最初の糸
その夜、先生の配信を開いた。
いつもと同じだった。
コメントが流れる。
先生が拾う。
笑う。
また流れる。
何も書かない。
先生は、こちらを知らない。
大勢の中に混じって、ただ見ている。
それでよかった。
先生の声を聞いていると、少しだけ静かになった。
男。
逃した機会。
断ったことへの苛立ち。
どれも少し遠くなる。
先生が何かの話をしている。
内容をほとんど聞いていなかった。
声だけ聞いていた。
配信が終わった。
画面が暗くなる。
部屋が急に広くなった。
しばらく、黒い画面を見ていた。
先生は、こちらを知らない。
それなのに。
いつも、欲しい時に何かをくれる。
声。
言葉。
少しの時間。
その夜、先生の本を注文した。
前から知っていた。
本を書いていることも。
買おうと思えば、いつでも買えた。
でも買わなかった。
なぜ、今なのだろう。
先生をもっと知りたかったのか。
それとも。
何か、別のものが欲しかったのか。
数日後。
先生と会った。
そこで初めて、先生へ尋ねた。
いつもなら、しないことだった。
知らなければ調べる。
分からなければ自分で探す。
人に聞く前に、自分でやる。
その方が早い。
ずっとそうだった。
「先生」
「ん?」
「教えてほしいことがあるんです」
先生が少し笑った。
「珍しいな」
「何がですか」
「あんたが人に聞くの」
少しだけ、嬉しかった。
「私、知らないことが多すぎるみたいで」
「みんなそうやろ」
「仕事のことじゃなくて」
「ほう」
「もっと、いろいろ」
先生は少し黙った。
「何になるつもりなん」
笑っている。
「分かりません」
本当に、分からなかった。
「でも」
そう言った。
「足りないんです」
先生は、少しだけ声を落とした。
「そうなんや」
それだけだった。
その一言が、
妙に残った。




