閉ざされた待合室
「あのね、カサンドラ……」
私は、自分が気づいたことをカサンドラに話した。
初めは黙って聞いていたカサンドラも、私がすべてを説明し終えるころには、険しい声で答えた。
『確かめる必要がありますわね。ただし、今は動いてはなりません』
「どうして?」
『わたくしたちは容疑者なのですよ。勝手に行動すれば、何を企んでいるのかと疑われます』
そのとおりだった。
付き添いの女性騎士に促され、私たちは待合室へ戻った。
室内には、事情を聞かれるのを待つ人々が集められていた。
父オズワルド公爵は窓際に立ち、第二王子ユリウスは長椅子へ腰掛けている。エミリアは青ざめた顔で両手を握り、宮廷医師シラスは部屋の隅に座っていた。
壁際には騎士が立ち、扉の前を塞いでいる。
誰も口を開かない。
私が入ると、全員の視線が一斉に集まった。
その目には、警戒と疑いが混じっている。
『堂々となさい。あなたが怯えれば、罪を認めたと思われます』
私は背筋を伸ばし、空いている椅子へ向かった。
何かが気になった。
その途中、部屋にいる者たちを順番に見た。
深緑の礼服を着たユリウス。
濃紺の礼服に、青い宝石の飾りをつけた父。
黒い礼服をまとい、革の医療鞄を足元に置いたシラス。
視線が、それぞれの姿の上で一瞬ずつ止まる。
何かが気になった。
けれど、それが何なのかを考える前に、待合室の扉が開いた。
ガレス・クロイツ隊長が、ルシアンを伴って入ってくる。
「お待たせしました。これから、事件前後の行動を確認させていただきます」
ユリウスが不満そうに脚を組み替えた。
「なぜ、この部屋にいる者だけが集められた?」
「ローデン伯爵が最後に目撃されてから、遺体が発見されるまでの間に、伯爵と言葉を交わした方。広間を離れた方。現場付近で目撃された方と、その行動を見ていた方です」
ガレスは、室内にいる者たちを順番に見た。
「ユリウス殿下、オズワルド公爵閣下、シラス医師は、事件の直前に伯爵と言葉を交わしています。その後、三名とも一時的に広間を離れていたという証言があります」
続いて、ガレスの視線が私へ向けられた。
「カサンドラ様は、現場となった小部屋の付近で目撃されています。エミリア嬢には、カサンドラ様が広間へ戻ったあとの行動について確認させていただきます」
「つまり、私たちを容疑者として集めたわけか?」
「現時点では、事件に関係する可能性のある方々です。犯人と決めつけているわけではありません」
「母上もローデン伯爵と話していただろう」
「王妃陛下からは、すでに別室でお話をうかがっております。今夜の行動については、王妃付きの侍女や招待客にも確認しています」
ユリウスの顔から、不満そうな笑みが消えた。
「王族である私にも、同じように答えろと?」
「国王陛下から、身分にかかわらず調べるよう命じられております」
ガレスは表情を変えなかった。
「今は皆様の大まかな行動を確認します。詳しいお話は、後ほど一人ずつうかがいます」
ユリウスは小さく鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わなかった。
「では、第二王子殿下からお願いいたします。ローデン伯爵と話したあと、どちらにいらっしゃいましたか?」
「西側の回廊だ。酔いを冷ますため、一人で外の空気を吸っていた」
「それを証明できる方は?」
「一人でいたと言っただろう」
「広間へ戻った時刻は?」
「正確には覚えていない。伯爵が見つかる、少し前だ」
ガレスが記録係へ目を向ける。羽根ペンが紙の上を走った。
ユリウスは近衛騎士団の予算をめぐり、ローデン伯爵と言い争っていた。その直後、一人で広間を離れている。
『露骨に怪しいですわね』
カサンドラの声が頭の中で響く。
私は扇で口元を隠した。
「でも、正直に一人だったって話してる」
『聞こえます。黙っていなさい』
ガレスが父へ向き直る。
「オズワルド公爵閣下。あなたは、どちらに?」
「ローデン伯爵と話したあとは、広間で何人かの貴族と話していたよ」
「お名前を教えてください」
父は三人の貴族の名を挙げた。
「ただ、途中で一度、従者を呼ぶために広間を出た。ほんの数分だがね」
「どちらの廊下へ?」
「西側だ」
ユリウスと同じ方向だった。
ガレスが理由を尋ねると、父は領地から届いた書状を持ってこさせるためだったと答えた。
「その従者に確認すれば分かる。私が声をかけた時刻までは覚えていないだろうが」
穏やかに話す父の顔からは、何も読み取れなかった。
次は、シラスの番だった。
「医師殿。あなたはローデン伯爵と話したあと、どちらに?」
「東側の医務室です。気分を悪くした招待客のため、薬を取りに行きました」
「お一人で?」
「はい」
「医務室で、誰かと会いましたか?」
「いいえ。薬を取って、すぐに広間へ戻りました」
「戻った時刻は?」
「楽団が二曲目の演奏を始めたころです。正確な時刻までは分かりません」
三人とも、途中で一人になる時間がある。
誰の話が本当なのか、私には判断できなかった。
ただ、証言を聞くたび、胸の奥に小さな引っかかりが増えていく。
ガレスの質問は、私にも向けられた。
「カサンドラ様。あなたは広間を離れ、東のバルコニーへ向かったと話されましたね」
「はい」
「途中で、小部屋へは?」
「入っていません」
「バルコニーにいたことを証明できる方はいないのですね?」
「誰にも会いませんでした」
「あなたを見たという侍女は、小部屋の前であなたを目撃したと証言しています」
カサンドラの怒りが、頭の奥で膨らむ。
『まだ、あの証言を信じているのですか』
今にも身体を奪われそうな感覚がした。
私は膝の上で両手を強く握る。
「私は、あの部屋へ入っていません」
「侍女が嘘をついていると?」
「そうは言っていません。でも、あの人が見たものが正しかったとは限らない」
ガレスの目がわずかに細くなった。
「どういう意味です?」
「……今は、まだ言えません」
室内がざわついた。
「根拠のない主張では、証言を覆すことはできません」
「分かっています」
確かめるまでは話さない。
ここで中途半端に口にすれば、思いつきだと笑われて終わるかもしれない。
ガレスはしばらく私を見つめたあと、記録係へ合図した。
「本日の確認は、ひとまずここまでとします。ただし、事件が解決するまで、許可なく王宮を離れることはできません」
ユリウスが立ち上がった。
「いつまで私たちを閉じ込めておくつもりだ?」
「必要な確認が終わるまでです」
「犯人を見つけられなければ?」
「見つけます」
ガレスは迷わず答えた。
その後、ユリウス、父、シラスは、それぞれ別の部屋へ案内された。エミリアも王妃付きの侍女に連れられていく。
待合室に残ったのは、私と女性騎士だけになった。
窓の外は、すっかり暗くなっている。
「結局、何も分からなかったね」
扇で口元を隠し、小声でつぶやく。
『いいえ。全員に、誰にも見られていない時間があったと分かりました』
「全員が怪しいってこと?」
『少なくとも、最初から一人に決めつけるべきではありませんわ』
それは、カサンドラ自身が誰よりも知っていることだった。
扉が静かに開いた。
入ってきたのは、アレクシスだった。
女性騎士が頭を下げ、少し離れた場所へ移動する。
アレクシスは私の前まで来ると、ためらうように足を止めた。
「カサンドラ」
いつもの穏やかな声だった。
「先ほどは、すまなかった」
私は彼を見上げる。
「君を犯人だと決めつけたつもりはなかった。だが、私の言葉は、君を疑っているように聞こえたと思う」
頭の中で、カサンドラが息をのむ気配がした。
アレクシスは、まっすぐに私たちを見つめた。
「本当に、すまなかった」




