12__森の妖精と 海の妖精 1
2日目の続き が続きます。
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
最も王宮に近い 後宮の入口に、仮初めの妃-リーゼロッテの居室はある。
此処は、曾て 最も地位の低い側妃の為に建てられた棟だ。
後宮の最奥にある 正妃の為に建てられた棟に較べると 随分 小さいが、此処も 豪奢で立派な建物だ。
後宮の 他の側妃の棟に較べても やや小振りである、と云うだけだ。
昔のリーゼロッテならば、此処での生活は 居心地が悪かっただろう。
しかし、エスファニア城で 大層な扱いを受けてきた彼女にとっては、この部屋も 落ち着ける部類に入っていた。
そんな部屋で 独りになると、まずは 居室-全体に結界を張った。
〈不可視障壁〉でも〈不可侵障壁〉でもない、結界だ。
而も〈位相空間〉と云う 特殊な結界だ。
つまり、今-現在 リーゼロッテがいる居室は 現実の居室とは異なった次元に存在する。
現実空間から 完全に切り離した別空間であり、この中で魔法を放ち この居室が壊滅的な状況になったとしても、現実には 何の影響もない。
結界を解けば、切り取られた亜空間に及ぼされた破損の綜ては『なかった事』にする事が可能だ。
同時に、切り取られた〈位相空間〉の外に人が来ても 問題はない。
其処には切り取られる前の 通常空間が存在し、いつもと変わらない居室がある。
誰かが入って来ても、何の問題もない。
啻〈位相空間〉と云う特殊な結界に因って切り取られた空間にいるリーゼロッテを認識する事は出来ない。
これは 一般人だけでなく、魔法使いであっても 感知・干渉する事が出来ない。
〈位相空間〉の中から 外へも、外から 結界の中へも、一切の影響を及ぼさない。
完全結界とも云える。
そんな結界を構築したリーゼロッテは、部屋の中央に 竚った。
1っ、大きく息を咐く。
それから、左腕を振った。
扇子でも持っているなら 大きく扇いでいる様な仕草だ。
左から 右へ、そして 再び左へ、ゆったりを腕を振る。
その途端、周囲が変化した。
家具も床も 窓から見えていた景色も、何もかもが 一変した。
柱と壁で区切られた室内の様相は消え失せ、其処に拡がったのは 荒野だった。
その中に、1人の女性がいる。
【 侑けて!】
荒涼とした景色の中に竚っている女は、こちらへ背を向けている。
彼女の向うにも 荒れ果てた土地が拡がっているが、其処には 敵意を剥き出しにしている生物がいた。
【 侑けてっ、お願い‼︎ 】
叫んでいる女は、自身の周囲に水の膜を張っていた。
障壁のつもりなのだろうが、押し寄せる生物の放つ敵意の前に それは余りにも脆弱だった。
「 ––––––––––––頑張ってください」
侑ける気はないらしく、リーゼロッテは 気のない返事をしている。
【 出来たら 頼んでないわよっ。】
怒号の様な一言は、獣の咆哮に掻き消された。
岩盤が剥き出しになった大地にいる彼女の周囲には、数頭の生物がいる。
異常に前足の短い、硬い鱗で身を包んだ 蜥蜴の様な生物だ。
4本足で歩く姿勢でありながら 2本足で歩き廻り、長い首と 長い尾をしている。
所謂、獣脚類と分類される 恐竜の一種だ。
大きさは 個体差があるものの、此処にいるのは 大凡 2〜3メートルくらいだろう。
バランスの悪い躰と バランスの悪い姿勢でありながら、それを支える 後ろ脚の筋力がある。
異様な生物だった。
尤も、太古の大地には こんな生物が闊歩していたらしい。
それが 今も存在する場所は、一箇所しか リーゼロッテは知らない。
《 何故 こんな場所に………?》
恐竜の一種が闊歩する以外、何の生命も存在しない 砂岩の大地。
通称 -〔忘却の郷〕。
此処は、曾ては 或る魔女の支配区域だった場所だ。
そして、その魔女は 渺か昔に 縡切れている。
魔法使いの分布図としては、準-空白地帯に値する土地である。
其処に、支配している魔法使いは いない。
いるのは、曾て 支配区域の守護者として放たれた 数多の恐竜達だけだ。
つまりは、彼女が此処にいる理由が判らないのだ。
《 近くに………?》
〔海の妖精〕と懇意にしている魔人でもいたか、と 頭の中で地図を拡げる。
そもそも〔忘却の郷〕は、海にも隣接しておらず 大きな川もない。
周辺に 魔人達の支配区域はあるが、近いと云っても 何10キロも離れている。
翔ぶ術のない〔海の妖精〕が 単独で移動するには、余りにも長距離だ。
元々、彼女は 攻撃力も防御力も高くない。
水辺にいる時は別として、大した能力を持ち合わせない妖精なのだ。
それだけに〔海の妖精〕が 内陸へ入り込む理由が惟い付かなかった。
【 ちょ っ、何やってんの⁈ 護ってよ!】
数匹の恐竜の波状攻撃に対し、水の壁を創って 防御と成しているが、防戦一方だ。
苦戦にも程がある状態である。
追い詰められている〔海の妖精〕を前に、考え込んでいるのだ。
彼女が怒鳴るのも 無理はない。
しかし、此処で 1っ意見の相違がある。
「こうして 交信する暇はあるのですから、何とか出来るでしょう。何か遭る度 人に頼るのは、良くありませんよ?」
全く参戦する素掉りがない事に、長い茶髪に蔽われた肩が 恚りに震えた。
【 んな 悠長な事 言ってる場合じゃないっての! 判ってるクセに何よっ。厭がらせ⁈ あたしを困らせて面白がってんの⁈ いい度胸じゃないのよ! あたしが捕まったら、困るの あんたなんだからねっ‼︎ 】
侑けろ と催促する同胞へ、リーゼロッテは うんざりとした睛を向けた。
「本当に そう惟いますか?」
酷く冷静な声だった。
これに〔海の妖精〕の軀が微硬直する。
〔海の妖精〕が捕まって困るのは〔森の妖精〕であるのか、と問われれば 答えは『否』だ。
しかし、何の不都合もないのかと訊かれれば、それも また『否』である。
だが、リーゼロッテは そんな様子を噫にも出さない。
【〔森の妖精〕ってば!】
怒号を無視して、リーゼロッテは 周囲を見回した。
彼女-特有の魔法を駆使し、今 睛に映っている景色の渺か向うへ 視点を移す。
大きな岩が あちらこちらに転がっている荒野の奥から、黒い波が 津波の様に押し寄せて来る。
俯瞰の視点を地上に近付けると、黒い波は 小さな点の集合だと判る。
尚も 視界を下げれば、それが 獣脚類の恐竜の群れだと判る。
《 5〜7メートル級………而も、三方から。》
白灰色の荒涼とした岩盤の丘を埋め尽くす程に 敵がいる。
今-現在〔海の妖精〕が抗っている恐竜は ほんの一部で、本隊から先行してやって来たに佚ぎないのだ。
眼の前にいる数匹を倒しても、まだまだ 敵対生物と闘わなければならない事実を示している。
そして それは、手援けを躇うに 充分な数だった。
【 何よっ、侑けてくれても いいじゃない! 困ってんのよ⁈ 判ってるでしょっ? 何とかしてよ! 何でもするからーーーっ!】
本当に切迫しているのだろう。
〔海の妖精〕は、取引条件を提示してきた。
魔法使い-同士では、何かに付け『代価』が発生する。
今回は『侑けろ』と云う依頼であり、そうである限り〔海の妖精〕は 正当な報酬を用意する必要がある。
この場合『何でもする』は、破格の条件だ。
しかし、リーゼロッテの表情は 変わらない。
「いいえ、結構です」
【 なっ⁉︎ 】
ばっさりと切り捨てる様に断られ、余程 ショックだったのだろう。
〔海の妖精〕の張っていた水の障壁は、獣脚類の恐竜の攻撃とは関係なく 綜て弾け飛んでいた。
惶てて張り直し 事無きを得ているが、動揺は深い様だ。
【 ちょっ 酷くない⁈ 友達でしょ⁉︎ 侑けるのが 当然でしょ⁈ 今までだって 侑けてくれたじゃない! 侑けてよっ、もう 疲れたってばーーーっ‼︎ 】
泣き出しそうな声で〔海の妖精〕が叫んだ。
20代半ばに見える茶髪の美女の懇願にも、リーゼロッテの態度は 変わらない。
現状を把握しながら、この状況に至るまでの経緯を推測しているだけで、何のアクションも起こしていない。
「救援を ご希望でしたら〔死の妖精〕に連絡をしてください」
仲間を頼るのなら 何も自分でなくとも良い筈だ、と暗に示す声だ。
【 やぁよォ! あいつ、怒るもん!】
自分勝手に惟える主張に、リーゼロッテは 緲かに息を咐いた。
「では、いつも通り〔戦慄の魔人〕を……… 」
【 あの『冷血・鉄面皮・ぶッきら棒』なんか冗談じゃないわよ‼︎ 】
吐き捨てる様に返された言葉に、初めて 彼女の表情が変わった。
「 –––––––––––––––怒りますよ?」
蒼い瞳が酷薄に細められたのを見て、明るい茶色の髪をした美女は びくりと軀を強張らせた。
それでも、どうしても〔戦慄の魔人〕と顔を併せるのは 厭なのだろう。
【 やなモンは やぁよーー!】
談し掛けても 碌な返事も返さない、仏頂面ばかりで 何を考えているか判らない、やる事なす事 駄目だと言われる、と〔海の妖精〕は 次々と〔戦慄の魔人〕の苦情を言い続ける。
文句を言う度に リーゼロッテの表情が冷徹になってゆく事が 経験から判っていても、口を拑む気はないらしい。
【 お願いっ〔森の妖精〕】
其処にいるのだから 今すぐに侑けろ、と 恒例の科白で締め括る。
〔海の妖精〕は、困った時に 他の誰でもなく リーゼロッテを頼る……これは、いつもの事だ。
半年前、エスファニア王国とサマリア王国との関係が 戦争を視野に入れた状態にあった時にも、この妖精は リーゼロッテに侑けを求めてきた。
何かが遭ると、すぐに〔森の妖精〕を頼る。
これは、魔法使い達の間でも 有名な譚だ。
諦めにも似た気持ちであったのか、リーゼロッテは 大きな溜息を咐いた。
「 ––––––––––––代価は?」
【 あたしに出来る事なら 何でも!】
「判りました、その条件で 手を打ちましょう」
〔海の妖精〕が条件を取り下げる前に 契約を締結すると、即座に 行動に移った。
「何処にいるのです?」
【 今〔忘却の郷〕の北の端‼︎ ねえっ、あと 何秒⁈ 】
「判りました。10秒、耐えてください」
答えるが早いか、リーゼロッテは 呪文の詠唱に入っていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔海の妖精〕___
7秒後、其処にいた数匹の恐竜は 中空からの光線を浴びて消滅した。
高密度に収束された光りは 恐竜達の頭上から降り注ぎ、一瞬で 恐竜達を蒸発させた。
大地の上に、恐竜の影が残ったかの様な 黒い焼跡だけが遺された。
旁らにいた〔海の妖精〕には 何の影響もない、精度の高い攻撃だった。
「うあーーーー、死ぬかと惟ったーーあ」
襲い掛かっていた 数匹の恐竜が消滅した事で、安堵したのだろうか。
〔海の妖精〕は、深い溜息を零した。
それから、自身の周囲に 睛を向ける。
「さっすがよねーーえ」
そう言って向けた視線の先には、銀色の光りの集合体が竚っていた。
小さな光りの粒が 寄り集まって、人の形になったモノだ。
銀一色だったが、背の高い細身の女性である事や 紱っている衣服の形や、彼女が泛かべる 冷ややかな表情まで良く判る、精巧な立体像の様だった。
尤も、向けられた洌い眼線など〔海の妖精〕が気に留めるモノではない。
こう云った視線など、彼女は 慣れ切っているのだ。
因って、この時も 極-自然に感想を呟いていた。
「ほんと、勍いんだから、あんたって」
〔海の妖精〕が見回した場所には、もう 恐竜の姿はない。
乾燥し 踏み固められた大地には、幾つかの 歪な黒い模様があるだけだ。
リーゼロッテは、遠く離れた地から魔法を放ったのではなく、標的の直上で 魔法を展開させた。
詠唱は、光りの照射位置を固定させる為のモノで、発動-自体には 詠唱を必要としない。
この世の綜ての光りを司る存在である リーゼロッテは、光りを操る事に於いて 呪文を唱える必要などないのだ。
降り注ぐ自然光を利用した、魔力の消耗の尠い魔法だ。
同じ 光りを司る妖精でも、全く同じ方法で これが出来る者はない。
生命と 光りを司る〔森の妖精〕だからこそ、可能な倆だ。
「13齢のクセに ちょっと異常よォ」
〔海の妖精〕が、惘れた様に呟いた。
これを完全に無視して、リーゼロッテが 口を敞いた。
【 何が遭ったのです?】
この問いに、茶髪の美女は 肩を強張らせた。
「えっ、えーーとォ……… 」
外見の年齢は 20代半ばくらいの〔海の妖精〕は、渺か歳下からの質問に 言葉を濁した。
どうやら、訊かれたくはなかった質問らしい。
【 つい先程『出来る事は 何でも』と、言いましたよね?】
透さず指摘されても、言い惑っている。
その様子を見て、リーゼロッテの蒼い瞳が 酷薄に細められた。
【 …………そうですか。】
冷淡な声だった。
エスファニア王国や ラッケンガルド王国の者達には 決して向けない、無情さを含んだ声だ。
短い言葉を聴いただけで 見放されそうだと悟ったにも関わらず〔海の妖精〕は 説明を躇った。
瞬時に、相手の躊躇を詠み取ったのだろう。
半実体で〔海の妖精〕の傍に顕現したリーゼロッテは、左を指差した。
【 お答えくださらないのなら、其処から先は ご自分で どうぞ。】
やる気のない声が そう言い、銀色の手が 2人の左を示した。
その方角には 地平線が拡がり、其処に 黒い線があった。
随分 遠いらしく、今は 細い線にしか見えないが、それが 恐竜の群れである事は 感覚的に判った様だ。
「っ––––––– 」
まだ 数キロは離れているが、じきに 地響きが届く範囲に押し寄せてくるだろう。
数匹でも 防御に手古摺ったのだ。
〔海の妖精〕では、身を護る事も 逃げる事も出来ない。
【 では ご武運を。】
この事は、リーゼロッテにも判っている。
しかし、質問にすら答えない者を 敢えて護る義務もない。
先程の契約は『〔海の妖精〕の周囲にいた恐竜を仆す』事で、達成されている。
この先は、何が遭っても リーゼロッテの責任ではない。
「わーーーーっ、待って待って待って!」
今 見放されたら、彼女には 逃げ帰る事すら不可能なのだ。
折れるしかなかった。
【 では、簡潔に お答えください。】
恐竜達の本隊が押し寄せるまでに答えなければ 簡単に見放される、とでも惟ったのか。
〔海の妖精〕は、こくこくと頷いた。
【 何故〔忘却の郷〕に いたのです?】
「い、移動の……途中、で?」
口篭ってはいるが、彼女は そう返した。
【 ………まさか〔追沈の塋〕へ? ですか? 貴女が、たった独りで?】
〔海の妖精〕が邀っていると示唆した〔追沈の塋〕とは、此処から 北へ20キロ進んだ先にある。
其処は 或る魔人の支配区域で、彼は〔海の妖精〕が懇意にしている魔人でもある。
いたのならば 北だろうと見当を付けていただけに、リーゼロッテは相手の言葉を信じていない。
そもそも 此処は内陸に位置し、普段〔海の妖精〕がいる海域とは200キロ近く離れている。
こんな場所に 大して勍くもない彼女が単独でいるなど、不自然でしかないのだ。
「う、うん」
返ってきた肯定に、リーゼロッテは 追い込みを掛ける。
【 其処へ、迎えもなく? ですか?〔幽寂の魔人〕に、何の連絡もせずに? 】
〔追沈の塋〕にいる魔人の称は〔幽寂の魔人〕。
長い黒髪に 緑色の睛をした魔人だ。
彼は、滅多に魔法工房から出ない。
しかし、例外はある。
【〔幽寂の魔人〕なら、貴女の送り迎えの手間を惜しみはしないでしょうに。】
〔海の妖精〕を自分の支配区域へ招く為となれば、かの魔人ならば 必ず海まで出迎える。
彼女の送り迎えは 必須条件でもあり、これを理解しない魔法使いの許へは〔海の妖精〕が往こうとしない。
それだけに、当然の質問である。
だが、同時に この問いは不毛な行為でもあった。
「う、あ、いや……… 」
〔海の妖精〕が口篭る理由を、リーゼロッテは 推察していたのだ。
【 ご自分の属性を 判っておられますか? 海から離れていては、逃げ廻る事さえ出来ないのですよ? ………捕まりたいのですか? 】
〔海の妖精〕が、先方に連絡もなく 躬ら赴く事など有り得ない。
自衛の仂がないだけに、その辺りの手配は きちんとする。
自覚がある分、手抜かりなど ある筈がない。
「いや、だから………大丈夫かなーーって 惟って、ちょろ っと………えーーと、散歩がてら?」
しどろもどろで答えている〔海の妖精〕の睛は 宙を游いでいた。
今度は〔追沈の塋〕にいて 誤って支配区域から出てしまったのだ、と言いたげな科白である。
綜てが 嘘ではないだろうが、まだ 本当の事を談して叱られる覚悟が付かないらしい。
勿論、信じてもらえない事も承知の上の科白でもある。
バレると判っているから〔海の妖精〕は 挙動不審になっているのだ。
そして、その通り、リーゼロッテは 真相を見抜いていた。
【〔海の妖精〕】
リーゼロッテは、適当に 茶番に付き合いながら、冷ややかな声で呼び掛ける。
直接 咎めたり、嘘を指摘したりはしない リーゼロッテだが、怒っていない訳ではない。
その証拠に、魔法で 擬似的に投影された立体像の様な半実体から 冷気の様なモノが放たれているのだ。
実体は 遠く離れていると云うのに、恐るべき威圧感だった。
そんな 幼い魔法使いの炯眼から遁れる様に〔海の妖精〕は 顔を乖向けた。
「いっ––––––––––––っ、いいじゃない、もうっ」
誤魔化そうとするのも辣くなってきたのか、彼女は 決まり悪そうに そう叫んだ。
【〔海の妖精〕】
尚も、冷淡無情な声を掛けられて、茶髪の美女は ぷくっと頬を膨らませた。
「聴きたくなーーい、お説教きらーーーい」
急に、開き直ったかの様な態度になった。
最早、自棄だろう。
【 …………。】
「何で、いっつも怒られなきゃ いけないのォ?」
理由が判らない と喚く〔海の妖精〕に対しても、リーゼロッテは 態度を変えない。
追い詰められた〔海の妖精〕の逆ギレなど、珍しくもないのだ。
【 貴女が 無茶ばかりした上に、いつも わたしを頼るからです。】
「いいじゃなーーい、あんた 勍いんだからーーーァ」
勍いのだから 護るくらい出来る筈だ、これまでも可能だったのだから 今更だろう。
そんな口掉りだった。
【 暇ではないのです。今回は、手は貸せませんよ。】
「何で⁉︎〔緑の丘〕なら、もう 平気でしょ⁈ 」
指摘の通り〔緑の丘〕= エスファニア王国は、平穏平和な日々を送っている。
国の内外には、動乱の陰もない。
「あの時だって、ゴタゴタしてても侑けてくれたんだから、今回だって いいじゃない!」
前回〔海の妖精〕は、自身のせいで 眞名を奪られた。
魔法使いにとって、眞名= 本名は 大切なモノだ。
眞名は、肉体と魂を繋ぐ 楔の1っ。
眞名を聘ばれて 命じられれば、忤えない。
格下の相手であっても、抵抗出来なくなる程だ。
心とは裏腹に 行動の制限・強要をされると云う点では、戒縛の仂に近い。
つまり、眞名も知らずに同等の結果を齎す ラノイは、デタラメな能力を具えていると云う事でもある。
《〔海の妖精〕の事を 迂闊だと云えない立場に………。》
ラノイの能力に気付かず、うっかりと王宮に近付いて捕獲されていては 世話がない。
ちらりと そんな事を考えつつ、そんな素掉りも見せずに〔海の妖精〕を見詰める。
「恵みの歌だって唄ったし、もう大丈夫なんでしょっ? どうして侑けてくんないの⁉︎ 」
確かに エスファニア王国の危難は去った。
【 今は、別の処にいます。忙しいです。】
だが、ラッケンガルドにいる限り〔海の妖精〕の様に 警戒心の薄い妖精を護るのは 苦労が多い。
はっきり云って 難儀である。
「何とかして!」
2時間余りの外出を躇う程だと云うのに、手の縣る同胞の世話など している暇はない。
【〔幽寂の魔人〕に迎えに来てもらえば いいでしょう? 彼の許にいたのなら、構わないではありませんか。】
〔海の妖精〕が賛同しない事が判っていて、リーゼロッテは そう切り出した。
「っ〜〜〜〜も、もう 判ってんでしょ⁈ 」
またも 自棄になった様子で〔海の妖精〕は ヒステリックに叫んだ。
【 喧嘩ですか?】
この問いに、茶髪の美女は 下唇を噛み締めた。
「 ………… 」
〔海の妖精〕は 押し黙って、それでも『あいつが悪いんだ』と 睛で訴えている。
事も次第も知らないが、どちらが悪いか と云われれば、圧倒的に〔海の妖精〕が悪い筈だ。
尤も、喧嘩の理由も その顛末も、リーゼロッテの興味の外だ。
しかし、こう云った状況で巻き込まれるのは 頂けない。
【 何て 考えなしな事を………。】
全く興味はなくとも、喧嘩の理由には 大凡 見当が付く。
どうせ くだらない発端で 勝手に怒り出し、勝手に飛び出して来たのだろう。
恚りに任せて移動し、この支配区域の守護者である恐竜に遭遇して 初めて自身の危難に気付いたのだろう。
惶てて 戻ろうとしたが、数匹の恐竜に囲まれ 防御するも敵わず、リーゼロッテに侑けを求めてきたのだろう。
「いいから 迎えに来てっ、早く!」
恐怖を滲ませた睛が見据えるのは、南の地平線だ。
遠くに見えていた黒い線が 低い壁に見えるくらいに近付いて来ている。
心做しか、趾の裏に 振動が伝わってきている気もする。
「こんな処 いたくないの! お願いっ」
〔海の妖精〕は、半狂乱めいた声で懇願する。
しかし、リーゼロッテの返答は変わらなかった。
【 無理です。】
「意地悪 言わないでよっ」
繰り返すが、彼女は 妖精の中でも最弱だ。
水を司っている為 水辺では強力な魔法も使えるが、水から遠く離れると 恐竜-数匹に手古摺る為体だ。
湿度の高い地域ならば 雨を呼ぶ事もするが、この〔忘却の郷〕の様に乾燥していては それも出来ない。
「此処じゃ、あんたが最強じゃん! 侑けに来てよっ」
〔海の妖精〕は、光りの種類で云えば 陽に属する。
しかし、彼女の存在は『水面に反射する晃り』だ。
光りとしては、かなり弱いと云わざるを得ない。
代わって、リーゼロッテは『綜ての光り』である。
陽の晃りであり 月の晃りであり 星の晃りであり、更には 人工的な光りをも支配する。
光源のある場所では、強力な支配権を行使出来る。
【 最強になるには、もう 200年くらい縣りますが。】
〔森の妖精〕は、存在の強い妖精だ。
綜ての光りを司り、更に 生命をも掌る。
常識外れな魔法使いと云っても良い。
光りを浴びているモノを支配し
生命を持つモノ達を 掌握する。
これが〔森の妖精〕の 本来の能力だ。
願うだけで 光りの下にある綜てのモノを屈服させ、言霊だけで 如何なる生命をも簒える。
そう云う能力を具えた、特殊な魔法使い = 妖精なのだ。
日中であり 陽の晃りを遮る物の尠い この場所では、最強と云える能力だ。
【 今-現在 行使-不可能な能力に期待されても、困ります。】
銀色の光りの粒に因る半実体になっている リーゼロッテは、無表情で ぴしゃりと言い放った。
彼女の言葉に 嘘・詭りはない。
幼い魔法使いである〔森の妖精〕は、自身の能力を操り切れてはいない。
強力な能力を具え 強大な魔力を持っていても、13齢の肉体は 生身に近いのだ。
加えて 熟練度の足りないリーゼロッテは、本来の〔森の妖精〕としての能力を 半分も使えずにいる。
周囲の光りを収束し 攻撃として放つ事が出来るからこそ、次々と襲い来る 老獪な魔法使い達と亙り合えるだけなのである。
「でも、仆せるんだから 勍いじゃない」
〔森の妖精〕は、高位の魔法使い達に対しては、決して 楽をして剋っている訳ではない。
しかし、その事を 如何に説明しても〔海の妖精〕には理解してもらえない。
どんな理由があったとしても 自分よりも勍いのだから すぐに侑けろ、と言うだけだ。
〔海の妖精〕の要請に、リーゼロッテは 小さく首を振る。
【 それに、近くに………。】
そう呟いただけで、何かを察したらしい。
〔海の妖精〕は、やおら 真剣な顔になる。
「⁉︎––––––––––––誰っ?」
【〔眚淵の魔女〕です。】
茶髪の美女の顔から、表情が失われた。
「 –––––––––––––………… 」
〔眚淵の魔女〕とは、リーゼロッテを付け狙う魔法使いの 1人だ。
老獪なる魔女の1人でもあり、表立って 敵対はしてこない。
だが、虎視眈々と狙っている事は 周知の事実だ。
その魔女が近くにいる限り、リーゼロッテは 此処へは来ない。
序列でも上位にある〔眚淵の魔女〕との直接対決など、リーゼロッテが希む筈がない。
断るに足る理由を前に、茶髪の美女は 呆然と竚ち尽くしていた。
【〔幽寂の魔人〕の支配区域へ戻ってください。】
かの魔女は、弱々しい晃りである〔海の妖精〕には、興味を示さない。
因って、この場にいても 彼女が襲撃される事はない。
だが、この場にいれば 恐竜達の餌食にはされてしまう。
移動しろと云うのは、至極 当然の指示だった。
「 …………えーーー 」
しかし〔海の妖精〕は、厭そうな顔をする。
【 逵は 造りますから、すぐに。】
「やだ」
即答だった。
どうやら、余程〔幽寂の魔人〕と 顔を併せたくない様だ。
一体 どんな言いがかりめいた罵声を浴びせたのか、予測は立つが 想像はしたくないらしい。
リーゼロッテは、諭す事はしなかった。
〔海の妖精〕が これだけ会いたくないと言うのなら、相手の〔幽寂の魔人〕も 会いたいとは惟っていないだろう。
そう察しての事である。
しかし、この沈黙が 寇となった。
「逵なら、海までにしてよ」
あろう事か、逆方向への指示を出してきた。
これには、流石のリーゼロッテも 表情を変えた。
【 –––––––––––––––海まで、此処から 何キロあると………。】
海は〔忘却の郷〕を、南へ縦断した先にある。
距離にして、ざっと 200キロ近くあるだろう。
リーゼロッテが本気で翔べば ほんの10分-余りだが、こうも離れていては〔海の妖精〕を翔ばす事も出来ない。
つまり、移動するとなれば、地道に 陸上移動をするしかない。
200年-余りを生きる魔法使いでもある〔海の妖精〕は、超回復する体力を以て 長距離の移動など ものともしない。
しかし、今 心配すべきは『〔海の妖精〕の体力』ではない。
【〔忘却の郷〕の守護者を仆しながら、ですか?】
考えただけで 眩暈がした。
実体は離れているから と云って、リーゼロッテに危険がない訳ではない。
魔法を用いて 空間を擬似的に繋いでいるが、自身の周囲に 完全結界を張っている状態だ。
敵の魔法使いからの攻撃を受けても、ラッケンガルドに影響はない。
しかし、擬似的にでも繋げた空間であるが為に、其処に存在するリーゼロッテには 影響が出る。
直接 攻撃を受ければ怪我もするし、魔法を使えば 消耗もする。
特に 魔法は、実質的に離れている場所であり 攻撃範囲を絞って放たなければならない分、苦を強いられる事になるのだ。
波の様に襲い来る 恐竜達に対して 攻撃魔法を繰り返すのは、負担が大きい。
勿論、我儘を言っている〔海の妖精〕にも それは判っている、筈だ。
「やってよ! 出来るでしょ‼︎ 」
〔海の妖精〕は、飽く迄も 我儘を押し通す気らしい。
折れたのは、リーゼロッテのほうだった。
【 代価に〔人魚の鱗〕と〔深海の瞳〕を、其々 3個ずつ………他は、貸しにしておきます。】
代価を聴いて、茶髪の美女は 睛を丸くした。
「また?」
半年前、エスファニア王国にいたリーゼロッテは 同じ素材を〔海の妖精〕に要求した。
「まさか と惟って 余分に採らなかったけど、ほんとに代価になるなんて………こんな事なら、前回の時 もっと採れば良かった」
毒や瘴気を浄化する魔法具に欠かせない素材であり、そもそも 浄化の能力を保持するリーゼロッテには不要のモノだ。
それだけに、再び要求されるとは惟っていなかったのだろう。
彼女の身近に 毒や瘴気の危険に曝されている者達がいる、と云う事に繋がるからだ。
「それにしても、何でよ? あんた-自身には必要ないでしょ? あんたの周りって、そんなに危ないのばっかなの?」
〔海の妖精〕の『尤も』な問いに、銀色になっている美女の瞳が 冷ややかに細められた。
【〔海の妖精〕が、それを言います?】
リーゼロッテの周囲で 無防備に危ない事をする最たる者は〔海の妖精〕である。
彼女の悪い攸は、判っていて 危険を冒す部分だ。
そして〔海の妖精〕は、反省もせず 同じ事を繰り返すから 質が悪い。
更に、何かが遭っても、その時は〔森の妖精〕が侑けてくれると惟っているから 手に負えない。
故に、何度 注意しても、一向に改善はされない。
「あたし、代価 払ってるじゃない」
だから 綜て合法だ、とでも言いたそうな声だ。
【 面倒を持ち込まないでほしい、と 言っているのです。】
もう 何度目になるのか、最早 数える気にもならない科白を呟いて、リーゼロッテは 溜息を零した。
前言に対する〔海の妖精〕の返答は、予測出来ているのだ。
「いいじゃない、あんた 勍いんだから」
『耳にタコ』な科白が返ってきた事に、脱力に似た心地になる。
察していた事とは云え、実際に聴くと 疲労感が益す。
そして、毎回 面倒に巻き込まれるのは、勘弁 願いたい。
しかし、押し付けるにも 相手がいなかった。
今回も、リーゼロッテは〔海の妖精〕の我儘に振り回される事になった。
ちょっとだけ 加筆しました。
おかしくなってないと いいんですけど……。




