6北辺境に向かう
アリシアが乗った馬車は北に向かった。
途中の小さな街で馬車が止まった。
「アリシア、疲れてないか?そろそろ昼だ。休憩にしよう」
「もうそんなに、そう言われればお腹が空きました」
父と名乗った男が扉を開ける。明るい日差しに眩しさを感じて一瞬身体が強張った。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
父の言葉遣いは平民らしく遠慮がないところが今のアリシアには何だか居心地が悪かった。
父に会えた事がうれしくない訳ではない。でも、まだ何もなかった風には出来そうにもない。
「あの、少し下がって頂けます?自分で降りれます」
遠慮のない言葉、遠慮のない気遣い。父の手は当たり前の様に目の前に差し出されていてそれを素直に受け入れるのが嫌だった。
「ああ、すまん」
父は手をすぐに引っ込めて一歩下がる。
すると今度はその態度が気に入らない。一体何がしたいのか自分でもわからないままアリシアは馬車を降りた。
父は先に立って宿場街の立ち並ぶ方に歩き始めるがアリシアはその場に立ち止まったままだ。
「おい、昼飯は何がいい?馬車に揺れるからあまり脂っこいものはやめた方がいい。そうだ。それとも屋台で串焼きでも買うか?スッとする飲み物もあるぞ」
父はアリシアの方に振り返りながらそれでもほんの少し距離を空けて立ち止まっている。
後ろには騎士がついて来て一見すると何処かのお嬢さまに見えなくもないと思った。
アリシアは戸惑っていた。はっきり言って幼い頃からずっと聖教会で暮らして来たアリシアはあまり街に出た事がない。もちろん街の診療所や結界を張るために街道を通った事もある。でも、こうして食事をした事も買い物をした事も無かったのだ。
父が色々聞くが何のことかも分からない。
「アリシア。あまり人目のある所は、あなたは一応罪人です。良ければ我々が屋台で簡単な昼食を買って来ても良いが」
そう言われて現実に引き戻された。
「分かりました。私は馬車で待っていますので、何か適当に買って来て頂けたら」
「では、そのように」
騎士の二人がそういう時小走りに宿が立ち並ぶ方に向かって行った。
「御者、お前は好きに食べて来い。彼女はここで休憩を取る」
「はっ?お前何言ってんだ。飯を食うだけじゃない。アリシアさんはずっと座りっぱなしなんだぞ。それにお前らだって用は足すだろうが。一度そう言う所に連れて行ってやるべきだろう」
「そうか。すまなかった。アリシア、それでは食堂で用を済ませて来い。一人ついて行く」
アリシアはあくまで北辺境に送られる罪人と言う認識らしい。
「ったくよぉ。お前らだって分かってるんだろう?彼女がそうじゃ無いって。これだから王都の奴らは」
「構いません。それが彼らの仕事ですから、お願いします」
そうは言ったが父の心遣いはうれしかった。でも、お礼は言わなかった。
用を足して帰ってくると騎士が屋台で買った串焼きと小さな固いパンが手渡された。
「これを」
「ありがとうございます」
アリシアは無造作に渡された包みを受け取るとまた馬車に乗り込んだ。
すぐに父が手を差し入れた。
「これも食え」
手渡された包みはまだ熱いくらいだった。
「これは?」
「肉パン、熱っ熱っだから気をつけて食え」
「ありがとうございます」
反射的ににお礼を言っていた。
父はそれだけ渡すとすぐに離れた。
アリシアは座席に座るとその包みを開いた。湯気が立ち上り美味しそうな匂いが鼻腔を刺激した。
そっとその端にかぶりついた。
じわっと滲み出る肉汁、「熱い!」思わず声が出た。
「おい、だから気をつけて食えって言っただろ」
耳を澄ましていたかのようにすぐに声が返って来た。
「気をつけます」
なぜかその声に返事をする。そして今後はふうふうとしてゆっくり口に入れる。
ホワホワした柔らかなパンと美味しい具とが口の中で混ざり合うと何とも言えない美味しさがやって来た。
これって肉まんだ。前世の記憶が蘇る。
「おいしい」
思わず溢れた声に「だろ!」
「あの、少し黙っていてもらえませんか。落ち着いて食べれません」
「すまん」
「あっ、いえ、そんなつもりでは」
「いいんだ。俺が悪い。もう、何も言わないからゆっくり食べろ」
父は小さな声でそう返した。
アリシアはほんの少し吹き出しそうになった。
今まで食事の時こんな会話などした事もなかった。食事は楽しいものではなく身体を維持する為に必要な行為でしかなかった。
誰かと会話する食事もなかった。これからは父や祖父母と楽しい食事が出来たら良いのに、そんな事を思いながら肉まんと串焼きを食べた。パンは食べきれなかったので包みにくるんで荷物に入れた。
馬車は昼食を終えると出発した。
窓の景色は次第に色を失って行った。
緑色の木々が段々と茶色に変わり黄金色に広がった畑は黒っぽい剥き出しの土になって行った。
空気が冷たくなりアリシアは馬車にあった膝掛けを手繰り寄せ首元まで掛けた。
そうしてやっと北辺境のキルハンに着いた。
馬車は一度城壁の門の前で止まり、騎士が元聖女アリシアの護送を告げた。
門が開き馬車は静かに城壁を潜り抜けると北辺境騎士団の本部に向かった。
王都の騎士はそこでアリシアの移送手続きを終えると帰って行った。
アリシアは北辺境騎士団の隊長である北辺境伯であるユリウス・ノースライルに迎えられ建物の中に入った。
彼は黒髪に琥珀色の瞳。年齢は30半ばだろう。顔立ちは端正だが目つきは鋭く体格もがっしりしていて腰には大きな剣を下げている。
父は一緒にアリシアについて行こうとしたが騎士に止められた。
「北辺境様、ここにはアリシアの家族が暮らしています。祖父はギルド長のグエンです。アリシアの保証人になると申請書が出ているはずなんです。話が終わったらギルドに連れて帰りたいんです。お願いします。俺はここで待っているんで」
「ノートンが御者をしたのか?」
「はい、アリシアを迎えに行きました。実は‥「父です。父が王都まで迎えに来てくれたんです」
父が言いにくそうだったのでアリシアが先に説明をした。
「そうか。お前の父か。ならばそこで待て、先に話だ」
ノースライル北辺境伯は一切の迷いもなくそう返事を返した。
アリシアは北辺境伯が父を見知っているとわかり、父がまんざら嘘を言っているのではないと思い始めた。




