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光の闇司祭③ 白夜の教皇  作者: parupuntist


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断章 黒い眠り

 白陽の間の光が、ひと回り、小さくなった。


 祭壇の上の、白い光の球(たま)だった。三百年、一度も沈んだことがない。大人が両腕を広げても、抱えきれなかった。


 今は、どうにか、抱えられそうに見える。


 息をするように、膨らんでは、しぼむ。


 その息が、前より、浅い。


 広間の白さも、前ほどではなかった。丸い天井の、いちばん高いところと、柱の根もとに、うっすらと、灰色が溜まっている。


 祭壇に背を向けて、小柄な老人が、座っていた。


 白い衣の袖から、枯れ枝のような手首がのぞいている。裾の先には、裸足の指。


 教皇は、祈っては、いなかった。


 白い床を、見ていた。


 そこに、見たことのないものが、落ちていた。


 薄い、暗がりだった。


 膝を折って座る、老人の形をしている。骨の浮いた肩も、細い首も、床に写しとったように。


 教皇が指を曲げると、暗がりの指も、曲がった。


 ――影。


 そういうものがあることは、知っていた。


 自分の足もとに落ちているのを見るのは、初めてだった。


 両手を、持ち上げてみた。暗がりも、両手を持ち上げた。


 口もとが、ほころんだ。


 教皇は、自分の影を、長いこと眺めていた。


 めずらしい鳥でも、眺めるように。


 あの夜、この広間は、暗くなった。


 誰かが、泣いていた。泣き声は、ひとつではなかった。それから、誰かが、歌った。


 気がつくと、立ち上がっていた。


 裸足で、回廊を歩いた。大階段の上へ出ると、足の裏の石が、冷たかった。夜の風が、白い衣の裾を、揺らした。


 黒い空に、小さな灯りが、いくつも、いくつも、瞬いていた。


 星、というのだと、知っていた。


 見るのは、初めてだった。


 首が痛くなるまで、見上げていた。


 それから、この広間へ、戻った。


 ほかに、行くところを、知らなかった。


 泣くとは、どのようなものか。


 前に、聖女に、訊いたことがある。


 答えは、よく、わからなかった。


 入り口のほうで、かすかな衣擦れの音がした。


 教皇は、影から、目を上げた。


 このところ、あそこに、灰色の頭が、膝をついている。入ってはこない。何も言わない。


 まぶたが、重く垂れてくる。


 頭の芯が、ぼうっとしている。手足の先から、力が、少しずつ、ほどけていく。


 眠ったことは、ない。覚えているかぎりは。


「……眠い、とは」


 声に、出ていた。


「このようなものか」


 教皇は、白い床に、身を横たえた。


 自分の影の、上に。


 膝が、ひとりでに、胸のほうへ寄った。


 横になると、影は、見えなくなった。


 白い床は、春の真昼のように温かい。


 影のところだけが、少し、ひんやりとしていた。


 目を閉じた。


 閉じたほうが、光の奥は、よく見える。いつも、そうだった。


 白い光の奥に、顔のない何かが、いた。


 いつから、そこにいるのかは、知らない。ずっと、そこにいた。口もとだけが、穏やかに、どこまでも優しく、微笑んでいた。


 光が、遠くなっていった。まぶたの裏の白が、薄く、薄く、なっていく。


 暗かった。白い光は、ずっと遠くに、小さく、残っているだけだった。


 怖くは、なかった。


 暗がりの中で、誰かが、歌っていた。


 知らない声だった。


 知っている、気がした。


 ――ねんね ねんね ひが しずむ


 背中を、ゆっくりと、叩かれていた。とん、とん、と。


 ――よるの かあさま ひを だいて


 ――ないても いいよ よるの なか


 声が、少し、揺れた。


 それから――


 ――おいで おいで なけない こ


 あの夜は、この一行で、立ち上がった。


 今度は、立ち上がらなかった。


 目のふちが、冷たかった。


 背中を叩く手は、あたたかかった。


 白い光の奥で、顔のない何かが――はじめて、微笑むのを、やめた。

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