30街外れでやっとホットドッグを
翌朝早くアリシアたちは宿を出た。
ドクさんがギルドでイラエードからサウスイード行きの乗り合い馬車があると聞いたからだ。
おまけにギルドからサウスイードのギルドに聖教会に入れる手筈を整えるように指示を出して貰ってもいる。
だからノートン達は乗り合い馬車に乗りサウスイードに着いたらギルドに行けば良い。
「アリシア、行けそうか?」
「ええ、問題ないわ」
「ほんとに?」
「ええ、馬車に乗るだけだもの。大丈夫。もう、父さんったら大袈裟なんだから」
アリシアはみんなが心配してくれる事はうれしかったが、何しろ何年も人から優しくされた記憶がないので、ものすごく気恥ずかしかった。
「ノートン、アリシアは大丈夫だ。竜力に流れは整っている。人間のくせに一日でここまで回復するとはアリシアの再生力の力だろう」
「再生力?何だそりゃ?」父が尋ねる。
「ああ、アリシアは今まで人にためにばかり竜力を使っていたのだろう?これからはそれを自分にも回せるようにした方がいい。何しろ昨日のお前の竜力は殆ど底を付いていた。まさか、あそこまで限界を知らない筈はないだろう?」
「そんなの考えた事がないもの。いつも言われればやるしかなかったんだから」
アリシアは口を尖らせた。
「そんなに王都の奴らはお前をこき使ってたのか!まったくよぉ、アリシア、竜王さんの言う通りだ。これからはもっと自分を大切にしろ‥ずず」
父が鼻を啜る。
「もう、父さんってば、泣いてるの?」
「ばか、これはゴミが、おい、ドク何してんだ。行くぞ!」
って言うか、宿の外に出たら豪奢な馬車が停まっていた。
いきなり50代くらいの貴族の男性がアリシアの前にやって来た。
「あなたが聖女アリシア様でしょうか?」
ノートンがアリシアの前に立つ。
「何だお前は?人に尋ねるなら先に名乗るのが筋ってもんだろう!」
「これは、失礼した。私はこのイラエード公爵家の領主でガルジュ・イラエードと言う。昨日は聖女様にたくさんの領民を助けて頂き本当に感謝する。今朝出発されると聞いて急いでこうして参ったのだ。お急ぎとは思うが我が家で心ばかりのもてなしをしたい。良ければ馬車で我が家まで一緒にどうだろうか?」
「そう言うわけには行かないんだよ。こちとら急いでんだ」
ノートンが素っ気なく断る。
アリシアは相手が貴族、しかも領主と来れば、そんな失礼な態度を取れば不敬だと言われかねない。慌てて父の袖を引っ張りアリシアが前に出た。
「イエラード公爵様、お気持ちは大変うれしいのですが、急いでおりますので、お屋敷に伺うのは無理なのです。わざわざお越しいただいて本当にありがとうございました。では、申し訳ありませんが失礼します」
「そうか、では、この馬車を使ってくれ。どこでも行くところを告げればいい」
「いえ、そんな事をすれば目立ちます。私は王都を追放された身。こんな事をしたと王都の貴族に知れればご迷惑が掛かりますので」
「そんな事はない。王都の奴らが間違っていたことは明白。すぐにあなたに王都追放など取り消される事でしょう。さあ、ご遠慮なさらず馬車をお使い下さい」
「でしたら、もし王都から私の追手が来たら私がどこに行ったかわからないと言ってもらえませんか?」
「それは構わんが、聖女様はどちらに行かれるおつもりで?」
「イエラード公爵、ご存知無いのでしたらお教えできません」
「分かりました。王都の騎士団には聖女様がどれほど素晴らしい働きをしたか話ましょう。王都の聖女の何十倍も役に立ったと言ってやります」
「まあ、イエラード公爵様!」
「いいえ、はっきり言うつもりです。王太子は無能だと。本物の聖女を手放して王都が崩壊して今になって慌てるのかと」
「あまり王都を煽られませんように、あっ、言いそびれましたがイエラードには結界を張りました。竜毒の浄化も済んでおります。安心していいと皆様にお伝え下さい」
「えっ?聖女様!!本当にありがとうございます。あなたはイエラードの救いの女神です。何かあったらいつでも私に申しつけて下さい」
イエラード公爵は膝に頭がくっつくほど腰を曲げ礼を言った。
「もう、頭を上げて下さい。では、失礼します」
目の前を王都の騎士団が通り過ぎた。
「おい、ありゃ王都の騎士団だ。急いだ方がいい」
皆さんは早く出発を急いで下さい。騎士団は私が引き留めます。さあ、急いで」
「ありがとうございます」
「これくらいのことしか出来ません、ですが何かあったら私に知らせて頂きたい。必ず力になると約束します」
「はい、では」
アリシア達は宿の前でイエラード公爵に礼をするとギルドに急いだ。
イエラード公爵は恭しく頭を下げたままアリシアを見送った。
ギルドに着くとサウスイードのギルドに連絡がついている事を確認してすぐ向かいにある乗り合い馬車乗り場に急いだ。
乗り合い馬車は定時に出発した。アリシアはオディアスの手を引いて馬車に乗り親子に見えるようオディアスの身体を寄せて座りすぐ両サイドにはノートンとドクさんが座った。ドクさんは馬車の出口に一番近い所に身を寄せた。
街道に王都の騎士団がいて思わず顔を伏せたが、乗り合い馬車は何の問題もなくその場を通り過ぎた。きっとイエラード公爵が手を回してくれたに違いない。
ほっと胸を撫で下ろしやっと周りを見た。
客はサウスイードに向かう行商に人達ばかりで普通の客はアリシア達だけだった。
行商人が近くの客と言葉を交わす。
「王都は大変な事になってるってよぉ」
「ああ、何でも聖女様が結界を維持出来ないらしい」
「そういやぁ、王太子が前の聖女が偽物だって言って追い出したんだろう?それで新たな聖女を婚約者にして、その聖女が役にたたねぇのか?」
「ああ、そうらしい。俺は昨日イラエードを出るつもりだったんだが、昨日の騒ぎで馬車に乗れなくてな、それで朝一番、この馬車に乗ったって訳だ。おまえさんは?」
「俺は昨日サウスイードからこっちに来たんだが、竜毒がこっちに流れ込んでいるって聞いて荷物を受けるつもりだったがサウスイードに帰る事にしたんだ」
「あんた、荷運びか?」
「ああ、薬草の配達を頼まれたんだ。だが、命まで差し出すつもりはないからな」
「ああ、もっともだ。だが、王都があの様子じゃこの国もどうなるか分からんぞ。いっそグリアダ王国にでも行くかな」
「だが、グリアダは人間には厳しいと聞いたが、あんた詳しいのか?」
「俺も噂で聞いた程度だが、数百前に前の竜王をこの国が封印した事はあんたも知ってるよな?」
「ああ、だからあの国には入れないんだろう?全く余計な事をしたもんだ。竜人に楯突くなんて」
「まあ、過ぎた事はどうにもならんとして、あれからグリアダ王国も勢力争いがあって竜王が何度も入れ替わって国は乱れたみたいだ。でもここ100年ほどはやっと落ち着いて来たって聞いた。それまでは人間を嫌って酷い差別があったんだが、新しい竜王の番が人間だった事もあって人間に対する感情が和らいでいるらしい。商売人も国に出入りしているし、何より人間は竜力が無い分便利な道具を作れるし細かい技量で髪飾りや首飾り、それに羽ペンなんかが喜ばれるらしくて他国の商売人も頻繁にグリアダ王国に行き来しているらしい」
「そりゃすごい。いざとなったらグリアダ王国に行くのも良いかもしれないな」
「まあ、そうならない事を祈るが」
「ああ、貴族の考えている事は自分の身を守る事ばかりだからな。平民はいつも蚊帳の外だ」
「ああ、まったく」
そばで行商人に話を聞いていたオディアスは目を閉じて眠ったふりをしていた。
「オディアス様?大丈夫です?」
「何が?」
「もう、さっきの話聞こえてたんでしょう?」
「今の私には関係のない話だ」
「でも、いずれは国に帰るんでしょう?」
「それも決めていない」
「だったら、どうして宝珠を集めるんです?」
「あれがないと竜人とは言えない」
「それだけ?」
「ああ、それだけだ」
「ほんとに?」
「ああ、とにかく自分のものを回収したい。それしか考えていない。悪いか?」
「いえ、当然の権利ですから」
オディアスがアリシアを一度見た。
「ふーん。お前はそんな風に考えるんだな」
「何です?だって、そうでしょう?」
「まあな」
突然ガタンと大きな音がして馬車が止まった。
「おい、何があった!」
一人の客が御者に声を掛けた。
「ありゃ、お客さん、申し訳ない。車輪が溝にはまっちまった。少し力を貸してくれないか」
「そりゃ大変だ。おい、みんな馬車から降りて手伝おうじゃねぁか」
ドクさんがみんなを先導して馬車から降りる。
数人がかりで轍にはまった車輪を持ち上げ何とか抜け出すことが出来たが、そのせいで車輪がずれた。
「こりゃ、車輪を直さなきゃ走らせる事は出来そうにない。街はずれじゃ人もいないし、ちょっとサウスイード行って人を連れてくるから、お客さんは‥そうだ、あそこの水車小屋で待っていてくれ」
街外れで目の前にある大きな川を渡ればサウスイードと言うところまで来ていた。
見れば、大きな水車が回っている。もしかしてあれって宿で助けたハンナさんの?
アリシア達は御者に言われてその水車小屋に行った。
出て来たのはやっぱりあの時のハンナさんだった。
「まあ、聖女「ハンナさん、アリシアと呼んで下さい」
ハンナさんは大喜びでアリシア達を出迎えてくれ事情を説明するとハンナさんはみんなを家の中に入れてくれた。
粉挽の家で挽いたばかりの小麦の香りが立ち込めている。
「粉挽の家で大した物はありませんが、パンだけは焼きたてを出せるので」
ハンナさんが焼きたてのパンとお茶を用意してくれた。
「ミナちゃんはお元気ですか?」
「はい、お陰様で、今日は叔母と一緒にサウスイードに出掛けてるんです」
「サウスイードに?」
「ええ、叔父が亡くなってから叔母がここを取り仕切っていて今日は取引の話に出掛けてるんです」
「まあ、凄いですね」
「そんな訳で私が帰って来てくれて助かると言ってくれてミナも叔母に懐いて一緒に行くと言って、あの子ったら仕事の話が終わったら何か美味しい物でもねだろうと思ってるんですよ」
ハンナさんはうれしそうに話をした。
アリシアは良かったと思った。そろそろ昼が近い。
「ハンナさん、少し厨房お借りしてもいいですか?」
「ええ」
「そろそろ昼も近いですしちょっとした昼食を作りたいんです」
「聖女、いえ、アリシアさんが?」
「はい、卵とトマトとソーセージを分けてもらえるとうれしいんですが」
「ええ、どうぞ。トマトも卵もソーセージもありますから」
アリシアはみんなにホットドッグを作ろうと思った。
トマトソースにマヨネーズ。一つは卵をマヨネーズで和えて、もう一つはキャべツを炒めてパンに炒めたキャべツとソーセージを挟んだ。
おまけにミルクがたっぷりあったので、ミルクと卵でミルクシェーキも作った。
「オディアス様、約束のホットドッグです。ついでにミルクシェーキも作ったので飲んでみて下さい」
「アリシア、作ってくれたのか。うまそうだ。これは何だ?」
「ミルクシェーキと言う飲み物です。卵とミルクを混ぜ合わしてます。飲んでみて下さい」
「私はホットドッグが食べたいとは言ったが、そんな物を作れとは言ってないぞ」
「また、飲んでもないのにそんな事言うんです?良いから一口」
アリシアはオディアスの手に無理やりミルクシェーキの入ったコップを押し付ける。
「仕方がない‥何だこれは?まろやかで口に入れた瞬間幸せな気分になる」
「それ、おいしいって言うんですよ」
「ああ、これは確かにうまい。お前は何を作ってもうまいな」
「だったら、文句言わずに素直に食べて下さいよ」
「悪かった。つい」
オディアスはその後は何も言わずに夢中でホットドッグを食べミルクシェイクを飲んだ。
他の同乗していた人たちやハンナさんにもホットドッグを振る舞った。みんなに大好評でハンナさんにも作り方を教えた。




