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7.剥がされる劇薬の仮面

王宮の大広間に、夜会特有の生ぬるい熱気が満ちていた。


その中央、かつてエレノア・スペンサーが立っていた場所に、今はリリー・キャベンディッシュが、これ見よがしに黄金の馬車から降り立って微笑んでいる。

リリーが身に纏っているのは、仕立てに数ヶ月を要する最高級の絹のドレスだった。その胸元から袖口にかけては、数千粒もの微小な天然真珠が、銀糸を用いて立体的で豪奢な薔薇の模様に縫い上げられている。彼女が我が物顔で歩くたび、その真珠の刺繍同士が重厚に擦れ合い、シャラシャラと品のない贅沢な音を大広間に響かせていた。


「ジョージ様、見てください。この真珠の刺繍、本当に私にぴったりですわ」


「ああ、美しいよリリー。君を輝かせるためなら、我が国の国庫を全て解放しても構わない。近衛騎士団の甲冑新調だの北方の魔獣防衛だの、そんなものより何千倍もの価値がリリーの笑顔にある」


周囲の貴族たちは一様に冷ややかな視線を送っていたが、骨抜きにされた王太子ジョージの言葉で、さらに空気が冷え込む。前線の兵たちの命綱である防衛予算が、一人の男爵令嬢の我が儘で一瞬にして蒸発したのだ。

その時。

バァン!!張り詰めた空気を切り裂くように、大広間の重厚な扉が、左右へと堂々と開け放たれた。


「そこまでにしておきなさい、操り人形(マリオネット)のお二人」


凛とした鈴の鳴るような声が響き渡る。

現れたのは、社交界の女王、エレノア・スペンサー。

その後ろには、白銀の甲冑に身を包んだ近衛兵たちが、抜き身の長剣を構えて一糸乱れぬ足取りで従っている。


「エレノア……!?夜会に兵を率いて押し入るとは何事だ!僕への反逆とみなすぞ!」


ジョージが声を荒らげるが、エレノアは眉一つ動かさず、懐から金色の御印が押された羊皮紙を掲げた。


「これは遠征中の国王陛下より直々に賜った、国を揺るがす背信行為に対する『全権委任状』です。ジョージ殿下、ならびにリリー・キャベンディッシュ。あなた方を、魔獣防衛予算の半年分に相当する国庫の横領、および貴族への不当な処罰の罪で、即座に拘束いたします」


「な、なんだと……!?父上がそんなものを出すはずが…」


ジョージの言葉は、エレノアの背後から現れた人影によって完全に遮られた。


「出すはずがない、ではないのだよ、ジョージ」


威厳に満ちた声と共に歩み出たのは、遠征から極秘で帰還していた国王陛下その人だった。


「父、上……っ!?」


「私欲で国の防衛予算を貪るような愚か者に、この国の王位を継がせるわけにはいかん。……連れて行け」


国王の無情な一言に、ジョージは糸の切れた操り人形のようにへたり込み、酸欠の魚のように絶望の呼吸を繰り返した。


「いやあああ! 離して! 触らないで、この不躾な兵隊ども!」

同時に、近衛兵たちに両腕を掴まれたリリーが、静寂の広間に鋭い悲鳴を響かせた。


冷たい大理石の床へ乱暴に押し伏せられ、贅を尽くした真珠の刺繍が床に擦れて無惨に弾け飛んでいく。その圧倒的な恐怖と屈辱の中で、これまで「清楚な美少女」を演じていたリリーの顔から、一気に仮面が剥ぎ取られた。


「何よこれ! 私が何をしたっていうのよ! 私は世界に選ばれたお姫様なのよ! 領地では私を怒らせた平民を動かなくなるまで鞭で打ってやった! 王都の貴族どもだって、私を馬鹿にするから潰してやっただけじゃない!私に触るな!私は王妃になる最高の女なのよっ!」


剥き出しになったあまりの凶暴性と品性のなさに、大広間の貴族たちから一斉に嫌悪の息が漏れる。ジョージすらも、初めて見る婚約者の悍ましい本性に、恐怖で身体を震わせた。


「ジョージ様! 助けて! あなたの真実の愛でしょう!? この役立たず、早く私を助けなさいよ!」


かつての可憐な面影など跡形もない、罵詈雑言を撒き散らす醜悪な怪物。

リリーが狂ったように暴れるが、ジョージは兵に引きずられながら、ただ涙を流して目を背けるだけだった。


大広間のブロンズの柱の影。

髪を振り乱して引きずられていくリリーの醜い姿を、第二王子エドワードはただ静かに、一片の感情も交えずに見つめ続けていた。

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