27__仮初めの妃と 不正官吏 2
まだまだまだ 5日目です。
そして、まだまだまだまだ 5日目が続きます。
___視点:大臣(無能の代表格)- 4人___
王に促され その視線を辿った先は、西の庭の 池の滸だった。
其処には 2っの人影がある。
1っは 彼等の同僚の息子で、若くして高官に地位にある青年。
もう1っは、憎っくき 異国の娘だ。
こちらに背を向けているが、紛う事なき銀髪が 誰であるかを証明していた。
「こんな仕打ちが赦されるものか!
陛下に取り次げ!」
そう怒鳴った青年は 妃の背後に竚っていて、その手には 細身の短剣が握られている。
鞘から抜いた それで、自分に背を向けている妃を 背後から嚇している現場である。
2人の右-斜め後方に位置する回廊からは、その様子が 良く見えた。
不敬・威嚇・強要、果ては 障害に至りそうな状況だ。
しかし、これに対し、妃の背は 身震いもしなかった。
「 ………何をしているのか、判って
おいでですか?」
「っ」
「貴方の爲さっている事は、気に入らない事を
武力で解決する 子供の我儘-以下の愚行です」
「うっ、ううううるさいっ!」
毅然とした態度で応じられ 冷ややかに指摘され、青年は 更に逆上した様子だった。
背後から 妃の首筋へ刃を向けつつ、左手に持っている鞘を 激情のまま振り回している。
その気はなくとも、勢いで斬り付けかねない状況だ。
《 いいぞ!》
《 やれっ。》
《 そのまま 顔にでも傷を作ってしまえっ。 勿体莫いが!》
《 あの完璧な容姿さえ損なわれてしまえば、陛下も 他の娘に睛を向けてくださる。 勿体莫いが!》
傍観する大臣達は、唇の端を笑みで歪めながら 心の中で嗾けていた。
同じく傍観する 王の態度に、違和感すら懐かずに。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
背後から右の首筋へ 細身の刃が向けられている。
その鋭利な先端へ一瞥をくれた後、魔法使いは 細く息を吐いた。
呼吸を整える様な間をおいたのは、自身の中の 恚りを鎮める行為としてだった。
しかし、どうやら これは意味を成さなかったらしい。
「躬らの愆ちを認め、態度を 改めてください。痛い目に遭いますよ?」
彼女の言葉には、匿しようのない憤りを滲ませていた。
「大きな口を敲くな! 女の分際で‼︎ 」
冷徹な声に気付かなかったのか、青年は 呀鳴る様に声を荒げた。
これを受けて、魔法使いの蒼い瞳に 拮い光りが宿った。
「これ以上の注進を申し上げても、改めては頂けない様ですので………不本意ですが、こちらも 同じ作法で参りましょう」
言うが早いか、魔法使いは 青年を振り皈ると同時に、彼の短刀を持つ手を 下から打ち払った。
弾き上げられた手から 最も簡単に短刀が離れ、勢い良く 頭上へ飛んだ。
まさかの反撃に 驚く間も与えられずに、青年の頬へ 平手打ちが飛んだ。
青年の右頬で、乾いた音が発った。
「恥を知りなさい」
魔法使いが放ったのは、精一杯 恚りを扼え込んだ一言だった。
これを呆然と聴き 頬を抑えながら、若き高官は その場にへたり込んだ。
高く撥じき飛ばされていた短刀が ゆっくりと減速し 宙で停まる。
放物線の頂点へ到達した銀の刃が、陽の晃りを受けて 宙で煌めいた。
この世界にも 万有引力なるモノは存在し、有形無形-綜ては 大地と相思相愛だ。
一時 離れようとも、必ず 戻ってくる。
その法則に従い、短刀は ゆっくりと加速して 隕ちてくる。
平手打ち-直前に 青年の手から鞘を把り上げていた魔法使いは、持っていた鞘口を昊へ向けた。
左手を 少々 前へ出した程度だったが、隕ちてきた短刀は 吸い込まれる様に鞘に収まった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
何事もなかったかの様に 後宮へ歩き出した魔法使いを、離れた回廊にいた大臣達が 呆然と見ていた。
頬を抑え 座り込んで放心している高官を気に掛ける余裕など、彼等にはなかった。
信じられないと云った視線の中、銀髪の美女は ゆっくりと庭園を移動してゆく。
そして、不意に こちらへ顔を向けた。
蒼い瞳が 自分達のほうを見た瞬間、大臣達は びくりと肩を揺らした。
尤も、魔法使いの瞳は 役柄上-夫である〔獅子王〕に向いていたのだが。
「ラノイ様」
ゆったりと回廊へ近付いて来る 姚しい仮初めの妃を、ラノイは 睛を細めて見詰めていた。
「手間を掛けたな」
短い言葉に、回廊の傍まで来た魔法使いは 小さく笑んで首を振った。
「もう、莫迦なマネは 爲さらないでしょう」
これで 不敬も障害未遂も不問にしてほしい、と 睛が訟えていた。
《 優しいな。》
啻 姚しいだけではなく、啻 優しいだけではない。
そんな彼女に 強く惹かれている自分が、何故か 誇らしく惟えた。
「アシュリー」
魔法使いは、ラノイの手に短刀を預け、軽く礼をして 踵を皈そうとしていた。
そんな彼女を、ラノイの腕が 優しく逮えた。
回廊は、庭園より 1メートル程 高く造られている。
其処にいたラノイは、腰を折る様にし 手摺の向うにいる美女の腰を 両手で逮えたのだ。
「っ⁉︎」
喫驚を飲み込んだ魔法使いに構う事なく、ラノイは そのまま彼女を擁え上げた。
「やはり、そなたこそが 我が妃に相応しい」
庭園から 回廊へ……と云うか、一気に ラノイの腕の中へ抱き上げられた細い軀が 晳ら樣に硬直しようとも、ラノイの笑顔が陰る事はなかった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
魔法使いは、庭園から回廊へ抱き上げられ、周囲の睛を気にし 抵抗する事も出来ずにいた。
そして、碌な抵抗も出来ぬまま ラノイに横抱きにされた状態で執務室へ連れられていた。
「あーーー、恰好良かったぁ」
執務室の人払いが済んだ途端、ラノイは そう嘆息した。
満面の笑みを泛かべている国王が、嬉々として 先程の経緯を語っている。
それを 見る事もなく、魔法使いは ソファの背凭れに身を委ね、深く溜息を零した。
暖炉を囲む様に配置されたソファに座るのは、彼女-1人。
ラノイと シズは、自分達のデスクに向かい、会話をしながら 書類の精査に勤しんでいる。
「あの大臣達も、これで 少しは愨しくなるでしょうね」
シズも、上機嫌で 書類にサインをしてゆく。
これを見る事なく、魔法使いは 再び溜息を咐いた。
《 妃の お役目って、大変。》
魔法使いとしては、啻-単に 肚が立った者を打ち据えただけの事だ。
しかし、仮初めとは云え 妃の立場にある以上、どうしても 眼立ってしまう。
其処に ラノイがいれば、余計に この譚は流布される事になる。
今回は、更に 傍観者達がいた。
噂は、飛ぶ様に広まっていると考えるべきだろう。
魔法使いとしては、不本意な状況である。
しかし、ご機嫌なシズは そんな事には気付かない。
「アシュリー姫。この調子で、どんどん 不正をしている官吏を処罰してください」
「 ………そのつもりは、なかったのですが」
「ですが、辞めさせるよりも 有効な手段では?」
不正さえしていなければ、心得違いさえしていなければ、かの青年は 官吏として失格点ではない。
寧ろ、もう数年くらい 真面目に経験を積めば、高官として申し分ない働きをする様になっているかもしれない。
それを惟うと、離職に逐い込むよりも 未来価値として大きい。
シズの意見に、魔法使いは 言葉を失くした。
「 –––––––––––––………… 」
彼女も、それが正論だと判っている。
今-現在であっても、官吏は 人手不足なのだ。
前国王の時代に腐敗した国政を糺す為、不正行為をしている官吏・高官・大臣達を 次々と離職に逐い込んだ。
或る程度の数を 苛烈な方法で断じたのは、見せしめの為でもあった。
故に、官吏の数は 激減した。
そして、その断罪が 余りに恐れられたのか、新たに官吏になりたがる者も激減した。
そんな中、不正はしたものの 将来-有望である青年だと惟ったからこそ、辞職させるのではなく 地方へ飛ばしたのだろう。
こう云った官吏を改心させるには、魔法使いの能力は 最も有効な手段である。
これは、事実だ。 勿論、魔法使いも 良く判っている。
しかし、彼女としては 躇いの強い手段なのだ。
相変わらず 沈黙している魔法使いを不思議に惟ったのだろう。
「アシュリー?」
ラノイは、サインをした書類を 処理済みの箱へ入れながら、離れたソファにいる仮初めの妃へ声を掛けた。
これに、魔法使いは 小さく笑んで首を振った。
その態度に 何かを感じたのだろう。
ラノイは、更に言葉を掛けようとした。
彼が 口を敞こうとしたタイミングで、執務室へ クランツが戻って来た。
「あ、どうでしたか?」
待ちかねたと云う様子で、シズが問い掛ける。
これに、クランツが 上機嫌で報告をする。
「嘘の様に 愨しく、地方へ赴任する準備に取り掛かっていましたよ」
ラノイの譚を聴くや否や、クランツは 執務室を出た。
そして、その趾で 高官達の執務室の様子を俔いに往っていたのだ。
こっそりと様子を覗き見て戻った彼は、自分の仕事に取り掛かりながら 国王と宰相に詳細を語っていた。
これを 遠くに聴きながら、魔法使いは 密やかに溜息を零していた。
《 それは 命じてしまったから、でしょうね。》
あの時 発した『恥を知れ』と云う言葉は、強力な命令に属する。
己れが何をしたのか 何をすべきかを考えろ、と云う命令の言葉だ。
それは、多岐に及ぶ 呪縛でもある。
《 もう2度と、不正は 出来ないでしょうね。》
改心させたと云うには、余りにも強固な呪縛だった。
これは、ラノイが使う『戒縛の仂』とは 全く違う。
相手の中に 新たなルールを構築する、一方的な魔法だ。
肉体に反映されるのではなく、精神に作用する魔法だ。
これに縣れば、対象者にとって、世の中の どんな秩序よりも優先される掟となる。
それを理解している彼女は、極力 この仂を使わずにきた。
しかし、肚が立った余り 無意識に込めてしまったのだ。
《 不機嫌な時は、どうしても 強い影響力を残してしまう。》
それに気付いたのは、言い放った数秒後だった。
自覚した途端、酷い不快感に襲われた。
吐き気にも似た感覚に、身震いしそうになったくらいだ。
すぐ樣、魔法使いは 誰もいない場所へ移動しようとした。
尤も、移動途中で ラノイ達の存在に気付き、そのまま此処へ連れられてしまったのだが。
今も不快感は続いており、その影響か、指先は緲かに震えている。
更には、強い脱力感も味わっていた。
故に、ソファに身を凭せているのだ。
再度 密かに溜息を咐くと、ラノイとシズとクランツの 3人へ睛を向ける。
真相を知らない為か、3人は 手放しで喜んでいる。
《 でも、役に立ったのだから。》
今回は善しとしよう、と。
吐き気を押し留めながら、魔法使いは 無理矢理 そう惟い直した。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
昼食を ラノイとシズと、壁際の女官達や 給仕役の侍従官達に囲まれて摂った後、魔法使いは 後宮へ戻っていた。
そして、いそいそと準備を始める。
ラノイが用意させた 妃としての衣裳を収めた部屋には趾を向けず、幼い魔法使いは 宙へ手を伸ばす。
其処は、何もない空間。
文字通り、眼の前へ 手を上げただけにしか見えない行動。
まるで、棚に置いていた何かを把る為に 手を伸ばしたかの様な、そんな動作だった。
次の瞬間、魔法使いの手には 白い外套があった。
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___視点:後宮付き女官 - シノン=クリーガー___
シノンは、王妃の傍に仕えている 4人の女官達の1人だ。
女としては背が高く 少しハスキーな声をしている。
いつも王妃を気遣う 優しい人物だ。
後宮付きの女官達と 昼食を喰べた後、シノンは 後宮の庭へ来ていた。
1人で この庭へ出るのは、いつもの事だ。
誰もいない 後宮の庭は、シノンが独りになって ほっと息を咐ける数尠い場所の 1っなのだ。
昼食後に、この庭へ出る。
これは、王宮へ仕える様になってから すっかり習慣化していた。
《 あの噂、本当かな………。》
昼食の時に耳にしたのは、魔法使いの噂だ。
刃を突き衝けられて尚 平然としていた、とか。
特たる落ち度もない高官の青年を 一方的に罵倒した、とか。
忤った高官を撲ち舒めした とか。
耳を疑う様な譚が飛び交っていた。
信憑性のない 荒唐無稽な噂も淆じっていたが、それを抜いても 信じ難い譚だった。
《 後で 訊いてみようかな。》
午後になれば、また あの嫋やかな妃と時間を過ごせる。
そう惟って、足取りも軽く 庭を散策していたシノンの睛に、見慣れない衣服の人物が映った。
その人物は、女官達よりも質素な服に 広袖の外套を紱い、白っぽいスカーフを頭から被っている。
旅装に近い服装だが、荷物らしきモノはない。
後宮の庭を 西の奥へ、樹々の間を縫う様に 進んで往く。
「お、お妃様?」
睛にした後ろ姿に声を掛けると、視線の先にいる人物が ゆっくりと振り皈った。
ほんの少し 驚いた様に見えたのは、錯覚だったのか。
西の庭の奥へ入ろうとしていた王妃は、ふんわりと微笑んだ。
「ど、どうされたんですか?」
どうしたも、こうしたもない。
王妃は、身軽な装束に 白い外套とスカーフを紱って、庭の奥へ往こうとしていた。
どう考えても、啻の防寒対策ではない格好だ。
「どうか、ラノイ様には お報せにならないでくださいね」
「はっ?」
にこり と笑んで、王妃は 足早に庭の奥へ歩を進める。
シノンが 唖然としている間に、視界から消えてしまった。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
「陛下っ」
執務室へ駆け込んだシノンに、宰相-シズ=ラトウィッジと 彼の補佐官-エディン=オスカリウスが 険しい睛を向けた。
「何事だ?」
晳ら樣に不機嫌な顔と声で、エディンが 睨み付けてきた。
普段なら 怯む程なのだが、今のシノンは そもそも動揺していて、自身の無礼にも 相手の恚りにも気付けずにいた。
「お、お妃様が っ」
北の方角を指差して、やっとの惟いで それだけを言う。
この短い言葉と シノンの惶てぶりで、事態を推測したのだろう。
無言で 書類から顔を上げていたラノイは、弾ける様に竚ち上がり 執務室から駆け出していた。
勿論、愛用の剣を手にしてである。
あっと云う間に遠退いた足音が聴こえなくなった頃、シズが 長大息を零した。
苛立ちと 諦めの泛いた表情で、執務室の入口で 廊下の先を見遣ったまま固まっているシノンを見る。
「アシュリー姫が、どうしたんです?」
シノンは、シズに声を掛けられた事で 吾に還ったのか。
ラノイが駆け去った廊下の先から、室内へ顔を向ける。
そして、はっとした様に 返答した。
「あ! えっと、それが………さっき、出て往って しまった………様な?」
シノンは、告げている途中で 急激に不安になった。
確かに、見掛けた妃は 旅装だった、気がする。
だが、荷物などはなかった。 背にも 手にもだ。
場所も、後宮のある西の庭である。
何かの遊びだったのではないか。
自分の勘違いだったのではないか。
そもそも、出て往ったと云うのは 自分の心象でしかない。
これを、何の確認もせずに 執務室へ駆け込んで報せたのは、早計だったのかもしれない。
そんな考えが 次々と湧いてくる。
瞬く間に顔面蒼白になったシノンに気付いていないのか、見ないフリなのか。
シズは、更に 表情を渋らせた。
表現を悪くすれば、今にも舌打ちをしそうな顔と云った攸だ。
寧ろ、事態を理解して驚いていたのは エディンのほうだった。
「シズ様!」
エディンの緊迫した声にも、シズの様子は変わらない。
「行動力の有り佚ぎな妃に、同等の行動力を持つ王と云う取り合わせは、考えモノですね」
忌々しげに言うと、宰相は 改めてシノンを見た。
「この事を、他の女官達には?」
シズの問いに、シノンは 小刻みに首を振った。
決して 宰相の迫力に震えた訳ではない。 たぶん。
「い、いえ、まだ……… 」
それ攸ではなく、此処へ駆け込んだのだ。
まだ誰にも談していなかった。
「なら、このまま黙っていなさい」
これに反論したのは、シノンではなかった。
「で、ですがっ」
「妃が 単独で外に出たなどと知れれば、善からぬ事を目論む者も出るでしょう。このまま『奥で臥せっている』事にでもしたほうが 懸命です」
シズの含ませた言葉に、エディンは 軽く睛を瞠った。
そして、数瞬の間をおいて 頷く。
何かを得心した様子のエディンとは違い、シノンは 心底 妃を案じていた。
「で、でもっ」
「これは、お妃様の安全の為だ」
エディンに そう言われても、たった独りで王宮の外へ往った 嫋やかな妃の事が心配なのだろう。
シノンは、到底 納得出来ない様子で佇んでいる。
揺れる睛が、不安と動揺を表していた。
「あの方は………陛下の許へ いらっしゃった時も、お独りだった。お妃様は、お独りのほうが 眼立たずに動ける」
美しい銀髪も 夏の昊を想わせる蒼い瞳も、この国では 人眼を惹く。
そんな妃が どうやって眼立たずに国内を移動するのか、そう言い返したかった。
しかし、先程 エディンが言った様に『独りで来た』のならば、彼女には それが可能だと云う事だろう。
「 ………… 」
シノンは、惟い悩んで 喑黙った。
透さず、シズが 言い聆かせる。
「いいですか? この事は 他言無用。今は あの方を眼立たせない事が最善なんです」
「周囲には 何と?」
「アシュリー姫は『体調を坍して臥せっている』と。そして、陛下は『妃の看病の為に 後宮にいる』とでも しておきましょうか」
「判りました」
すらすらと理由を でっち上げるシズと、それを すんなりと受け入れるエディンに違和感を懐く暇はあったろうか。
「 –––––––––––––………… 」
シノンは、睛を丸くして、2人を見ていた。
其処へ、段取りが終わった宰相が 視線を投げ掛けてきた。
「いいですね?」
「は、はい」
強い睛で承諾を迫られたシノンは、気圧されるまま そう答えていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
魔法使いは、王宮の西門を抜けて 王都へ踏み出した。
《 歩くと、時間が縣るわね。》
王都を囲む城塞を 遠くに眺め、旅装の美女は 小さく息を咐いた。
10分前、魔法使いは 後宮を出た。
外套とスカーフを紱い 西の庭を抜けて邀った先は、西門だ。
正門である南門とは違い、こちらは 西の庭からは繋がっていない場所だ。
西の庭は、西門のある台地から 更に7メートル程 盛り上げた大地の上に造られているのだ。
下の台地へ降りる場所は、南にある大階段しかない。
其処は 数多くの官吏や衛兵達の睛に留まってしまう。
余りにも堂々とした行動は、出て往った事を公言する様なモノだ。
流石に、王宮-全体に知れ渡るのは 希ましくない。
その為、魔法使いは、魔法で 西の庭の端から 7メートル下の台地へ降りたのだ。
そして、その趾で 西門の内門へ往く。
当然だが、内門の門番達は 突然の妃の登場に惶てふためき、どうしたのだと問い質す。
これに、銀髪の妃は 嫣然と『通してほしい』とだけ告げる。
何も訊くな、啻 見なかった事にして
此処を通せ。
そう命令されても 首を振る攸だが、何故か 門番達は彼女を通した。
当の門番達でさえ、どうして通してしまったのかは判らない。
啻、通さなければならない気持ちになったのだ。
しかし、納得の上の行動ではない。
その証拠に、門番達は 魔法使いを通した後も 狼狽えていた。
背後で おろおろとしている内門の門番達へ にこやかに手を振り、魔法使いは 濠を渡った。
王宮を ぐるりと囲む深く広い濠を渉ると、西門の外門がある。
扃じられている外門の内側で 更に門番達を言い葆めて、遂に 王宮の外へ出たのである。
そうして、広い通りへ出た魔法使いは 左右を見渡した。
其処は、王宮の濠に沿って南北に長く伸びる 大きな逵だ。
しかし、人通りはない。
西門は、通常 敞かれる事がない。
更に云えば、この辺りには 店や民家がない。
見える範囲に列んでいる建物は、どうやら 倉庫の様なモノばかりらしい。
《 当たり、ね。》
静まり返った通りの向う、倉庫街の物陰に 幾つかの気配がある。
それは、倉庫へ 何かを取りに来た者達ではなく、倉庫の管理をしている者達でもない。
何故なら、幾つかに別れ 一点に留まっているからだ。
更には、じっと 西門を遉っていた視線が 彼女が現れた事で困惑へと変わったからだ。
旅装の女が出て来た事に驚いたと云うよりは、惟い縣けない人物の登場に対する動揺。
そんな気配が 倉庫街の路地から溢れているのだ。
《 つまり、侵入するのも こちら側から、と云う事かしら。》
門番達に賄賂を渡し、密かに暗殺者を招き入れる。
そんな計画があっても可妙しくはない。
ぼんやりと そんな事を考えながら、魔法使いは歩き出した。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
暫く西へ進むと、倉庫街が 民家に変わり始める。
更に進めば 住宅街になり、賑わいが 耳に届く。
南北に伸びる広い通りに當たると、人々が往き復う市場に差し当たった。
《 そう云えば、此処だったわ。》
王都へ来て 国王の訊き込みをしたのが、將に この市場だった。
その事を思い出し、魔法使いは 小さく笑んだ。
あの時は、白茶色の髪の少年に変現していた為、彼女を見憶えている者はない。
それでも、魔法使いにとっては 懐かしいと感じる場所だった。
此処で ラノイについて訊いていた時は、まさか こんな事になるとは惟ってもみなかった。
変幻を見破られる事も 戒縛の仂に縛られる事も、予測の外だった。
ほんの数日前の事だと云うのに、妙に懐かしい。
《 此処で 引き返せば良かったのに。》
クランツが聴いたら『頓でもない!』と泣き叫びそうな事を、ラノイが見たら 喜びそうな微笑で考える。
王宮へ往かなければ 戒縛の仂に綰がれる事もなかった、と 小さく惟う。
そうすれば、ラノイと出会う事も この国に滞在する事もなかった。
ラノイの手や言葉に翻弄される事もなく、エスファニアへ帰る事が出来ただろう。
そう 惟った。 だが、懺いている訳ではない。
こうして、ラッケンガルドの為に奔走する事に 何の迷いもない。
仮初めとは云え 妃としての勗めは未だに慣れないが、孰れ この国が善くなる為の一助となるなら、喜んで仂を使う。
魔法使いは、そう 決めている。
だから、笑顔で 惟うのだ。
《 此処で 引き返さなくて良かった。》
熟々、そう惟った。
そんな彼女の背後で、蠢く様に 幾つかの気配が附いて来ていた。
長いな、5日目。長すぎる………。
書いているほうが飽きてきているんだから、読んでくださっている方は もっと飽きていらっしゃるでしょう。
でも、まだ 5日目が続きます。
済みません、長ったらしくて……(泣)




