21__仮初めの妃と 宰相の補佐官 3
まだ 5日目の続きです。
___視点:宰相 - シズ=ラトウィッジ___
シズの座るソファの背後に竚っているエディンは、無言で 王妃を観察していた。
軽く首を回し 睛の端で これを察知し、シズは 淡く口許に笑みを貼り付けた。
艶やかな銀の髪に 蒼穹を映したかの様な切長の瞳、白い肌をした 姚しい異国の娘。
容姿だけでは、出身地は 大河の西側だろう事しか判別出来ない。
判っている事は、仕草にも溢れている気品と、慎ましやかな性格をした 傾国クラスの美貌をした女性だと云う事くらいか。
一身で〔獅子王〕に愛されている以上に、全身全霊で 国王である夫に尽くそうとしている妃。
怕らく、それが 今の印象だろう。
当然、見る眼は 一変している筈だ。
今は、軽い尊敬の念さえ懐いている様に惟う。
そんな補佐官の変化に気付いていながら、シズは 素知らぬ顔で〔森の妖精〕を見た。
強要される形で了承の返事はしたものの 未だに承服している様子のない魔法使いに、微苦笑が零れる。
身内-以外で、これ程 彼を困らせる女性を、シズは知らない。
畏れもせず 遠慮もせず、自分の意見を主張するなど 中々 出来る事ではない。
それだけに、傍観のし甲斐があった。
「姫」
彼は、好奇心から 異母弟の妃に 声を掛ける。
「危険ですよ?」
不機嫌そうなラノイを ちらりと見つつの忠告に、姚しい〔森の妖精〕は ふんわりと微笑んだ。
「希む攸です」
それは 春風の様に雍かく、陽だまりの様に穏やかな微笑。
危地に邀う者の見せる笑みではない、と感じた。
エディンとしては、違和感しか覚えないモノの様だ。
シズの背後で 短く息を飲んだ音が発っていた事で、驚きの程が知れる。
しかし、当然の事ながら、喫驚しているのは 彼だけだ。
「確かに、姫なら 何が遭っても大丈夫でしょうが」
呟きながら、シズは 別の事を考えていた。
それが妃の身の安全でない事は、魔法使いにも判っている。
尤も、エディンは 会話に付いてこれずにいる様だが。
「シズ様?」
喫驚を零した彼の声は、シズに因って 華麗に無視された。
「アシュリー姫、媒鳥になる おつもりで?」
シズの 真向いのソファに座るクランツからの問いに、何の迷いもなかった魔法使いが 返事を詰まらせた。
彼女は 思案を巡らせる様な間を空けると、更に考えを深めながら 呟く。
「 …………そうですね、その策も アリですね」
此処にいて罠を張るにも 限度はある、などとも呟きながら 魔法使いは笑みを泛かべた。
これに、ラノイの眉が ぴくりと痙攣し、口角が 歪に吊り上がる。
「手っ取り早そうですね」
ラノイの反応に気付かなかったのか、見なかった事にしたのか。
霽れやかな笑みで、魔法使いは そう答えていた。
その笑顔は『素晴らしい方法だ』と言わんばかりのモノだった。
「考えていなかったんですか?」
「そうだろう、何せ『夜には戻る』つもりでいたのだからな」
クランツの 意外そうな声に、依然として 不機嫌そうな声で ラノイが答えた。
これは、単独で外出しようと云う妃を案じているのではなく、自分から離れてしまう事への不安が前面に出てのモノだろう。
ラノイの心境を理解しているシズは、愉しんでいる事を匿し切れていない 意地の悪い笑みで、ラノイと魔法使いを観ている。
そう、観ているだけだ。
此処まで 水を向ければ、後は 勝手に譚が進む。
彼は、その展開を傍観するのが目的なのである。
《 愉しいな。》
内心の愉悦を 匿し切れずに、シズの睛は 北叟笑んでいた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:宰相の補佐官 - エディン=オスカリウス___
黄金桂の馨りが満ちる執務室で、エディンは 困惑していた。
眼の前で交わされる会話の意味が 把み切れないのだ。
内容は 理解出来るのだが、言葉に含まれた真意の様なモノが見えてこないのである。
「あ、あの……… 」
誰でもいいから 説明してほしい、と云う惟いで エディンが声を発した。
尤も、問いとして言葉になる事はなく、4人の会話の間に 声を入り込ませた程度だ。
だが、これに 1っの答えが返った。
「アシュリーは 今、狙われているのだ」
「えっ」
喫驚はしたが、理解は出来た。
突然 現れた〔獅子王〕の妃に対する評価は、王宮を二分している。
二分と云っても、大多数は 反対派が形成している。
比率で云うと、大臣や高官の殆どが 反対派だ。
そして、その権力に圧された官吏の多くが 日和見に動いている。
理由は 其々だが、総合すると 妃を排斥しようとする勢力が強くなってしまうのだ。
その大臣・高官の中に、強硬手段に出る者がいても 可妙しくはない。
王宮内にいても 危険は伴うだろうに、有ろう事か 単独で外出をすると云うのだ。
そう考えるに至って、エディンは、漸く 若き王の不満に気付いた。
危険だの 心配だのと重ねて言っているのは 根拠があっての懸念だったのだ、と。
しかし、当の妃は けろりとしている。
「そうですね、先程は わたしが浅はかでした」
躬らの失態を認める発言の最中にも、小さな笑みを泛かべている。
「彼等にも準備があるでしょうから、出掛けるのは 夕方からに致します。途中の街で 1泊して、翌日 被災地へ入る事に致しましょう」
妃を排除したがっている者達に 準備する時間を作り、更には 襲撃し易い環境を用意する。
そう言っているのだ。
流石に、黙っていられなかったらしい。
「っ 余計に襲われ易くなるではありませんか!」
「はい」
あっけらかんと返された言葉に、エディンは 恚りを泛かべた表情のまま 固まった。
喫驚して、一瞬 言葉が出なかった。
尤も、数秒と縣らず 停止していた思考回路が復旧し、撰り一層 険しい表情になる。
「そんな事をすれば、妃-反対派に襲われるだけだ。王妃だと云うなら、陛下に心労を掛けるモノではない!」
惟わず、エディンは 対等の口調で諌めていた。
出自は不明であっても、相手は〔獅子王〕唯一の妃だ。
身分は 兎も角、王宮内の地位では 敬うべき存在である。
譬え、何処の馬の骨か知れない我儘な王妃であっても 筋だけは通そう、と そう決めていた。
勿論、今は 高潔な女性として見ているし、或る種 尊敬の念を懐いてもいる。
それでも、躬ら危険に飛び込もうと云う言動に その箍も外れた様だ。
「往き着く道中も そうだが、宿で 寝入った攸を見計らい、襲撃する……… 」
最も確率の高い予測だ、口にしないだけで 誰もが考えているだろう。
当然、魔法使いの想定内の譚である。
故に、彼女に動揺はない。
それ攸か、婉然と微笑んでいる。
「それこそが、姫の惟う壼なのでしょうが……… 」
苦笑-淆じりに、シズは 斜め右のソファに座る異母弟へ視線を流した。
ラノイは、睛を細め 口許を拮く結んでいる。
「アシュリーが どれ程 勍かろうと、私は 賛同出来ぬ」
ラノイだって、魔法使いの言葉を信用していない訳ではない。
戻ると約束している以上、用が済めば 王宮へ戻って来るだろう。
其処に、疑念はない。
だが、彼には 彼なりの『許可したくない理由』もあった。
尤も、この理由が正確に伝わっているのは、シズにだけだろうが。
「 …………エディン様」
「は、はい?」
魔法使いに声を掛けられて、エディンは やや面啗いながら視線を巡らせた。
ソファに囲まれたテーブルを挟んで 王と対面にいる王妃は、相変わらず 雍かく微笑んでいる。
「〔獅子王〕の妃は、夫たる王の周囲に渦巻く悪意を一掃する仂があるなら、それを惜しみなく揮うべきだ と惟いませんか?」
外出許可を渋る王の説得に、宰相の補佐官を利用しようと云う作戦なのか。
魔法使いは、尤もらしく そう問い掛けた。
「そ、れ は……… 」
言いに詰まってはいたが、彼女の言葉は正論だと惟っていた。
《 王を篭絡した悪女? …………この方の 何処が? 》
噂と 実物では大違いだ、などと 緊張感の抜けた頭で ぼんやりと惟う。
実物の妃は、傍で働く誰もが臆し 悸く王に対して、怯む様子がない。
毅然と物を言い、必要ならば 王を諌めもする。
宰相-シズや 側近-クランツが認めているだけはある、と 頭の何処かで納得してしまった。
そして、頭の大部分では 反省していた。
〔獅子王〕の傍にいる2人が 反対意見を列挙しなかった時点で気付くべきだった、と。
《 まだまだ、だったか。》
自分の未熟を猛省している間にも、ラノイと魔法使いの主張は 平行線を辿っていた。
魔法使いは『単独で赴く』と『護衛は要らない』を繰り返している。
一方、ラノイは『せめて 護衛を』と『承諾しないなら 認めない』を繰り返す。
言葉を変え 口調を変えて説得に努めているが、互いに 譲る気はないらしい。
「アシュリー」
「ラノイ様。わたしは必ず戻ると お約束を致しますから」
魔法使いの言葉を聴いて、エディンは 小さな疑問を懐いた。
先程から、何かに付けて この科白を耳にする。
《 何が遭っても 心配は要らない、無事に帰って来る………か? 》
誰が襲撃してこようと 自分は大丈夫だ、と云う意味にしては 少々 可妙しい。
何処となく、違和感があるのだ。
王妃の真意を図りかねて、エディンは 小首を傾げた。
そんな彼の視線の先、魔法使いは もう笑んでいなかった。
「それに、北部の災害は 魔人に因るモノでしょう?」
教えていない事を言ってのけた魔法使いに、シズや クランツが睛を瞠った。
彼女は、エディンが来るまで 北の国境線で起こった災害を知らなかった。
これは、間違いのない事だ。
なのに、それを引き起こした者達を言い当てたのだ。
確かに、ラッケンガルドの北に拡がる無国家地帯には 何人もの魔人・魔女が棲み着いている。
魔人の誰かが犯人だと推測するくらいは、可能かもしれない。
しかし、同時に魔女も複数いて 支配区域を構えている。
彼等・彼女等の『諍い』は、日常茶飯事だ。
3分の1の確率であったとしても、断言するには それなりの根拠があった筈だ。
この根拠が、シズとクランツには 判らないのである。
尤も、これは ラノイには当て嵌まらない様だ。
「やはり、知っていたか」
溜息と共に、そう呟いている。
これに、魔法使いは 淡い微笑で答えた。
「はい」
知っていたと云えば、知っていた。
その日 その時間、ラッケンガルドの北の国境-付近で 魔人達の戦闘が遭った、と云う事だけは。
闘ったのが 誰と誰であるのかを知った直後、興味の外と云わんばかりに 入ってくる情報を遮断した。
その為、闘いの経過は知らなかった。
啻、結果は知っている。
相手・場所・結果、この3っの情報-以外は 躬ら遮断していた為、この国に影響が及んでいた事までは 知らなかったのだ。
そうでもなければ、初日の夜、国境線に沿って結界を構築した時に 独断で動いた事だろう。
「この時期に こちらへ参ったのも、何かの縁です。彼等が齎した 災害の復旧に、国費や 労力を費やす必要はございません。彼等の諍いの後始末は、わたしが致します」
何でもない事の様に、魔法使いが宣言した。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___
アシュリーは、僕を真っ直ぐ見据えて こう言った。
「この時期に こちらへ参ったのも、何かの縁です。彼等が齎した 災害の復旧に、国費や 労力を費やす必要はございません。彼等の諍いの後始末は、わたしが致します」
正直、驚いた。
彼女が 高位の魔法使いだと云う事は知っているし、事実 出来るだろうとも惟う。
だけど、同時に 幼い魔法使いでもあるんだ。
幼い魔法使いは、30分-以上の魔法の連続使用は出来なかったり 大きな魔法は使えなかったりする……普通なら。
アシュリーが これに含まれない事は判っていたけど、事も無げに ああ言われると吃驚する。
報告書に因ると、12日前に起きた 北部の災害は、人的被害は軽微でも 設備的損害は 甚大だった。
森林の木々が吹き飛ばされ 街道を埋めているらしく、北の国境に近い邨は 完全に孤立していた。
同時に、村や 畠への水路が分断されていて、今は 森の奥にある水源地まで水を汲みに往っている、とも書かれていた。
アシュリーは、それを 全部 直す気でいるのかな。
まさか、と惟いながら アシュリーの顔を見て、推測を 確信に変えた。
《 …………知らずに言ってる訳じゃ なさそうだ。》
何が起きたのかも どれくらいの被害かも理解した上で提案をしている、と 睛が訟えている。
だからこそ 自分がやるんだ、って 言いたいんだな。
本当に 優しいな、僕の(未来の)奥さんは。
でも、幾ら『幼い魔法使い-離れ』していると云っても、魔法を使えば 辣い筈だ。
あれだけの災害を何とかする魔法なんか使えば、アシュリーが疲弊するだけなのに。
《 もしかしたら、倒れるくらいの事になっちゃうかも………。》
其処までに及ばなくても、魔力を消耗すれば 体調を害する事になる。
幼い内は、どうしたって そうなるモノだ、って教えられたし。
疲弊していない状態なら、アシュリーは 襲撃者なんか意に介さないだろう。
でも、過度の疲労感を味わう事になっている間に、襲撃者が来たら?
そう考えるだけで、恚りで 体温が上がる。
更に、腹に 焼け石を投げ込まれた様な不快感も、セットで付いてくる。
《 僕が傍にいない時に 誰かに付け入る隙を与えるなんて、耐えられない。》
況してや、晳ら樣に狙われている状況で それはない。
厭だ、絶対に厭だ。
これが、僕が アシュリーの外出を許可出来ない理由だった。
了見が狭いと言われようが、独占欲が強いと非難されようが、厭なモノは 厭なんだ。
兎に角、復旧だけでも罷めさせないと。
「アシュリーのせいではない。その様な苦労を そなたが負うなど……… 」
説得しようと談し始めたけど、すぐに 遮られた。
「お希みとあらば、この国の平穏を劫す者達の制圧も 請け負いましょう」
ア〜シュリ〜ィ、譚 聆いてよ〜。
『お希みとあらば』って、僕は 希んでないんだってば。
ちゃんと言おうとしたのに、言わせないなんて酷いよね。
先詠みして 先手を打とうとするんだから、賢い奥さん(今の攸は〜 略)は 困るなぁ。
大体、今までは どうでも良くて放置していたんでしょ?
だったら、そのままで いいから。
無国家地帯にいる魔人やら魔女やらを 片っ端から始末、なんて 絶対しないで。
アシュリーって、1度 始めたら 徹底しそうで悚いなぁ。
「必要ない、と言っている」
理由を言おうとすれば、きっと また遮られるだろうから、もう 簡潔に喋ろう。
何でか 冷たい声が出ちゃったけど、アシュリーは悚がったりしないから 良しとしよう。
兎に角、今は この無謀な行動を止める事が先だ。
街道やら 水路やらの復旧もしなくていいし、北の無国家地帯の魔人や魔女の始末なんか 以ての外だ。
あの辺りにいる魔法使い達は、アシュリーから見れば 格下だろうけど、それでも〔森の妖精〕を狙う者達に 変わりはない。
隙あらば、と アシュリーを付け狙う者共の巣窟に、態々 征く行為だ。
厭だ、駄目だ、赦せない。
「ラノイ様」
「私は、そなたに対して その要求を持っておらぬ」
君が、妖精の仂を欲する魔法使い共に 襲い掛かられる。
想像するだけで、脳が焼き切れそうになるんだよ?
勿論、アシュリーが敗ける事はないだろうけど、それでも 厭なんだ。
「王とは、何撰りも 国民の安全と安寧を図る者の筈。使えるモノは、何であろうと 利用なさってください」
正論だ、と惟った。
それでいて 綺麗なだけじゃない、清濁-併せ呑んだ理想の国王像だと感じた。
大切なモノの為に、信念を貫く為に、利用すべきは利用し 切り棄てるべきは切り棄てる。
僕が 目指してきた王の姿を、アシュリーが 僕に説いている。
何か、変な感じがした。
でも、其処に不快さはなくて、ちょっと苦笑いしたくなる様な感じだった。
「特に、わたしは……… 」
尚も『魔法使い達の駆逐』の必要性を説こうとするアシュリーの言葉を、今度は 僕が遮った。
「そなたは〔盾にして劔なる者〕………しかし、その盾も 劔も、私の為にあるのではなかろう?」
戒縛の仂で逮われ 仮初めの妃に仕立て上げられただけなんだから、無理なんかしなくていい。
そう云う意味を込めての言葉に、アシュリーは 婉然と微笑んで返した。
「どちらも、わたしが『護りたいと願った誰か』の為にあるモノ。ラノイ様の御為に使う事に 何の迷いがありましょう」
《 うっわ、なに それ。殺し文句? 》
アシュリーに そんな気がないのは判っているけど、でも 今のは………キタ。
惟わず 抱き付きたくたくなったじゃないかっ。
だって、アシュリーが『護りたい誰か』って! おまけに『僕の為に』って言った!
ヤバい、マズい、嬉しい、どうしよ。
《 反則だ、こんなの。》
僕は 怒っていた筈なのに、肚わたが煮えそうになって 脳が焼き切れそうになっていたのに。
今 感じているのは、この上ない幸福感だけだ。
顰めっ面をするのにも苦労するくらいだ。
《 え? なに これ、計算? 》
そう惟いたくなるくらい、効果覿面な攻撃だった。
計算にはみえないけど、それが また、嬉しさを倍増させてくれる。
だって、説得する手段じゃなく 本音で語ってくれた、って事じゃないか。
寧ろ、計算だったほうが 対応に困らない。
尤も、見事に懐柔されかけているんだから どっちでも同じなんだけど。
「 …………飽く迄も『使え』と申すのか?」
マズい、嬉しくて 反論が訒っている。
もっと ちゃんと、こう………しっかり否定しないと、アシュリーは聆いてくれない って判っているのに。
あぁ、駄目だ、顔が にやけそう。
「はい。どうか、わたしを お役立てください」
アシュリーは、至って真面目に 自分の主張を続けている。
まさか、僕が 勝手に過大解釈をしそうになって、勝手に喜んでいるなんて 惟ってもいないんだろうな。
他意のない言葉だ って判っているのに、何度も 己れに言い聆かせるけど、嬉しいモノは嬉しい。
此処に綰いだのが 強引な手段だっただけに、感動すら覚えている。
《 こんな優しい魔法使い、他に いない。》
僕は 数人の魔法使いしか知らないけど、そう直感した。
きっと、間違っていないと惟う。
頭と心が混乱するくらい歓喜していて 軽く現実逃避していたけど、そろそろ 論点を戻さないと。
今は、何とか 最愛の奥さん(絶対に 未来は〜 略)の無謀を罷めさせなきゃ!
「 ––––––––––––やはり、アシュリーが背負う事ではない」
断固 拒否するのだ! と云う決意の元、頑張って 気難しい顔を作る。
こうでもしないと、にやけそうで困る。
「ですが……… 」
却下だと言っても、アシュリーは 僕を説得しようとする。
なのに、さっきみたいな殺し文句を連発しない。
《 本当に、アシュリーは………。》
改めて 感動しそうになって、心の中で 頭を振る。
駄目だ、しっかりしろ!
雑念は きっぱり すっぱり切り捨てて、無茶を止める事に専念しないと アシュリーには伝わらない。
僕は 気を引き締めて、臍下に力を入れて 険しい表情をキープする。
「兎に角、北の魔法使い達の事は 放置で良い。そなたが 無理をする必要はない」
無理矢理 丹田に力を入れて〔獅子王〕の威圧を紱って発せられた声に、エディンが身を震わせている。
視界の中で それを確認していたが、当然 無視だ。
シズの補佐官になって日が浅い彼には 辣いかと惟うが、シズの補佐官をしていれば 否応無しに体験するモノだ。
強制的になるが、これだけは 慣れてもらうしかない。
蛇足だが、視界の中央-やや左には 真っ青な顔をしたクランツがいる。
8年間 慣れない奴もいると云う見本の様だが、それでも発狂する事なく毎日 出仕してくるんだから、クランツは 意外とタフだ。
エディンは、是非 見倣ってほしい。
尤も、2人が こんな状態になっているのに、見据えられているアシュリーには 何の変化もない。
「 ––––––––––––では、この件は 保留に」
北の荒地に屯ろする魔法使い達の一掃に関しては 決断を先延ばしにする、と 答えてくれた。
だが、意思を紆げた訳でもなさそうだ。
このまま談しても平行線を辿るだけだから、まずは 外出願いだけでも通そうって事だろう。
改めて、アシュリーは 僕達を見回した。
「どうします?」
主語はないが、何について問われたのかは 判っているんだろう。
シズは、静かな笑みを泛かべたまま 沈黙を返している。
直接 アシュリーに『媒鳥になれ』とは言わない辺りが 悪人だ。
国王-唯一の妃だから遠慮をしたとか、宰相として立場を弁えたとかじゃない。
シズは、そんな事を気にする異母兄じゃない。
アシュリーの様な 優しい魔法使いには、言葉で促すより 沈黙のほうが効く事を理解しての 悪辣な手法だ。
僕が非難しても『俺は 何も言っていない』って言えるしね。
でも、睛が『ブチ舒めして来い』って語っているんだよ。
これを詠み取って、アシュリーは 笑顔で頷いた。
「畏まりました。では、その様に」
アシュリーは、言葉-短に承諾して 睛を細めた。
大役を買って出た-感のない、自然な微笑だ。
本当に、魔法使いでもない襲撃者なんか 敵じゃないんだなって判る表情だった。
「済みませんねぇ、姫がいてくださって 大いに援かります」
シズは、口では詫びているけど 声は弾んじゃっているし、何撰り 満面笑顔になっている。
《 都合良く利用する気-満々だ。》
最早、怒る気にもならない。
我が異母兄ながら、清々しい程 悪辣な性格をしているよ、全く。
クランツも、そう惟っていたんだろう。
「シズ様……… 」
僕の怒気を浴びて疲弊していたせいか、諌める言葉までは出なかったらしい。
いつものクランツなら『エスファニア王の従妹姫に 何て事を!』って叱り付ける場面だけど。
《 まだ 恢復していないのかな? 》
因みに、僕は 優秀な側近の心配をしている訳じゃない。
「やはり、私も……… 」
アシュリーと 一緒に往こう、って言い出そうとした途端、笑顔だったシズと ぐったりとしていたクランツの睛が 厳しい光りを帯びた。
「却下です」
「却下に決まっているでしょう⁉︎ 」
宰相の冷徹な声と 側近の叫びが重なった。
《 ––––––––––––駄目だったか。》
上機嫌な内や、気力を消耗している内なら 押し通せるかと惟ったのに。
それから暫く、クランツの 諄々しい小言を聴かされる破目になった。
折角の お茶が、若干 苦く感じられたのは仕方のない事だと惟う。
《 まぁ、いいか。アシュリーを誘って抜け出しちゃえば こっちのモノだ。》
そんな悪巧みを考えながら、表面上は 神妙な様子で。
僕は、やや冷めた お茶を啜っていた。




