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森の妖精と 戒縛の王  作者: にくきぅ


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18/60

18__獅子王の魔法

まだまだ 4日目です。



___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___


アシュリーは、言った。



  〔海の妖精(エルフィ)〕は、對(つい)と巡り会えないまま

  一生を終える可能性が高い。

  そうでなくとも、對(つい)がいない 今、彼女は

  幸福を感じる事なく生きている。



あの我儘女が そう云う存在だ、と言った。

これは、誰でも自棄(ヤケ)になる状況だ。 そう得心した。

理解してしまうと、あの我儘女を断罪するのが躇(ためら)われる。

交信の間は 斬り殺してやろうと決めていたけど、流石に 無理だな。

アシュリーに近付けたくはないけど、彼女の協力が必要な事も 判らないでもない……勿論、あの ふてぶてしい態度は 到底 許容出来ないが。

肚立(はら だ)たしさが消えた訳じゃないけど、もう 矛先を向ける気にならなかった。

「つまり、あれは、自棄(ヤケ)の末の 我儘ですか」

僕の後ろでは、シズが 独白の様に呟いている。

流石は 僕の異母兄(あに)、考える事が似ているな。

尤(もっと)も、アシュリーを知ってしまった僕とは違って、シズの声は 強い惘(あき)れを含んでいたけど。

「小さな子供の我儘の様でしたが」

僕の怒気から解放され 体調を取り戻しつつあるのか、クランツも 掠れた声で同意の言葉を零(こぼ)したのが 緲(かす)かに聴こえる。

だけど、僕は 賛同しかねていた。

アシュリーが いなくなったら、僕だって 理不尽を周囲に強いるだろう。

自分が 身勝手で横暴な八つ当たりをしていると理解していても、それを止められないだろう。

周囲の者達が 僕の心を慮(おもんぱか)って どんなに親身になってくれても、どんなに尽くしてくれても、だ。

少し想像しただけで、地獄だと惟(おも)う世界なんだ。

下手(ヘタ)をしたら、あの我儘女よりも酷い事をしかねない。

そう惟(おも)うと、言葉にならなかった。

「皆様は 嘸(さぞ)かし不愉快な思いをされた事とは惟(おも)いますが、どうか」

アシュリーは、赦してほしいとは言葉にしなかった。

いや出来なかった(・・・・・・)んだろうな。

それは そうだ。

ついさっき、僕-自身が 殺気に近い怒気を放っていて、それを察知していた彼女は 僕達の不快の程を知っているんだから。

「アシュリーが気にする事じゃないよ」

「そうですね、同席したい と申し出たのは、吾々(われわれ)です」

僕とシズの言葉にも、アシュリーの表情は変わらない。

眼線を下げたまま、沈痛な面持ちで佇んでいる。

優しい魔法使い・綺麗な魔法使い・愛情深い妖精(ディナ・シー)、僕の 大切な妖精(アシュリー)。


《 そんな顔は しなくていいんだよ? 》


言葉にしても、アシュリーは判ってくれないだろうな。

まぁ、日頃が日頃だから 仕方がないんだけど、何か ちょっと淋しいなぁ。 信じてもらえないのは。

「だけど、無理はしてほしくないな」

このくらいの言葉は 届いてくれるよね? これで頷いてくれなかったら、流石に ヘコむよ?

僕の想いが通じたのか、アシュリーは 小さく肯(うなず)いてくれた。

「はい」

緲(かす)かな肯定が返り、僅(わず)かに 肩の力が抜けたのが、掌(てのひら)に伝わってきた。

良かった、少しは届いたみたいだ。

ほっとしつつ、アシュリーを瞰(みおろ)す。

彼女は 小さくはない女性で、僕との身長差は 頭-1っ分くらい。

丁度、僕の顎の 少し下-辺りに 銀髪の小さめな頭がある。

後ろから抱き締めた時は、アシュリーの頭に 顎を乗せてみたりする。

本当は そうじゃなくて、って惟(おも)うんだけど、ね………アシュリーを悚(こわ)がらせると 慄(おそろ)しいからね、クランツが。

だから、巫山戯ているとでも受け取ってもらわなきゃと惟(おも)うと、子供みたいな事ばかりしちゃうんだよねぇ。

おかげで、僕が本気だとは悟られてない訳だけど、これって 本気だって『判らせたい時』に苦労しそうなんだよなぁ。


《 こんなに 好きなのになぁ。》


いつ 伝わるんだろう……とか考えながら、アシュリーの肩から 右手を離す。

顔を上げさせたくて 手を伸ばして、気付いた。

「あ……… 」

今日、アシュリーは、淡い紫色の長衣を防寒着-代りに着ていた。

季節は 晩冬とは云え、春は遠く まだ寒い。

室内でも厚着をしているのは 当然で、何も可妙(おか)しい事はない。

僕が声をあげたのは、その肩の部分に 小さなシミがあったからだ。

はっとして 己(おの)れの右手を見ると、掌(てのひら)に 半月型の小さな傷が 3っ付いていた。


《 失策(しま)った! 》


そう云えば、交信中(さっき) 強く握り締めていた様な気がする。

痛みを感じなかったから気付かなかったけど、どうやら 爪が掌(てのひら)の皮膚に食い込んで 傷になっていたらしい。

そのまま アシュリーの肩を掴(つか)んだから、彼女の服を 僕の血で涜(よご)してしまったんだ。

まさか、と惟(おも)いながら 左手も離してみれば、アシュリーの肩の部分に 同じシミが付いている。


《 失錯(しくじ)ったぁあ。》


艶やかな銀髪と 穹(そら)を写した様な蒼い瞳に、淡い菫色の長衣は 良く似合っていた。

勿論、昨日の 薄紅色も、アシュリーの雍(やわら)かい雰囲気に合っていたんだけど、やっぱり 青や紫色のほうが 銀髪に映(は)えるんだよね。

僕的に 気に入っていた色合いの服だっただけに、軽く ヘコんでしまった。

「 –––––––––––––………… 」

そんな僕を見て、不思議に惟(おも)ったんだろう。

アシュリーは、自分の肩を見た。そして、すぐに 僕の手を把(と)った。

その掌(てのひら)にある 幾つもの小さな紅い涜(よご)れを睛(め)にして、軽く瞠目したのが判った。

この傷が 如何(いか)にして付いたのか なんて、アシュリーなら すぐに察しただろう。

「あ……大丈夫だよ、こんなの………… 」

自責の念を懐(いだ)いてほしくなくて そう言ったんだけど、遅かったらしい。

見る間に、姚(うつく)しい顔が 無表情になってゆく。

他の人が どうかは判らないが、僕には 泣きそうになっている様に見えた。

「 ………… 」

そんな顔をするなって言いたかったんだけど、一瞬-先に アシュリーが動いていた。

白い手が、僕の両手を把(と)った。

掌(てのひら)を上にさせたまま 自分のほうへ導き寄せると、そのまま 顔を近付けた。

傷口を間近から覗き込む様にした アシュリーは、ゆっくりと瞳を俛(ふ)せる。

次の瞬間、掌(てのひら)に 吐息が掛かった。

「っ!」

ふぅ と、息を吹き掛けられただけの事で驚いたんじゃない。

不思議な感覚がしたんだ。

吐息-以上に煖(あたた)かくて、僅(わず)かだけど 吐息-以上に甘美な感覚が。

食事の度・休憩の度に淹れてくれる お茶を飲んだ時に感じる、あの倖(しあわ)せな感覚とは 違う。

両の掌(てのひら)から沁み入ってきたのは、鋼鉄の理性を扼(おさ)えて 慾(よく)を刺激する何か(・・)だった。

僕には、その感覚に憶えがあった。


《 甘露……。》


初めて会った あの日、アシュリーの首筋にキスをして体感した あの甘露(・・・・)だ。

あの時よりも 効果は弱いけど、1度 体感していただけに、察するのは早かった。

アシュリーの仂(ちから)は、どんな形であれ、僕にとっては甘露(・・)に感じるらしい。

喫驚している間に、アシュリーは姿勢を戻し 僕の手を離していた。


《 これは………大層な誘惑だ。》


あの瞬間、掌(てのひら)に 唇が当たった訳でもないのに、指の先から肘までを 甘い痺れが突き抜けた。

將(まさ)しく、誘惑だった。

勿論、アシュリーに そのつもりがない事は判っているが。

余談だが、初日の あの時-以来、僕は アシュリーの肌には觝(ふ)れていない。

事ある毎に 抱き付いたりしているけど、直接 あんな悪戯(イタズラ)はしていない。

次に 同じ事をしたら、理性が効かなくなる気がしたからだ。

それだけに、不意打ちの この甘露(・・)には驚いてしまった。

表には出さなかったけど 今し方の感覚に困惑していた僕は、彼女の表情に気付かなかった。

「 …………申し訳ございません、でした」

苦悩を滲ませた声で、僕は 吾(われ)に還(かえ)った。

見れば、眼の前の 姚(うつく)しい魔法使いは、形の良い眉を寄せ 蒼穹の様な睛(め)を細め 色の白い頬を強張らせ ふっくらとした唇を真一文字に結んでいた。

一言で云えば、悲痛な表情をしている。

どうして、アシュリーは こんな顔をしているんだ?

僕が〔海の妖精(エルフィ)〕の暴言(ことば)に 苛立(イラだ)ったから?

交信を聴きたい、と言った 僕の我儘を聆(き)き入れたのを 悔いている?

それとも、そもそも、交信を申し込まれている事を 匿(かく)し切れなかった自分に 恚(いか)りを覚えて?


《 違う、僕が傷を作った(・・・・・)からだ。》


忘れちゃいけなかったんだ、この娘(こ)は 心優しい妖精(ディナ・シー)なんだって事を。

こんな小さな傷だって 表面に作っちゃいけないんだ。

而(しか)も、この状況で。

僕は、無意識の内とは云え、アシュリーを 追い詰めてしまったんだ。

「大丈夫だよ、こんなの……… 」

そう言いながら、自分の掌(てのひら)を見た。

其処に、傷はなかった。

「 ………… 」

あれは 治癒だったのか。

それも そうだ。 アシュリーなら、放っておかない。

あんな些細な傷に こんな顔をする優しい魔法使いなんだ、この娘(こ)は。


《 あぁ、顔を上げてほしいのに……。》


俯(うつむ)かせたくもないし、哀しい顔だって させたくないのに。

自責の念に苛(さいな)まれる必要はないし、僕に対する詫びなんて もっと必要ない。

だが、謝っても駄目だ。

言葉は 今のアシュリーには通じない。

今は、どの言葉も 届かない。 そんな気がする。


《 仕方ない、あれ(・・)を使おう。》


僕は、忘却の魔法を使う事にした。

これは、僕が使える魔法の 1っだ。

魔法には 幾つかの範疇(カテゴリー)がある。

大きく頒(わ)けて、加速系の魔法と 減速系の魔法だ。

僕が得意なのは、主に 減速系の魔法……と云うか、この範疇(カテゴリー)の魔法しか 身に付かなかった。

加速系の魔法のほうが 発動時の魔力消費やら集中力やらは尠(すくな)いらしいけど、使えないんだから 仕方がない。

本当は、炎とか 風とかを操ってみたかったんだけど、どうやっても無理だった。


《 まぁ、この魔法も便利だから いいけど。》


僕は、俯いているアシュリーの頭に 左手を置いた。

「アシュリー」

名前を聘(よ)びながら、捷(すばや)く 頭の中で呪文を唱える。


《 哀しまないで、悔いたりしないで………アシュリー。》


この名前は 北の国での『通り称(な)』だから 完璧に効くとは惟(おも)えないけど、多少は 効力があるだろう。

「さっきの、何だったの?」

努(つと)めて 優しく、声を掛ける。

アシュリーは、ゆっくりと顔を上げた。

その睛(め)から、僕の希(のぞ)まない光りは 消えている。

魔法使い-相手に効くか不安だったけど、どうやら効いてくれた……かも しれない。

忘却の魔法が ちゃんと効いてくれれば、この質問にも 普通に答えてくれるだろう。


《 どうか、答えて。》


祈りに似た気持ちで、僕は アシュリーの右手を見詰めている。

其処には、さっき〔海の妖精(エルフィ)〕から手渡された 小さなモノが6っ握られている。

今 これについて問う程、興味を持っていた訳じゃない。

はっきり言って、忘れかけていた事だ。

アシュリーの気を乖(そ)らす為の材料(こうじつ)を必死に考えて、思い出したのが それ(・・)だったと云うだけ。

つまりは、忘却の魔法を使った事に気付かれず、今-暫(しばら)くだけでも気を乖(そ)らせれば、それで いいんだ。

一先ず、傷を作った詫びは 後でしよう……と こっそり決意する。

そんな魂胆を匿(かく)した 僕の澄まし顔を見上げたアシュリーは、僕の視線を辿り さっきの質問の意図を察したらしい。

彼女は、下げていた右手を僕の前へ上げて 指を敞(ひら)いた。

「 ………あれ?」

其処には、何もなかった。


《 白いのや 青いのは? 》


小さな白い石と 小さな青い石に見えたモノは、いつの間にか 仕舞(しま)われていたらしい。

問題は『いつ、何処に仕舞(しま)ったのか』だ。

そう云えば、僕の傷を痊(なお)す時には、もう 手にしていなかった。

だとすると、その前に 懐(ふところ)か 袖口に仕舞(しま)った?

いや、そんな仕草はなかった筈だ。


《 僕が、見落とした……? 僕が アシュリーの動きを見遁(みのが)してた? 確かに 冷静じゃなかったけど、でも そんなに注意が散漫になってたかなぁ。確かに、頭に血は昇ってたけど。》


反省と 疑問と 後悔を交互にしながら、そんな事を考えて 首を傾げる。

記憶の反芻をしつつ 何もない掌(てのひら)を瞰(みおろ)していて、1っ 思い出した。

アシュリーは、花を出した事があった。

初めて お茶を振舞ってくれた時だ。

解毒の お茶を淹れると言ったアシュリーは、何も手にしていなかった状態から 見た事もない花を出した。

出せるなら、仕舞(しま)う事も出来るんじゃないか?

もし、それが出来るなら、見落とす以前の問題だ。

「もう 仕舞(しま)っちゃったんだね」

カマをかける様に呟くと、小さめの銀髪の頭が 軽く頷いた。

何処に仕舞(しま)っているんだろう? 今度 じっくり訊いてみよう。

「アシュリーが 頼んで、採ってこさせたんでしょ? 啻(ただ)の石とかじゃない、よね?」

何で〔海の妖精(エルフィ)〕に頼まなきゃいけなかったのか とか、何処にある どんなモノなのか とか、気になる事は山程ある。

最初は、アシュリーの気を乖(そ)らせれば と惟(おも)っていたけど、今は 僕のほうが気になっている。

「創りたい物があって、用意を 致しました」

「創りたい物とは、何でしょう?」

シズの質問に、姚(うつく)しい魔法使いは 控え目な笑みを返した。


《 秘密にする気か。》


これは、後で 問い質(ただ)す事に決定だな。

夫婦(今は仮でも 将来は絶対に夫婦)の間で、匿(かく)し事は 良くないよね。

今夜にでも 洗い浚(ざら)い喋ってもらわないと、気になって眠れないしね。


《 僕に匿(かく)し事をしちゃいけないって事、判らせてあげないと。》


僕は、黒い笑みでも泛(う)かべているのかな?

何だか、アシュリーが 小さく震えた様に見えた。

背後から 悲鳴を飲み込んだ音がしたけど、勿論 無視する事にした。

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