9戸惑いながらも家族として
アリシアは薄っすらと差す光を感じて目を覚ました。
「あれ、私‥」
見るとアリシアはベッドに寝ていた。きちんと上掛けを掛けている。
昨晩はグエンとクレアに会って凄く気持ちが舞い上がり、美味しい夕食を食べてこれからやりたい事を考えていたはずだった。
そこに扉をノックする音がした。
「はい」
「おや、起きてるのかい?」
扉が開いてクレアさんが入って来た。
「クレアさん、おはようございます。あの、私いつの間にか眠ったらしいんですけど」
「ああ、後で覗いたらアリシアはぐっすり眠ってたんだよ。まあ、王都から一日中馬車に揺られて知らない人たちに会って疲れたんだろう?布団は私が掛けておいたんだよ。驚かせたかい?」
「いいえ。とんでもありません。ご迷惑をお掛けして」
「アリシア、そんな他人行儀な事は言うんじゃないよ。私達は家族だろう。何でも言いたい事を言ってやりたい事をすればいいんだからね」
「はい」
王都では散々辛い事ばかりだった。どんなに辛くても支えてくれる人もいなかったしこんなに優しくしてくれる人もいなかった。
アリシアはここに来て良かったと思った。
「クレアさん、私に出来る事は何でもやりますから遠慮なくいって下さい」
「そんなに気を使うんじゃないよ。お前は私達の可愛い孫娘なんだ。ほら、昨日は顔も洗わずに寝ちまっただろう。あっちが洗面所だからね。それから着替えはクローゼットに入っているから好きな物を着ればいい」
「ああ、そう言えば昨日そんな事を聞いた気がします。何から何までありがとうございます」
「そんな堅苦しい事言わないでおくれよ。さあ、顔を洗って着替えが済んだら食事だよ」
「はい!」
アリシアは顔を簡単に腕や足も拭くとクローゼットを開いた。中には何着も可愛いワンピースやシャツにズボンや靴、ブーツまで揃っていた。
着てみるとサイズもちょうど良かった。サイズどうしてわかったんだろう?そんな事を考えながらも若草色のワンピースに袖を通した。
髪は二つに分けて三つ編みにして革の編み上げブーツを履くと食堂に降りて行った。
「おはようございます」
「「「おはようアリシア」」」
驚くことにまだ朝早い時間なのにすでにグエンさん、エドガーさんにオリルさんやコルノさんまでいた。
「皆さん早いんですね。それに朝から出勤ですか?」
「アリシア、こいつらはここに住んでるんだ。ここじゃ住むところも限られててな。見ただろあの城壁を。この中で住む所を探すのはかなり難しくてな、だから家が下宿もやってるんだ。だから食事も一緒に取る事が多い。まあ、こいつらは離れに住んでるからアリシアは自由に過ごしていいからな。お前は家族なんだから。さあ、いいからこっちに来て飯を食え」
グエンが事情を説明してくれて事情は理解できたがそれにしても朝からクレアさんは忙しそうに動き回っている。アリシアは早速昨日決めた事を実践しようと思った。
「はい、クレアさん、私も手伝います」
「アリシアが?あんた、こんな物持った事あるのかい?結構重いんだよ。スープにポットも「任せて下さい」
アリシアはクレアの持っていたトレイを受け取るとトレイの上のスープを次々にテーブルに置いて行った。その次はポットを運びカップやジャム、バターにチーズも置いていく。調理場に行くと父が焼き上がったオムレツを皿に盛り付けている所だった。
「と、父さん?」
アリシアは戸惑いながらも父さんと呼んでいた。でも、まだ完全に信じた訳じゃないそう心に言い聞かせる。
「アリシア、起きたのか。昨日は疲れただろう。それにしてもどうした?こんな所に」
「父さんこそ、こんな事して」
「これは俺の仕事だからな。俺もグエンに無理矢理連れて来られた時は驚いたさ。でに、ここじゃ調理もするし薪も割る。屋根が壊れりゃ直すしギルドの仕事もこなす。みんなそうやって生きてるんだ。街の規模が小さい上に貧しい、そして魔物まで出るとなりゃ住み着く者も少なくてな。みんなが協力して生活するしかないんだ。いいから、冷めないうちにこれを持って行け」
「う、うん」
アリシアは手渡された皿を見た。オムレツはきれいな半円を描いている。ふっくとしてまだ半熟なのだろう皿の上でプルプルと揺れた。
父が言っている事が嘘ではないとオムレツが証明している。
もう一度父を見るともうすでに新しい卵をフライパンに注いでいた。その顔は真剣だった。
アリシアは受け取った皿と一緒にパンや出来上がった料理も運んで行く。
「アリシア、どこでこんな事を覚えたんだ?まさか聖教会で下働きでもやらされてたもか!?」
そう尋ねたのはグエンだ。
「いえ、そんな事する暇はありませんでした。私は朝起きると一番の仕事はお祈りでした。食事も掃除もそんな日常的な事はする暇もありませんでした」
「それにしちゃ手際がいいな」
アリシアはそこでやっとやり過ぎたと気づいた。
「こんなの誰だって出来ますよ。クレアさんもうそろそろいいんじゃないでしょうか?」
「ああ、アリシアいいからもう食べな!」
クレアさんが怒鳴りながらもにっこり笑った。
「はーい、じゃあお先にいただきます」
父の作ったオムレツは少し冷めてしまった。そのせいで半熟だった卵が少し固くなっていた。それでもバターをたっぷりきかせたオムレツは今まで食べた物の中で一番美味しかった。
アリシアはほんの少し父を見直した。
そうやって食事が終わるとグエンさんや父たちが支度を始めた。
「どこに行くんですか?」
「ギルドに決まってるだろう。ああ、アリシアはまだ知らなかったな。どうだ見学でもするか?ここから歩いてすぐだ」
「いいんですか?」
「もちろん、北辺境には冒険者ギルドと商業ギルドがあるんだ。冒険者ギルドは騎士団の管轄で商業ギルドが俺たちの管轄なんだ。どんな仕事があるか見てみるといい」
「商業ギルドという事は仕事の依頼を受けるという事ですよね。それって配達とかケーキ店の募集とかお針子さんもあるんですよね。他にもカフェの店員とか宝飾店の募集もありますかね」
「アリシア、ここは王都じゃないからな、そんなおしゃれな募集はないぞ。洋装店は一軒あるが、人は足りてるしカフェなんてものはない。せいぜい食堂の給仕係が席の山だ。人手が欲しいのはせいぜいパン屋や鉱山の人夫。あっ、変わった仕事と言えば魔物の解体作業なんてのもあるぞ」
「魔物の解体?うそみたい」
アリシアはまた別の期待を胸にみんなとギルドに向かった。
ギルドに向かうには商店街を通り向けるらしくこんがり焼けるパンの匂いがしてパン屋が目に入った。続いて洋品店。店先には女性物の服や冒険者向けの服が見えた。続いて鍛冶屋。鍋と剣の絵が看板に書かれている。
「鍛冶屋って鍋も剣も扱うんですか?」
「ああ、考えてみろ。ここには魔物を倒す冒険者も来る。そいつらも剣の修理が必要だろう?」
「まあ、そうですけど」
「アリシア、あれを見ろ。きっと驚くぞ」
父が指刺した先を見た。
「あれは‥」
八百屋らしい。が、看板には薬の文字がある。うん?野菜を売ってる店に薬?
「薬草も野菜に入るだろう。冒険者や街の人が薬草を採取するとあそこで野菜や薬と交換するんだ。他にも惣菜なんかも売ってて結構流行ってるんだぞ」
「へぇ、凄いですね。ここに住む人達の知恵ですね」
「ああ、アリシアもこれからは今までの生き方に拘らず新しい自分探しをしたらいい。なんて俺が言える立場じゃないがな。ガハハ」
父は照れたのか罰が悪そうに髪をグシャリとかきむしり大きな声で笑った。
父の言う事なんてとも思ったが、アリシアも父の言う通りだと思った。
それにこんな楽しい気分は初めてだった。
アリシアは戸惑いながらながらも新たな家族を受け入れ始めていた。




