強い一本
男を思い出した。
男の肩書だけなら、もっと上の人はいくらでもいる。
会社の規模だけなら、もっと大きなところも知っている。
名刺に書かれた文字だけを見れば、
特別ではない。
それなのに。
男の口からは、ときどき妙な名前が落ちた。
何人辿っても届かなかった人。
いつか会えればと思っていた人。
会社の社長。
大企業の人間。
専門家。
大学の先生。
昔の同僚。
業界の外にいる人。
若い人。
年配の人。
繋がり方に規則がなかった。
「この前、○○さんとお会いして」
男は何でもないことのように言う。
顔を上げる。
知っている。
その名前。
欲しい。
もっと聞きたい。
「その方とは――」
言いかける。
男の顔が、ほんの少しだけ変わる。
「えぇ、お時間が合えばですね」
閉じる。
いつもそうだった。
欲しがると、男は引く。
男を見るようになった。
誰と話すのか。
誰の話なら聞くのか。
誰に笑うのか。
誰には自分から近づくのか。
肩書が高いから近づくわけではなかった。
偉そうな人間には、むしろ冷たい。
若い人間の話を長く聞くこともある。
小さな会社の人間と楽しそうに話していることもある。
何を基準に選んでいるのだろう。
知りたかった。
男のその先へ行くには、
男を知らなければならない。
そう思っていた。
ある日。
男が、知らない女と話していた。
女の手が、男の腕に触れる。
男は避けなかった。
少し離れた場所から見ていた。
胸の奥に、小さなものが引っかかった。
面白くない。
女を見る。
綺麗だった。
よく笑う。
距離も近い。
男も、楽しそうだった。
でも。
違う。
前に見た、あの美しい女とは違う。
あの女を見た時は、分かった。
同じだった。
糸を見る目。
相手との距離。
触れる場所。
引く場所。
巣を持つ女、だから、警戒した。
でも。
目の前の女は違う。
同種ではない。
男の腕に触れている、それだけ。
なら。
怖くない。
そう思った。
なのに。面白くない。
あの女は誰だろう。
いつ知り合った。
どこで繋がった。
男は、あの女には何を話している。
あの女の向こうには、誰がいる。
そこまで考えて、安心しかけた。
そう。
気になるのは、その先。
男ではない。
女がまた笑った。
男も笑った。
面白くない。
目を逸らした。
どうして。
分からなかった。




