24__仮初めの妃の役目 1
まだ5日目の 午前です。
おまけに、まだ 執務室での休憩中です。
___視点:宰相の補佐官 - エディン=オスカリウス___
執務室と 隣接する書庫の間を、官吏達が往き復っている。
彼等は、採決するべき書類や 地方から届いた報告書、それ等を精査する為に必要な資料などを 各デスクへ搬んでいる。
広い執務室とは云え、休憩用のテーブルやソファがあるのは 執務室内だ。
出入りする官吏達の存在は、否が応でも 睛に入る。
しかし、ラノイやシズは 平然と茶を愉しんでいる。
仕事の時間を押して休憩を延長していると云うのに、クランツすら 文句を言わない。
この状況に、宰相の座るソファの後ろに控えていたエディンは 睛を白黒させていた。
「アシュリー」
何杯目かの茶を堪能しながら、ラノイは 思い出した様に譚を切り出した。
「本当に 往きたいのか?」
唐突な切り出しに、エディンは 何の譚か ぴんと来なかった。
一方、問い掛けられた魔法使いは 迷う事なく頷いた。
「3日で構いません。どうか、出掛ける事を お赦しください」
魔法使いの台詞で、エディンは 何が始められたのかを理解した。
休憩中に交わされていた話題を、態々 持ち出したのだ。
これは聴かせる為に始められた会話だと察するのは易かった。
《 本当に 媒鳥になる気か………。》
驚きを通り越して、眩暈がした。
自分が王宮から出る事を広めさせた上で、単身 北の災害地へ赴くつもりでいるのだ。
「いけません、北の国境の邨は 遠いんですよ? 幾ら、災害地を見舞いたいと云っても 独りで往くのは危険です」
「クランツの言う通りですよ、姫。考え直してください」
クランツも シズも、制止をかけている様で 返し易い言葉を択んでいる。
更に、クランツの台詞は、説明が ふんだんに含まれている。
傍聴者に どう云う状況かを、判り易く解説していた。
「「「 ! 」」」
思惑通り、執務室内にいた官吏達は 一斉に息を飲んだ。
これを感じ取っているだろうに、暖炉を囲む 3っのソファに集まっている者達は 気に留めた様子を俔わせずに会話を続けてゆく。
「ですが、身軽に動けるのは わたしだけです」
国王は、様々な公務があり 災害地を見舞う事は難しい。
国王の異母兄であるとは云え、シズは 宰相としての勤めがある。
彼も、簡単に 王宮を離れられない。
だから、王に準ずる立場である妃が 被災地を見舞うのが最善だ、と 魔法使いが主張する。
勿論、正論ではあるが、魔法使いの彼女にとっては 建前と云える主張だ。
何せ、その身に具わる魔法を使えば、2時間余りで綜ての用事を済ませ 往復する事が可能なのだ。
単独で外出する許可など取らず、こっそりと出掛け 気付かれる前に戻れるのである。
ラノイに進言する攸か、こんな芝居を打つ必要すらない。
それをしなかったのは、これを機に 何かを釣り上げようと目論んでいる為だ。
《 つい 20分前までは、まさか こんな人だとは惟っていなかったが………。》
今は、印象も認識も 書き換えられていた。
戦場の鬼神と聘ばわった〔獅子王〕の隣に在っても 遜色のない、百戦錬磨の魔法使い。
幼い魔法使いでありながら、数多の魔人や魔女を 自力で斥け続けたのだ。
魔法も使えない一般人など、何人で来ようと 彼女の敵ではないのだろう。
王も 宰相も 側近も、それが判っているからこそ、彼女を媒鳥に択んでいる。
これを理解する程に、何故か エディンの眩暈が益した。
本当に 軀が ぐらつきそうになるのを何とか怺えているエディンに構わず、4人の芝居は続いている。
「途中、何が遭るとも知れないんです。そんな道中を、王妃-独りで……… 」
如何なる時でも 止め役であるクランツが、いつもの様に諄々と諌め始めたのを、魔法使いが 笑顔で遮った。
「ですが、これまで、わたしは そうして参りました」
これは、単なる事実だ。
嘘も 詭りもない、魔法使いの半生である。
この科白に、官吏達に背を向けているシズの頬が 笑みを象った。
《 面白がっているのが バレますよ?》
驚きと 惘れが許容量を佚ぎたのか、遂に エディンはフッ切れた。
正確に表現するならば 感覚の麻痺だが、体感としては 現実逃避に近かった。
自分が介入して どうにかなる問題でもないのに悩むなど無駄、と 割り切ってしまったのだ。
頭の何処かで『補佐官として宰相の傍で働くには 必要な資質』と感じていたのかもしれない。
勿論、今のエディンに その自覚はないが。
「それは、陛下の許へ来られる前でしょう?」
官吏達から見えないのを良い事に、シズは 愉しそうに笑んだままだ。
声だけが、妃を案じる迫真の演技を続けているのだ。
《 或る意味、器用だ。》
エディンは、シズに対する惘れから 半笑いになりかけて、惶てて表情を引き締めた。
会話に参加する事はないとは云え、邪魔になるなど 以ての外である。
この芝居に水を差せば、後々 慄しい事になりかねない。
エディンは、失態後に自分が受けるであろう問責を想像して 軽く身震いをした。
心無しか、顔色も青褪めている。
最早、苦笑を泛かべられる心境ではない。
それ程、上司は悚い相手なのだ。
只管 平素と変わらぬ仏頂面で佇んでいるが、今は 膝に趁る震えを隠すので 精一杯になっている。
その間にも、演技は続いている。
「ほんの5日前までの譚です」
魔法使いは、飽く迄も自然体で 真っ向から説得しようと云う姿勢を示している。
これに、クランツが 再び諌めに入った。
「『5日も前の譚』でしょう? 今は、もう 違うんです。自重してください。これまでの様な行動は……… 」
「いいえ」
またしても 説教モードのクランツの言葉を遮り、魔法使いは 無防備に微笑んだ。
「大丈夫です。わたしを知る者は いないのですから」
公然と認められていない妃であるのだから、外出した攸で それと気付く者はなく、因って 狙われはしない。
そんな理論を持ち出して『だから、独りでも大丈夫』だと、まるで 世間知らずな小娘の如き発言をする。
泛かべている純真な笑みが、それを後押ししている様にも惟う。
「ですが、何が遭るとも限らないのでは?」
魔法使いは、眼立つ存在だ。
髪や睛の色だけではなく、容姿が 素晴らしく人眼を惹く。
野盗や 破落戸の眼に留まれば、何をされるか判らない。
そればかりか、単なる善良な国民であっても 彼女を前にすれば理性が崩壊しないとも限らない。
クランツは、遠回しに そう示唆した。
これに、蒼い瞳が笑みを深める。
「その時は、自分で対処致します」
きっぱりと答える美女に、側近は 困った様な唸りを洩らす。
「そ、れは………ですが」
此処ぞとばかりに、クランツは言葉を濁して ラノイを見た。
自分では説得出来そうにないから 夫たる王から諌めてくれ、と言わんばかりの視線を流したのだ。
《 何だろう。物凄く慣れている………。》
クランツだけではない。
声だけは心配そうなシズも、不機嫌そうに押し黙っているラノイも、演技には見えない。
而も、彼等は 打合せもせずに、これだけの芝居を繰り広げているのだ。
尤も、今の攸 巧みな演技を披露しているのは クランツだ。
エディンの中で、クランツと云う人物に懐いていた印象が変わった。
啻の真面目で堅物で神経質な人物ではない一面が、垣間見えたのだ。
相対する魔法使いは、その都度 事実しか談していない。
《 天真爛漫そうな微笑を見せているが………。》
そればかりではない事を知ってしまったせいか、無垢な笑みが 空慄しく惟えた。
一方、魔法使いは、クランツを論破したと察て ラノイへ視線を移している。
「3日後には 戻ります。どうか、この身の勝手を お赦しください」
魔法使いは、飽く迄も 自然体で願い出ている。
その容姿も手伝って、無邪気で世間知らずな妃である と、傍観者へ印象付けるに充分だった。
事実、執務室内の官吏達は 惘れ返った様な睛で 彼女を見ていた。
《 20分前だったら、おれも『あちら側』だったな。》
ぼんやりと そんな事を考えながら、エディンは この非常識な会話を傍観していた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:宰相 - シズ=ラトウィッジ___
王と妃の意見は 平行線を辿った。
王は 引き下がらない妃に不機嫌さを益し、妃は 願いを聆き入れてくれない王に 哀しそうな顔を向ける。
筋書き通りの芝居だが、ラノイが発している威圧は 本物だ。
当然、官吏達には 耐えられるモノではない。
彼等は 手にしていた資料や書類を 各-机に揃えると、そそくさと執務室を出て往った。
芝居の開始から 5分後には、執務室は 元の5人の状態に戻っていた。
「本当に、いけませんか?」
執務室で、魔法使いが問い掛けた。
これに、ラノイが 間髪を入れずに返答をする。
「駄目だ」
「そうですよ。アシュリー姫が そんな事をする必要はありません」
即座に、クランツが 同意を示した。
勿論、芝居は 終わっている。
今、魔法使いが問うているのは 北方の見舞いの件ではない。
国外に点在する問題についての対処を進言しているのだ。
ラノイも クランツも、主語を欠いた質問の意図が判っていて 否と答えているのである。
2人の反対意見を聴きながら、シズは 緲かに 片眉を上げた。
《 本人が やってくれると言うんだから、やってもらえば いいのに。》
これが、シズの素直な意見だった。
勿論、彼は 発言をしない。
こんな事を言い出せば クランツに叱責を受けるのは必至だし、異母弟から非難の視線を受けるのも 面倒だからだ。
喑黙って、傍観に徹するだけだ。
これは いつもの事なので、誰も シズの態度を不審に惟わなかった。
「確かに、わたしは フェイトゥーダ様の〔盾にして劔なる者〕………ですが、今は ラノイ様の お傍におります。どう云う経緯であったにせよ、此処にいるのです」
要約すると、ラッケンガルド王国の北に拡がる 無国家地帯の魔人や魔女の始末をさせてほしい、と 魔法使いが願い出ているのだ。
今は ラッケンガルドを蔽う様に構築した結界があるとは云え、半永久的に張るモノではない。
この国に滞在するに當たり、必要に迫られて張った 期間限定の結界だ。
決して、支配区域に張る 強固な結界ではない。
破れる魔法使いが 殆どいない結界であろうとも、幼い魔法使いの中では 短期間用の間に合わせなのだ。
だからこそ、この国の北に陣取っている魔法使い達を駆除しようと云う発想に繋がったのだろう。
そもそも、魔法使い達は 不要でしょう。
今後の災いを摘み取る意味でも 此処で始末を付けるべき、と云うのが エスファニアの妖精の意見だった。
これに、ラノイが 渋い顔をする。
「だが………… 」
そう呟いて、若き王は 口篭った。
《 おや?》
軽い違和感を覚えて、シズは ラノイを注視した。
「では、こう お考えください。孰れ フェイトゥーダ様の外遊先に択ばせて頂く為に『この国の憂いとなる綜て』を払拭する事も、エスファニアに仕えし魔法使いの勗めである、と」
「 …………エスファニア王は『命令はしない』と言っていたが?」
ラノイの問いを聴いて、シズは 僅かに眉を寄せた。
《 反論が訒いな。》
いつものラノイならば、もっと高圧的で 断定的に……つまりは、容赦のない言葉を用いて、相手を止めている。
何10人もの大臣・高官・官吏達が、反論の声もなく 敗れてゆく。
ラノイの容姿を見て 嘗めて縣った者達から、若い王を謾った者達を、彼は 黙らせてきた。
勿論、幼い魔法使いに対して 其処までの痛烈さを発揮するではなくても、こう何度も喑黙ったのは 初めて見た。
シズは、横眼で 異母弟の様子を観察する。
当然、その口許には笑みが貼り付いていた。
「はい。これまでの事も これからの事も、わたしが勝手に行うだけです。そして、その許可は 戴いております」
「 –––––––––––––………… 」
尚も渋っているラノイに、魔法使いは 雍かい微笑を向けた。
「ご存知でしょうが、わたしは 弱くはありませんよ?」
にこり と笑んでの言葉に、ラノイは 苦虫を噛み潰した様な顔で 喑黙った。
危険な事をしてほしくはない、と云うのが ラノイの本音である事は確かめるまでもない。
しかし、今は 反論すら出来なくなっているのだ。
《 姫には 弱いんだな、本当に。》
こんなに黙らされているラノイを見るのは 何年ぶりだろう、などと 頭の片隅で考えてもみる。
すぐには思い出せない程、この光景は稀なモノだった。
当然だが、シズは 愉しんで傍観している。
「お希みとあらば、この国の土壌改善と 動植物の育成にも努めましょう」
魔法使いの科白に、短く息を飲んだのは ラノイだった。
表情は、殆ど変わらなかった。
しかし、切長の瞳が 僅かに見敞き、右の頬が強張ったのが シズには察て取れた。
ラノイは、驚きが強い程 無表情になる傾向にある。
これは、彼の生い立ちと 国王と云う立場にあるが故 身に付いた癖だ。
決して、意図していなくとも 喫驚が深ければ深い程 表情は消えてしまう。
それでも『趣味:傍観』である異母兄は、異母弟の変化に気付いていたが。
《 此処まで驚くリオを見るのも、久しぶりだ。》
驚いているのが 先程の言葉に起因している事は、シズにも判る。
だが、シズは ぼんやりと『何だか 大層な事らしい』と考えた程度だ。
そして、これは シズだけの譚ではなかった。
「魔法で、そんな事も出来るんですか」
呟く様に言ったクランツの睛は、手の中の湯呑に向いていた。
側近が考えているのは、怕らく 自分と同じだろう、と シズは惟う。
この茶の様に 穏やかに染み入る幸福感の様なモノを、この国中に振り撒いてくれると云う事ではないか、と。
それをする事で、この旱魃に喘ぐ国には 劇的な変化になるのだろう、と。
その程度にしか 考えていなかった。
「大丈夫なんですか?」
ラッケンガルドとしては 非常に援かりますが、と云う 正直な感想を付け加えながら シズは尋ねた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
アシュリーは 言った。
『お希みとあらば、この国の土壌改善と
動植物の育成にも 努めましょう』
余りの発言に 眩暈がした。
本当に 強い眩暈だった。
僕の軀は、ソファに 深々と座っているのに、倒れそうな気分になったくらいだ。
《 アシュリー、遣り佚ぎだから………それ。》
ラッケンガルドの国土には、広大な砂漠がある。
この小さな国の 20パーセント以上が、1っの砂漠だった。
これは 自然に出来たモノじゃなくて、魔法で砂漠化させられて出来た〔沙の海〕だ。
つまり、魔法使いの仕業だ。
或る魔人が あの場所に棲み付いている事が原因で、何もかもが 砂になっている。
そして、彼が其処にいる事で 数100年もの間 旱魃が続いていた。
砂漠から 四方八方へ、乾燥し切った熱風が吹き付ける。
24時間・365日、強弱や緩急はあっても 絶える事なく吹き続けている。
その為、ラッケンガルドは云うに及ばず、近隣の国々は 砂漠から吹き込む熱気に因る乾燥に喘いできた。
特に、砂漠に接している ラッケンガルドの南部は 酷かった。
地下水脈はあるけど、そもそも 旱魃の酷い国だ。
年間を通し 200ミリ前後の降水量しかないせいもあって、地下を流れる水も 多くはない。
何100年もの乾燥に因って、大地は褐色化し 罅割れ 固く締まっている。
その為、纏まった雨が降れば、地表を流れるだけで 染み込まない程だ。
お陰で、雨量が増えれば 水害になってしまう。
《 それを 変えられるんだ、アシュリーなら。》
生命を育む系統の『恵み』は〔陽の仂〕に属する妖精の 特権的な能力だ。
綜ての光りを司る〔森の妖精〕は、特に 森羅万象への影響力が強い。
アシュリーなら、この乾燥した国に 水の恵みを与えるばかりか、水を撒いても何も育たない大地-そのものを改良してしまえる。
何を植えて 水を撒いても 何も育たないラッケンガルドの大地を、根本から。
この国にとって、これ以上の申し出はない。
だけど、だけど だ。
《 いいの? こんな簡単に 妖精の祝福を受けちゃって。》
とても、いいとは 惟えないんだけど。
いや、ラッケンガルドとしては 大援かりなんだけどね。
何て云ったって、食糧的には 貧困-そのものの国だし。
国王としては、援けてくれるのは有り難いと惟うし 嬉しい。
でも、僕-個人としては、素直に受け入れられないんだ。
《 大丈夫なのか? 気軽に、そんな事をして。》
〔森の妖精〕の祝福を得たいと希んでいる国家は 多い。
事実、南の〔沙の海〕に隣接する 3っの国も、野菜とかは 輸入がメインになっているくらいだ。
砂漠の東に国家を築くアストリア公国は、酷い時には 水さえも輸入していると聴く。
ラッケンガルドは 北西に流れる大河から 幾許かの水を引き入れられるから、水の輸入まで いかないけど。
それでも、国-全体に灌漑施設を造れずにいる現状では、南部と東部の旱魃には 悩まされてきた。
つまりは、ラッケンガルドに隣接していて この国よりも南東にある国々は、絶えず水不足になっているって事だ。
アシュリーだって、この現状は知っていた筈だ。
《 これまで放置してきたのに、この国に祝福を? 》
放置は 当然だと惟う。
それは、この国を含めてだ。
だって、援けてやる義理もないし 護ってやる理由もない。
己れと関わりがないなら 放置でいい、と考えるのは 当然だ。
自分の故郷であっても 守るか護らないかは自己判断だし、そもそも その国の事は その国の者達が努力して変えるべき事だから。
なのに、何で そんな事を言うの?
アシュリーを縛って 困らせているだけの僕の国を、どうして?
《 魔人達に因る災害のせいか? 》
同じ魔法使いとして 災害の責任を感じて、とか?
いや、その程度の理由で『祝福を与える』なんて する訳がない。 していい筈がない。
だって、その程度の理由で与えていたら、この一帯の国々は 軒並み祝福を受ける事になる。
《 そんな莫迦な。》
有り得ない事だ、そんなに安売りしていいモノじゃない。
妖精に因る『恵み』は、強力な『取引き材料』になる筈だ。
一般人に対しても 魔法使い達に対しても、切札に近いカードになる。
かなり 無茶な条件を突き付けられても、交換条件に 妖精の恵みを出せば、大抵の相手は 一も二もなく呑むだろう。
それが 一時のモノであっても、だ。
なのに、なのに だ。
ラッケンガルド王国が 何100年もの間 欲していたモノを、喉から手が出る程 欲しかったモノを、この魔法使いは 最も容易く与えようとしている。
而も、交換条件もなしに だ。
《 人が良すぎ、って…………いや、有り得ない。アシュリーは 妖精なんだから。》
国王として、自国の食料自給率やら 降水量やらを考えれば、この申し出は 一も二もなく受けるべきだ。
多少の水の恵みと 幾らかの土壌改良をしてもらうだけでも、この国が どれだけ霑う事か。
尤も、妖精の祝福は……〔森の妖精〕の祝福は、そんな程度じゃない筈だ。
ほんの 1年で、この国は 信じられないくらい豊かになるだろう。
だけど、だけど………そんな事って あるのか? あって いいのか?
《 祝福とか 恵みとかって、もっと、こう……出し惜しみするモノなんじゃ………? 》
簡単に云って、拍子抜けをしていたんだ。
序でに、混乱もしていた。
そのせいか、シズやクランツが アシュリーに質問している言葉は 全く頭に入ってこなかった。
《 駄目だ。まず、落ち着かないと………。》
密やかに、何度か深呼吸をする。
何度か繰り返して 漸く落ち着いたのか、シズの声が耳に届いた。
「大丈夫なんですか? ラッケンガルドとしては、非常に援かりますが」
うわ〜、訊いちゃうか、それ。
まぁ、訊きたいよね。 シズは、判らないんだもんねぇ。
だけど、知識があるほうとしては 聴きたくないんだよね、まだ。
《 何か、ダメージきそう。》
シズもクランツも、判らないから 平然としているけど、知ったら 大騒ぎだぞ?
「はい。簡易的ではありますが、結界を幾重か 構築させてありますから」
アシュリーは 詳しい事を説明したくないのか、そんな返答をした。
『大丈夫』の意味を 返答し易いほうにとったな。
こう云う時のアシュリーは、実に 魔法使い的だ。
故意に 相手をミスリードする事も、自分の本心を匿す事も、躇わずにやる。
指摘されなかったら、そのまま 押し切るんだろうな。
シズの心配は其処じゃない って、判っているクセに。
大体、彼女は『簡易的』なんて言っているけど、実際に張られている結界は 簡素なモノじゃない。
並みの魔法使いじゃ 破る事も叶わない様な 強固な結界を、8層重ねに築いてある。
外から 如何なる攻撃を放とうとも透過せず、中で 如何なる魔法を使おうとも 誰も感知出来ない結界が 8層だ。
護りは 万全だった。
《 アシュリーは、手を抜かないからな。》
これは、アシュリーがラッケンガルドへ来た その晩に構築された。
或る意味、夜だったのが良かったのかもしれない。
だって、昼間だったら、結界を張る為に国境線を廻っている時に 北の災害地の様子が見えただろうし。
知っていたら、アシュリーは 僕達に相談もせず災害の復旧をして、そのまま 魔人やら魔女やらを仆しに往っただろうから。
《 夜で良かった。》
心底 そう惟った。
僕の知らない攸で、僕が援けられない処で、アシュリーが 魔法使い達と闘う。
敗ける事はないかもしれないけど、僕としては 勝敗が問題じゃない。
そもそも、北の無国家地帯に 魔人や魔女がいるのは、アシュリーを付け狙っての事だ。
支配区域から外出する〔森の妖精〕を狙って、最も近い場所に陣取っている為だ。
その中に、アシュリーを送り込む?
そんな事、この僕が 赦すとでも惟っているの?
《 判ってないなぁ、全く。》
僕は、気に入ったモノは 近くに置いておきたい派だし、それを 誰かに触られるのは 絶対に赦せない。
所謂、了見の狭い人間だ。
そんな僕が、大切なアシュリーを 狼の群れにやるとでも?
僕は、本気で アシュリーを妃にするつもりだし、逃すつもりもない。
本気で 欲しいと惟っている。
それを、そんな大切な女性を、アシュリーを穢そうとする奴共の許に やれる男がいるか?
《 こう云う時、本気だって伝わってないと面倒だよね。》
でも、僕が本気だって知ったら アシュリーは全力で逃げ出すだろうし。
いや、それでも逃がさないけど。
でも、その為には 強制力のある仂を発動させなきゃいけない。
流石に、アレは 拙い。
啻の言霊に托せた戒縛の仂で あんなに脅えていたのに、本気で『綰ぐ』なんて事したら もう言葉も交わしてくれないかもしれない。
《 ぅわ〜、それ ダメージ深い。》
駄目だ、そんなの 僕のほうが耐えられない。
アシュリーが 笑ってくれなくなったら、アシュリーが 談してくれなくなったら、アシュリーが 僕を避ける様になったら………。
「 –––––––––––––………… 」
僕は、一気に青褪めたんじゃないだろうか。
頭部から 血の気が引くのが、音として聴こえてきそうなくらいだった。
《 駄目だぁ、想像するだけで 精神が削られるぅぅ。》
出来るけど、絶対 出来ないぃぃ〜。
そんな事をしたら、傍に置いていても 失ったも同然になっちゃう。
〔森の妖精〕の仂が欲しいだけなら、それは アリなんだと惟うけど、生憎と 僕が欲しいのは アシュリー自身だ。
《 僕が欲しいのは『妖精の祝福』じゃないんだ、アシュリー。》
伝えていないから 判ってもらえないし、伝えたら逃げられちゃうから 教えられないし。
だけど、この状態が永く続くと 僕の理性が保たないんだけど。
僕が そんな事を考えている間にも、シズ達の問いは続いていたらしい。
「簡単な事です、わたしには」
アシュリーの返答だけ、耳に入った。
何を訊かれたのか、何となく判った。
そのせいで、痙攣が 僕の左頬を動かす。
図らずも、苦笑いに似た表情になった気がする。
勿論、笑った訳じゃないし 笑う気分じゃないんだけど。
「ならば、その『恵みの歌』と云うのを」
クランツ、気軽に頼むな!
相手は〔森の妖精〕なんだぞ⁈ って、散々 過剰接触している僕が言うのも何だけどぉ!
「承りました」
うわ〜ぁ、簡単に引き請けたよ………。
《 アシュリーは、本当に 祝福を与えようとしてくれてたんだ。》
そうなんじゃないか と、常々 惟っていたけど、こうして耳にすると……もう、何て云うか…………苦笑いしか出来ない感じ。
この心優しくて お人好しな魔法使いに損得勘定ってモノはないのかな。 ないんだろうな。
教える人も いなかったのかな……いたら、こうなってなかっただろうけど。
せめて『ありがとう』って言うべきなのに、アシュリーの判断基準に対する理解が追い付いていない分 頭が反応出来ていない。
幾つもの疑問が 脳内を駆け巡っていて、同速で 疑問に対する仮説を 次々と打ち砕いていた。
そんな状態の僕が 頭の何処かで予測したのは、1っだけだ。
《 今年は 豊作だな。》
半ば 現実逃避した脳が出した 漠然とした未来だけだった。
24話 投稿して、まだ 5日目って……テンポが遅いですね。
でも、まだまだ 5日目が続きます。
26話まで 大まかに書いてあるんですが、本業が忙しくて 最後の詰めが進みません。




