↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の妖精と 戒縛の王  作者: にくきぅ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/60

17__獅子王の悋気

これも 4日目の続きです。



___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


交信を終えて 綜(すべ)ての結界と障壁を解除した魔法使い(リーゼロッテ)は、ほぅ と息を咐(つ)いた。

それから、軽く眉を寄せる。

急に、強い虚脱感に襲われたのだ。

これは、魔法使い(リーゼロッテ)が〔時の女神〕に『支払わされた代価』だ。

未来を予見(よけん)し、その内容を 譬(たと)え 一部とは云え〔海の妖精(エルフィ)〕に語った。

序でに云えば、その場に居併(いあわ)せたラノイ達にも聴かせてしまった。

これに因(よ)り、代価は『軽度の魔力消失』から『膨大な魔力の消失』へと増加している。

虚脱感は、大部分の魔力を失った事に因(よ)る 副作用的-反応だ。


《 ごっそり 持っていかれてしまった。》


簒(うば)われるのは 多量の血液か 大量の魔力と予測していただけに、魔法使い(リーゼロッテ)が 姍(よろ)めく事はない。

寧(むし)ろ、傷や 出血に至らなくて安堵(あんど)したと云っても良い。

独りの時なら 未(ま)だしも、ラノイ達がいる前で 血に塗(まみ)れるのは 大いに気が引ける。

驚かせ 気を揉ませてしまうばかりか、その光景に 気分を害させてしまう攸(ところ)だったのだ。

最悪の事態を避けられただけで、彼女は 満足していた。

そもそも〔海の妖精(エルフィ)〕の為に(一部とは云え)未来を談(はな)したりしなければ良いだけの事とは 考えない。 考えもしない。

我儘ばかりを言われようとも 面倒ばかりを持ち込まれようとも、魔法使い(リーゼロッテ)にとって 彼女は仲間なのだ。

苦言を零(こぼ)しはしても、見放す事はしない。

〔海の妖精(エルフィ)〕も、それが判っているから 魔法使い(リーゼロッテ)の優しさに付け込んでいるのだが。

彼女(エルフィ)が採ってきた 白い貝と青い小石など、前回の迷惑料として 足るモノではないのだ。

魔法使い(リーゼロッテ)は、改めて 手の中の魔法素材へ睛(め)を向けた。

ほっそりとした掌(てのひら)に載っているのは、6っの魔法素材 –––––––〔人魚の鱗〕と〔深海の瞳〕だ。

元々、白い小さな二枚貝と 青い小石に見えるモノは、ラノイ達の為に欲した 魔法具の素材だ。

昨夜の内に エスファニア王国へ戻り、もう1っの触媒も手に入れている。

後は、それ等を魔法で合成し 装身具として加工して、ラノイ達に渡すだけである。

しかし、全身を占めている虚脱感は、それ等を阻害する程 重苦しいモノだった。


《 折角、材料が揃ったのに。》


親指の爪くらいの大きさの 白い二枚貝は、勿論、本物の人魚の鱗ではない。

青い小石にしか見えない〔深海の瞳〕は、深海-500メートルで手に入る 青真珠だ。

どちらも、永い時間を縣(か)けて 海の魔素を吸収し、自(おの)ずと魔法素材になったモノだ。

一方、エスファニアの 北の国境-際(ぎわ)から採ってきた〔泠祜の葩(はな)〕は、曾(かつ)て 魔女が創った魔法製植物だ。

強力な浄化の魔法を縣(か)けられた、成立ちから 魔法で創られた樹木の花葩(はなびら)である。

この花の寿命は一週間-程度だが 次から次へと咲くので、結果として 年中-咲き誇っている。

1っの花弁は、幅-3センチ 長さ-7センチになる。

姿形だけは 辛夷(コブシ)の花を連想してもらえば、当たらずとも遠からず だ。

半透明の花葩(はなびら)は 淡い桜色に染まり、晃(ひか)りを透かすと 仄(ほの)かに煕(かがや)く。

何とも美しい 魔法製植物であった。

その樹木 -〔祈りの樹〕は、火山の麓に口を敞(ひら)いた 小さな泉の深部に在り、その花-〔泠祜の葩(はな)〕は、咲くと同時に 水を浄化し始める。

火山からの噴石に含まれていた 毒性のある鉱物も、それ等を含んだ灰が積もる〔死の平原〕も、この水に因(よ)って浄化されてゆく。

岩石や溶岩石の隙間を伝い 驚きの速度で周囲に染み渡り、かの地を 肥沃な火山性土壌へと変貌させ続ける。

そして、1っの花は、約-1週間で 水に融けて消えるのだ。

そうして清められた泉の水は エスファニアの北の国境付近を浄化し続け、泉から溢れた水は エスファニアの東部を流れ、更に広範囲の土壌を浄化・潤してゆく。

魔法使い(リーゼロッテ)は、その蕾を 3っ摘んできた。

花の特性上、蕾が 最も浄化の仂(ちから)が強い為である。


《 この場で、と惟(おも)っていたのに………。》


それが出来ない程、強烈な疲労が襲い掛かってくるのだ。

縦(よ)しんば、この状態で 魔法を揮う事が出来たとしても、真面(まとも)に合成が出来るかと云われれば 否としか答えられない。

今は 魔法を使う為の集中力を絞り出す事も難しいのである。

〔時の女神〕の代価は、公正で公平で 情け容赦がなく、魔法使いとして まだまだ幼い身の彼女には 辣(つら)いモノだった。

膨大な魔力を具(そな)える〔森の妖精(イリフィ)〕だからこそ、この場で昏倒し そのまま昏睡状態に入らずに済んだのである。

しかし、一瞬で 半分以上の魔力を簒(うば)われたのは、流石に 拮(きつ)かった。

誰もいなければ、この場に膝から垉(くず)れ、へたり込んだまま 竚(た)ち上がる気にもならなかっただろう。

そんな疲労感と 虚脱感の中、魔法使い(リーゼロッテ)は 気力だけで竚(た)っていた。

睛(め)は 軽く俛(ふ)せられていても、苦痛に歪む事はない。

しかし、これは『平然を妝(よそお)って 竚(た)っていられる』と云うだけだ。

肩を掴まれて 引っ張られれば、簡単に姍(よろ)めく程度の意地である。

だが、これは 見ている者達には判りようもない虚勢だった。

特に、やや頭に血が昇っているラノイには 察しようもなかったらしい。

「今のは 誰だ?」

「っ⁉︎ 」

いきなり肩を掴(つか)まれ 力盡(ちからづ)くで軀(からだ)を反転させられれば、蹌踉(よろ)けてしまう。

尤(もっと)も、蹌踉(よろ)け様もない程 強く肩を掴(つか)まれているのだ。

ふらつく隙もなかった、と云うのが 表現として正しい。

しっかりと支えられ(もとい 掴まれ)ている為、竚(た)っていられるが、脳が揺らされた様な眩暈は 別だ。

何度か 小さく眼舜(まばた)きをしているのは、そのせいだろう。

だが、間近のラノイも 離れた場所にいるシズ達も、そんな事には気付かない。

「クー と云ったか………あれは、何者だ?」

ラノイは、正面へ向けさせた魔法使い(リーゼロッテ)を 拮(きつ)く見据えた。

長めの前髪から見える眉間には 皺が寄り、その下にある 切長(きれなが)の睛(め)は すっかり座っている。

さらさらの黒い前髪に隠れているが、片眉は ぴくぴくと痙攣し続けていた。

なのに、片頬は 笑みを象(かたど)っており、それに伴(ともな)って 片方の口角が吊り上っている。

誰が どう見ても、不機嫌-極まりない人間の顔だ。

「ぁ…………ぇ、と」

余りの勢いに、魔法使い(リーゼロッテ)は 睛(め)を丸くした。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___


後から考えれば、僕は、頭に血が昇(のぼ)ってたんだと惟(おも)う。

そう、後から考えれば(・・・・・・・)だ。

この時は、本当に 思考が回らなかった。

「クー と云ったか………あれは、何者だ?」

アシュリーの細い肩を掴(つか)んで、乱暴に 向きを変えさせた。

〔海の妖精(エルフィ)〕の発言に因(よ)る恚(いか)りと、傍若無人な態度への苛立ちと、最後は 謎の少年-魔法使いへの嫉妬。

これ等が 綯(な)い交(ま)ぜになった状態だ。

あの我儘女を前に 声が出せなかった事も、僕の 苛々(いらいら)を増長させてた。

それを、全部 アシュリーへ向けてたんだ。

どうでもいい事だけど、この時、僕の後ろで 誰かが足踏みをした様な音がした。

たぶん、怒気に中(あ)てられたクランツが 気を失いかけて姍(よろ)めきでもしたんだろう。

「ぁ…………ぇ、と」

一切 感情を匿(かく)さずにいる僕を前に、アシュリーは 少し驚いていた。 そう、ほんの『少し』だ。

擬音にしたら『きょとん』とか『ぽかーん』くらい。

シズが 吾(われ)-関せず を決め込み、クランツが 気絶しそうになってるのに、アシュリーは 睛(め)を丸くした程度だった。

この嫋(たお)やかな妖精(ディナ・シー)は、一体 何で出来てるんだろう。 時々、不思議に惟(おも)う。

基本 悚(こわ)がりなんだ と惟(おも)ってたけど、何で こう云う時は 脅(おび)えないんだ?

尤(もっと)も、今の僕は 素朴な疑問も泛(う)かばない状態だったんだけど。

「 ––––––––––––––– 」

アシュリーは、ふっくらとした薔薇色の唇を 僅(わず)かに敞(ひら)いたまま、僕を見詰めてた。

そして、1度 閇(と)じてから、再び その魅力的な唇を敞(ひら)いた。

「通称は クー。彼は、わたしの對(つい)の1人です」

実に短い、それでいて とても理解し易い言葉が返ってきた。

これを耳にして、僕の沸騰していた脳みそは 一気に冷却された。

「 ––––––––––––妖精(ディナ・シー)、だったの?」

口の中で呟いた この言葉は、眼の前のアシュリーにも聴こえたか どうか。


《 何だ………妖精(ディナ・シー)か。》


それなら、親しくて 当然だよね。

うん、そっか………それも そうか。

アシュリーが頼るんだから、妖精(なかま)だよね。うん、当然だ。

同じ妖精(なかま)の我儘女を任せるんだから、魔人の筈がなかったんだ。

ちょっと考えれば 判りそうな事だったのに……。


《 嫉妬って 悚(こわ)いな、考えもしなかった。》


ゆっくりと息を咐(つ)いて、意識的に肩の力を抜いてゆく。

その間に、アシュリーが説明を付け足してくれた。

「はい、わたしとは別の意味で 生命(いのち)を掌握する妖精(ディナ・シー)………〔死の妖精(ロンフィ)〕です」

どうやら、さっきの呟きが聴こえてたらしい。

それにしても、疑問には 答えてくれてるんだけど、アシュリーの声音は とても淡白だ。

でも、緲(かす)かな疑問符が含まれてる。

まぁ、これは すっかり冷静になった今だから 判るんだけどね。


《 どうして、僕が真っ先に訊いたのが〔死の妖精(ロンフィ)〕の事なのか、理由が判らないんだな。》


〔海の妖精(エルフィ)〕について文句を言われるなら 合点がいくのに、って攸(ところ)かな。

まさか 嫉妬して問い詰められたんだ、なんて 惟(おも)いもしないんだなぁ。

自分の事を、急場凌ぎに用意された仮初めの妃だと惟(おも)ってるんだから、当然か。

僕も、意地悪か 揶(からか)ってる様にしか察(み)えない行為しか してない訳だし。

本当は もっと別な事がしたいんだけど、あんなに脅(おび)えられると 攻めていいのか迷うんだよねぇ。

本気だとバレて 逃げられちゃったら、元も子もないし。

悚(こわ)がらせない様に、ゆっくり ゆ〜っくり慣らして(・・・・)いかなきゃ。

取り敢えず、当面の目標は『抱き締めても硬直しない』様にさせる事かな。


《 遠いなぁ。》


腕の中で震えるアシュリーは、襲いたくなる程 可愛いけど、出来れば 脅(おび)えない様になってほしい。

凭れ掛かってくれる様になったら 嬉しい。

抱き付いてくれる様になったら、倖(しあわ)せだろうな………うん、そうなってくれたら 倖(しあわ)せだ。


《 問題は、それを短期間に熟(こな)せるか、なんだよねぇ。》


僕が 思考を脱線させてたのは、どのくらいの時間だったのか。

たぶん、長くはなかったと惟(おも)う。

その短時間で、アシュリーは 僕を見上げて こう問い掛けてきた。

「ご存知なのですね?」

主語のない、短い質問だった。

これで、僕は、すっかり脱線していた思考を 直前の会話内容へ戻す事にした。


《 賢い女性(ひと)だな、アシュリーは。》


真っ先に惟(おも)ったのは、これだった。

『交信相手は〔海の妖精(エルフィ)〕だ』と言っただけで 簡単に許可した事から、その可能性に気付いてたんだろう。

そして〔死の妖精(ロンフィ)〕について『對(つい)の1人』としか言ってないのに対し、僕が 即座に納得した事で、その可能性を確信に変えた様だ。


《 官吏(かんり)や大臣達の頭が このくらいの回転数で働いてくれたら、仕事が捗るんだけどなぁ。》


何なら、半分くらいの回転数でもいい。

それでも、充分 今の倍以上の速度になる筈だし。

そうしたら、僕の仕事も減って、その分 アシュリーと遊べるのに……っと、あぁ、また 思考が脱線した。

「うん、まぁ」

暈(ぼか)して答えたけど、アシュリーなら 察しただろうな。

僕が『何で 妖精(ディナ・シー)達に詳しいのか』って事に。


《 でも まぁ、この譚(はなし)は また今度。》


今は、さっきの交信中の疑問を解くのが先だ。

僕は、アシュリーの肩を掴(つか)んでた手から 力を抜いた。

尤(もっと)も、放してはいない。 飽く迄も『緩めただけ』だ。

その上で、僕は 満面の笑顔を作る。

「ねぇ、さっき 我儘女に言ってた『この間』って?」

この質問をしても、アシュリーの表情は変わらない。

顔色は 勿論、眉・視線・頬や口許(くちもと)の動きに至るまで 全く変化しなかった。

だけど、僕が質問した途端、細い肩が 一瞬 強張った。

肩に手を置いてたから、緲(かす)かな硬直に気付けた程度の変化だ。

けど、これで はっきりした。


《 やっぱり、僕と会ってからか。》


この王宮にいる様になったアシュリーが 自由に出来る時間は、当然だけど多い。

朝昼晩の食事の時や 午前と午後の休憩時間は、僕と一緒だ。

夜は、入浴後の21時から 22時までの 1時間を共にしてる。

仲睦まじい夫婦に見せる為……そう言って、アシュリーを説き伏せて設けた 独占(ぼくだけの)時間だ。

勿論、何もしない。

この時間だけは、抱き締めるのも 自重してる。

極力 悚(こわ)がらせない様に勗(つと)めて『僕が 傍(そば)にいる事』に慣れてもらうのが 目的だからね。

これ等の時間と 就寝時間を差し引くと、11時間-前後。

だけど〔獅子王〕-唯一の妃であるアシュリーには、単独になる時間が 意外と尠(すくな)い。

王宮の中では 他人の眼もあるし、後宮の部屋に引き篭もったとしても お付きの女官達の睛(め)がある。

4人の女官達は アシュリーに好意的で、事ある毎に 甲斐甲斐しく世話を焼こうとしてる様だし、単独で行動するのは 難しいだろう。

気侭に王宮の庭を移動する事も多いみたいだけど、その度に 捜し出してるみたいだし。

案外 単独行動を取れる機会は多いけど、存外 独りになれる時間は長くない。

「ナントカのサトって、何処にあるの? 其処から海まで〔海の妖精(エルフィ)〕を護ってたって事だよね? 2時間も縣(かか)ったのって、遠いって事? 邪魔が多かったって事? 後、それって いつの譚(はなし)?」

彼女が この王宮にやって来てからの4日間の中で、アシュリーの所在が判らなくなったのは 2日前だけだ。

決められた時間に遅れた事のないアシュリーが、昼食の時間になっても 食事の間へ来なかった……あの日だ。

別々に寝てるから、就寝時間に外出していたって可能性もあるけど、さっきの反応からして たぶん違う。

「ひょっとして、この間の、熱があった時?」

あの日、池の滸(ほとり)にいたアシュリーは、後宮へ戻った後 足跡を絶ってる。

後宮付きの女官達の譚(はなし)からして、時間にして 3時間弱だろう。

これは、先程の譚(はなし)にあった『2時間半』に合致する。

「部屋に戻った筈が 何処にもいない、って 女官達が惶(あわ)ててた日、だよね?」

優しい顔で 穏やかな声で、そう尋ねた。

勿論、内心が そうだとは云わないけど、そう在(あ)る様に 努(つと)める。

だけど、僕が泛(う)かべてた『雍(やわら)かい笑み』は、どうやら 剥がれかけてたらしい。

いや、全身から 黒いオーラでも出てるのかも。

背後で『ふぐっ』とか『うぅ』とか、クランツが呻いてる。

振り皈(かえ)らなくても、クランツの様子は、大体 判る。

恐怖の余り のたうち回りそうになってるのを 懸命に怺(こら)えてるのが 半分、僕の黒オーラに當(あ)てられて 吐きそうになってるのが 半分、って攸(ところ)だろう。

取り敢えず、クランツの事は放っておこう。

今は、アシュリーだ。

「っ   ぃ、え………その」

言い濁すと共に、両手の下で アシュリーの肩が震え始めた。

「アシュリー?」

余談だけど、アシュリーは、基本的に 僕を悚(こわ)がらない。

抱き締めたりすれば 別だけど、それ以外では 恐怖に震えたりしない。

どうやら、根本的に〔獅子王〕が悚(こわ)くないみたいだ。

それは『毒入りの お茶事件』にも、さっきの嫉妬の時にも立証されてる。

因(ちな)みに、大臣やら 高官やら 官吏やらで、僕を悚(こわ)がらないのは ほんの一握りだ。

後ろを見れば、判るだろう? 毎日 顔を併(あわ)せるクランツが ああ(・・)なんだ。

なのに、嫋(たお)やかな容姿に 穏やかで優しい性格の〔森の妖精(イリフィ)〕は、苛烈な〔獅子王〕を睛(め)にしても 冷徹な宰相を目(ま)の當(あ)たりにしても 表情を変える事はなかった。

それだけに、アシュリーが こう云った反応をするのは、ちょっと珍しい。

「っ   ぁ、あの………そ れ、は………… 」

「そうなんだね?」

「っ   ぁ」

肯定はされなかったけど、反応で丸分かりだ。

アシュリーは、嘘が誥(つ)けないんだな。


《 いや、嘘が誥(つ)けないとか 匿(かく)し事が下手(ヘタ)って云うよりも、もっと 何か……?》


嘘-攸(どころ)か、碌(ろく)な言い訳すら誥(つ)けないなんて、魔法使いっぽくない。

本来、嘘も 誤魔化しも 匿(かく)し事も、時と場合に因(よ)って使わなきゃいけない存在だろうに。

そう考えると、別の要因がある気がしてきた。


《 それとも、僕の 戒縛の仂(ちから)のせいか? 》


使わない様に 気を付けて訊いてるつもりなんだけど、何かのフレーズに戒縛の仂(ちから)が乘(の)った?

それとも、この段階でも 言外の威圧になってる、とか?

この仂(ちから)で 拘束した上、仮初めの妃を演じさせてるんだから 威圧力はある、か。

いや、寧(むし)ろ 影響力は甚大かも……。

まぁ、これについては、また今度 考えよう。

今は、問い詰めるのが 先だ。

「そんな事までして、どうして……… 」

彼女は 上位の魔法使いであると同時に、幼い魔法使いでもある。

強力な魔法を使い 他の魔法属を制圧してきたと云っても、彼女は たった13齢でしかない。

魔法使い達が 100齢-未満を『幼い』としてるのは、軀(からだ)の造りが進化(・・)する前だからだ。

魔法を使うと、魔力と同時に 消費するモノがある。

それは、体力であったり 精神力であったり 集中力であったりする、らしい。

僕は 実際に体験した事がないから、これは 師匠から聴いた譚(はなし)でしかない。

おまけに、僕が使える魔法は、乱発させる類いのモノでも 長時間-放出するモノでもないから、体感する日は こないだろうけど。

兎に角 魔法使いとして身体的-未熟なせいで、幼い魔法使い達は、長時間 魔法を使う事が出来ない、って教えられた。

30分も保(も)てば 上出来だろう、とも 聴いている。

そんな中で、アシュリーは 戦闘も繰り広げる異例の存在だ。

魔法使い達の『蜂蜜』でもある彼女は、老獪な魔人や魔女達を相手に 連戦を強いられる事もある……と云うか、ほぼ 連戦する事になる。

闘う事が出来る 稀少な幼い魔法使い(・・・・・・)であっても それが平気な訳じゃない、とも 師匠は言ってた。

だとすれば、あの日 熱を出したのは『魔法を使い佚(す)ぎたせい』だろう。

そう考えると、今更ながら ふつふつと恚(いか)りが込み上げてくる。


《 何で、君(きみ)が そんな辣(つら)い思いをしてまで、あんな  っ。》


〔海の妖精(エルフィ)〕の為に身を削って 他の魔法属と闘うなんて、してほしくない。

あんな我儘女の 身勝手な要求なんて、撥(は)ね除(の)けてほしい。

アシュリーが辣(つら)い思いをするなんて、間違っている。

君(きみ)は、小さい頃から苦労ばかりして 哀しい別れだってしてきたのに、自分の為でも 家族の為でもない事で 危険に曝されるなんて赦せない。


《 自分の身を護る為なら 未(ま)だしも、あんな! あんな、アシュリーを利用するだけの妖精(おんな)の為に、何で君(きみ)が! 》


アシュリーの立場を考えれば 考える程、僕の頭の中を、それだけが ぐるぐると回る。

自覚させられる。僕にとって アシュリーは、特別な女性(ひと)なんだと。

〔森の妖精(イリフィ)〕であるとか 僕にとっても『甘露』であるとか、そんな事は関係ない。

そんな仂(ちから)を持ち併(あわ)せてなくても、アシュリーを好きになった。

きっと、無関係に 大切な存在になってた。

何10万といる魔法使い達の中で 数100番と云う序列(ランク)に位置していようと、エスファニア王の従妹姫だろうと 関係ない。

絶対に、誰にも渡したくない女性(ひと)なんだ。


《 その君(きみ)が、どうして あんな我儘女の為に⁉︎ 》


声にはしないが、脳内であがる噭(さけ)びは この類いのモノばかりだった。

僕だって 判ってるんだ、また 冷静さを失ってきてる事は。

だけど、どうしても あの妖精(おんな)の理不尽を許容出来ない。

そんな僕の心境を知ってか 知らずか、蒼穹の如き瞳が 軽く瞬(またた)いた。

それから、ゆっくりと語り始めた。

「〔海の妖精(エルフィ)〕は、魔法属の間でも〔星の属性〕だと云われていますが、本当は〔陽の属性〕で」

いつもの様に 口許(くちもと)に小さな笑みを泛(う)かべて、いつもの様に 穏やかな声で、アシュリーが 談(はな)してる。

それは、まるで 冷静さを失っている僕を鎭(しず)める様な、落ち着いた 軟(やわ)らかい声だった。

「4人の妖精(ディナ・シー)の中で、唯一、對(つい)がいないのです」

この言葉に、僕の思考は 一旦-停止する。

軽い誤作動を起こした機械(カラクリ)が 直前の作業を強制的に休止させ、再び起動し始めた状態に似てる。

まさか、実際に 己(おの)れで これを体感する日がくるとは惟(おも)わなかった。

だけど、現実に 僕の心の中は、一瞬前の荒れ模様が嘘だったかの様に 凪いでた。

「いないと、何か違うの?」

我儘女への苛立ちも、今は消えてる。 と云うか『忘れて』る。

だから、普通に質問なんかしてられたんだ と、後から理解した。

つまり、この時の僕は 本当に『忘れて』たんだ。 ちょっと前まで、本気で怒ってた事さえ。

荒れた水面が 小さな石を投げ入れられただけで鎭(しず)まる、こんな事は 魔法でなければ爲(な)し得ない。

尤(もっと)も、アシュリーに魔法を使われたと云う感覚はなかったんだけど。

そのせいなのか、どうなのか。 僕は、この違和感に 後々まで気付く事はなかった。

僕の後方にいる シズやクランツも、同様の体験をしてるのか。

僕が 急に恚(いか)りを鎭(しず)めた事に 疑問を懐(いだ)きはしなかったらしい。

そんな男達一人一人へ ゆっくりと視線を向けてから、アシュリーは 再び語り始めた。

「わたしは、産まれた時から 對(つい)の2人がいて、彼女の感覚は 判りません。ですが……… 」

言葉を途切らせた 僕の お嫁さん(今は 仮のままだけど)は、緲(かす)かに息を附(つ)いてる。

ひょっとしたら、当人(アシュリー)も『理不尽だ』と惟(おも)ってるのかもしれない。

それでも 侑(たす)ける理由があるのかもしれない。

ぼんやりと そんな事を考えながら、続く言葉を待つ。

「〔闇の妖精(ティンフィ)〕や〔死の妖精(ロンフィ)〕の言葉を借りるなら『どの様な時でも 何処か充(み)たされない感覚と、まるで 世界から隔絶された様な 裏寂しさがある』の だ、とか」

最後の部分は、聴いた譚(はなし)であっても やはり理解は出来ない、と云ったニュアンスが感じられた。

「對(つい)って、そんなに………影響力の強い者なんですか?」

「そうらしい、です」

アシュリーは、シズからの質問に 小さく頷いて答えているが、そもそもが実体験していない 感覚の譚(はなし)だ。

どうにも 現実味の缼(か)ける返答になってしまう。

本人も それが判ってて 申し訳なさそうにしてるけど、こればっかりは アシュリーにだって どうしようもない。

僕達も その事は判ってるけど、それでも、この場では アシュリーに訊くしかないんだ。

「不安定な感じ、って事?」

僕の問いに、アシュリーは ゆっくりと頷いた。

「だから〔闇の妖精(ティンフィ)〕も〔死の妖精(ロンフィ)〕も〔海の妖精(エルフィ)〕を見放さないのだと惟(おも)います」

アシュリーが 魔法使いとして目醒めたのは、13年前の冬。

加えて、彼女は、産まれてからだって 20年も経ってないだろう。

つまり、アシュリーの對(つい)である 2人の妖精(ディナ・シー)も、20年くらい前までは 同じ『不倖(ふしあわ)せさ』を感じて生きてきた、って事だ。

況(ま)してや、魔法使いは 長寿だ。

古い者に至っては『いつから存在してるのか 誰も判らない』と云われる世界だ。

その悠久とも表せる時間を 充足感も幸福感もなく過ごすのは、苦行だったろう。

〔海の妖精(エルフィ)〕は 200齢だと云うなら、尠(すくな)くとも200年は 耐えてきたんだ。

そう考えると、妖精(ディナ・シー)達が見放さない理由も 判らなくはない。

「妖精(ディナ・シー)は、生まれる事が稀(まれ)な存在。彼女は、今 200齢-剰り………〔陽の属性〕である〔海の妖精(エルフィ)〕の寿命がある内に、對(つい)に巡り会える可能性は……… 」

アシュリーは、最後の一言を発しなかった。

〔森の妖精(イリフィ)〕の状況を考慮すれば、同じ〔陽の属性〕である〔海の妖精(エルフィ)〕も 標的にされる確率は高いんだろう。

そうだとすれば、自分の身を護る事すら出来ない(しない?) あの妖精(ディナ・シー)は、他の魔法使い達に逮(とら)われず 寿命を全う出来るかも怪しい。

憫(あわ)れに惟(おも)って 妖精(なかま)達で護ってやってる、と云う事だったのかもしれない。

相当 運が良くなければ、倖せだと感じる事なく 生涯が閇(と)じる……この確率のほうが 高いんだ。


《 それは、辣(つら)いな。》


これは、誰でも自棄(ヤケ)になる状況だ。 そう得心してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。