頼りたくない相手
『協力者が一人、必要ですわね』
カサンドラの声が、静かな部屋に響いた。
「うん」
私は寝台へ入り、毛布を頭までかぶった。扉の外にいる神官へ聞こえないよう、枕へ顔を伏せて囁く。
罠を仕掛けるには、神殿の中を自由に動けなければならない。
顔料や小さな鐘の保管場所を知り、祭具準備室へ入っても不自然に思われない人物。
罠を完成させたあと、そのまま近くへ隠れて箱を見張り、犯人が染料を浴びる瞬間を目撃できる人物。
条件に合う者を考えても、思い浮かぶ名前は一人しかなかった。
「エミリアに頼もう」
答えた瞬間、頭の中の空気が凍った。
『お断りします』
「即答しないでよ」
『考える必要などありません。どうして、よりによってあの女へ頼まなければならないのです!』
「ほかに条件に合う人がいないからだよ」
『探せば、誰かいるはずですわ』
「明日の日没までに?」
『それは……』
カサンドラの勢いが止まった。
「エミリアは聖女候補として、神殿で教えを受けてる。写本室や礼拝室にも出入りしてるから、顔料や鐘がどこに置かれているのかも分かるはず」
『だからといって、罠へ巻き込んでよい理由にはなりません』
「聖女候補が祈祷室で一人になっても、誰も怪しまない。箱を見張る役にも向いてる」
『あの女に、わたくしたちの計画を教えるおつもりですの?』
「全部話す必要はないよ。悪魔の仕業に見せかけた人を捕まえるために、協力してほしいって頼めばいい」
『信用できませんわ』
「エミリアを?」
『あの女は、わたくしの人生を狂わせるのでしょう?』
「ゲームではね。でも、今のエミリアはカサンドラを助けようとして、神殿まで来てくれた」
『殿下と一緒に、ですわ』
「そこが気に入らないだけじゃない?」
『違います!』
カサンドラの返事は、あまりにも早かった。
私は枕へ顔を押しつけ、声を殺して息を吐く。
「舞踏会のときも、エミリアはカサンドラが広間にいたって証言してくれた。今回も調査を手伝ってくれてる」
『それは、そうですが……』
「嫌いでもいいよ。仲よくなる必要もない。でも、今はエミリアの力が必要なんだ」
カサンドラは何も答えなかった。
窓の外から、夜の祈りを告げる鐘が聞こえてくる。
「このまま修道院へ送られたら、アレクシス殿下にも会えなくなるよ」
『卑怯ですわね』
「効いた?」
『あなたが、わたくしを脅すようになるとは思いませんでした』
「カサンドラに鍛えられたからね」
『そのようなことを教えた覚えはありません!』
反対する声から、先ほどまでの勢いは消えていた。
それでも、賛成するとは言わない。
「明日の朝、エミリアに頼もう」
『まだ認めておりません』
「でも、エミリアしかいないよ」
長い沈黙が訪れた。
やがてカサンドラが、絞り出すように言う。
『……少しだけ、考えさせなさい』
そのとき、扉が小さく叩かれた。
「カサンドラ様。まだ起きていらっしゃいますか?」
聞き覚えのある少女の声だった。
「エミリアです。少し、お話ししてもよろしいでしょうか」
私は毛布から顔を出し、扉を見た。
「ちょうどよかった」
『よくありませんわ!』




