3.甘い罠と、色褪せる幼馴染
「あはは! 見てアル様、あの令嬢の顔! 私がこの『人魚の涙』のイヤリングをつけていったら、悔しそうに唇を噛んで部屋を出て行ったわ!」
王宮のきらびやかなサロンで、リリー・キャベンディッシュは品のない高笑いを上げていた。
その耳元で揺れるのは、数日前にアルジャーノンが贈った、最高級の魔石アクセサリーだ。アルジャーノンは、普段から自分を慕う大勢の資産家令嬢たちを言葉巧みに操り、貢がせた大金でこのお宝を買い揃えていた。すべてはリリーを極上の贅沢に溺れさせるための投資だ。
「お気に召して光栄だよ、リリーちゃん。君のような美しい人にこそ、その青は相応しい。あの夜会で婚約を破棄されたエレノア嬢なんて、今や君の引き立て役にすらなれないさ」
アルジャーノンは、リリーの細い腰を引き寄せながら、耳元で甘く囁いた。
「本当ね! あんな派手なだけのキツネ女、ジョージ様にも見捨てられて当然だわ」
リリーは完全に有頂天だった。田舎の男爵領では小遣いにも困っていたというのに、王都に来た途端、王太子と美しい伯爵令息の二人が競うように、破格の贅沢品を次々と与えてくれるのだ。
「……リリー。いい加減にしろ」
二人の甘い空間を破ったのは、部屋の入り口に直立していた近衛騎士、アーサーだった。
彼はリリーの専属護衛であり、幼馴染。その実直な瞳には、今や隠しきれない軽蔑が混ざり合っている。
「なによ、アーサー。公務の邪魔をしないでくれる?」
「これが公務だと? …神殿へ行くためだけに、君専用の豪奢な黄金馬車をジョージ殿下にねだったそうだな。あの国宝級の馬車は、国庫の防衛予算からの支払いだと聞いた。北方騎士団の維持費を一ヶ月分削れば、ちょうどそのくらいの額になる。君の我が儘のせいで、前線の防備が薄くなっているんだぞ」
アーサーはリリーの前に一歩踏み出し、その贅沢なドレスの袖を掴もうとした。
「昔の君は、領民が飢えないようにと、自分の小遣いを削って麦を買うような優しい子だった。どうしてこんな……贅沢の亡者になってしまったんだ!」
その言葉に、リリーの顔から笑みが消え、酷く冷淡な侮蔑の表情が浮かんだ。
「触らないで、田舎者」
パシィン、と激しい音が響く 。リリーはアーサーの手を扇子で強く叩き落とした。
「前線の防衛? 領民? そんな野暮ったい話、私に関係ないわ。私は次の王妃になるのよ?身の回りのもの全部、国宝級の美しいお宝で飾らなきゃいけないし、そのためならお金に糸目をつけないのは当然のことよ。なにより、黄金馬車もイヤリングもジョージ殿下とアル様の真実の愛の証明だわ。愛されてなにが悪いのよ!アーサー、護衛風情のくせにそういう冴えない説教、本当にうんざりなの。消えてちょうだい」
アーサーは叩かれた手を握りしめ、まるで見たこともない怪物を見るような目でリリーを見つめ、静かに部屋を出て行った。
「ふふ、すっきりしたわ。ねえ、アル様。これから私、神殿へ行くの。筆頭聖女のアグネス様に、この最高級の黄金馬車と『人魚の涙』を見せて、都会の流行を教えてあげましょう!それに、素敵なアル様を見せつけて、愛の素晴らしさも教えて差し上げたいわ!」
リリーはアルジャーノンの腕に抱きつき、次の獲物を探すように目を輝かせた。




