14__獅子王からの贈り物
4日目になります。
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
この王国へ来て、4日目の朝である。
早朝の エスファニアへの定期連絡を済ませ、ラノイ達との 朝食を済ませた彼女は、後宮へ戻って来た。
蒼い瞳を持つ 姚しい娘は、自室に と与えられている小宮殿から 更に北にある小宮殿のほうを見詰め、小さく溜息を咐く。
王宮とは、幾つもの宮殿が集まって形成されている。
表の庭の東には、軍部の施設や 警備・衛兵の機関が集約されている建物がある。
表の庭の西には、独身の官吏や 侍従・女官などの居住区となっている。
この2っの建物と 表の庭は、王宮を包む城壁の中にあって『王宮の外』に近い括りになっている。
勿論、南の正門の中になっているので 王宮の敷地の中ではあるし、市井の者達が 南の正門を通る事は出来ない。
そう云った意味では、確かに 王宮の中ではあるのだ。
しかし、南の正門から表の庭を北進むと 其処には壁が存在する。
高さにして、10メートル程の 堅牢な石垣だ。
その上に、主要な宮殿が建っている。
門はないが、石垣を登る大きな階段が 表の庭から伸びている。
毎朝、官吏や侍従・女官達は、此処を陟って登庁する形になっている。
王宮の外に居を構える官吏や大臣達も、例外ではない。
南の正門の北にある この階段を陟った先にあるのは、祭事用の広間を含め 外来客を迎える宮殿だ。
謁見の間から 遠方からの客をもてなす客室などは、この宮殿-外殿に集約されている。
その北に建つのが、執務・政務の機関が集約された宮殿-内殿だ。
この4っを纏めて、外宮と聘んでいる。
外宮の北に位置するのが、内宮と聘ばれるエリアだ。
内宮は、今-現在 ラノイとシズが暮らしている 王族の為の巨大な宮殿と、小さな宮殿の集まりになっている後宮の 2っを示す。
魔法使いのいる後宮は、王宮の 更に北に位置し、王の住まう巨大宮殿-正寝殿の北の区画にある。
つまり、南の正門から 最も遠い区画が、後宮である。
後宮には、王の妃となった娘達が入る為の 小体な宮殿が 幾つも建てられている。
広大な庭の中に 幾つもの小さな宮殿が建てられているイメージを持って頂ければ、概ね 間違ってはいない。
18棟ある 妃-専用の小宮殿と、その間にある幾つもの庭と 池を纏めて『後宮』と聘んでいるのだ。
魔法使いがいるのは、最も正寝殿に近い 小宮殿である。
つまり、魔法使いしかいない 今の後宮には、多くの妃が暮らしていた 幾つもの小宮殿は必要ない。
その為、殆どを閉鎖しているのだ。
奥の17棟の小宮殿は、掃除をする者もなく 無人の状態である。
魔法使いは、北西の方角を見て 僅かに首を傾げた。
《 出入りしている者達の事を お談ししておくべきかしら。》
後宮の閉鎖区域に、複数の者達が出入りしているのだ。
奥の小宮殿に出入りしている者の数は、多くはない。
魔法使いに見付かる事を懸念してか、彼女の小宮殿には近付かない。
その為 姿を見た事はないが、彼女は、人の気配で それを察知していた。
《 今の攸、害は ないのだけれど。》
昨日までは、見付かって咎められる事を避ける為に来なかったのか、偶然 手が空いてなかっただけなのかは 判らない。
だが、今日は 朝から 2〜3人が入り込んでいる。
もしも、王宮で働く女官達の 息抜きの場になっているのなら、そっとしておきたい。
しかし、時期が時期だけに 孰れ害となる者達かもしれない。
数10分-置きに、1人ずつ やって来ると云う念の入れ様も 少々 気にはなる。
《 様子を見て、出入りしている人達を 特定してから………。》
報告は、それからでも遅くはない。
そう決めて、魔法使いは この問題を先送りにした。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
後宮の自室で、魔法使いは 本を読んでいた。
彼女がいる 窓際の椅子の傍には 小さなテーブルがあり、その上には 何冊もの本が積まれている。
女官達に頼んで この国の歴史書を用意してもらい、朝から読み耽っているのだ。
「お妃様」
アイシアの声で、魔法使いは 本から顔を上げた。
「宰相-シズ様が お呼びになっておられます」
この言葉に、彼女は 外を見た。
晴天の今日は、陽の位置も良く判る。
「まだ……… 」
時刻は、11時になった攸だろう。
執務室での お茶の時間は済ませているし、昼には 早すぎる。
そう惟っての呟きだ。
「はい、少々 ご用だそうですよ」
何故か、アイシアは 嬉しそうな顔で邀う事を促している。
《 何があるのかしら。》
アイシアの考えを詠めば判るのだろうが、躇われた。
直感でしかないが、詠めば ダメージを受けそうな気がしたのだ。
「判りました、ご案内ください」
結局、直感を信じて 詠む事は自粛した。
「はい」
椅子から竚ち上がった魔法使いを、アイシアが先導して歩き出した。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
後宮から 案内されたのは、外宮にある 小さな応接室だった。
小さいと云っても、18畳もの広さがある。
その室内に、2人の青年がいた。
1人は、上座に竚つ 宰相-シズだ。
「アシュリー姫」
部屋の入口に現れた魔法使いに気付いて、シズが手招きをする。
彼の 3メートル下座には、床に膝立ちになり 礼を執っている青年がいる。
膝立ちをしている青年は、魔法使いが来たと知って 振り返った。
「!」
自分を見て喫驚している青年を 敢えて無視して、彼女は シズを直視する。
趾は、部屋の入口で停まっていた。
「お呼びだ と…… 」
何だか 入りたくない、と感じての行動だ。
しかし、当然だが、この場に留まる事は 適切ではない。
呼ばれて やって来たのだから、さっさと入室すべきである。
「ええ、こちらへ どうぞ」
やんわりと入室を促されて、魔法使いは 足取りも重く 応接室に入った。
その耳に、青年の声が届く。
「ああ………將に、女神………… 」
うっとりと見惚れたままでの賛辞に、後ろに附き従うアイシアが 勝ち誇った様な顔になる。
何故か 我が事の様に嬉しがる女官を余所に、魔法使いは 膝立ちの青年を見た。
紱っている装束は、ラッケンガルド王国で着用されているモノではない。
良く似ているが、次第に広がる袖の型といい 生地の染めの模様といい、東の国から来た者である事を表していた。
多民族国家-ヴェルツブリュン王国からやって来たと判る青年は、雍かな印象を与える 中々の美丈夫だった。
魔法使いは、普段は王宮にいる筈もない人物に 軽く会釈をするが、彼女が視ているのは 相手の容姿ではなかった。
《 この人……。》
何か 引っ掛かりを感じはしたものの、偵る事はせずに シズを見た。
「何事でしょう?」
ゆっくりと近付きながら問い掛けたが、返答を聴くまでもなく 呼ばれた理由が睛に映った。
シズの傍にあるテーブルの上に、それはあった。
「異国の商人に因り 搬ばれた、金銀宝珠の細工物です」
見ろと云わんばかりに高級な箱を示され、魔法使いは 仕方がなくテーブルに近付いた。
赤い天鵞絨の生地が敷き詰められた 高級な箱の中には、緻い細工が施された装飾品が収められていた。
「これは、ヴェルツブリュン王国で珍重されている宝玉と 細工ですね」
魔法使いは、箱の中身を 無表情で見詰める。
《 ヴェルツブリュンの 王族-御用達………女性用…………。》
ヴェルツブリュン王国には、過去に滞在した事があった。
文化や 歴史については、大まかに理解している。
何が珍重されてきたのかも、何を好む国なのかも、だ。
その経験で、この宝飾品が かの国の王家へ献上される最上級のモノであると見抜いてしまった。
《 何故、この様な 高価なモノを………。》
眼の前の 豪華な宝飾品から、視線だけを乖らす。
「流石ですね、アシュリー姫」
シズは、にこやかな声で こう続けた。
「こちらの品々は、今回 特別に取り寄せたんです」
どうやら 隣国-ヴェルツブリュン王国からの献上品ではなく、態々 取り寄せたモノらしい。
そして、これを見せる為に 呼ばれたのだ。最早 厭な予感しかしない。
「噂に忒わぬ……いえ、噂-以上に………… 」
少し離れた場所から 異国の青年の声が聴こえた。
呟く程の声であったが、魔法使いには 聴こえてしまった。
これについては、軽く無視をする事にした。
今 重要なのは、この高価な宝飾品の行方についてだ。
《 聴きたくは ない、の だけれど。》
綺麗ですね、遥々 取り寄せたのですね、そうですか、では わたしは これで! –––––––で 解放してはくれないだろう。
万が一の時は返品可能なのかなどと考えていると、商人だと云う異国の青年が 改めて口を敞いた。
「様々な場所に赴いて参りましたが、これ程 お姚しい方を、見た事がございません」
感動を込めた声が、感涙に潤む睛が、最上級の賛辞が、魔法使いへ向けられた。
「お睛にかかれて 嬉しゅうございます。お妃様に お会い出来ましただけで、綜てが報われる思いです」
更に深く 礼を執った商人に、彼女は 緲かに眉を寄せた。
蒼い瞳には、商人の容姿や 仕草-以上のモノが見えていた。
《 何処となく、胡散臭い。》
善良な笑顔の奥に、ちらちら と『何か』が視え匿れする。
悪い人物とは、得てして こう云った『匿し事』をしているモノだろう。
そんな事を、ぼんやりと惟う。
拙いとは云え〈魔法使いの眼〉を使っても視る事の出来ない『思考』を 推察していると、シズから 決定的な言葉を掛けられた。
「こちらは、陛下からの贈り物ですよ」
最も聴きたくなかった言葉に、魔法使いは 表情を変えた。
「これを、ラノイ様が わたしに……?」
驚いていたのは、事実だ。
魔法使いである自分に 何かを渡そうとする、その『意味』を ラノイは知っている筈だ。
ならば、これを受け取る事は 危険である。
拒絶するべき 高価な品だ。
頬が引き攣りそうになった。
《 代価は、一体 どれ程の………。》
基本的に、魔法使いに 無償の贈り物は存在しない。
何かを贈られる時は、その場で何も言われなくとも 代価が必要になる事を覚悟しなければならない。
使えと言われて渡された魔法薬の代価を 数年後に要求される事もある。
寧ろ、それが常識となった世界だ。
ラノイは、魔法使いに准ずる能力と 魔力を具えている。
そして、何撰りも、魔法使いについて 審らかな知識を持っている。
だからこそ、勘繰ってしまうのだ。
「 –––––––––––––––これを、わたし に……… 」
一体 どんな裡があるのか、と勘繰る余り 声が小さくなっていた。
「はい」
室内にいる2人の青年は、魔法使いの困惑には 気付かなかった様だ。
「どうぞ ご覧ください」
手に把り 身に着けて良い、と云う意味を含んだ言葉だと判っていても、手を伸ばす事が出来なかった。
箱を瞰したまま 硬直してると、背後から 声がした。
「アシュリー」
真後ろでの声に喫驚してはいたが、表面には出さず 振り皈る。
いや、振り皈ろう とした。
「っ ラ ノイ様」
首を巡らせるよりも早く 後ろから抱き竦められていた。
《 っ〜〜〜〜っ、ゃああぁ⁉︎ 》
怺えようとしたが、耐え切れずに 悲鳴をあげる……心の中で。
全身の硬直から この事を察していても、ラノイの態度は変わらない。
「どうだ? 気に入ってくれたか?」
「は、はい」
肩越しに顔を覗き込まれての問いに、小さく頷いた。
この国の若き王が 寵愛する唯一の妃である以上、それ以外の返答はない。
「無論、そのままでも姚しいが、時には 美しい装いで 私の睛を愉しませてくれ」
色気-だだ漏れのラノイに 耳許で囁かれれば、腰から砕けそうになる。
勿論、魔法使い以外ならば、である。
《 この お役目、本当に辣い。》
この王宮へ来てから、何度 そう惟ったか知れない。
逃げ出したくなる気持ちを扼えて、愨しく震えているしかなかった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
後宮へ戻り 独りになって、漸く 重い息を咐いた。
彼女の眼の前には、先程の高級な箱がある。
自室へ持ち帰って来てしまった 高価な宝飾品の扱いに、困惑していた。
あの後、応接室での遣り取りを思い出し 浅く項垂れる。
異国から来た商人が退室した後も、
魔法使いは 悩んでいた。
《 …………受け取らなくては、駄目なのかしら。》
勿論、彼女が見詰める先にあるのは
ラノイからの贈り物だ。
「これは、妃でいる間だけの レンタル品になりますので」
人払いが済んだ途端、シズが 事務的に言った。
これに、魔法使いは 心から ほっとした。
《 良かった。》
本当に贈られたら どう拒絶しようかと
思案していただけに、救いの一言だった。
しかし、ラノイは 違っていたらしい。
「ごめんね、アシュリー」
「はい?」
「この国、結構 財政が厳しくて………これも、
プレゼントしてあげたかったんだけど」
甲斐性なしで申し訳ない、と言いた気に ラノイが呟いた。
どうやら、彼は 本気でプレゼントしたかったらしい。
「お気になさらないでください。
国民の血税で成り立つ贅沢など、
わたしは 希みません」
「アシュリー」
「どうか、国費の足しに。そして この国の
方達の為に、大切に お使いください」
「 ––––––––––––うん」
嬉しそうに、ラノイが頷いた。
「でも、此処にいる間は 気兼ねなく使ってね?
アシュリーに似合うと惟って択んだんだから」
「 …………はぃ」
笑顔満面のラノイに言われては そう返答するしかなく、断れずに 部屋へ持ち帰るしかなかった。
そんな訳で、今に至る。
《 気兼ねなく使え、と 言われても。》
美しい布の敷き詰められた 高級ケースの中に、煌びやかな装飾品が陳んでいる。
豪奢な首飾りと 髪留め・額飾りに 揃いのピアス、煌びやかな バングルや アームレット・アンクレットの数々。
総額 幾らになるのか、想像したくもない 高価な品々だった。
それ等を じっと見詰めて、溜息を零す。
決して 感嘆の息ではない、重い溜息だ。
《 高価な物など、きっと 似合わない。》
自分の容姿を どう惟っているのか、魔法使いは 本気で そう考えていた。
旁から見れば 誰よりも似付かわしい宝飾品であるのに、本人は そう惟っていないのだ。
着飾る暇もなく、着飾っていられる環境になかった事もあるのだろうが、理由は それだけではなかった。
《 母さまが 王族でいる事を拒んだ様に、わたしも 煌びやかな暮らしなど……。》
欲しくはないし、自分には 似付かわしくない、と 彼女は惟っている。
基本的に、生活の殆どが 魔法使いとの攻防であったが故の鈍感さである。
血筋は 兎も角、生まれは 深い森の中だ。
育つ過程で あちらこちらの王侯貴族と関わってきたが、それも『魔法使いとして』だ。
着飾らされた事はあったが、幼い頃の暮らしとは掛け離れたモノ達に 戸惑いしか懐かなかった。
着飾っていては、魔人や魔女と闘えない。
譬え 安全な結界の中にいる時であったとしても、いつでも 万が一の事態に備えておくべきだ。
魔法使いは、常日頃から そう考えていた。
《 これは、特別な時に。》
贈られた装飾品を棚に残し、視線を乖らす。
ラノイには悪いが、身に付けている自分など 想像出来なかった。
《 この後宮は、質素で 過ごし易いけれど。》
ラッケンガルド王の後宮は、そもそもは 煌びやかな場所だ。
曾ての王の頃は、何10人もの 姚しい妃達がいて、其々が 競う様に咲き乱れていた場所だ。
建物も 施設も、調度品も 庭も、綜てが瀟洒で 高級なモノだ。
しかし、今は たった1人の妃が独占し、女官の数も 最低限である。
《 エスファニア城よりは、居心地がいいけれど。》
絢爛豪華な住居も 高級な衣服も、華美な宝飾品も 豪勢な食事も、魔法使いは 希まない。
同様に、ラノイも 華美な暮らしは憙まない。
そのせいか、今の王宮には 新しい調度品はなく、綜てに於いて 節約の限りが尽くされている。
政務室の傍に造られた休憩室の家具も、使用しなくなり 奥に仕舞い込まれていたモノを出してきたに佚ぎない。
それでも、そもそもが 贅を尽くした家具であり、眠らせておくのは 勿体無い調度品ばかりでもある。
《 陛下も、ラノイ様くらいの倹約を………。》
してくれれば と希んでいるが、しないだろう とも惟っている。
彼女の故郷-エスファニア王国は、高原国家だ。
広い国内の10パーセントが 山岳に、30パーセント弱が 森林に、10パーセント未満が 河川湖水になっている。
国土の30パーセントを占める草原があり、残りの20数パーセントが 農地と市町村で成り立っている。
数字で見ると 緑-豊かな国家だが、標高で云うと 500〜1200メートルの台地の上に市町村が築かれている。
山脈の標高は 3000〜5000メートルに至り、昼夜・夏冬の寒暖差が大きく 厳しい環境になる……筈だが、エスファニア王国は 異なっている。
エスファニアと云う国は、国家として形が定まる以前に この地を支配していた魔女が 様々な『施し』を与えていた。
固い大地を解し 豊穣の恵みを齎す〔鎮守の森〕を、枯れた大地を潤し 土地を浄化する〔浄蓮の水〕を、其々 創っていた。
長い年月を経て、それ等の効果に因って 荒涼とした高地は 草原に変わってゆく。
そもそも 高原に住んでいた者達は、作物の収穫量が増えるに攣れ 数を増やし、軈て 国家となる。
その地に、18年前、魔法使いが産まれた。
生来 生命を育む能力を具え、産まれた地を 豊かにしてゆく。
これは、幼子の魔法使いには 無自覚の恵みだったが、確かに エスファニア王国の一部が この恵みを享受してきた。
そして、13年前、彼女が 妖精として覚醒した時から エスファニア王国-全土は〔森の妖精〕の恵みに包まれている。
気候は安定し、豊穣な土壌は 更に豊かな恵みを齎し、凡ゆる災害が起こらず 国内の動乱もない。
眼に見えて豊かになってゆくのだから、誰も 財を惜しまない。
国王-フェイトゥーダに至っては、そう云ったモノに頓着しない。
これは『好んで贅沢をしている』のではなく、そもそも『贅沢だと惟っていない』のだ。
絢爛豪華な城も それに見合う豪奢な調度品も 贅の限りを凝らした祭りも、何等 特別な事だと惟っていないのだ。
倹約など する筈がない。
その概念-そのモノがない。
《 せめて、わたしの身の周りだけでも、もう少し………。》
エスファニア王国で 12〜13歳の少女の姿をしているせいか、フェイトゥーダは 彼女の衣服をオーダーメイドで用意しようとした。
魔法使いが それを遠慮すると、今度は 数10年前の『お古』を持ち出させた。
何10着と出してきた衣服を見て、魔法使いは 頬を引き攣らせた。
《 撰りに因って、伯母さまや 母さまの『お古』だなんて………。》
先代の王妃や 彼女の亡き母の 子供の頃のドレスを持ち出し、今風のアレンジと サイズ調節の為のリフォームをしたのだ。
大国の王女だった 2人の衣服だ。
普段着と雖も、豪華で 高価なドレスになっている。
魔法使いが『メイド服で良い』と言っても、これを聆き入れる者はない。
城に迎えられる前から『国王の恩人』だった彼女は、故・執政官の身内と云う触れ込みの為 下へは置かない扱いを受ける事になる。
魔法使いにとっては、苦行に近かった。
侍女も 何人か付けられ、5階建ての塔を 丸々 居室に与えられての歓待だ。
萎縮するな、と云うほうに無理がある。
《 でも、拒めないと云う意味では………此処も。》
大差はないのかもしれない、と惟う。
仮初めとは云え 対内的に『唯一の妃』である彼女は、ラノイの腕を拒めない。
役目だと言われ セクハラに耐えねばならず、厭がらせに近い 高みの見物。
ラノイと シズに付き合っているだけで、かなりの苦労だ。
《 帰りたい。》
切実に そう惟う反面、この後に エスファニア城にいるのも 拮い、と考えてしまう。
何処か 静かで心穏やかに過ごせる場所へ逃げたい、と願ってしまう。
勿論、可能か 不可能かで問われれば『可能』だが、出来るか 出来ないかで問われれば『出来ない』行為だ。
この状況で ラノイ達を放り出していける程、魔法使いは非情に出来ていないのだ。
《 本当に………辣い。》
読みかけの歴史書を手に把る気にもなれず、魔法使いは 深い溜息を零すばかりだった。




