは 模型の様な大きさになる。
それに伴い 視野が拡がり、街-全体が見渡せた。
相当な高度になっているのだが、やはり ラノイに恐怖心はないらしい。
その証拠に、見敞かれた黒い瞳は 好奇と感動に輝いた。
「凄い、凄い 凄い!」
大興奮のラッケンガルド王を、魔法使いが 更なる上空へ誘う。
昊の高みへ舞い上がると、北への移動が始まった。
軀の感覚としては ふわふわと浮いている感覚だが、周囲の景色は 飛ぶ様に流れている。
しかし、風圧も 風音も感じない。
高速で翔んでいる、と云う体感が 殆どない。
現代人ならば、画面越しに 何某かの映像を観ている感覚になる事だろう。
視覚から送られる情報に叛し、それを裏付ける体感が得られない事で、ラノイの脳は 軽く混乱していた。
尤も、混乱する一方で、睛は 周囲の景色を捉えていた。
驚いて 声すら出ない状態であっても、この稀な体験を 剰す事なく記憶してゆく。
その間も 高速での移動は続き、当然だが あっと云う間に災害現場へ着いた。
「うわ、酷いな」
街道が 瓦礫で寸断されていると云う譚だったが、上空から見ると そればかりではない事が判る。
魔法使い達に因る 戦闘の爪痕は、北東から南西へと 広範囲に亘っている。
土砂崩れではなく、攻撃魔法に因って 森が吹き飛ばされた惨状が 一目瞭然だった。
森は、長さ-2キロ・幅-10メートルに亘って 削ぎ取られている。
樹木が 根刮ぎ吹き飛ばされ、土壌まで 刳られている。
そして、その樹木と土が 離れた場所にある街道に降り積もったのだろう。
綜てが混在となって、積み上がっている状態だ。
運が悪かったとしか云えない確率で、北の邨と 先程の街とを繋ぐ街道が寸断された。
運が良かったと云える奇蹟的-確率で、街道に人はおらず 死傷者はいなかった。
それが はっきりと判る、凄まじい跡だった。
「 ………これは、人力じゃ 大変だ」
ラノイは、復旧の予算が嵩んでいた理由に納得していた。
見回して、更に北に 同じ爪跡を見付ける。
それは、国境の邨を取り囲む様に 南北に1っずつ付いていた。
《 あれは、いけないな。》
ラノイは、表情を曇らせる。
邨は 逸れていたが、畠への逵も 水路も削り取られていた。
真面に復旧させれば、積み上がったモノの撤去だけで 半年は縣る。
「こんなの 直せるの?」
素朴な疑問だった。
ラノイは、曾て 魔法使いに魔法を教わった。
その時、師事した魔法使いが 炎や水を操る樣を 見た事がある。
子供心に、憧れたモノだった。
しかし、ああ云った魔法で この惨劇は修復出来ないだろう。
そう惟ったが故の質問だった。
これに、手を綰ぐ魔法使いは 淡白な答えを返した。
「或る程度は」
可能である と云う返事をしながら、魔法使いは 左手を前方へ向けた。
宙に 何かを畫く様に、指が動く。
具体的に 何かが宙に記される訳でもなく、啻 ゆったりと動いているだけだ。
滑らかに辷る 細い指先を、じっと見ている内に 視界の奥の変化に気付いた。
ラノイの視線は、1メートル先から 700メートル先の大地に隕とされた。
《 あ。》
森の中に、緲かな変化が起きていた。
遠すぎて 何かが動いている様にしか見えないが、徐々に 色が移ろう部分がある。
暗い緑色の 針葉樹の森に、緲かに 違う色彩が淆じってきたのだ。
《 何だろう? 》
森にばかり 集中していたせいだろう。
じっと瞰している景色の中に、もっと変化している部分がある事に ラノイは気付かなかった。
最も大きな変化が起きていたのは、木々や土砂が積み上がっていた場所だ。
これに気付いたのは、数分後だった。
《 なっ⁉︎ 》
森の中の変化が何か判らず 視線を他へ移したラノイは、その光景に絶句した。
森から視線を外したのは、思案の際の 反射の様なモノだ。
特に 意があった訳でもなく、見たい場所があった訳でもない。
ふと、と云う感じだった。
そうして 意図せずに向けた 幾つかのポイントの中で、街道が眼に付いたのは 或る意味 当然だったろう。
《 っ––––––––––––! 》
ラノイは、喫驚を飲み込んで 瞠目した。
街道を寸断する様に 渾然一体となって積み上がっていた障害物が、宙に浮き上がっていた。
5〜6メートルの高さで堆積していた 綜てが、一気に浮上しているのだ。
驚くなと云うほうに、無理がある。
ラノイは 睛を瞠り、呼吸すらも忘れて 見入っていた。
しかし、ラノイの睛は 眼下の状況を映し続け、彼の脳は それを的確に解析していた。
更には、土砂は 振るい隕とされる様に 浮上した堆積物から頒けられ、下方へ流れている。
そのまま 地面-スレスレを水の様に流れ、森の中へ入ってゆく。
これが、先程の『森の変化』だったのだ。
樹木や 岩石は、浮上している塊から 更に上方へ浮き上がり、樹木と 岩石に頒けられている。
岩石は 街道の東側に、樹木は 枝葉を伐り隕とされ、丸太となった幹は 街道の西へ積み上げられてゆく。
伐り隕とされた枝葉は、振り頒けられた土砂と異なるルートで 森へ移動している。
往き着く先は、魔法の余波で刳られた場所だ。
深く傷付けられた大地を、枝葉と 土砂が填めている。
10分-程で、針葉樹の森に付いていた魔法の爪痕は 平らに均された。
交通の邪魔になっていた岩石が、街道の右側に 整然と列べられていた。
同様に 邪魔になっていた樹々は、丸太となって 街道の左側に積み上げられている。
材木として利用出来る状態で整頓された時には、森に 木々のない場所があると云った程度の爪痕になっていた。
伐り隕とされた枝葉は 軈て腐り、次の生命の苗床となるだろう。
初夏には、新しい芽吹きがあるかもしれない。
啻 填め戻したのではない修復だが、この時のラノイは 気付ける状態になかった。
それでも、想像を絶する光景を目の當たりにした驚きは 大きかった。
この大規模な修復が、3箇所の傷跡で 同時に行われていたのだ。
「 –––––––––––––………… 」
ラノイは、言葉を失い 眼舜きも出来ずに見詰めていた。
《 ………凄い。》
国家予算として計上すれば かなりの金額となり、期間としては 応急処置だけで 3ヶ月は縣る大事業になる予定だった。
それを、この魔法使いは 10分足らずで熟してしまったのだ。
喫驚も 感嘆も、声にならなかった。
「後は、畠への水路の修繕と お怪我をされた方達の治療ですね」
次にやるべき行動を呟いた魔法使いの顔を覗き込む様にしながら、ラノイが問い掛けた。
「そんなに魔法を使って 大丈夫なの?」
「はい。大した仂は使っておりませんから」
あっけらかんとした言葉が返ってきた。
それも、嘘や 強がりを言っている諷ではない。
この事に、ラノイは 驚きを超えてしまった。
《 これで? 》
疑問とも 否定とも付かない この言葉は、声になる事はなかった。
ラノイは、眩暈にも似た 不思議な感覚に包まれていた。
瞠られていた瞳は 瞼が下がり 半眼になりかけており、緲かに喫驚を俔わせていた表情は 無に呑まれた。
茫然となり、惟わず 遠い睛になった……と云った攸だろう。
彼の意識が 忘我の彼方に飛ばされそうになっている間に、手を綰いだ銀髪の美女は 何かを考え込んでいた。
「 ………どうしましょう」
小さく 口の中で呟いた程度の声だった。
しかし、身を寄せる程に傍にいるラノイの耳は これを聴き遁さなかった。
唖然とさせられていた彼は、愛しい女の声に 遠退きかけていた意識を戻す。
「なに?」
悩んでいる事を教えて欲しいと言えば、魔法使いは 迷った様に口を敞いた。
「このまま、往っては いけませんか?」
この言葉の裡に『明日 被災地を見舞う』と云う 当初の計画が泛かんだ。
自分で言い出した計画を ラノイの眼の前で紆げる事に、何等かの抵抗でもあるのか。
魔法使いは、態々 ラノイの赦しを得ようとしていた。
悩む必要はない事にも惟えるが、彼女としては 躇いがあるのだろう。
怕らく、ラノイが 否と唱えれば、彼女は『已むなし』と諦めるつもりらしい。
《 真面目だなぁ。》
そんな事を考えながら、ラノイは 判り切った事を尋ねた。
「あぁ、気になるんだ?」
「はい」
躇いのない返事に、若き王は 自然と微笑んでいた。
「じゃあ、こっそり往こうか」
そう言ったラノイへ向けられたのは、仄かな笑みだった。しかし、実に嬉しそうな微笑だった。
「ありがとうございます」
嬉しさを扼えて 扼え切れなかった様な声に、ラノイは 笑顔満面で頷いた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
魔法使いは、ゆっくりと 邨へ降り竚った。
それに伴い、ラノイも 彼女の隣に降りる。
20分ぶりに 地に趾を付けたラノイは、辺りを見回して 様子を遉った。
此処は 邨の中央であり、広場を囲む様に 店や民家が建っている。
それでも、通りを歩く人影は尠い。
だが、尠いだけで 莫い訳ではない。
しかし、2人の姿は、魔法使いが張っている〈不可視障壁〉の効果で 感知されていない。
誰の睛にも觝れずに、2人は 邨の広場に舞い降りたのだ。
ラノイも 魔法使いも、じっくりと邨の様子を査べられる。
《 邨-自体は 無事でも、怪我人が尠くて 全体的に軽傷でも………やっぱり、何日も閇じ込められてれば こうなるよね。》
報告には上がらない 邨の状況に、ラノイは 軽く眉を寄せていた。
そんな彼の前を、1人の村人が横切って往った。
覇気がない表情に 丸まった背中、重そうな趾取り。
見るからに疲れた諷で 眼の前を通り軼ぎる村人が、印象的だった。
怕らく、公式に邨を訪問していたら 見られない光景だ。
《 アシュリーがいてくれた お陰だ。》
この優しい魔法使いがいなければ、この邨への逵は 当分 塞がったままだった。
水路が破壊され 畠までの逵も分断された今、食糧の問題も大きい。
彼等は、最低限の食事で凌いでいる筈だ。
肉体的にも 精神的にも、辣かっただろう。
仮設の通路を開通させるにも、予算計上から人員派遣の手続きを経ていれば、1週間-以上 縣っただろう。
役所を通していれば、この状況の村人を 更に俟たせ、結果的には 心身-共に追い詰める事になっていただろう。
そう惟うと、感謝しか泛かばなかった。
《 ありがとう、アシュリー。》
声を発して良いモノか判らず、取り敢えず 心の中で礼を言う。
そうする間に、村人が何人か 広場を通り過ぎて往った。
誰もかれもが、項垂れて 家路を辿っていた。
魔法使いは、そんな人々を見ていた。
そして、そんな人達を沢山 見る為に、邨を歩いて廻る。
すっかり暗くなるまで、魔法使いと ラノイは、北の邨にいた。
《 流石に、此処は………。》
最後に立ち寄った場所は、邨の北側にある畠だった。
植えられていた植物は、枯れかけていた。
国外から放たれた 攻撃魔法の余波は、畠への水路も分断していた。
土壌を深く刳られ 地下水脈が変わったのか、邨の井戸も涸れていた。
故に、村人達は、生活用水を得る為に 遠く離れた水源まで赴かなければならない状況になっていた。
水源の泉は、森の奥だ。
1回に搬べる水の量も、限られる。
更に、途中の逵は 魔法の余波で 酷い有樣になっている。
何度も 汲みに往くのは、時間的にも体力的にも 消耗が激しい。
故に、村人達は 疲弊していた。
自分達が生きる分の水にも、困窮しているのだ。
畠に 充分な量の水など、撒ける筈がない。
結果、此処の植物は 枯れかけたのだろう。
暫く 手入れをされていない事が判る風景を、魔法使いは、啻 眺めていた。
その横顔を見詰めていたラノイは、小首を傾げた。
「戻るの?」
邨の中は、綜て見た。
これ以上 邨にいる意味はない。 そう、意味はないのだ。
ラノイの問いは、この事を察した上でのモノだった。
これに、魔法使いは 浅く頷いた。
「はい、でも、その前に……… 」
もう 1箇所だけ 寄りたい処がある、と 霽れやかな微笑で 彼女が呟いた。
このお忍びの間に、2人の距離が縮まる……予定!
此処で 頑張らないと、ラノイが『完璧なヘタレ』になってしまう(笑)
らぶらぶ には程遠いかもしれませんが、それを目指して ガンバリマス。




