38ウエンドで最後の宝珠を
荷馬車には麦や米が積まれていてウエンドの中心街にある商会に着くと聞いていた。
「まったくよぉ、良い奴だと油断してたらあのサウスウエイドの野郎、とんでもねぇ野郎だった。だから貴族っていうのは嫌いなんだ。権力を傘にきて何しても良いと思っていやぁがるっ!」
ノートンがまだ眠るアリシアの髪を優しく撫でながら言う。
「ノートン、気持ちはわかる。俺にだって娘がいる。あんな汚ねぇ事されたらよぉ」
「竜王さんが気づいてくれなかったら‥すまねぇな。あんたにゃ世話になりっぱなしだ」
「それにあいつをぶっ飛ばしたんだろう。寝ようとしてたらいきなり雷が落ちたみたいな音がしたぞ!くっ、いい気味だよな」
「私はただ聞こえたんだ。アリシアが危ない目に遭っていると、その、耳がお前たちより良いからな。しかしあいつ殺すべきだったか」
オディアスは呟くように言う。
「いや、殺せば貴族殺しでやばい事になる。いくらあんたが竜王でもなぁ。いや、アリシアを助けてくれた事は感謝している。あんたがこの先ちゃんとやって行けるまで俺たちが面倒見る。約束する」
「ああ、そうだ。北辺境に帰ればグエンもいるしギルドで働くって言うのはどうだ?まあ、どっちにしてもあんたの面倒は任せてくれ!」
ドクが胸を叩く。
「うぅ、んん‥」
「アリシア?おい、大丈夫か?」
ノートンは荷馬車に乗った時からアリシアの頭を膝の上に乗せていた。こんな揺れる荷馬車に直に寝かせられるかって。
ちなみにドクとオディアスは麦の袋を背にして倒れて来ないように背で支えていた。
「‥えっと、あれ?父さん、どうして、わたし」
「気分は?どこか痛むか?うん?」
「ここはどこ?私、どうして‥」
「今はウエイドに向かう荷馬車の中だ。サウスウエンドの屋敷から逃げ出して来たんだ。あいつお前におかしな事をしようとしてたんだ。竜王さんが気づいて助けてくれたから良かったものの。ったくよぉ!」
「あっ、そういえばあのワイン飲んだら急に眠くなって‥あのワインに薬が?あいつ!!」
「お前、もっと警戒したらどうなんだ?男と二人きりになるなんて危険だって思わなかったのか?」
オディアスが呆れたような口調で言う。
「だって、そんな経験ないんだから仕方ないじゃない。まさか私にそんな魅力があるなんて思うわけ‥」
アリシアはオディアスが何を考えていたか想像して思わず固まった。
「そうだぞ。アリシア、これからは気をつけねぇとな」
「ごめんなさい。みんなに心配かけちゃって」
「まあ、無事だったからな。もうすぐウエイドに着く。着いたら何か食べよう。それまで横になってろ」
「うん、父さん、ドクさん、オディアスもありがとう」
アリシアはやっと周りを見て父の膝枕で横になっていると気づいて飛び起きる。
「もう、父さん、何してんの!」
「ばか!荷馬車じゃおちおち寝てられねぇだろ!だから」
「もう、そんなの‥でも、ありがとう」
荷馬車は無事ウエンドの街中に着いた。他の地域と違ってウエンドがまだ竜毒は流れ込んでいないようだった。確かに王都側にある大きな火山がこの街を守っているのだろうと思った。
御者にお礼を言ってまずギルドに行った。
すでにサウスウエイドのギルドから連絡が来ていたし、聖教会からも連絡が回っているらしくいつでも聖教会に行っていいと言われた。
「まあ、こんだけ行く先々で浄化して回ってりゃ来るなって言う方がおかしいよな」ドクさんが言う。
「でも、その前に腹ごしらえだ。近くの食堂に食いに行くか」
「ええ、なんだかお腹ぺこぺこ」
「そうか?腹が減るくれぇならしんぱいねぇな」
「その前にちょっと着替えてくる。こんなドレス!」
アリシアは昨晩着たドレス姿のままだった。まあ、ドレスはすっかりしわくちゃになり見るも無惨な姿になってはいたが。
ドレスはギルドで処分するように頼んでいつものシャツとズボン姿に着替えた。
髪は後ろで一つに束顔を洗ってスッキリした。
「おっ、すっきりしたじゃねぇか。やっぱりアリシアにはそれが似合う」
ノートンが着替えて来たアリシアを見て目尻じりじくしゃっと皺を寄せた顔をする。
「ああ、お前にはあんなドレスは似合わん。全くあの男の趣味が悪すぎた。おい、アリシア、お前、顔色が」
いきなりオディアスがアリシアの顔を覗き込む。
「な、何よ!」
「いや、顔色が悪かったがかなり良くなったと思って」
アリシアの頬が一気に熱を持つ。
「そう?あ、あの、オ、オディサス。さっきは助けてくれてありがとう」
しどろもどろになりながらお礼を言った。
「別に‥」
オディアスは当然だと言わんばかりに目を逸らす。
「父さん、いいからお腹減った。早く行きましょうよ」
「おお」
アリシア達は街中の食堂に入った。
昼時とあって食堂は混み合っていた。王都側にある火山は何度か噴火も起こしたことのある。そのおかげで幾つもの鉱山がある街で街には商人や鉱山で働く人がたくさんいる。それに合わせて鍛冶屋や食糧を運んだり食堂もたくさん立ち並んでいた。
「うわぁ、すごい人。ここでも米がある」
最初にアリシアの目に入ったのはごった返す人。次に米。トレイに乗せられた料理にチャーハンのような炒めご飯があった。
「父さん、私、あれにする」
アリシアは無意識にその料理を指差した。
「あれか、ありゃ確かケジャリとか言ったと思うぞ。この辺りじゃ鉱夫が多いから腹持ちのいい米が好まれるらしいぞ。それに米は安いからな」
「そうなんだ。米って意外と食べられてるんだ」
アリシアは最後の聖女の宝珠をオディアスが回収すれば取り敢えず責任は果たしたことになるから、その後で米を使って料理が作ろうと考えていた。
アリシア達は料理を注文してテーブルについた。
アリシアとオディアスはケジャリを頼んだ。ノートンとドクはスープとオムレツを。
「アリシアこれも少し食うか?」
「ううん、大丈夫。でも、父さん達それだけで足りるの?パンもないじゃない」
「ああ、でも、見てみろ」
オムレツと思っていたら、卵をめくると中にケジャリのような炒めた米が入っていた。
「何それ!オムライスじゃない。嘘、もう、父さん教えてくれれば良けったのに!」
「アリシアは一度言い出したら聞かないとこがあるからな。それにケジャリも食べたかったんだろ」
「まあ、そうだけど。じゃあ、一口もらっていい?」
「ああ、好きなだけ食え」
アリシアは父の皿からスプーンで端っこを掬い口に入れた。
「んんん!!おいしぃぃぃ」
美味しそうに食べるアリシアにオディアスの口元は珍しく緩みっぱなしだった。
食堂では鉱夫たちの話が聞こえた。どうやら王都やウエンドにも魔物が現れているらしい。
「オディアス様、聖教会に行ったら鉱山の辺りを調べてもいいです?」
「だめだと言っても聞く気はないんだろう?」
「もちろん」
「分かった分かった。お前には助けられたからな。いいぞ」
「もう、大好きです!」
アリシアはうれしくてついそう言うとオディアスがぷっと吹き出した。
「いきなり‥いや、何でもない」
昼食が終わると聖教会に向かった。
司祭に話をするとウエンドの司教がやって来て応接室に案内された。どうやら司教や司祭がアリシアと話がしたいようだ。
まずはお茶とお菓子が運ばれて来た。かなり高級そうな飾り菓子だ。
アリシア達は警戒して誰もお茶にも菓子にも手を伸ばさなかった。
司教様が話を始めた。
「聖女様今日はお越し頂きありがとうございます。聖女様がこうやって巡礼されていると聞いて聖教会の者は皆感謝しております。あちこちで奇跡を起こされているとお聞きしております。王都では大変な事になっている様で、ここウエンドにも影響が出始めております。ですが、聖女様にお越しいただければもう安心ですね。どうか、このままこの地に留まりウエンドの民を助けて頂きたい。ここウエンド聖教会はアリシア様を正式な聖女として認めます。どうか、我々にお力をお貸し下さい」
『ああ、いつかはこう来るんじゃないかと思ってたのよね。ああ、嫌だ。確かに私には力があるのかもしれない。でも、あなた方のためにやってるんじゃ無いのよ。聖教会は都合の良いことばかり言って来たじゃない。最後はエリーシャが聖女だと言って追い出したのはあんた達じゃない。都合のいいことばかり言わないでよね!』
アリシアがじっとしているとノートンが立ち上がった。
「てめぇら、いい加減にしろよ!アリシアはなぁ、あんたら聖教会に偽物だって言われて追放されたんだ、ちょっとばかり都合が悪くなったからと言って手のひら返す様な事しやぁがって!そんな勝手が許されると思うな。話は終わりだ!俺たちは聖女の石碑に用があるんだ。お前らは二度とアリシアに関わるんじゃねぇ!!このクソが!」
ノートンは拳を握りしめテーブルを何度もバンバン叩いた。
『もう、父さんったら、私の言いたい事全部言ってる』
「行くぞアリシア、こんなとこ長居は無用だ!」
ノートンがアリシアの手を引いた。それに釣られてドクさんもオディアスも立ち上がった。
「聖女様、どうかどうか今一度考え直して下さい。確かに王都の聖教会は間違っておりました。ですが、ここウエンドではその様な事は起こさせません。二度と聖女様を疑う様な事にはならないと約束します!民を助けて下さい」
司教が必死で引き留めようとする。
「民を理由にしないで下さい。私は二度と聖教会と関わるつもりはありません!ですが、民を見捨てるつもりはありません」
アリシがはっきり言うと司教と司祭はソファにどさりと腰を落とした。
「さあ、行くぞ」
そしてやっとアリシア達は聖女の石碑の前に来た。
ついに最後の宝珠だ。
オディアスが地面に手をつく。
アリシアはいつもの様に石碑の前で手を合わせた。
『セシリア様、長い間宝珠をお守りいただきありがとうございました。宝珠は持ち主の竜王にお返しします。どうか安らかにお眠り下さい』
赤い光がオディアスに身体に吸い込まれて行く。もう一度彼が地面に手をつき最後の宝珠が現れてオディアスの中に取り込まれた。
『ありがとう。やっと安心して眠れます』
アリシアの脳内に安堵の声が響いた。
「オディアス様、セシリア様がありがとうって」
「ああ、良かった」
その瞬間オディアスの身体が赤い光に包まれた。目が眩むほどの光が収まると目の前には立派な大人のオディアスが立っていた。
「オディアス?」
成熟した大人の魅力たっぷりのオディアスがいた。
「ああ、宝珠はマタイト。火の力だ。やっと完全体になれた」
「よ、良かったわ。これで封印から解いた責任から解放されるのね。これで従属の魔法はもうなくなったのよね?」
アリシアは危険を感じた。そうでなくても最近のオディアスに魅力には抗えなくなっている。なのにこんな超絶イケメンの男の近くにいたら虜ににされてしまいそうだった。一刻も早くオディアスとは距離を置くべきだと思った。
「いや、それは私が望まない限り解ける事はない」
「だったら早く解いてよ。宝珠は全部集まった。もう、あなたは完全に竜人に戻れたんでしょう。あっ、そうか。この宝珠をあなたに返さなきゃね。はい」
アリシアは下げていたペンダントをオディアスに渡そうとしたが、手を跳ね除けられた。
「もう、どうして受け取らないのよ!」
「ああ、まあ、それはそのうちに。それより腹が減った、アリシア、何か作るつもりなんだろう?早く宿に行こう」
「ちょっと待ってよ。話が違うわ。いいから従属の魔法を‥」
オディアスはそんな話は聞く気はないとばかりにどんどん歩いていってしまう。
「もう、いい加減にしなさいよ、父さん達もあいつに言ってよ!」
「まあまあ、アリシア、竜王さんは何か食いテぇって言ってるんだ。今は言う通りにしてそのうち気分も変わるだろうから」
「人の事だと思って」
「だが、考えてみろ、あいつは完全に力を取り戻したんだ。大人しくこの国から出ていって貰わなきゃならん。だから今はなっ」
「そんなぁぁぁぁ」




