5.消えた魔力と、薄暗い礼拝堂の誓い
アルジャーノンに何度目かの魔石を渡した後、アグネスの頭の奥を支配していた霧のような熱がスッと冷める感覚があった。彼の魔力の有効期限が切れかけたのだ。
おどおどとしたいつもの気弱さを取り戻したアグネスは、ふと胸をよぎった不信感を拭えず、初めて神殿の外へと足を踏み出した。そして、彼女は最悪の現実を目撃してしまう。
高級馬車から降りてきたアルジャーノンが、きらびやかな高位貴族の令嬢たちを両脇に侍らせ、だらしなく鼻の下を伸ばしながら夜の街へと消えていく姿を。
『聞いた? ペラム伯爵家の御曹司、最近また別の令嬢を囲って遊び回っているらしいわよ』
『ええ、どこからあんな大金が湧いて出てくるのかしらね?ご実家はそこまで裕福ではないはずよね』
周囲の貴族たちの噂話が、彼女の耳に容赦なく突き刺さる。
さらに調べを進めると、自分が「子供たちを救うため」と信じて渡していた貴重な聖魔力の結晶が、闇市場で信じられないほどの超高値で転売され、彼の豪遊の資金源になっているという事実が発覚した。
「聖なる力でお金儲けなんて……! 私の神聖な力を、女遊びの道具にするなんて絶対に許さない……!」
バチッ!裏切られた激しい怒りが頂点に達した瞬間、アグネスの頭の中に残っていた桃色の魔力は完全に消し飛び、魅了魔術は跡形もなく打ち破られた。
そんなアグネスの元へ、何も知らないリリーが黄金の馬車を乗り回してやってきた。彼女はこれ見よがしにイヤリングを揺らし、勝ち誇った顔で語りかけてきたのだ。
「アグネス様、聞いてくださる? 王太子殿下だけでなく、あのアル様までもが私に夢中なの。毎日のように綺麗だって二人きりで口説かれて、本当に困っちゃうわ」
アグネスはあまりの愚かさに目眩がした。親切心のつもりで、彼女に告げた。
「リリー様……。アルジャーノン様ですが…その、…良くない噂があるようです。あの方は、裏で何人もの令嬢と…遊び回っていると…。リリー様、…距離を…置かれたほうが…」
「……まあ! ふふふ、あはははは!」
するとリリーは、信じられないものを見るような目で彼女を見下し、ふふんと嘲笑った。
「あはは!アグネス様。まさか私に嫉妬しているの? 聖女様ともあろうお方が、殿下にもアル様にも相手にされないからって、そんな嘘をつくなんて、本当にお可哀想。世界で一番愛されるこの私を陥れようだなんて、見苦しいにも程があるわ!ふふっ可笑しい!」
リリーは嫉妬だと思い込み、アグネスを馬鹿にして去っていった。
残されたアグネスの前に、リリーに拒絶されプライドを粉々に砕かれた近衛騎士アーサーが姿を現す。彼の瞳には、かつての忠誠心ではなく、深い絶望と昏い怒りが宿っていた。
「アーサー……。私を騙し、私の聖なる力を汚したあの男に、相応しい報いを与えたいのです」
「お任せください。私も、あの方々には我慢がなりません。……共に、奴らを奈落の底へ突き落としましょう」
二人は薄暗い礼拝堂の隅で、アルジャーノンへの容赦ない復讐を誓い合うのだった。




