10__仮初めの妃と 毒を混入させし者達 1
まだまだ 2日目です。
___視点:王族用厨房 - 勤務 5名。 料理長・料理人・女官-3名___
白と白灰色の マーブル模様の台を拭きながら、ミラベルは 何度目かの溜息を咐いた。
視線は、布巾に当てている右手へ向いているが 睛に入ってはいない。
大理石の調理台を拭いていた手は、疾うに停まっている。
「ミラベル?」
普段とは違うのだろう。
共に厨房で働く者達が 不思議そうな睛を向けている。
「ミラベル」
此処は、王族の食事を作る為だけにある厨房だ。
それに伴って、設備も 食材も、選り逸りのモノばかりだ。
当然、其処で働く者達も 同様である。
「ミラベル?」
声を掛けたのは、この厨房で包丁を振るう料理長だ。
猪でも縊り殺せそうな太い腕に ごつい手、それに見合う 厳つい顔。
太い眉と 口許は、拮く結ばれている。
今はシェフの格好をしているが、私服で黙っていれば 歴戦の軍人に見える容貌をしている。
その為、初めて会った人ならば ほぼ青褪めると云う人相-風体に仕上がっている。
尤も、ミラベルは 思案に耽っているのか、祥いにも 見えていないのだが。
「 –––––––––––––………… 」
この厨房には、料理長と ミラベル-以外にも 働く者がいる。
料理人が 3人と、ミラベルと同様 調理の補佐をする女官が 5人だ。
その内、料理人-1人と 女官-2人は、所用で他出している。
1年以上 同じ面子で仕事をしているだけに、他の者達は 強面の料理長を悚がっている節はない。
彼等は、互いに睛を併せ 小首を傾げる。
ミラベルは、真面目すぎるくらい 真面目な娘だった。
少し 気は弱いが、気配りが良く 頑張り屋だ。
そのミラベルが 声を掛けられて気付かないなど、そうある事ではないのだろう。
厨房にいた ミラベル以外の4人は、眼線で会話をしている。
黙しての会話で 何を語ったのか。
1人の女官が、溜息を咐きながら ミラベルに近付いた。
「どうしたの?」
テーブルを拭く手を停めたまま ぼんやりとしているミラベルの肩を 軽く揺すっての声掛けだ。
流石に、ミラベルも 飛んでいた意識を戻した様だ。
「 ––––––––––––っ、え⁈ 」
周囲の様子に気付いていなかっただけに、急に揺す振られた事も 眼の前に同僚がいた事も驚きだったらしい。
ミラベルは、睛を白黒とさせている。
「『え』じゃないでしょ、さっきから呼んでるじゃない。どうしたのよ? ほんとに」
「ひょっとして、具合悪いか?」
「何か、顔色も悪いし」
女官に 料理長・料理人に案じられ、ミラベルは ぎこちなく返答をした。
「う、うん………大丈夫」
「そうか?」
「無理するなよ」
「う、ん………ありがと」
心配をしてくれる者達に 曖昧な笑みを向けてしまい、ミラベルは 反射的に俯いた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
王宮には、広い庭がある。
其処には 美しく整えられた草木もあれば、綺麗な池もある。
尤も、春には少し早い季節で 咲いている花は皆無だったが。
魔法使いは、その池の滸にいた。
執務室や政務室がある棟から 最も近い『人気のない 静かな場所』を探して、此処へ辿り着いたのだ。
離れた場所には 紫陽花に似た低木の孳みに囲まれた回廊があり、その先に 小さな四阿がある。
魔法使いは、池の滸に建つ この四阿が見える 池の端にいた。
大木の陰に腰を降ろして、漸く 一息を咐く。
《 弊れた。》
執務室で、ラノイ達に お茶を出した。
小休憩の後 デスクワークを再開するタイミングで 執務室を辞そうとしたのだが、ラノイが これを赦さなかった。
何かと理由を付けて 傍に置こうとし、クランツが 怒声に近い声で諌める。
『傍にいてくれないなら 仕事なんてしない』と王が言い『そんな我儘が赦される訳ないでしょう』と側近が抗議する。
側近が青筋を立てて 怒号の如き勢いで諭そうとも、王は 飄々と躱してゆく。
この攻防は 数分に及び、どちらも 一歩も引かなかった。
勿論、魔法使いも『邪魔になるから』と退室を願い出たが、聆き入れてもらえなかった。
結局は、シズが『此処にいさせたら 姫は暇だろうな』の一言で 何とか解放されたのだ。
執務室での事を思い出し、魔法使いは 深く溜息を咐く。
《 どうして、あの人は………。》
宰相にして ラノイの異母兄でもあるシズの顔を想い泛かべた途端、更に深い溜息が零れた。
彼が、面白がって 見守っていた事は判っている。
仕事の効率アップの為なら 多少の犠牲も厭わない性格をしている事も、判っていた。
《 朝食の席でも、侑けてはくださらなかったけど、まさか 面白がっておられたとは………。》
魔法使いは、相手の心を詠む事が出来る。
これは、魔法使いの一部の者達なら習得している能力だ。
しかし、彼女は、100齢-未満の 幼い魔法使いだった。
そもそも、100齢-未満は『幼い』と聘ばれるのが 魔法使いの世界だ。
その中で 闘う術を得ていたとは云え、彼女は、技の熟練度と云う部分で 圧倒的に劣る。
心を詠む と云う事に於いても、それは変わらない。
一瞬で詠む事の出来る 老獪な魔法使いとは違い、どうしても時間が縣る。
相手の睛を見詰める事で 心の一端を垣間見る。
その仂で 詠み取っても、それだけが『本音』ではない。
本当に『心の一端』しか『垣間見る』事は出来ない。
幾種類かの感情の波を感じ取り、表層の考えを聴き、其処に泛かぶ影像を詠む。
数秒を要して、それでも 詠めるのは、表層だけだ。
奥に秘められた気持ちまでは 知り様がない。
シズにしても、深層では 別の理由を擁えているかもしれないが、今の魔法使いには 詠み様がないのだ。
《 ラノイ様よりは 判り易いけれど、あの人も 難解………。》
ラノイに於いては、詠む事さえ 困難を極めている。
それは、ラノイが『匿そう』としている為ではない。
そもそも 魔法使いの能力を知らない彼が、隠匿行動を起こす理由はない。
つまりは、日頃から 難解な思考回路をしていると云うだけなのだ。
これは、シズも ほぼ同じだった。
《 あの 御兄弟は、どうして あぁなの?》
ラノイは、魔法使いを構い 困らせている時に。
シズは、そんなラノイを 旁から見ている時に。
共に、愉しげな感情の波を 良く発している。
どうやら、困っている彼女の事は 考慮の外にしている様だ。
これは、2人共に共通して云える事だった。
心の表層の一部とは云え、面白がられている事に 変わりはない。
《 弊れる。》
思い出すだけで、疲労感が益す。
折角 離れられたのだから、今は 執務室の事は忘れるべきだろう。
しかし、考えなければならない事もある。
毒を仕掛けている者達を 特定する事は、魔法使いも 必要だとは惟っている。
啻、躇いもある。
《 わたし、匿せるかしら。》
嘘も匿し事も、得意ではない。
エスファニア王国で、事ある毎に セレディンに見破られてきたせいもあって、どうにも 気が引ける。
知らなければ 嘘にもならないが、犯人を知ってしまえば その瞬間から『嘘』か『匿し事』になる。
「 –––––––––––––………… 」
セレディンに見破られ続けてきたのは、彼が そう云う天賚を具えていたからに佚ぎない。
魔法使いも、それは判っている。
だが、半年近く 嘘も方便も看破されてきた魔法使いは、匿し事が苦手になってしまう程 負の経験となっていた。
《 ラノイ様に、その天賚はない………と、惟うけれど。》
やはり、腰は引けてしまう。
秘匿にしたい事柄を知ってしまう事への恐怖、それに近い感覚があるのだ。
尤も、相手は ラノイに害となる行為をしているのだから 相手に進退など気にする事はない。
手心など加える必要はなく、その処罰に遠慮など要らない。 そんな考えもあった。
後宮付きの女官達の譚を聴くまでは、だ。
《 嫉妬されるのも………本当は、筋違いなのに。》
魔法使いは、所詮 仮初めの妃だ。
ラノイが 真実の愛を向けて 妃にと択んだ者ではない。
だが、ポットの毒を仕掛けている者は それを知る由もない。
つまり、アイシアや シノン達の譚にあった様に、ラノイに想いを寄せている者の仕業だったら、と惟ったのだ。
ぽっと出の魔法使いに嫉妬しての犯行である可能性に気付いた為、捜す事を躇ったのである。
アイシア達の譚を聴いていなければ 気付けない程の、緲かな残心。
毒と共に溶けていたのは 迷いに似た感情、それが 僅かにあった……様に感じた。
気のせいと云われれば否定出来ないくらいの、緲かな感覚。
希んだ結果を導き出す為に
大切な者を傷付ける未来を招く行為に及ぶ。
これに対する葛藤と 後悔があったのではないか。
そう惟うが故に、魔法使いは躇った訳だ。
もし、捜す事に同意していれば どうなったか。
彼等の口から聴かなくとも、明白だった。
ラノイも シズも、相手が誰であれ 厳しく処罰を下すだろう。
何が原因であっても、彼等は 情状酌量などしない。
実に 明確に、実に 残酷に、公平な裁きを下す。
そう惟って、捜す事を拒否したのである。
《 もしも、ポットの中に毒を入れたのが『嫉妬し 惟い余っての行動』であるなら………。》
もしも、そうしたのが 女官の1人なら、このまま 啻 解毒だけを繰り返していようとも惟っている。
捜さずにいられる内に 良い方向に気持ちを落ち着けてくれれば、と願いながら。
だが、湯飲みに仕掛けられた毒は、また 別だ。
あれは、妃が現れる前から仕掛けられていた事は明白だし、異母兄であるシズをも 害していた。
王族を標的とし、利己的な理由で長期的に仕掛けられているモノだ。
これに関わった者達は 誰一人 逃すつもりはないし、言い遁れも 赦す気はない。
しかし、捜すには 先程の問題が絡んでくる。
《 どうしたら いいのかしら。》
悪心を懐く者達を捜す事は 容易い。
その気にさえなれば、半日で 何人かの目星も付けられるだろう。
もっと 正確に云えば、1人は 既に判っている。
その場で 相手を追求しなかったのは、尻尾を出すのも時間の問題だと考えたからだ。
敵がボロを出すまで、ラノイ達の飲食に於いては 完璧に守護する覚悟もしている。
そして、この程度ならば、魔法使いには 難題ですらない。
だが、今後、妃を恋敵に惟う女官などが 次々と参戦してくるとなれば、悠長にしていて良いモノか 悩み攸だ。
《 これ以上、増えないと いいのだけれど………。》
切望しているが、叶う確率は 低いかもしれないとも惟っている。
ラノイは、見眼が佳い。
切長の睛に すっと通った鼻梁、形の佳い薄い唇に 意志の強さを俔わせる美眉。
小さめな頭部に やや細い輪郭の貌。
全体的に細身で長身の 美麗な容姿に、強力な魅力を併せ持つ。
それが、ラノイと云う青年の外見だ。
あの切れ長の瞳に見据えられれば、呼吸を忘れる程なのだろう。
それが 魅了であったり 恐怖であったりしても、強く惹かれるモノがある。
加えて、国家権力の最高峰に座する人物だ。
つまり、凡ゆる意味で 他を魅了する存在なのだ。
ラノイ-本人も それが判っている。
だからこそ 彼は、そう云った己れに擦り寄る綜てに辟易していた。
故に、択ばれたのが 魔法使いなのだろう。
尠くとも、魔法使いは そう惟っている。
《 本当に、女官として仕えたほうが………。》
陰で動き廻るにしても 楽だった、と 小さく呟く。
尤も、これは 詭弁に近い。
動き廻るだけならば、幾らでも 自由に出来る。
他人から 姿を見えなくする倆もあるし、此処へ来た時の様に 小鳥にでも変幻すれば良い。
王宮内だろうが 王宮外だろうが、基本的には 自由に動ける筈だ。
妃として後宮にいる事は、女官として仕えるよりも 優雅な時間があると云っても良い。
あれこれと しなければならない仕事も尠く、ラノイと関わらない時間は 或る程度 行動の自由が約束されている。
しかし、仮初めとは云え、彼女の気持ち的には 楽な立場ではない。
他の女達ならば、ラノイの相手に択ばれただけで 天にも昇る心地なのかもしれないが、魔法使いにとっては 苦痛でしかない。
ラノイとシズに降り掛かる 生命の危機は振り払いたいが、その為に 妃と云う立場が必要か と問われれば、否と答えざるを得ない。
女官として仕えていたのならば、数日で綜ての関係者をラノイ達の前に引き摺り出して、早々に ラッケンガルドを辞する事も可能だった。
しかし、対内的に限るとは云え 妃として扱われていては、王宮から離れる事も侭ならない。
《 何だか、前途多難な気が………。》
こんな事ならば、魔人や魔女達と闘っているほうが 精神的に楽かもしれない、などと考える。
実際には、あれは あれで、相当な苦痛になっているのだが。
「あの人が怒るのも、無理はないわね」
今朝のエスファニアとの通信での事を思い出し、魔法使いは苦笑いを零す。
エスファニア城の侍従長であり 男爵の地位にあるセレディン=ラグロス=ハーシュフェルダーは、終始 不機嫌だった。
嘘を誥いてはいないから 指摘されはしなかったが、匿し事をしているのは気付かれていたのだろう。
その為、不機嫌だったのかもしれない。
魔法使いは、そう考えていた。
事実は、セレディンの我儘に佚ぎないのだが。
《 帰ったら 帰ったで、悚い気がする。》
セレディンは、彼女の苦労を知る 数尠い人物だ。
以前、大怪我をしている攸を見られた過去がある。
その為、セレディンには いろいろと心配をさせている自覚もある。
今回のラッケンガルド滞在は、予定外の事態だ。
それだけに、セレディンが あれこれと案じている事は了知している。
しかし、だからこそ この事態は談せなかった。
知れば、セレディンは 放っておかないだろう。
必ず 反対し、戻れと言うだろう。
剰え、ラッケンガルドまで迎えに来かねない。
悪い事に、ハーシュフェルダー男爵領は ラッケンガルド王国との間にある無国家地帯に接している。
彼の領地の東に、エスファニアの東の関所が設けられているのだ。
国交が薄いとは云え、関わりが皆無だった訳ではない。
ハーシュフェルダー男爵であれば、外交と称して 此処へ乗り込んで来れる。
そして、彼には 類い稀な行動力があり、詰まる譚 その可能性が高いのである。
《 ラッケンガルド王国が 陛下の外遊先に択ばれたのも、この理由が加味されていたのかも。》
今となっては、不都合でしかない。
賢い男爵の事だ。
詳しい事情を説明しなくとも、大凡の見当は付けるだろう。
勿論、魔法使いが 協力している理由についても、或る程度は 察してくれるだろう。
しかし、納得してくれるかと云えば 答えは『否』だ。
先月の ナルシェル王国との事もあって、過敏になっている攸だけに 了承を得る事は困難と惟われる。
だからこそ、居場所は言えなかったのだ。
《 今後も、これだけは匿し通さなければ………。》
そんな決意を固めた時、声が聴こえた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:高官 - 3名。 小太り・髭・小柄___
王宮の池の滸に建つ 四阿に、更に 1人の男がやって来た。
面子が揃ったのだろう。
人気のない王宮の庭の一郭で、彼等-3人は 顔を付き併せた。
「一体 どうなっているんだ⁉︎」
王宮は広い。
エスファニア城の様に 増改築を繰り返された宮殿ではないが、此処は 敷地-そのものが広いのだ。
誰も踏み入らない場所は、結構ある。
彼等が集っているのは、そんな場所の 1っだった。
「判らん、毒は 入れさせたのに」
彼等は、一向に騒ぎが起きない事に当惑していた。
その後、何食わぬ顔で執務室を出て来た妃に困惑した。
執務室から出て来た王と 宰相・側近の元気な姿を見て、彼等の思考は 混迷を極めた。
動揺しながらも 此処へ集まり、混乱しながらも情報を統括し 考えを纏めようとする。
「茶は、飲んでいるんだろう?」
「ああ、それは 確かだ」
ポットの湯は減っており 急須には茶葉が残っており、茶器には 使われた跡がある。
その報告を受けているからこそ、何の異常も来さずに 公務を続ける3人に驚かされたのだ。
「じゃあ、何で 誰も倒れないんだ⁈ 」
小太りの男の放った疑問に、答えられる者はいなかった。
飲んでいるのなら、すぐ樣 体調不良を訴える毒だったのだ。
口にして 数10秒で吐き気や腹痛をもよおす種類の毒だ。
素性の知れない妃の淹れた茶で、王が倒れる。
執務室と云う密室で そんな事が起これば、邪魔な妃を 確実に排除する事が出来る。
こう囁いて、数人の女官を買収した。
その内の1人が、確かに ポットに毒を入れた と申告してきた。
そして、王を含む 宰相達-3人は、それを飲んだと惟われる。
なのに、体調不良になった者はない。
「 ––––––––––––飲んだフリ、とか?」
他の可能性が惟い付かず、1人が そう呟いた。
口の両端に髭のある 中年の男だった。
確かに、髭の男の言う通り、飲んでいないのならば 体調不良になる筈もない。
そんな惟いから出た言葉だった。
小柄な男が 複雑な表情で呟く。
「だとしたら、予め知られていた、って事になる」
正論だった。
そもそも 茶を淹れなかったのなら まだしも、淹れたにも拘らず 飲まなかったとなれば、その理由は絞られる。
彼等の行為には関係のない 何等かの理由がある、と云う可能性もある。
だが、もしも『飲んだフリをした』となると、ポットの中に仕掛けられた毒の存在に気付いたと云う事になるのだ。
「あ……… 」
この事に気付いて、髭の男は 青褪めた。
「もし そうなら、あの王が放っておく筈がない」
小柄な男は、自分で言いながら『バレた時の〔獅子王〕の対応』でも想像したのだろう。
晣らかに、顔色が悪くなった。
「 …………そうだな」
他の2人も 同じ事を考えた様だ。
彼等の雰囲気が どんよりと重くなる。
〔獅子王〕は、内乱時『戦場の鬼神』と異名をとった人物だ。
それは、単純な勍さだけでなく 敵対した者への対処から定着したモノだった。
「どうする? もう1度 試すか?」
「得策とは云えないかもしれないな」
躬らに牙を剥く者に、若き王は 容赦をしない。
これが判っているだけに、1度で成功させなければならない作戦でもあったのだ。
「早々に 失脚させる筈が」
苦々しく、小太りの男が ぼやいた。
「仕方ない」
小柄な男が、大きな溜息と共に そう言った。
「乱暴な方法にはなるが、排除は 早いに越した事はない」
穏便に 毒殺疑惑で追い出そうとしたが、これは 不発に終わった。
理由は どうあれ、2度は行わないほうが良い。
失敗した時の為に用意していた 次の作戦に切り替える、と云う判断を下した様だ。
「ああ」
「仕方ない」
全員の意見が一致した事を 互いに確認して、頷き合う。
「手配は可能か?」
「ああ、今日中に 連絡を取っておく」
髭の男の問いに、小柄な男は、まだ 若干 青褪めたままの仲間の顔を しっかりと見て、そう答えていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
周囲が静かになっても、魔法使いは 池の反対側へ視線を向けていた。
其処にある 小体な四阿には、誰の姿もない。
「 –––––––––––––………… 」
彼女は、躑躅の孳みの間から見える四阿へ向けていた視線を 池の水面へ移す。
《 想定外だわ。》
今日の昊は、魔法使いの瞳の様な蒼だ。
風も穏やかで、水辺は涼しく 心地良い。
この国の春先には珍しく、穏やかな日だった。
そんな昊の色を写して きらきらと輝く水面を見ているとは惟えない、苦々しい表情をしている。
《 こう云う可能性も、あるわね。》
考えていなかった可能性に気付かされた彼女は、少々 気落ちしている様にも見える。
勿論、過っているのは 執務室での事だろう。
先程の遣り取りを知っていれば、ラノイを怒らせてまで その意に忤う と云う、何の得にもならない事などしなかった。
怕らく、そんな事を考えているのではなかろうか。
《 でも、そうだとすれば………あれは、何だったのかしら。》
ポットの湯に入れられた毒と共に 溶けていたモノ、それは 確かに『葛藤』であり『悔恨』だった。
そう感じたからこそ、捜せ と云うラノイの言葉を拒んだのだ。
「勘違い………?」
何度も云うが、彼女は 魔法使いとしては齢が浅い。
人間としても、20年には充たない。
本当に 若い、幼い存在なのだ。
《 確かに、悔いている様な感じがしたのに。》
熟練度が足りないだけに、表層心理の詠みも 外れる事がある。
今回 ポットに残留していた『悔恨』も、的外れである可能性は否めない。
しかし、魔法使いは そうは惟えない様だ。
「そうは 惟えなかったけれど……… 」
小さく呟いて、小首を傾げる。
思案に晏れる間に、またも 誰かがやって来たらしい。
四阿のほうから、声が聴こえてきた。




