11思わぬ出来事
やっと昼になった。
アリシアは他の人にも尋ねて全部で五人分の昼食を頼まれた。
食堂に入るのは生まれて初めてで少し緊張した。
中に入ると人がたくさんいて、熱気と怒号が飛び交っていた。
一瞬足がすくんだがアリシアは気を取り直して食堂の注文カウンターに近づいた。
「肉挟みサンドを5つ下さい」
「肉挟み5個!」
「あいよ」
おばさんの大きな声で注文が入る。お金を払うとすぐ隣に移動する。するとすぐに肉挟みサンドが奥のカウンターから出された。
「はい、肉挟み5個」
無造作に紙に包まれたパンを渡された。
アリシアは急いでギルドに戻ると待っていたルナさんと父、オリルさんとコルノさんに渡した。今日はそこまで立て込んでいないらしくエドガーさんが留守番をしてくれると言ってくれた。
グエンさんはまだ帰っていない。今日は夕方まで忙しいらしい。
ギルドの奥にはちょっとした休憩室があった。
ルナさんがお茶を淹れてくれると早速四人で食事をする事になった。
「私、これ初めてなんです。楽しみ」
「アリシア、あんまり期待しない方がいいぞ」
父が呆れたような顔をして言った。
「もう、せっかく楽しみにしてるんです。黙ってて下さい」
アリシアはパンを一口口に入れた。
パンはパサパサで固かった。かぶりついたパンの端には肉も野菜もなく、味気のないパンだけだった。
しばらくモグモグ口を動かしてやっとパンを飲み込むとお茶を飲んで二口目にかぶりついた。やっと干し肉と野菜の切れ端がパンと一緒に口の中に入って来たが干し肉が噛み切れずパンの中に挟んであった干し肉が全部一緒にくっついて来た。
「うっ!」
「ほら、言わんこちゃない。あー、肉ほとんどいったな」
アリシアは干し肉に付いたタレを服につけまいと無理矢理肉を口に入れもごもごと何度も噛む。
しかしいくら噛んでも干し肉は固く細かくならない。
「むぐ、ううう」
「ほら、いいからここに出せ!」
父が見るに見かねてパンを包んであった紙切れをちぎり手のひらに乗せてアリシアの前に出す。
まるで子供みたいな扱いにアリシアは急いでその紙をひったくると肉を吐き出した。
「うえっ、これ噛みきれないじゃないですか。それにパンもまずっ!」
「当たり前です。これ、食堂の一番安い肉挟みなんだから、だから期待しない方がいいって。ふふふ」
ルナがおかしくなったのか笑い出す。
「全く、食い意地が張ってる訳じゃないだろう。こんな物を一気に頬張ろうなんて」
「父さんまでひどい!」
「だって、こんなまずいなんて知らなかったんだから」
それでもみんな我慢してそのパンを食べた。午後はまだ仕事がある。お腹が減るよりましだと言う事らしい。
アリシアはパンを紙に包んで鞄に入れた。よく見ると昨日のパンもまだ鞄の中にあった。
午後の仕事が始まるとアリシアは近くにあった食料品店に行ってバターとハチミツを買って来た。
幸い休憩室にはコンロとフライパンがあった。アリシアは固くなったパンを小さくサイコロ型にしてフライパンに入れてバターを入れてカリカリになるまで焼きハチミツを回しかけた。それを取り出して粗熱を取って冷ましていく。
冷えたサイコロ型のパンをガラス瓶に入れればちょっとしたラスクが出来上がった。
アリシアはうれしくてそのガラス瓶を持って受付に行った。
ちょうど幼い子供連れの母親が仕事を探しに来ていた。
「どんな仕事でもいいんです。とにかく働かないと生活出来ないんです」
「ええ、事情はわかりますが、お子さんはどうされるつもりです?」
ルナさんは真剣にお母さんと向き合っている。
「子供は連れて行って近くで遊ばせておきますから」
「そうは言っても何かあってからでは。仕事先でもきっとお子さんの事を尋ねられますよ。そうなるときっと仕事は断られると思います。仕事より生活保護申請をしてみてはいかがです?」
「うちは夫が病気になって仕事を失ってお前が働けと言われてて、そんな事をするって言ったらきっと‥」
女性はかがみ込んで涙ぐむ。
子供が心配そうな顔で母親を見ている。
アリシアは堪らなくなってつい声を掛けた。
「お嬢さんいくつ?私、ちょうど今オヤツを作ったの。どう?一つ試しに食べてみない?」
女の子の顔がはっと上がる。
「お姉さんが作ったの?」
「うん、はいどうぞ」
女の子が小さな指でラスクを一つ取り出して口に入れる。
カリカリと音がして「甘い、これすごくおいしい。ねぇ、お母さんにも一つもらっていい?」
「うん、お母さんにもあげていいよ」
女の子が瓶に手を入れてまた一つラスクをつまむ。それをしゃがみ込んだ母親の口に入れる。
「はい、お母さん。すごくおいしいよ」
お母さんがカリカリ音を立ててラスクをかじる。
「あの、余計なことかも知れませんが、ご主人の病気ってもしかして竜呪熱ですか?」
「はい、うちの人は配達の仕事をしてるんですが、魔物に遭遇して何とか逃げたんですがその時竜毒をかなり吸い込んだみたいで、もうきっと助かりません。主人は自暴自棄になっていて暴力的で無理ばかり言って、でも、本当は優しい人なんです。それに仕事をしないと生活も出来ませんから」
「あの、家はこの近くですか?私、王都でそう言う人の治癒をした事があって一度ご主人を診察とかしてもいいですか?」
アリシアはそうは言ったが内心は怯えていた。もし治癒魔法がうまく行かなかったら、もしかして私は本当は偽物で竜力もなぅなっているのではないか?王都での断罪はアリシアの心を酷く擦り減らしていたらしい。北辺境伯にはあんな強気な物言いをしたくせにと思った。
「王都で竜呪熱治したんですか?でも、私お金を払えません」
「お金はいりません。その代わり治せるかも分かりませんが」
アリシアは王都で貴族の病気を何度も治癒魔法で治して来た。もちろん竜呪熱の患者もいた。でも、今の状況だと病気の進み具合では治せるか自信がなかった。
「アリシア、あんたそんな事が出来るの?凄いじゃないか」
「すぐに家に案内してノートンさんも一緒に行ってやって、ほら、急いだ方がいい」
ルナさんが弾けたような笑顔で私と父を捲し立てた。
その人はノエルさんと言って街外れの小さな家に住んでいた。家に行くと粗末な布団に男の人が横たわっていた。呼吸も苦しそうで咳込むと苦しそうにしていた。
「あんた、この人あんたの病気を治せるかも知れないって」
「ゴホ、何をバカな事を、俺の病気が治るなん、ゴホッ」
アリシアはかなり体力も弱っている男性のそばに座った。目を閉じて両手を合わせる。いつもやっていた祈りを頭の中で念じ一心に病気が治るようにと脳内で繰り返し念じる。
手のひらが温かくなって淡い光が空間を包み込んで行く。男の人の苦しそうな顔が次第に和らぎ楽に息をし始める。胸の奥に巣食っていた竜毒の影がスッと身体から立ち上り空気中に霧散して行く。
その途端、男の顔に正気が戻った。
「こ、これは。さっきまであんなに苦しかった息が‥重だるかった身体も嘘のように軽くなった。まさか、本当にあの病気を?」
「竜毒は無くなったと思います。ですがまだ体力は回復した訳ではありません。無理をせずしばらくは養生して下さい」
「アリシア様と仰いましたね。どんなにお礼を言ったらいいか。本当にありがとうございます」
母親が頭を床に擦り付けてお礼を言う。
「私に出来る事があって良かったです。お嬢さん、もう大丈夫ですからね。お父さんは元気になりますから」
「アリシアお姉ちゃん、お父さんを助けてくれてありがとう」
「ううん、今日ここに来れて良かった」
アリシアとノートンはその家を後にした。
「やっぱりアリシア、お前はすげぇな。俺にはお前みたいな娘もったいねぇ」
「私はバケモノではありません。普通の人間です。痛みも感じますし傷付けば悲しいんです」
「ああ、悪かったアリシア。もう二度とお前のそばから離れない」
「そうだといいですが、悪いですが私はまだあなたを父親だとは思えません。何しろ記憶の両親は微かにしかないので」
「もちろんだ。それでもいい。父親面しようなんて思ちゃいない」
「分かりました。私にも出来る事があるとわかったので私もここで頑張るつもりです」
「ああ、でも無理はするなよ」
「そうですね。ずっと無理をして来ました。でも、人を助けるのは好きですから」
アリシアは一人の人を助けた事で挫けそうになっていた気持ちが少し上向いた。本当はノースライル北辺境伯期待に応えられるか心配だった。でも、今日の事で自分には出来ることがあるとわかった。それだけでアリシアの心は温かくなっていた。
おまけにギルドで心配していたルナさん達に報告すると、みんな心から喜んでくれた。
「アリシア、あんた冒険者ギルドに行った方が良いかも」
「ルナ!そんな事俺がさせると思うのか?アリシアは散々辛い目に遭って来たんだ。ここでは自由に好きな事をしてもらうんだからな」
「もう、ノートンさんったら、アリシアさんの事となると人が変わったみたいなんだから」
「そうなの?」
「いつもはなんでもハイハイって、でもアリシアさんの事となるとそりゃもううるさいんだから」
「へぇ、そうなんだ」
アリシアは父を見た。
ノートンはバツが悪そうに顔をすっと逸らして逃げて行った。
前世では父に暴力を振るわれて怖い思いをしたけど、父はきっと今までの事を後悔してこれからはきちんをしたいって思ってるのかな?
アリシアは信じれるにはもう少し時間が必要だと思った。




