26__仮初めの妃と 不正官吏 1
困った事に、まだ 5日目です。
而も、5日目の 午前中ですよ。大体、11時過ぎを想定して書いています。
だから、午後の話とか書いたら………ソリャ 長クナルヨネ(泣)
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
厨房の視察を終えた魔法使いは、西の庭園に来ていた。
広い芝生に囲まれた 美しい池と、それに迫り出した 石造りの四阿がある。
四阿の周囲は 紫陽花に似た植物が植えられており、芝生を挟んで数10メートル離れた場所には 躑躅の様な孳みがある。
数日前にも訪れた あの池の滸だ。
魔法使いは、今日も 躑躅の孳みの陰にいた。
此処は、静かで 人の気配もなく、考え事をするには適していた。
しかし、彼女は 眼立つ存在だ。
人気のない場所にいても、その美しい銀髪は 人眼を惹く。
初春の 尠い緑の中でも、一際 眼立っている。
そのせいか、彼女の許へやって来る足音がした。
「お妃様!」
足早に やって来たのは、まだ若い部類に属する青年だ。
紱っている装束から 高官の1人であると判る。
振り皈った幼い魔法使いには、見憶えのある青年だった。
《 あの時の………。》
『あの時』と云うのは 1時間半-前、執務室での休憩に入る前の事だ。
魔法使いは、正寝殿から100メートル離れた 政殿の北の廊下にいる姿を視たに佚ぎない。
魔法で 障害物を透過して視透しただけに、彼は 自分の樣を見られていた自覚はない。
そのせいか、青年は 何の気負いもなく 魔法使いに近付いて来た。
これに対し、魔法使いは 座ったまま首だけを巡らせている。
「わたしに、何か?」
竚ち上がらず応対する王妃に対して、やって来た青年は 軽く息を切らせたまま こう言った。
「どうか、陛下に お取り次ぎください」
座している王妃を 斜め上から瞰す形で、彼は 自分の要件を口にした。
そんな高官の睛を見ずに、彼女は ゆっくりと言葉を紡いだ。
「わたしなどに頼まなくとも、ラノイ様でしたら 今は……… 」
執務室にいるだろうから 直接 会いに往けば良いのでは、と言おうとした。
そんな魔法使いの言葉を遮る様に、高官の青年は やや語気を強めて言い放った。
「陛下は、もう 私に お会いくださいません」
魔法使いは、痛みを含んだ表情をしている青年から 若干 眼線を外したまま、密やかに息を咐く。
《 あの方なら そうね。》
あの時 見たラノイは、苛烈な言葉を浴びせていた。
左遷を言い渡された事が 本当に不本意だった様だが、だからと云って 変更を訴えるなど以ての外だ。
加えて、あの時の態度からして、ラノイが聆き入れる筈がない。
そう判っているからこそ、魔法使いは溜息を零したのだ。
「ですから、どうか」
仲介をしてほしい、と 竚ったまま頭を下げて頼む青年も、ラノイの命令が覆らない事は 判っている筈だ。
だからこそ、王の寵愛する女を利用しよう と云うのだろう。
幼い魔法使いも、この青年が 一縷の希みを懸けて やって来た事は、睛を併せずして 察していた。
しかし、期待されても 出来る事などない……それが、正直な感想だった。
「顔を上げてください」
「お妃様……… 」
或る種の期待を込めて、そして 自己の希みが叶う事を見越して、彼の口許は 笑みに垉れた。
王妃は、あの〔獅子王〕と言論を交わす事の
出来る 数-尠い人物である。
執務室の譚は、王宮中に広まっている。
そして、どうやら 世間知らずな女でもあるらしい、とも広まっていた。
頑なに 護衛を断り続けた事が、その要因である。
これを耳にした青年は『付け入り易し』と察て、王妃に接触してきたのだ。
睛を併せただけで この事を看破した魔法使いは、殊更 穏やかな表情を青年へ向けた。
「もし その通りでしたら、ラノイ様は 貴方に お会いにならないでしょう。わたしが 膝を折って懇願したとしても、です」
青年の顔が 驚きに彩られた。
惟いも縣けない返答だったのだ。
「お力には なれません」
やんわりと断られたのだが、そう聴いたからと云って 引き下がるつもりもないらしい。
青年は、情に訟える作戦に出た。
「私は、これまで 陛下の御為にと、一心に仕えて参りました。私の家も同様に、何が遭っても 陛下の為に、と………それを、それを、ほんの些細な失態で 地方へ往けなど、あんまりです。酷すぎる お仕打ちです。納得が出来ません」
正当な評価をされず 不当な扱いを受けているのだ、と刷り込みたい様だ。
自分が冒した失態については 欠片も談す事なく、それだけを強調した。
勿論、そんな言葉に惑わされる魔法使いではない。
「貴方の処遇について 詳しい お譚は 存知上げませんが、ラノイ様が お決めになられた事です。わたしが 口を差し挟むべきではありません」
青年は、再び 喫驚を泛かべた。
素性を匿しているせいもあって、魔法使いは 方々から謾られていた。
愚かで 我儘で 無知な妃だ、と云う流言もある程だ。
この青年も、そんな噂を信じていたクチだろう。
故に、御し易し と近付いて来たのだろう。
涙ながらに訟えれば 惟った通りに動く、そう確信していたのだろう。
「此処で こうしていても、ラノイ様の決定が覆る事はないでしょう。貴方は、これ以上 ラノイ様の不興を買う前に、決定に従って 赴任先へ急がれたほうが……… 」
賢明だ、と言外に示す。
そもそも、国王の決定に 粛々と従うべき攸を、駄々を捏ねているのだ。
尤もな理屈を言ってはいるが 取り成す気にもならない、と云うのが 魔法使いの正直な心境だ。
そのせいか、泛かべる雍かな笑みとは裡肚に、彼女の睛は 洌く青年を見詰めていた。
いろいろと計算外だったせいか、青年は 晳ら樣に狼狽え始めていた。
「そんなっ、あんまりです! 確かに、少々の不正をした事は認めますが」
《 ………不正? 》
この単語に、魔法使いの反応が変わる。
やって来た時から見ずにいた 青年の睛を、その蒼い睛で見据えた。
そして、零された言葉が嘘ではないと確信する。
〈魔法使いの眼〉で視た 青年の心は、撩れていた。
だいぶ 混乱しているらしく、次々と 浮かんでは熄える『思考の波』の撩れ具合は、嘘や詭りを口趁れる状態ではない と示している。
その上で、ラノイが断罪した程の不正を『少々』と表した事に 強い違和感を覚えた。
魔法使いは、眼の前の青年が 何をしたのかなど興味もなかった。
何故 左遷となったのか、など 問うつもりもなかった。
故に、睛を見る事をせずにいたのだ。
ラノイ様が決定した事に 間違いなどない。
そんな考えが、意識の根底にあった為だ。
魔法使いにとっては 無意識の認識だったが、改めて問われても そう答えるだろう。
彼が、臣下の粛清に関し 如何に苛烈な方法を執っていたとしても、ラノイ-自身は 清廉な王だ。
それは、日々の生活を見れば 一目瞭然である。
日常的に 支出を制える事を心懸け、決して 華美を憙まない。
家具を含む調度品も 前王が拵えた物を使っているだけであり、彼が 新調させた物は尠い。
魔法使いが知る限り、例の『贈り物』くらいだ。
「あんな端た銭で! たった あの程度の事で、左遷だなどと! 私に、こんな仕打ちをっ」
青年は、揺らいだ心の有様のままに 恚りを吐き出していた。
それは、自身の背信や 不正を棚に上げた、王への不満だった。
《 ––––––––––––つまり、公金の横領………それを。 》
聴くに耐えない理論をブチ撒ける 青年の言葉は、魔法使いの神経を逆拊でするに足るモノだった。
そもそも、彼女は 自制心の強い魔法使いだ。
大国-エスファニア王家の血を組んでいても、当人は 贅沢な暮らしをしてこなかった王族であり、今も それを好まない人物だ。
人民としての生活があっての事か 魔法使いとして幼いが故か、常識があり 良識がある。
その眼で、青年の睛を見る事は、もう しなかった。
「多少の金銭を 懐に入れた程度の、あんな事で飛ばされるなど、到底 納得出来ません!」
この言葉も 彼の本心だと、眼を使わなくとも 実感出来た。
《 自国の王が 大切にしているモノを、この国の人達の 大切な税金を。》
心から『どうでも良いモノ』と捉え、大した事ではないと考えている。
だからこその 科白だった。
それが、魔法使いを どれ程 恚らせるかなど、青年には判らない事だった。
《 ラノイ様が、あれ程 大切にしているモノを っ。》
頭の中も 心の中も、湧き上がってきた恚りで 満ち始めていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
ラノイは 執務室にいた。
午前中の休憩時間を 1時間余り伸ばしてしまった事に因り、熟し切れなかった書類の精査に 時間を取られていたのだ。
当然だが、強制させられているのは ラノイだけではない。
選択したのは自身だと解釈しているからこそ無言のシズと、根回しに必要な時間だったと理解しているからこそ沈黙しているクランツが、恐るべきスピードで 積み上げられている書類を処理してゆく。
失われた時間を取り戻すべく、3人共が 手を休めずに仕事を続けていた。
デスクワークを嫌うラノイであっても、この時ばかりは文句も言わず 精査に没頭していた。
否、文句も言えずに 書類の精査を続けざるを得なくなっていた。
《 最後の お茶のせいだ。》
あの 1杯を注がれたのは、クランツが 最初だった。
エスファニア王国で 憙んで飲んでいる、と魔法使いが告げた その茶は、芳香も風味も 味わった事のないモノだった。
だが、美味いと 正直に惟った。
一口 啣んで、疲労が消えた。
次の一口で、気力が恢復した。
その後からは 何もかもが充ち足りてゆくばかりだった。
そのせいで、気付かなかったのだ。
《 莫迦か、僕は。》
つい この間、同様の経験をしていると云うのに 気付かなかったのだ。
其処に、魔法が縣けられていた事に。
気付いたのは、仕事を再開して暫くした頃だった。
《 愚鈍にも程があるな。》
幼い魔法使いを 仮初めの妃に据えた あの日、シズに頼まれた彼女は 同じ魔法を茶に縣けた。
それを服用したラノイは、その日の書類精査を逃げる気にもならず全力で片付けるに至った。
何時間ものデスクワークを『飽きた』の一言さえ出す気にならずに、である。
恐ろしく 良く効く魔法であった。
何のモーションもなく それを発動させる技を、目の當たりにしていたにも抅らず、だ。
《 つい 忘れちゃうんだよねぇ、アシュリーが『魔法使いなんだ』って事。》
最高速度で書類を読み 内容を理解し 可否を記しながら、そう考える。
ラノイは、魔法使いの仂を感じ取れる 希少な人物だ。
魔法使いであっても、彼女の魔力を感じ 変幻を見破る者は稀有である。
それを 何の倆を使うでもなく見破れる ラノイであっても、彼女が魔法を発動させる瞬間を感知する事は出来ない。
僅か13齢の 幼い魔法使いとは惟えない程、魔法の発動が静かなのだ。
傍にいて 魔力の推移すら感じさせない。
故に、気付かずに 服用してしまったのだ。
《 長引いた休憩時間なんか、充分 取り返せそうだな。》
官吏達に対する芝居やら 事後の相談やらで、今日の休憩は延長を余儀なくされた。
その事を クランツが気に病んだ為、施したのだろう。
魔法使いならば やりそうな事だ、と 次の書類を把りながら 惟う。
逆に云えば やりそうだと判っていたにも抅らず、見落としていた事になる。
《 アシュリー、今 何してるかなぁ。》
書類にサインをする手も 文章を読む睛も最速で働かせながら、頭の何処かで そんな事を惟う。
そうして、3っ目の 書類の山の分類が終わろうとしていた時だ。
「っ––––––––––––⁉︎ 」
唐突に、ラノイを息を飲んだ。
背筋に 電流が趁ったかの如き衝撃があったのだ。
一瞬、背骨に沿って 上から下へ、電撃を受けた様に びりっと痺れたのだ。
「アシュリー⁉︎ 」
そう叫ぶと同時に、ラノイは 椅子から竚ち上がっていた。
「っ⁈ 」
驚いたのは、同じ執務室にいた シズとクランツだろう。
2人の喫驚は、行っていた 書類へのサインを歪ませる程だった。
声もなく見ている2人の前で、ラノイは 執務用の大机を軽々と跳び越えた。
その手には、机の傍に立て掛けてあった剣がある。
文字通り 押っ取り刀で、ラノイは 執務室から出て往った。
「 –––––––––––––………… 」
シズと クランツは、瞠目し 声も出ないまま、駆け去ったラノイを見送っていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:高官の青年 - 1名___
魔法使いは、背後の青年を 冷ややかに見上げた。
「『あの程度の事』?」
復唱する様に呟かれた声は、これまでとは異なる 冷徹なモノだった。
これに、高官の青年が 動揺を泛かべた。
「つまり、貴方の中では些細な事なのですね?」
「 ………え?」
青年は、晳ら樣ではなくとも 動揺していた。
彼は、芝生に座る この妃を利用すべく 此処へ来た。
泪ながらに訟えれば、愚かで下賎な妃など 惟うままに動かせる、と。
簡単に 希みは叶う、と そう 惟っていた。
だからこそ、今 自分に向けられている侮蔑の睛に怯んだのだ。
「貴方が『多少の小銭』と仰有った金銭は、この国の民から徴収した血税であると認識し、公職に就く者であるならば 何撰りも大切にすべきモノでは?」
「!」
噛んで砕いて指摘された事に、青年は 眼から鱗が落ちる思いだった。
何故 自分は地方へ飛ばされるに至ったのか、何故 王は 自分の謝罪を受け入れなかったのか。
瞬間的に、理解した。
「この 乾燥に喘ぐ国の皆様が、どれ程の思いをして 税金を稼ぎ出し、貴方が多少と評価した お銭を納税してくださっていると お惟いで?」
魔法使いの言葉を耳にしながら、ラノイの恚りの根源を理解した。
魔法使いの言葉を聴いているのに、理解が及ばない部分もあった。
《 確かに、職務上 大切にすべき税金を横領した。それは 事実だ、叱責も 当然だ。しかし、たかが あの程度の銭ではないか!》
大臣の息子として産まれ育ち 他の職を知る事なく高官となった彼は、自分の金銭感覚が 世間とズレている事を知らない。
故に、世間では高額であるとは惟い至らない。
更に云えば、高額でなくとも 横領などしてはならない事など 考えもしない。
譬え、数10家族が 1年間に納める程の金銭を横領していても、本人にとっては『小遣い程度』のモノなのだ。
幼少時に 親から与えられた小遣いにも満たない、微々たる金銭なのだ。
そのせいか、どうしても軽んじてしまうのである。
魔法使いは、それを指摘していた。
「その事に気付かず 口先ばかりの反省を呟くままでは、どの様な事をしても、ラノイ様には お認め頂けないでしょう」
今 やるべき事は、願うのではなく 改める事。
それ莫くしては、譚にもならない。
そう 洌く突き放された事よりも、予測を反した王妃の返答に驚いていたのだろう。
「そんなっ」
青年は、晳ら樣な動揺を泛かべていた。
それを構う事なく、魔法使いは 竚ち上がった。
「失礼致します」
言うが早いか、彼女は 池の滸から歩き出していた。
「な!」
青年は、自分の横を擦り抜けて 後宮のある北へと歩き出した魔法使いの背を見た。
毅然とした態度と 諌めの言葉が、彼の頭の中で繰り返される。
泛かんでいた喫驚や動揺は 次第に熄え、変わって 恚りと憎悪に似た感情が湧き上がってきた。
《 下賎な女が!》
女など 愨しく言われた通りにしていれば良い、と 遠去かる細い背を睨んだ。
次に、高官として出世する為には 此処で退く訳にはゆかないと気付く。
「まっ、待て!」
青年は、数メートル離れた嫋やかな背を追って 駆け出していた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
ラノイは、何かを捉えて 執務室を飛び出していた。
《 アシュリー、アシュリーは⁈ 》
感じた電流が 何であったのか、正確に理解している訳ではない。
瞬間的に 姚しい魔法使いの姿が脳裏を過り、次いで 軀が動いた。
啻 それだけの事だった。
しかし、あの感覚と魔法使いとには 密接な関係があると確信していた。
《 アシュリーは、庭か。》
感覚を研ぎ澄ませれば、大雑把ながら 位置が判る。
脳裏に拡げた地図の一部に、木洩れ陽の様な晃りが視えるのだ。
ラノイは、その場所を目指して 足早に移動していた。
執務室のある 内殿の西棟を1階まで降りた処で、声が掛けられた。
「陛下」
「お訊きしたき事がございます」
其処にいたのは、大臣達だ。
クランツが云う攸の『仕事の出来ない部類』の大臣-数名である。
今-この時間は 各個に与えられた執務室で、其々の担当する地方の報告やらを 官吏の手を借りて書面におこし、国王であるラノイへ報告する。
または、国王が精査した それ等の報告書を元に、問題を解決する為の立案・検案を行っている時間だ。
綜ては、午後にある 政務室での御前会議に合わせて、寸暇も惜しみ 懸命に頭を使っている筈の時間である。
こんな処に屯ろしていて良い筈がないのだ。
「後にしろ」
どうせ 碌でもない事だろう、と云う言葉を飲み込んで ラノイは彼等の間を割って通った。
今は、彼等の疑問とやらに時間を割かれる事も、その怠慢を指摘する事も 煩わしい。
一刻も早く、魔法使いの許へ往き 彼女の状態を確認したいのだ。
しかし、仕事をしない者達は 空気も詠めない傾向にあるらしい。
「いいえ、今 お俔いしたいのです」
大臣達は、足早に廊下を進むラノイに 追い縋ってきた。
「 …………何だ?」
趾を停める事もなく、視線を向ける事もなく、短く問い返す。
その声には、不機嫌な色が ふんだんに盛り込まれていたが、空気を詠めない彼等は 気付いた様子もなく附いて来た。
「お妃様の事です」
「どう云う事か、ご説明を」
惟った通りの言葉に、ラノイの心の端に 小さな苛立ちが生まれた。
「何者なんですか? あの、お妃様は」
「どの国の生まれの どの様な方なんです?」
ラッケンガルドの国民でない事は、その容姿が物語っている。
しかし、大河を西へ渉った国々に於いて 銀髪は珍しくはない。
あの美しい蒼い睛が『エスファニア王家-特有の色彩』と知らなければ、この疑問は 当然のモノなのだ。
エスファニア王国は 強大で豊かな国だが、同時に その周囲を3000〜5000メートルの山々に囲まれる 陸の孤島の様な国でもある。
隣接する国々との国交を持とうにも、容易に往き復が出来ないのである。
故に、エスファニア王国の情報は 他の国々よりも入ってこない。
大概の国が、王家の特徴について 知り得ないのだ。
曾て 国交があった 旧フォルモーサ王国の王族であっても、この事実を知りはしない。
だからこそ、ラノイが禁じたからとは云え、魔法使いは その姿を晒す事に抵抗しなかったのだろう。
「もし、陛下ですら素性を ご存知でないと云うのなら、吾々は 到底 容認出来ません」
国王が躬ら択び 王妃とした者への侮蔑に似た感情が、その言葉には含まれていた。
《 教えたら、掌を皈して 絶賛する………浅ましいな。》
間違いなく そうなると判っているだけに、今 聴こえている苦情が浅ましく韻くばかりだ。
ラノイは、何も言う必要はなしと判断して、先を急ぐ事にした。
オブラートに包んだ問いを あっさり無視された大臣達は、惶てた様に 迹を附いて来る。
背の高いラノイに 置いて往かれそうになりながら、小走りに近い趾搬びで。
「陛下、異国の娘を寵愛など」
「まさか、このまま正妃に などとは考えておられませんよね⁈ 」
「考えておられませんよねっ?」
惶てたのは 動きだけではなかった様で、完全に 心の中を吐露している。
叱責では済まされない、生命取りとも云える 愚かな考えを。
《 今でも、この先も、正妃の座は アシュリーだけのモノだ………たぶん、本人には 事後承諾になるけど。》
それでも、今のラノイは これを責める気にならなかった。
まず 何撰りも優先したいのは、魔法使いの姿を この睛で視認する事。
そして、彼女の無事を 納得がいくまで確認する事。
この2っに限定されている為だ。
「聡明な陛下が あの様な素性の知れない者を妃にするなど、どう云う事ですか」
「異国の娘が珍しいなら、お傍に置かれるのは………ご寵愛なさるのは 良いでしょう。ですが、ならば、正式な妃を 然るべき存在を択ばれるべきです」
回廊を進むラノイの後ろで、大臣達は 愚かな言葉を紡ぎ続けていた。
それを聴きながら、ラノイは 歩を緩めた。
《 いつ、アシュリーの身分を明かしたら 面白いかなぁ。》
穏やかに、そんな事を惟う。
彼の 黒い切長の瞳は 前方に認めた人影を見詰め、淡く笑みを象っている。
「せめて、この国の どなたから正妃を」
彼等の本音の吐露も、ラノイの心には届かない。
「要らぬ」
「陛下!」
「何故です? 陛下」
「必要ない」
淡白な答えを返しながら、すっかり凪いだ心で 別の事を考えていた。
《 いつが いいかなぁ。》
王宮内に滔る『膿』を一掃してからになるのは、云う迄もない。
魔法使いを択んだ一因が これだったのだから、大臣達への告知が後になるのは 当然と惟えた。
しかし、仮初めの妃と云う枷を強いていても、ラノイにとって 魔法使いは唯一無二の存在。
『他』など考えられないし、況してや 勝る者など いる筈もない。
「他の妃を娶る事を拒まれるなど」
「諄いな」
落ち着きを取り戻したラノイの拒絶の声は、先程とは較べモノにならない程 強まっていた。
「わ、吾々は 陛下の御為を惟って」
狼狽えながら、大臣達は 口々に そう主張した。
彼等の狙いは、自分の身内を 後宮へ入れる事に始まる。
王の寵愛を受けるまでになってくれれば。
そして、次代の王を産んでくれれば。
本音は、こんな攸だろう。
確固たる地位と権力を得る為にも、王が 他の妃を迎える事を拒んでいるのは 受け入れ難い現状だ。
自分達の身内を後宮へ入れる為にも、王の唯一の妃・その寵愛を一身に受ける 異国の娘など、いてもらっては困るのだ。
ラノイも、彼等の浅ましい魂胆など 判っている。
何もかも理解していて、その上で 放置しているのである。
彼等を完璧に黙らせてしまっては、魔法使いに対する『仮初めの妃』と云う枷が 効力を失ってしまう為だ。
《 やっぱり、ちゃんと捕まえてからだよね。》
にやり と、口許が笑みに垉れた。
「陛下?」
背後にいた彼等は、自分達の弁解に無反応でいるラノイに疑問を懐いて 恐る怖る声を掛けた。
そして、横から覗き込む様にして その視線を辿る。
「お前達は、アシュリーよりも素晴らしい娘が この世にいるとでも?」
そう言った ラノイの視線は、池の滸へ向いていた。
このペースだと『5日目』が終わるまで、あと4〜5話くらいかかるなぁ。
誰が読んでくれるのだろうか、こんな悠長な展開の話。
でも、この流れは削れないし……。
困ッタモンダ。




