11__仮初めの妃と 毒を混入させし者達 2
まだまだ 2日目の続きです。
___視点:王族用厨房勤務の女官 - ミラベル___
王族専用の厨房を抜け出して来たミラベルは、四阿に佇んで 池の水面を眺めていた。
「ミラベル!」
其処に 降ってきたのが、この怒号の様な 女の声だった。
「っ、は、はい」
振り返る前に 相手が判った為か、単純に 声に驚いたのか。
ミラベルは、実際に跳び上がる程の喫驚をみせた。
そんな相手の反応を無視して、回廊をやって来る者は 肩を恚らせている。
「貴女、本当に入れたのっ?」
足取りも猙く 四阿へ邀って来るのは、女官の1人だ。
少し癖のある黒髪を結い上げて、少し拮めの印象を与える釣り睛を 更に釣り上げた女官だ。
黙って微笑んでいれば 綺麗な顔立ちをしているのだが、こうも怒気を紱っていては それも形を潛めている。
「絶対に入れろって言ったのに、忤ったのね!」
ずんずんと進めた歩みのまま、女官-ベロニカは ミラベルに詰め寄った。
「あたしに忤うなんて、よくも 、 っ」
鬼の形相で恚りを撒き散らすベロニカに、ミラベルは、口を ぱくぱくとさせながら 首を振った。
恐怖を懐かせる程の勢いに、声が出ないのだろう。
顔色は、厨房にいる時よりも 青褪めている。
脅えつつも、最低限の主張をしているのだ。
「何の騒ぎも起きなかったじゃない。本当に入れたんでしょうね?」
僅かに、ベロニカの恚りの波動が緩んだ。
今まで、ミラベルは 彼女に忤った事はない。
だからこそ、この重要な役目を任せる事にし『毒を入れろ』と 命令したのだ。
小柄なミラベルを睥睨して、ベロニカは 返答を待つ。
「いっ、入れました! ちゃんと言われた通りの お薬を、言われた通りに」
ミラベルは、半泣きの状態で返した。
「じゃあ、何で あの妃が追い出されてないのよ⁈ あの薬を使えば、すぐに騒ぎになって、今頃 罪人になってる筈でしょ⁉︎ 」
これは、ミラベルに対しての言葉ではない。
己れの中の疑問を 苛立ちと共に吐き出したに佚ぎない。
だが しかし、ミラベルを萎縮させる効果はあった様だ。
びくっと身を揺らしたミラベルは、今にも悲鳴を上げそうになる口を 両手で懸命に抑えている。
「もう1度 やりなさい」
「で、でも、もう……… 」
やりたくはない、そんな事はしたくない。
この言葉は、ぎろりと睨まれた瞬間に消滅した。
「忤うの⁉︎ 」
最早、言い返す事も出来ない。
ミラベルにとって 絶対的-強者なのだ、ベロニカは。
「 –––––––––––––………… 」
蛇に睨まれた蛙、そんな状態だった。
「いいわね⁉︎ 」
「 …………はい」
力なく 肯定の言葉を呟いて、ミラベルは 項垂れた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
躑躅の孳みの間から この遣り取りを観ていた魔法使いは、軽く眉を寄せていた。
「成程……… 」
《 そう云う状況も、有り得るのね。》
細く長く溜息を咐いて、表情を曇らせる。
想定していた状況と、あれやこれやが違っている。
しかし、1っだけ 正しかった事が はっきりとした。
ポットに残留していた 後悔に似た思念、あれは ミラベルの葛藤だったと云う事だ。
だが、行動したのはミラベルにしろ 主犯は別にいる。
《 厄介だわ、嫉妬と云う感情は。》
3人の男達が談していた『買収した女官』の1人が ベロニカなのだろう。
甘言を囁かれ 心を撼かされたのだとしても、赦される事ではない。
《 こんな事をして 手に入るモノなど、ないのに。》
寧ろ、ラノイ達に知られたら 生命の保証すらない行為だ。
少し考えれば判る筈の この事が、彼女の頭の中にはないらしい。
嫉妬-故の盲目、と云った状態なのだろう。
何度目かの溜息を零しながら、再び 四阿へ視線を向ける。
ベロニカは、ミラベルを脅えさせる勢いで 妃の悪口を言い続けている。
尤も、音は聴こえない。
四阿と この場所は、30メートル以上 離れているのだ。
そうであるにも拘らず、魔法使いが 向うの会話を認識しているのは、音波を拾っているからだ。
早い譚が、魔法である。
序でに云うと、この場所にも 魔法は縣けられている。
四阿の方向からは 魔法使いの姿が認識出来ない様、躑躅の前に〔不可視障壁〕を施しているのだ。
自分と四阿との間に 魔法のパーテーションを立てている様な状態である。
つまり、逆側からは 彼女の姿は見えるのだ。
池の滸の芝生に座している銀髪の後ろ姿を見付けたのだろう。
王宮のほうから 2人の女官達がやって来る。
気配で これを知った魔法使いは、不可視の障壁の範囲を 2人の女官達まで拡げた。
これで、やって来る者達の姿を 四阿の2人に見られる心配はない。
「お妃様」
彼女の傍へ来たのは 後宮付きの女官、アイシア=ロットナーと シノン=クリーガーの2人だ。
「こんな処に いらしたんですね」
アイシアと シノンは、魔法使いを挟んで 左右に座った。
王妃が執務室を辞したと知って、捜していたのだろう。
「申し訳ございません、お手を煩わせて」
「そんなっ、いいんですよぅ」
ふにゃ っとした笑みで返したアイシアは、倖せそうに 魔法使いを見詰める。
「それより、どうしたんですか?」
池の滸の四阿にいるなら まだしも、妃が こんな芝生に腰を下ろしている事に疑問があったのか。
シノンは、座って尚 長身の背を跼める様にして、魔法使いの顔を覗き込んだ。
「隠れておりました」
本音とも 冗談とも付かない口調で言い、魔法使いは 小さく笑った。
「折角、執務室を出る事を赦して頂けたのですもの」
見付かって連れ戻されては大変、と 暗に示していた。
「ええ?」
「それ、大丈夫なんですか? 隠れたりして」
「そうですよ………って、そうじゃないでしょう? 隠れるも 何も、どうしてです? 折角、陛下が お妃様を招いてくださったのに、どうして 執務室から出てしまわれたんですか?」
シノンは〔獅子王〕から逃げたり隠れたりすれば 後が悚そう、と考えていた。
アイシアは 寵愛されているのに逃げる必要などない、と考えている。
「わたしがいては、ラノイ様は 手を止めてしまわれますから」
この科白で、2人の女官は 納得してしまったらしい。
シノンは、やや顔を赧くしたまま 何かを噛み殺した様な複雑な表情になり、アイシアは うっとりと頬を染めている。
兎も角、妃への〔獅子王〕の寵愛は深い、と云う印象は 益した様だ。
《 あぁ、辣いぃ。》
ミスリードをしたのは 自身だと云うのに、予想以上の反応に ダメージを受けてもいた。
一体 何を想像しているのか など、慄しくて察たくもなかった。
視なくても、大凡 判っているからこそのダメージだ。
《 駄目だわ、耐えられない。》
このまま 空想と妄想の餌食にされる状況は、精神的に堪えたらしい。
魔法使いは、内心の悶えを怺えて 笑顔を泛かべる。
そして、孳みの向うを 指した。
「あの お2人は、どなたでしょう?」
「え?」
2人の視線が 手を辿り、躑躅の孳みの向うへ流れた。
今は 3月の初めであり、植物は 葉を繁らせてはいない。
彼女達の傍にある躑躅も、小さな芽を枝から出してはいるが 葉はない。
それでも、細い枝を緻く伸ばし 密な孳みになっている為、躑躅-越しでは 四阿が良く見えない。
アイシアと シノンは、躑躅の孳みの上へ 首を伸ばす様にして、四阿を見た。
「ああ、あの2人ですか」
2人が四阿のミラベル達を確認した攸で、魔法使いは 質問を繰り返した。
「これまで お見掛けした事はない様に惟うのですが、厨房の方達なのでしょうか」
30メートル以上 離れている四阿にいる 2っの人影に、シノンが 睛を凝らす。
「1人は そうですね。右側にいる 小柄な娘は、王族用の厨房の女官の1人で ミラベルさんです。一緒にいる女性は、初めて見ましたけど」
王宮に上がって10日のシノンは、自分の行動範囲の事を把握するだけで 精一杯だ。
王族専用の厨房は、時折 出入りするだけに 顔馴染みになり易かった様だ。
「もう1人は、ベロニカと云って、今は 衛兵の宿舎の担当になっていますよ」
シノンの知らない女官については、アイシアが答えた。
これに、魔法使いが 僅かに眉を寄せた。
「『今は』と云う事は、曾ては 別の処に所属なさっていたのですか?」
「はい、お察しの通りです。以前は、陛下の側付きとして」
つまりは、身の周りの世話をし 食事の時には壁際を飾っている あの女官達の1人だったと云う事だ。
「 –––––––––––––………… 」
これを聴いて、魔法使いは 思案に湮む。
「そうだったんですか?」
「ええ。でも、半年くらい前に 異動になったんですよ」
アイシアの記憶を辿っての言葉に、シノンが 頬を引き攣らせた。
「それは、その………何か 陛下に粗相でも?」
何か 不興を買って飛ばされる、そんな事が起これば 折角の後宮付を失う事になる。
魔法使いの傍で仕える事に喜びを見出してきた攸だと云うのに、飛ばされるなど 冗談じゃない。
そんな感情が働いたのだ。
後宮付きと云う事は、国王と顔を併せる事のある役目だ。
凡そ 毎日、ラノイの視界に入ってしまう役目だと云っても良い。
「詳しい事は 判らないけれど、そうとも限りません。それに、珍しい事じゃありませんわ。陛下の側付きは、入れ換りが激しいですから」
「じゃあ、他にも 異動になった人はいるんですね」
「ええ、沢山」
2人の声を 離れた意識で聴きながら、心の中で 溜息を咐いた。
気付いたのは、1っの可能性。
買収された女官の数は判らないが、ベロニカの他にもいる と云う事に併せて考慮すれば、最も警戒すべき可能性だ。
国王付きの女官達に 悪心を懐く者達がいる。
食事の時にしか顔を併せないが、敵意を向けてきたのは 1人や2人ではない。
当初は、彼女達の誰かが 今日の毒を仕込んだのだろうと考えていたくらいだ。
実際は、厨房の女官が実行役で 裡で命じていた者がいた訳だが。
しかし、此処までは 魔法使いの想定外ではなかった。
直接 ポットに近付けない者が考えそうな作戦だからだ。
彼女にとっての想定外は、買収される可能性を秘めた女官達の数だ。
《 困ったわ。想定と 大きく違ってきている。》
数人から10人程度を 想定していたが、こうなると 王に近付けなくなった女官達の数も計算に入れなければならない。
食事の間に居併せる女官達ならば、今夜の食事の時にでも会うだろう。
こちらを害する程の悪心を秘めているのならば、捜す気で視れば 判別出来る。
だが、顔を併せる機会のない者を捜すとなると、少々 骨が折れる。
不可能ではないが、中長期的に増加していきそうな相手に対して有効とも惟えない。
綜てを考慮して、魔法使いは 対策を変更する事にした。
近付けるだけで 凡ゆる毒を浄化する、強力な魔法具。
ラノイとシズとクランツの為に、早急に これを用意しようと決心した。
《 材料は、少し足りない………でも、集められないモノでも ない………。》
1っは、火山の麓の 泉の水底に咲く花。
1っは〔人魚の鱗〕と聘ばれる 小さな貝。
1っは〔深海の瞳〕と云う称の 青い真珠。
この3種類の触媒が、手許には ないのだ。
そして、2種類は 遠方の海でしか手に入らない。
《 内海まで 最速で30分、深海に潜って 10………いいえ、20分は 縣かる。》
採集に出掛けると、最短でも 1時間40分は戻れない。
黙って抜け出した場合、問題になる前に戻れる ぎりぎりのラインだ。
ラノイ達に談し 口裡を併せてもらうのが最善だが、外出-そのものを止められる可能性も高い。
魔法使いが悩んでいる間にも、アイシアとシノンの会話は続いていた。
「あの2人……… 」
シノンが、四阿を見遣りながら 言葉を途切れさせた。
これに、アイシアが 小首を傾げる。
「どうしたんですの?」
「何か『お友達』って感じには 見えなかった気がして」
「あーーー……… 」
眉を寄せ 困った様な顔をして、アイシアは 改めて四阿を見た。
「ミラベルさんは 気の弱い人だから、ベロニカさんといたら そう見えるかもしれませんね」
アイシアの この言葉に、魔法使いは 密かに苦笑いを泛かべた。
此処で、あの2人の関係を教えても アイシアやシノンに出来る事はない。
知る事で 悶々とするだけだ。 良い事はない。
だが、万が一の時に ミラベルの援けになってくれるかもしれない。
《 どうしようかしら。》
結局、談す事で起こる弊害の大きさを考慮して、談さない事を選択した。
暫くは 受けに回るとし、浅く溜息を零した。
「でも、あの頃は 良く談していた様だったから、仲は悪くない と惟うけれど」
「 ––––––––––––そう、ですか」
アイシアの言葉に納得し切れていない様子だが、シノンは、眉を寄せても 反論は言わない。
自分を挟んで 左右で交わされる会話に、魔法使いは 反応を返さない。
ぼんやりと、四阿の2人を眺めながら 肩を落とす。
《 午後の お茶には、何が入れられるのかしら。》
先程の様子では、ベロニカは 素直に引き下がってはくれなさそうだ。
彼女が 我を通す以上、ミラベルは 振り回される。
そうして『何か』が入れられるのだろう。
他人事の様に惟いながら、魔法使いは ひっそりと溜息を零していた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
池の滸で アイシアとシノンと共にいた魔法使いは、唐突に 眉根を寄せた。
30メートル程 離れた四阿には、もう 誰もいない。
誰かの密談が 魔法使いの表情を曇らせたのではない。
しかし、離れた場所にいる『何者か』が 彼女の憂いになっている、と云う点では 間違いではなかった。
「少し、冷えてきましたね」
此処は、池の滸の木陰だ。
風が吹くと 涼しい場所である。
決して 寒かった訳ではないが、魔法使いは そう切り出した。
こう言えば、傍にいる2人が どう反応するか判っていたからだ。
「では、後宮へ戻りましょう」
軀を冷やしては大変、そう言って アイシアは居室へ戻る事を勧めた。
「戻りましょう」
部屋に戻れば 気密を保て、体温を保つ事が出来る。
シノンも、魔法使いを 後宮の部屋へと促した。
「そうですね」
2人に攣られた形で、彼女も腰を上げた。
勿論、これは 狙いがあっての事だった。
非常に中途半端な部分で 切る事になってしまいました。
つまり、まだまだまだ続くんです。




