↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
35/39

罠を仕掛けましょう

 自分の話を終えると、部屋には静けさが戻った。


 私は机の上に広げた調査記録へ目を向ける。


 明日の日没までに、悪魔の仕業ではないと証明できなければ、私たちは聖セレナ修道院へ送られる。


「そろそろ事件のことを考えないとね」


『そうですわね』


 カサンドラの声には、先ほどまでの棘がなかった。


 紙には、悪魔祓いで起きたことを書き並べてある。


 儀式前から感じていた胸の苦しさ。


 香炉へ火が入ったあとに強まった喉の痛み。


 一つずつ順番に割れた七つの聖壺。


 壺の底に残っていた、正体不明の白い物質。


 そして、それを持ち去った灰色の女。


「儀式で起きたことは、全部つながってると思う」


『わたくしたちを苦しませ、その直後に聖壺を割る。それで悪魔の仕業に見せかけたのでしょう』


「でも、どうやったのか分からない」


『でしたら、仕掛ける機会があった者から考えましょう』


 私は紙の中央へ、五人の修道女の名前を書いた。


 テレサ。


 ベアトリス。


 アニエス。


 クララ。


 マリアンヌ。


 全員が悪魔祓いの儀式に参加し、祭具へ触れている。白い物質を奪って逃げたのも女性だった。


 まず調べるべきなのは、この五人だ。


 テレサは祭具の管理、ベアトリスは聖壺の運搬、アニエスは聖水、クララは香炉への点火と砂時計、マリアンヌは香炉と壺の配置を担当していた。


「壺に細工できたのは、テレサかベアトリスかな」


『保管中に触れたのなら、ほかの三人にも機会はあります』


「香炉に何か入れたのは、クララかマリアンヌ?」


『香は儀式前から入っていました。当日運んだ者が、準備したとは限りませんわ』


「アニエスは聖水……。でも、聖水に触れたときは平気だった」


『それだけでは、疑いから外せません』


「結局、全員怪しいんだね」


 役割を整理しても、候補は一人も減らなかった。


 全員に機会があり、誰にも決定的な証拠がない。


「灰色の女が、この五人の誰なのか分かればいいんだけど」


『顔を隠していました。外套も布靴も、神殿では珍しいものではありません』


「一人ずつ見張る?」


『わたくしたちは一つの身体です。五人を同時に見張ることなどできませんわ』


 分かっている。


 五人を順番に調べる時間もない。最初の一人を外しただけで、期限を迎えてしまう。


 ゲームなら、失敗した場面からやり直せた。


 一つの選択肢を試し、登場人物の反応を記録する。うまくいかなければ前へ戻り、別の答えを選ぶ。


 けれど、この世界では時間を戻せない。


 今回は、私が正しい選択肢を探すのではない。


 犯人に選ばせればいい。


「罠を仕掛けよう」


『どのような?』


「白い物質が、もう一つ見つかったって嘘をつくの」


『奪われたものとは別に、ですか?』


「今日、壺の破片を調べたら、割れ目の奥に少しだけ残っていたことにする。それを明日の正午に、王宮の薬師へ渡すって五人に伝える」


『材料の正体が分かれば、入手先までたどられる可能性がありますわね』


「犯人なら、薬師に渡る前に消したいはず」


 私は紙の余白へ、小さな箱を描いた。


「白い陶器の粉を証拠に見せかけて、箱へ入れておく」


『箱ごと持ち去られたら終わりですわ』


「昼間、祭具準備室で見た保管箱を使えないかな」


 準備室の壁際には、祭具の台帳や貴重品を保管するための木箱があった。鉄の帯で補強され、底は太い金具で机へ固定されている。


『あの箱なら、犯人はその場で蓋を開け、中身だけを処分するしかありませんわね』


「でも、開けた人が誰なのか分かる仕掛けが必要だよ」


 箱が空になっただけでは、犯人を特定できない。


 触れた瞬間に、その人物だと分からなければならない。


 私は部屋を見回した。


 壁には、祈りの時間を知らせる小さな鐘から紐が垂れている。


「箱を開けたら、音が鳴るようにできないかな」


『鐘を使うのですか?』


「机の下に金属の皿を置く。その上に細い木片を渡して、小さな鐘を載せておくの」


 私は箱の下へ、簡単な仕掛けを描いた。


「箱の蓋と木片を、細い糸でつなぐ。蓋を開けると糸が引かれて、木片が抜ける」


『支えを失った鐘が、金属の皿へ落ちるということですわね』


「うん。かなり大きな音が鳴るはず」


 机に床まで届く布を掛ければ、下に隠した鐘も糸も見えない。


『ですが、音を聞いてから駆けつけたのでは、犯人に逃げられるかもしれません』


「逃げても分かる印をつけよう」


『印?』


「箱を開けた人にだけ、色がつくようにするんだよ」


 方法までは思いつかない。


 すると、カサンドラが答えた。


『神殿には、写本の彩色に使う顔料があります。紫色の顔料を油で溶けば、皮膚や衣服へ付着し、簡単には落ちません』


「取っ手に塗る?」


『開ける前に気づかれます。染料を入れた小さな革袋を、蓋の内側へ隠すのです』


 革袋は、蓋の手前側にある装飾板の裏へ固定する。袋の口は、箱を開ける者へ向けておく。


 栓と箱の底を、細い糸でつなぐ。


 蓋を持ち上げれば糸が張り、革袋の栓が抜ける。蓋と一緒に袋も傾き、中の染料が開けた者の手や胸元へ流れ落ちる。


「同じ動きで、机の下の木片も抜く」


 箱の蓋を開けた瞬間、鐘が金属皿へ落ちる。


 同時に、蓋の裏から紫色の染料が降りかかる。


 逃げたとしても、手や袖、髪に残った色までは隠せない。


「これなら、誰が箱を開けたのか分かる」


『ええ。罠を知らなければ、避けることも難しいでしょう』


 犯人を見つけた。


 そう思いかけて、私は首を横へ振った。


「でも、この罠だけで儀式に細工した犯人だと決めるのは駄目だよね」


『誰かに命じられ、証拠を消しに来る可能性もありますわね』


「この罠で分かるのは、白い物質を恐れて、証拠箱を開けた人まで。その人から事情を聞いて、ほかの証拠も探さないと」


『まずは灰色の女を捕らえる。それが真相へ近づく第一歩ですわ』


 私は紙へ、必要な物を書き出した。


 白い陶器の粉。


 細い糸。


 小さな鐘。


 金属の皿。


 木片。


 革袋。


 紫色の顔料。


 油。


 書き終えたところで、手が止まった。


「……これ、どうやって用意するの?」


 私たちは、悪魔憑きの疑いをかけられている。


 部屋の外には二人の神官が立ち、移動するときにも必ず監視がつく。


 保管箱の蓋へ革袋を隠し、机の下へ鐘や金属皿を置いていれば、すぐに見つかるだろう。


『調査の最中に、少しずつ仕掛ければ――』


「無理だよ。細い糸を結んで、染料の袋を隠して、机の下に鐘まで置くんだよ。エリアス様の目の前ではできない」


『では、大司教へ事情を話しますか?』


「罠を知ったら、五人への警備を強くすると思う。いつもと違う動きを見られたら、犯人が警戒するよ」


『アレクシス殿下へお願いするのは?』


「王太子に、机の下へ潜って罠を作ってもらうの?」


『……それは許されませんわね』


 罠を作ったあと、その場で箱を見張る必要もある。


 鐘が鳴ってから駆けつけただけでは、私たちが後から染料をつけたと言い逃れされるかもしれない。


 私たちの代わりに仕掛けを作り、そのまま近くへ隠れて、犯人が箱を開ける瞬間を見届けてくれる者。


 そのような人物が、一人いればいい。


「二人だけじゃ、罠を仕掛けられないね」


 カサンドラも、すぐには答えなかった。


 私たちは一つの身体にいる。


 二人で考えることはできても、別々の場所で動くことはできない。


 罠は完成している。


 犯人を誘い出す方法もある。


 足りないものは、一つだけだった。


『協力者が一人、必要ですわね』


 カサンドラの声が、静かな部屋に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。