33川の浄化
支度が出来ると四人で王都から交わるマノド川に急いだ。
「アリシア、お前の理屈はわかる。だが、水は流れている。王都側を浄化しても既に流れ込んでいる水はどうなる?」
ノートンが最もな疑問を聞いた。
「心配ない。元を断てば竜毒に侵された水は流れて行く。海に流れ込めば何千倍何万倍になって何の問題もなくなる。一日程気を付ければ水は安全だ」
「そろそろ合流地点よ」
サウスイードの街から3時間ほど王都側に来ていた。
よく見ると確かに川の水は濁っているように見えた。
「確か竜毒が混じっているようだな」
「オディアス様、わかるんですか?」
「竜人を舐めてもらっては困る。それに私の力は歴代竜王でも上位だ。川は何とかなるとしてもこの分では王都はかなり酷い有様になっていると思うが、まあ、高い所にいれば少しはマシかもしれんが」
「たしかに王都は丘の上にあって王宮と聖教会は一番高い位置にあります。じゃあ、苦しんでいるのは平民の人達って事…」
アリシアの胸は傷んだ。エリオット殿下やエリーシャ、貴族が困るのは仕方がない。でも、何の罪もない人が苦しんでいるなんてつい思ってしまう。
「アリシアが気にする事じゃねぇ。追い出したのはあいつらだ。お前に何が出来る?それでも、こうやって行く先々で困っている人を身すごさねぇなんて、おりゃ父親として鼻がたけぇ」
「そう言う問題じゃ」
「でも、出来る事をするしかねぇだろう?」
ドクさんまで。
「とにかくオディアス様、どうすればいいです?」
「私が水を浄化する。アリシア、お前は再生力で弱った生き物を浄化してやれ」
アリシアは耳を疑った。弱った生き物まで再生させようとしてるの?
アリシアが戸惑ったと思ったらしくオディアスが眉を寄せてこちらを見た。
「出来るのか?」
疑われている。そんなの出来るに決まっていると「はい、やります!」と大きな声で返事をした。
「よし、ノートン。お前たちは誰も近づけないよう見張っていろ!」
「任せろ」
オディアスは王都側から流れ込んで他の支流を混じり合う川の中にずんずん入って行く。
川の流れはきつく深さは膝下くらい。とは言っても石もある、苔で滑りやすくなっている所もあるのだ。
「オディアス様、気をつけて!」
「私の心配はいい。アリシア、私が浄化を始めたら魚が飛び出してくる。広範囲で浄化をしないと間に合わん。わかったか」
「はい」
アリシアは岸辺で構える。
やがてオディアスが川の真ん中辺りに立ち大きく両手を広げると金色の光が辺りに広がって行った。光は水の中に溶け込むように落ちて行くと、いきなり魚が飛び出して来た。
「アリシア、今だ!足元に気をつけろ!」
驚いたノートンが声を張り上げる。
「わかった」
アリシアは両手を合わせいつものように祈る。淡い光がオディアスと同じように広範囲に広がっていき魚たちが空中でその光に包まれて行く。そして空中で停止していた魚たちは光を纏ったまま水の中に落ちて行く。
跳ね上がった水滴が光を反射して虹色に輝きその中を魚が踊るようで、辺りは幻想的な光景に見舞われた。
オディアスが両手を下ろし河岸に戻って来ると地面に手を当てた。いきなり地面が盛り上がり川の中にまで広がって行く。一気に土が1メートルほど盛り上がって行った。それを何度か繰り返すと何段かの堰が出来上がった。
「これで良いだろう。竜毒が流れ込んでもここで何段にもなった堰で浄化が出来るようにした。こうすればサウスイードに竜毒は流れ込まんはずだ」
アリシアは驚いた。
「オディアス様、そこまで考えて…ありがとうございます」
「これくらい上に立つ者なら当然気づくべき事だ」
「でも、何も言わなくてもそこまでして下さるなんてやっぱりあなたは最高の竜王です」
「竜王だっただ。今はただの竜人にもなっておらん」
「いや、それは謙遜でしょう。流石竜王さん、アリシアの言う通りだ。ここまでしてくれる人、いや、竜人はいませんぜ。いやぁ、参った」
ノートンはオディアスに頭を下げた。ドクさんも。
それから帰りに街を通り掛かると大きな騒ぎが起きていた。
「おい、どうするんだ?魚は食えねぇ、水は危ねぇ、俺たちゃ一体どうすりゃいいんだ?」
「お前ら、安心しろ、川上に堰を作った。そこで竜毒を浄化出来るようにここにいる聖女様と、ってアリシア何すんだ!」
「父さんオディアスの正体をバラすつもり?もう、何考えてるのよ!」
「おい、話の続きを言えよ。竜毒が浄化出来たって本当か?」
街の人たちの関心は聖女ではなく竜毒が浄化出来たって事らしい。オディアスを見れば彼は全くそんな事には関心がない様子で、串焼きを食べたそうに眺めている。
「皆さん、とにかく、問題は王都から流れ込む川でした。そこを浄化する事で竜毒が流れて来る心配はなくなります。ただし、今日一日は川の水は危険です。どうか今日一日は気をつけて下さい。それからこの事をみんなに伝えて欲しいんです。今日の川の水は危険だって事は必ず伝えて「そりゃ、ありがてぇ、あんたがさっき言ってた聖女様なのか?」
「と言っても元聖女ですが」
「そんな事は関係ねぇ。あんたが川をきれいにしてくれっって事だろ!おい、みんな聖女様に感謝しろ。おりゃみんなに知らせて来る。おい、お前らも知らせろ!」
「聖女様本当に何と言えば良いのか。サウスイードのみんなが感謝します。本当にありがとうございました」
「いえ、当然の事をしただけですから、被害があまり広がらなくて良かったです」
アリシア達が立ち去ろうとすると今度は別の悲鳴が聞こえた。
「あんた、この魚どうすんだよ。竜毒に汚染されてるって言うじゃないか。これじゃ売り物にならないよ」
魚屋の店先でおかみさんらしい人が嘆いている。
確かにこんな大量の魚を処分するのは勿体無い。アリシアは前世の記憶を思い出す。梅干しとかって梅の毒を干して塩漬けする事で中和出来たはず。魚も塩漬けで食べてたし、私が浄化して塩漬けにすれば売れるんじゃ?
アリシアは恐る恐るそのおかみさんに声をかける。
「あの、魚って塩漬けにはしないんです?」
「あんた誰だい?」
「すみません。話が聞こえたので、あの、私、浄化出来るので魚の浄化をします」
「でも、そうは言ってもみんな魚が竜毒に汚染されてるって知ってるから買い手がいないよ」
ああ、塩漬けとか言う問題ではないって事か。
「では、今から皆さんの前の前で浄化すれば良いですよね」
「まあ、それなら売れるだろうね」
アリシアは店の前で大量の魚を前に祈りを捧げた。魚は淡い光に包まれ浄化されて行った。
「さあ、これでもう大丈夫です。皆さん、魚の毒は浄化しましたので、食べても大丈夫ですよ〜」
アリシアは一緒に魚を売る。
とは言ったものの、やはり魚は一匹も売れなかった。
「あんたの気持ちがありがたくいただくよ。魚は塩漬けにしてちゃんと売るから、それより聖女さんはどこから来たんだい?この辺りにゃ聖女さんはいないからねぇ」
「今旅をしているんです。もう、すぐにでも旅立つ予定です」
「誰か領主様に知らせたのかい?この街を救って貰って恩返しもしないまま行かせて良いのかい?」
おかみさんが街行く人々に大声を張り上げる。
「おかみさん、そう言う事は…私、目立つと困るんです。だからこのままで」
「あんた、本当にいい人なんだね。あっ、そうだ。あんた、ニシンの塩漬けがあっただろう」
「ああ」
「それを全部持って来な!」
「全部ってこれは高いんだぞ」
「構うもんか。あたしゃ聖女様の心意気に惚れたんだ。魚はまた獲ってくりゃいいだろう!」
店の奥から旦那さんが干したニシンを抱えて持って来た。
「これで全部だ」
「ああ、これは水で戻してシチュにすると美味いんだ。感謝の気持ちだ。受け取っておくれ」
「そんな、こんなにたくさん食べきれません」
「いいんだ。あたしの気持ちだよ。いいからもっておいき」
アリシアは袋一杯に詰め込まれた干したニシンを抱き抱えた。
「ありがとうございます」
「いいんだ。あんたみたいな人がいてくれて本当に良かったよ」
流石に宿に帰ると疲れてアリシアはしばらく横になった。
ノートンはそんなアリシアの為に出発を明日にずらした。その夜は宿の食事は豪華だった。
何しろ干したニシンを大量に宿にに持って帰ったのだ。お陰で宿代はただになり豪華な夕食が振る舞われた。
ニシンのスープ。ニシンの酢漬け。ニシンのシチュー。ニシンの揚げ物。ご馳走は全てニシン料理だったには驚いたがオディアスは以外にもおおよろこびだった。
後で聞いたら、竜人はニシンが大好物らしい。




