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4.桃色の魔術と、おどおどした聖女

神殿の奥深く、筆頭聖女の私室。

リリーが「アグネス様、紹介するわ!」と連れてきたアルジャーノンを一瞥した瞬間、筆頭聖女アグネスは、びくっと肩を揺らして一歩後ろに下がった。


「あ、あの……キャベンディッシュ様……。その、神殿は……あまり外部の、そのように華やかな殿方をお通しする場所では、なくて……」


アグネスは大人しそうな容姿で、人の顔色を伺うおどおどとした目つき、震える指で自らの聖衣の裾を握りしめている。

リリーはその気弱な態度を見て鼻で笑い、「あら、アル様はとっても素敵な方よ。ちょっと二人で話してて!」と、乗ってきた黄金馬車を聖騎士たちに自慢したいがために、アグネスを残して早々に礼拝堂を出て行ってしまった。


静まり返った室内。アルジャーノンは、いつもの軽薄な笑みをすっと消した。


「お噂はかねがね、アグネス様。国のためにその身を削り、聖魔力を振り絞って結界を張り続ける、気高くも孤独な聖女様」


アルジャーノンが静かに一歩近づくと、アグネスは怯えたように視線を彷徨わせた。


「え、あ……私なんて、ただ、馬鹿正直に仕事をこなしているだけで……」


その瞬間、アルジャーノンの瞳の奥が、怪しく淡い桃色に明滅した。

得意の「魅了魔術」だ。

アグネスは「なっ……」と言葉を詰まらせた。


頭の奥が、急激に熱くなる。おどおどとしていた彼女の瞳から警戒心が消え、目の前にいる、奔放で不真面目そうな男が、まるで世界で唯一自分を優しく包み込んでくれる聖人のように見え始める。


「アルジャーノン……殿……?」


「アル、と呼んでください、僕の聖女様。僕は知っています。あなたが毎日、どれほど重い責任を背負わされているか。国を守る結界のために聖魔力を酷使し、あなたの美しい魂や魔力が、日々擦り切れていくのを、僕は見ていられない」


アルジャーノンはアグネスの前に膝をつき、その冷たい手を両手で包み込んだ。

桃色の魔力が、アグネスの理性を確実に溶かしていく。彼女は顔を真っ赤に染め、うっとりとした、恋する乙女の目でアルジャーノンを見つめた。


「実は、身寄りのない哀れな多くの孤児たちが大病を患っておりまして……。神殿が販売している聖魔力の魔石を買って救いたいのですが、高価すぎて手が届かないのです。どうか、あなたのその聖なる力で、僕と一緒に子供たちを救う手助けをしていただけないでしょうか。あなただけが、僕の光なのです」


チクリ…。アグネスの胸が痛んだ。

(私の聖魔力が少ないせいで孤児たちが辛い目に…。)


「アル様……。そんな風に、私のことを思ってくださるなんて……。分かりました。子供たちのために、私の聖魔力を……」


アグネスは迷いなく鏡台の引き出しに手を伸ばし、黒表紙の聖典の後ろから最高純度の結晶を取り出し、アルジャーノンへと手渡した。

これこそが、闇市場で一国が買えるほどの値がつく、最高級の換金アイテムだ。


「ありがとうございます、アグネス。君は本当に、僕だけの女神だ」


アグネスの手の甲に熱い唇を寄せながら、アルジャーノンの口元は、醜悪な歪みを持ってニヤリと吊り上がっていた。


(信じられないほど簡単にひっかかりやがった。聖女のくせに一発だ。これで、あの闇市場のバカどもに高値で売り払えば、今夜の夜会の豪遊資金はいくらでも手に入る)


アルジャーノンは、胸ポケットに魔石をしまい込み、足早に神殿を後にした。

その日の夜、彼は手に入れた大金を使い、高位貴族の令嬢たちを両脇に侍らせ、高級酒を浴びるように飲んで踊り明かすのだった。

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