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あなたは半年後に処刑される

「半年後、あなたは聖女候補に毒を盛った罪を着せられる」


 カサンドラの気配が止まった。


「そして――処刑される」


 沈黙が落ちた。


 ついさっきまで頭の中で怒鳴り続けていたカサンドラが、何も言わない。


「カサンドラ?」


『……くだらない』


 低い声が返ってきた。


『何を言い出すかと思えば、わたくしが処刑される? そのような作り話を信じるとでも?』


「作り話じゃない。私は実際に見たんだよ」


『どこで?』


「ゲームの中で」


『げえむ?』


「私のいた世界には、この世界を物語として体験できるものがあるの。『聖女と五つの誓い』っていう乙女ゲームで――」


『わたくしたちの世界が、物語ですって?』


 カサンドラの声が低くなった。


「信じられないと思うけど、本当なんだ」


『では、わたくしは誰かが作った登場人物で、あなたは安全な場所から眺めていたと?』


「そういうことになる……かな」


『わたくしが苦しみ、すべてを失い、処刑される姿を?』


「……うん」


『それを見て、楽しんでいたのですか?』


 責めるような言葉に、私は何も答えられなかった。


 最初は楽しんでいた。


 カサンドラがエミリアに言い返されるたび、いい気味だと思っていた。処刑される結末を初めて見たときだって、悪役令嬢らしい最後だとしか思わなかった。


 何度も物語を繰り返し、彼女を知るまでは。


「最初は、あなたのことが嫌いだった」


『でしょうね。わたくしも、あなたのような無礼な女は嫌いです』


「でも、三か月もゲームをやっているうちに、放っておけなくなった。あなたが不幸な結末を迎えるたび、どうにか助けられないかって思うようになったんだよ」


『余計なお世話です』


「本当にかわいくないな!」


 声を荒らげた瞬間、右手が勝手に鏡をつかんだ。


 身体の奥から、カサンドラの感情が押し寄せてくる。


 怒り。


 恐怖。


 そして、それを認めたくないという強い拒絶。


「わたくしが処刑されるはずありません」


 身体の主導権を奪ったカサンドラが、鏡の中の自分へ言い聞かせる。


「わたくしはヴァレンティア公爵家の娘。いずれアレクシス様と結婚し、この国の王太子妃となる女です」


『ゲームのあなたも、そう信じてたよ』


「黙りなさい!」


 カサンドラが鏡を叩いた。


 亀裂こそ入らなかったが、鈍い音が部屋に響く。


「聖女候補とは誰です? わたくしが、なぜその女へ毒を盛らなければならないのです?」


『エミリアという女の子。地方男爵の庶子として育ったけど、聖女の力を持っていることが分かって、王都へ呼ばれる』


「エミリア……聞いたことのない名前です」


『まだ王都へ来てないからね』


「その女と、わたくしに何の関係が?」


『アレクシスがエミリアを好きになる』


 カサンドラの指が止まった。


 鏡の中の青い目が大きく見開かれる。


「……今、何と?」


『アレクシスはエミリアと恋に落ちる。あなたは二人の仲を邪魔して、エミリアをいじめるようになる』


「あり得ません!」


 カサンドラの怒りが爆発した。


「アレクシス様が、素性も知れない男爵家の娘を選ぶはずがないでしょう! わたくしは幼い頃から、あの方の隣に立つために生きてきたのです!」


『私に怒らないでよ。ゲームではそうなるんだから』


「嘘です!」


『嘘じゃない!』


「では、証明なさい!」


 その言葉とともに、身体の主導権が私へ戻ってきた。


 カサンドラの感情が強すぎたのか、胸が激しく上下している。鏡をつかんだ指も震えていた。


「証明って?」


『わたくしの未来を知っているのでしょう? これから起きることを言い当ててみなさい』


「分かった」


 私はゲームの序盤を思い出した。


 物語は、社交期の開幕を告げる王宮舞踏会から始まる。


 その三日前、エミリアが聖女候補に選ばれたことが王家から発表される。その知らせを読んだカサンドラが、初めてエミリアの存在を知るのだ。


「今日の正午、王家から手紙が届く」


『手紙?』


「社交期の開幕を祝う舞踏会の招待状。それと一緒に、エミリアという少女が聖女候補として王都へ来ることが知らされる」


『その程度、誰かから聞いたのでしょう』


「私がこの身体で目を覚ましたのは、さっきだよ。誰に聞けるの?」


『使用人が話しているのを、眠りながら聞いていた可能性もあります』


「じゃあ、もっと細かく言う。手紙を持ってくるのは王家の使者。封蝋は金色で、王家の鷲が刻まれている。招待状には、三日後の日没から舞踏会を開くと書かれてる」


『……ほかには?』


「手紙と一緒に、白い百合が一本届く」


『なぜ花が?』


「知らない。ゲームではそうだった」


 カサンドラが鼻で笑った。


『残念でしたわね。王家が招待状へ添えるのは、国花である青い薔薇です。白い百合など届くはずがありません』


「でも、ゲームでは確かに白い百合だった」


『あなたの知識が間違っているのです』


「まだ届いてないんだから、分からないでしょ」


 言い争っていると、遠くから鐘の音が聞こえた。


 重い音が、十二回。


 正午だ。


 最後の鐘が鳴り終わる。


 何も起こらない。


『王家からの手紙は?』


「ちょっと待ってよ。正午ぴったりとは限らないでしょ」


『先ほど、正午に届くと言いましたわ』


「数分くらい誤差の範囲!」


『都合のよい言い訳ですこと』


 カサンドラの声に余裕が戻ってきた。


 やはり私の妄想だったと決めつけているらしい。


 そのとき、廊下を走る足音が聞こえた。


 足音は部屋の前で止まり、扉が勢いよく叩かれる。


「カサンドラお嬢様!」


 ロザリーの声だった。


「王家の使者がお見えになりました! 旦那様が招待状をお受け取りになり、すぐに応接室へ来るようにと!」


 頭の中で、カサンドラが息を呑んだ。


「招待状には、何と?」


 私が扉越しに尋ねる。


「旦那様のお話では、三日後に舞踏会が開かれるそうです。それから、聖女候補に選ばれたエミリア様が王都へいらっしゃるとの知らせも」


 予言したとおりだった。


「ほらね」


『まだです。花を確認なさい』


「招待状に、何か添えられていなかった?」


「何か、でございますか?」


「例えば……花とか」


「あ、はい。一輪の花が添えられております」


 私は扉へ近づいた。


「何の花?」


「白い百合でございます」


 カサンドラは、何も答えなかった。


 ゲームの未来が、動き始めた。

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