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8.神殿の死闘と、聖女の素顔

王宮でジョージとリリーが近衛兵に拘束されていたその時刻。王都の喧騒から離れた大神殿の地下礼拝堂には、蝋燭の火だけが照らす重苦しい静寂が広がっていた。


「私の聖なる力を盗み、女遊びに耽った罰を受けてもらうわ。…アーサー、やっておしまい」


低く、地を這うような怨嗟の声。


そこにいたのは、いつものおどおどとした気弱な面影を脱ぎ捨て、狂気じみ、引きつった笑みを浮かべる筆頭聖女アグネスだった。その隣には、リリーから冷遇されてすべてを失った近衛騎士アーサーが、冷たい抜き身の長剣を構えて立っている。


二人の視線の先、冷たい石壁に背を預けているのは、放蕩貴族アルジャーノン・ペラムだった。アーサーがその胸元へ鋭い剣先を突きつけても、アルジャーノンは着崩した衣服を軽く揺らしただけで、怯える様子すら見せず、フンッと小馬鹿にしたように口の端を吊り上げた。


「へえ……。不誠実な男に罰を下すために、僕をここで私刑かい? 物騒で不穏だねえ、聖女様。でもここでやられる訳にはいかないなぁ……おい、みんな。入ってこい!」


アルジャーノンがパチンと指を鳴らした次の瞬間、地下礼拝堂の重い鉄扉が激しく蹴り開けられた。

突入してきたのは、真っ白な甲冑を着た、神殿の最高警備を司る大司教直属の聖騎士団。一瞬にして数十本の槍に包囲され、アーサーの剣が止まる。アグネスは咄嗟に気弱な仮面を張り付け、いつもの怯えたような声を無理矢理絞り出した。


「な、なぜ聖騎士団がここに……! だ、大隊長、騙されないでください! このアルジャーノンは、私から聖魔力を奪い、闇市場で転売していた大悪党です! 私は騙された被害者なのです!」


必死に涙を浮かべて気弱な聖女を演じるアグネス。しかし、アルジャーノンは聖典にも似た黒い革表紙の帳簿を大隊長へ向けて高く掲げて見せた。


「騙された被害者? まあ、半分は正解だな、聖女様。大隊長、これが聖女アグネスの私室から僕が回収した裏帳簿だ」


それを見た瞬間、アグネスの頭の中が真っ白になった。


(ま、まさか……バレている……!?)


アルジャーノンは優雅に微笑み、帳簿を掲げ続ける。


「聖女が『結界維持の為いつもより余分に聖魔力を使った』と偽りの報告書を出して、裏でせっせと着服していた最高純度の魔石の流出記録さ。アグネス、君が僕を私刑にしようとしたのは、聖魔力不正売買で君の縄張りを侵したからだろう? 君は長年、この無垢な仮面の裏で、神殿の資産を横流ししてだいぶんと荒稼ぎしていたみたいだね」


アグネスが着服したことで、必然的に魔石の流通量が減った。本来なら病人や怪我人の治療に使うはずの魔石だった。彼女が裏金作りのために流通量を絞ったせいで、どれほど多くの国民や兵士が命を落としたことか……。


それだけではない。アルジャーノンは帳簿をめくり、大隊長へ差し出した。


「さらに恐ろしいのはこの金の使い道だ。大隊長、この聖女は密売で得た国家予算並みの巨万の富を、敵対する隣国に軍事資金として融通していた。意図的に病人を増やして王政不満を高め、兵士の怪我を放置することで我が国の防衛力を弱めたうえで隣国の軍隊を引き入れ、この国を乗っ取る計画だったんだよ。自分が『初代法皇』として君臨するためにね」


隣にいるアーサーは、騎士としての特権を利用し、その横領された魔石の密売と、隣国との連絡役を担い、莫大な分け前を受け取っていた。アルジャーノンがアグネスを魅了し取り入ったのは、この国家転覆の決定的な証拠を掴むための潜入捜査だった。


「嘘よ……嘘よ!アルジャーノン、私を騙したのね!…この国をどうしようと私の勝手でしょ! 毎日毎日、こんな国のために結界を張ってあげているのよ!? 私がこの国のトップになって何が悪いのよ! 私の神聖な力で、私が新しい世界を支配してあげるって言っているのよ!」


猫を被るのを諦めたアグネスが、金切り声を上げて髪を振り乱す。国を売り飛ばそうとしていた悍ましい本性が剥き出しになった瞬間、大隊長の厳しい号令が下った。


「国家反逆罪だ、アグネス。……二人とも、地下牢へ連れて行け」


「離しなさいよ! 私は筆頭聖女よ! 私がいなくなったら誰が国を守ると思っているの! アーサー、何とかしなさいよ!」


「くそ、ペラム伯爵令息……貴様、最初から……っ!」


どれだけ叫ぼうとも、二人の罪状は動かない。引きずられていく売国聖女と裏切り騎士の背中を、アルジャーノンは退屈そうに首を回しながら、冷ややかに見送るのだった。

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