目覚めの鼓動
ドラゴニュートは静かに大鎌を振り上げた。
「終わりだ」
その一言と共に、黒き刃がエリスへ振り下ろされる。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、アリアナさん」
「この先から、なんだか嫌な感じがする」
ヒルメは胸元を押さえ、小さく眉を寄せた。
シロも耳を立て、森の奥をじっと見つめている。
「ワウ……」
アリアナも足を止めた。
「……血の臭いだ」
「しかも、大勢」
その時――。
ドォォォォォン!!
遠くから凄まじい轟音が響いた。
続けて剣戟。
咆哮。
爆発音。
ヒルメは顔色を変える。
「誰か戦ってる!」
アリアナは頷いた。
「あの先だ!」
三人は一斉に駆け出した。
木々を抜ける。
崖を飛び越える。
そして――。
目の前へ広がった光景に、全員が言葉を失った。
巨大な墓場。
数え切れないほどのドラゴン。
倒れ伏す騎士たち。
傷だらけの女性騎士。
そして、その女性へ振り下ろされようとしている黒い大鎌。
「フェネクスちゃん!」
「怪我してる人たちをお願い!」
「はい! ヒルメ様!」
フェネクスは騎士団の元へ向かった。
「シロ!」
「ドラゴンさんたちをお願い!」
「ワウッ!!」
シロは一直線にドラゴンの群れへ飛び込んだ。
「アリアナさん!」
「私が騎士さんを守るから!」
「ドラゴニュートさんに一発お願いします!」
「任せろ!」
ヒルメは杖を強く握り締める。
「清浄の光よ……。
盾となりて、かの者を包み込め!」
《ガーディアン・プリズン》
純白の結界がエリスを包み込む。
その瞬間――。
ドゴォォォォォォン!!
ドラゴニュートの大鎌が結界へ激突した。
激しい衝撃が墓場中へ響き渡る。
「……なに?」
ドラゴニュートが初めて目を見開く。
その一瞬。
アリアナが地面を蹴った。
「風を司る精霊よ。
我が剣へ集いて、
全てを断つ疾風となれ。
《シルフィード》」
翠色の風が剣身へ渦巻く。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
ザシュゥゥゥゥッ!!
風を纏った一閃が、ドラゴニュートを横薙ぎに斬り裂いた。
「ぐっ……!」
ドラゴニュートは何本もの墓石を砕きながら、大きく吹き飛んだ。
「隊長!」
「大丈夫ですか!」
エリスは結界の中で、ゆっくりと立ち上がる。
「私は……」
胸へ手を当てる。
「助かった……のか」
ヒルメはホッと胸を撫で下ろした。
「間に合って良かったぁ」
ドラゴニュートはゆっくりと立ち上がる。
服へ付いた土を払い、小さく息を吐いた。
「無駄な事を……」
「たとえ傷を癒そうと」
「この墓場では、生者は勝てぬ」
「瘴気はいずれ、再び貴様らを蝕む」
ヒルメは墓場を見回した。
倒れた騎士たち。
苦しそうな表情。
重く淀んだ空気。
そして、自分だけが感じる黒い靄。
「……違う」
小さく呟く。
「ヒルメ?」
アリアナが振り返る。
ヒルメは杖を握り締めた。
「怪我だけじゃない」
「みんな、瘴気で力が出せなくなってる」
アテナが目を見開く。
「気付いたのですか……」
「この墓場全体が瘴気に包まれています」
「身体能力も」
「魔力も」
「本来の力が出せません」
ヒルメは静かに頷いた。
「だからドラゴンさんたちと戦えなかったんだ」
ドラゴニュートは鼻で笑う。
「気付いたところで同じ事」
「無駄な事を……」
「その程度で、この墓場は変わらぬ」
ヒルメはゆっくりと杖を掲げた。
「そんな事ないよ」
目を閉じる。
「清浄なる光よ。
穢れを祓い、
この地を安らぎの聖域へ導きたまえ――」
《サンクチュアリ》
眩い神聖な光が、杖から溢れ出した。
光は墓場全体を包み込み、黒い瘴気を少しずつ押し返していく。
黒と白。
二つの力がせめぎ合う。
やがて、騎士たちの周囲だけが暖かな光に包まれた。
「これは……!」
アテナが息を呑む。
「瘴気の影響が……」
「消えています!」
騎士たちも驚きの声を上げる。
「体が軽い!」
「魔力が戻ってきた!」
「剣が……振れる!」
エリスは剣を握り直す。
先ほどまで感じていた重さが、嘘のように消えていた。
「これが……」
「本来の力」
ドラゴニュートは、初めて険しい表情を浮かべる。
「聖域だと……」
「神聖魔法で墓場を書き換えたというのか」
ドラゴニュートは僅かに眉をひそめた。
ヒルメは首を横に振る。
「書き換えたんじゃないよ」
「みんなが安心して戦える場所を作っただけ」
ドラゴニュートは静かに大鎌を構える。
「無駄な事を……」
「その程度で竜族に勝てると思うな」
エリスは剣を握り直した。
その身体から重さは消えている。
「隊長!」
アテナが叫ぶ。
「瘴気の影響が完全に消えています!」
「身体能力、魔力共に正常値まで回復!」
フレイヤも拳を握り締めた。
「おぉぉぉ!」
「体が軽いっす!」
「これなら、いくらでも暴れられる!」
紅蓮の不死鳥が大きく翼を広げる。
紅蓮の羽根が舞い落ちる。
暖かな炎が騎士たちを包み込んだ。
「命を照らす聖炎よ。
再生の翼となり、
傷付いた命を包みたまえ。
《エターナル・フレア》」
「傷が……」
「治っていく!」
「まだ身体に力が……!」
アテナは驚いたように自分の手を見つめる。
「これは……」
「回復だけではありません」
「身体能力まで上昇しています……」
「魔力の巡りまで……」
フレイヤはニヤリと笑った。
「よぉぉぉし!」
「完全復活っす!!」
「燃えてきたぁぁぁぁ!!」
「炎を司る精霊よ。
我が武器に宿り、
灼熱の刃となれ。
《フレイム・エンチャント》」
ボォォォォォッ!!
《イグニート・アクス》が紅蓮の炎を纏う。
フレイヤは一直線に地竜へ飛び込んだ。
「オラァァァァ!!」
ドゴォォォォォン!!
炎を纏った戦斧が地竜の横腹へ炸裂する。
「グォォォォォッ!!」
地竜の巨体が大きくよろめいた。
「へへっ!」
「今度は効いてるっす!」
その時だった。
別の地竜がシロへ襲い掛かった。
「ワウッ!!」
シロは真正面から駆け出す。
ゴォォォォォッ!!
紅蓮の炎を吐きながら前脚を叩き付ける。
ドゴォォォォォン!!
「グォォォォォッ!!」
地竜はすぐに体勢を立て直し、凍てつく冷気を吐き出した。
キィィィィィィン!!
「ワウッ!!」
シロの口からも白銀の冷気が放たれる。
二つの冷気が激突し、大爆発を巻き起こした。
ドォォォォォォン!!
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」
フレイヤが思わず叫ぶ。
「ワ、ワンワンがドラゴンとタイマンしてるっすぅぅぅ!!」
「しかも炎を吐いたと思ったら、氷までぇぇぇ!?」
アテナも目を見開いた。
「そ、そんな……」
「犬が……」
「犬は……魔法を使いません……」
「それに……複数属性など……」
「あり得ません……」
「ワウ♪」
シロは得意そうに尻尾を振った。
「すげぇっす!!」
「最高っすよ、ワンワン!!」
エリスは静かに剣を構え直した。
シロとフレイヤの戦いへ一瞬だけ視線を向ける。
「……あちらも随分と騒がしいようだな」
小さく笑みを浮かべる。
「だが」
「こちらも負けてはいられん」
ドラゴニュートへ剣先を向けた。
「改めて名乗ろう」
「帝国第三騎士団隊長」
「エリス・フォン・アルセリア」
「貴様を討つ者の名だ」
ドラゴニュートは静かに目を閉じる。
「……礼儀は心得ているようだ」
そう呟くと、ゆっくりとフードへ手を掛けた。
風に揺れる銀色の長い髪。
額には二本の竜角。
黄金に輝く双眸がエリスを真っ直ぐ見据える。
「我が名はエレン」
「竜王の娘」
「ドラゴンの墓場を守護する者」
「貴様ら人族を、この先へ通す訳にはいかぬ」
エリスは静かに頷く。
「そうか」
「ならば、互いに退く理由はない」
剣をゆっくりと構える。
エレンも黒き大鎌を構え直した。
「互いの誇りを懸け」
「正々堂々と勝負だ」
「望むところだ」
ドォォォォォン!!
二人は同時に地を蹴った。
ガギィィィィィン!!
剣と大鎌が激しくぶつかり合い、凄まじい衝撃波が墓場全体へ駆け抜けた。
フレイヤは豪快に笑う。
「よーし!」
「ワンワン!」
「一緒に暴れるっす!!」
「ワウッ!!」
一人と一匹は顔を見合わせる。
そして同時に地竜へ駆け出した。
「ワンワン!」
「合わせるっすよ!!」
「ワウッ!!」
一人と一匹は同時に地面を蹴る。
フレイヤが正面から飛び込む。
「オラァァァァ!!」
ドゴォォォォォン!!
炎を纏った戦斧が地竜の前脚へ叩き込まれる。
「グォォォォォッ!!」
地竜が怒りの咆哮を上げる。
巨大な尾がフレイヤへ振り抜かれた。
「うわっ!」
避けきれない。
その瞬間――。
「ワウッ!!」
シロが横から体当たりを食らわせる。
ドゴォォォォォン!!
尾の軌道が逸れ、フレイヤの目の前を掠めていった。
「ナイスっす!!」
フレイヤはニヤリと笑う。
「お返しっす!」
再び戦斧を振り抜く。
ドガァァァァァン!!
今度は地竜の首元へ直撃した。
「グォォォォォォッ!!」
よろめいた地竜へ、シロが一気に飛び掛かる。
「ワウッ!!」
ゴォォォォォォッ!!
紅蓮の炎が地竜を包み込む。
地竜も負けじと冷気を吐き返す。
「ワンワン!」
「冷たいのは任せるっす!」
「ワウッ!!」
シロは白銀の冷気を吐き返し、氷のブレスを真正面から押し返した。
ドォォォォォォン!!
爆風で地竜の体勢が崩れる。
フレイヤはその隙を逃さない。
「もらったぁぁぁ!!」
飛び上がり、戦斧を大きく振りかぶる。
「オラァァァァァ!!」
ドガァァァァァン!!
炎を纏った一撃が地竜の頭部へ炸裂した。
「グォォォォォォッ!!」
地竜は大きく吹き飛び、墓石を砕きながら地面を転がる。
「やったぁぁ!」
フレイヤはシロへ振り返り、拳を突き出した。
「ナイスっす! ワンワン!」
「ワウ♪」
シロも嬉しそうに前脚を差し出す。
コツン。
拳と前脚が軽くぶつかった。
「最高の相棒っす!」
「ワウッ!!」
エリスは静かに剣を構え直した。
シロとフレイヤの戦いへ一瞬だけ視線を向ける。
エレンは黒き大鎌を構え、静かにエリスを見据えた。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
エリスが連続で剣を振るう。
鋭い斬撃が次々とエレンへ襲い掛かる。
しかし――。
ガギン!!
ガギィン!!
カキィィィン!!
エレンは最小限の動きで、その全てを受け流していく。
「速い」
「だが……」
「軽い」
大鎌が横薙ぎに振るわれる。
ドォォォォォン!!
「ぐっ!」
エリスは剣で受け止めるが、そのまま数十メートル吹き飛ばされた。
墓石を何本も砕きながら地面を滑る。
「隊長!」
アテナが叫ぶ。
エリスは剣を地面へ突き立て、なんとか踏み止まった。
「これほどか……」
腕が痺れる。
剣を握る手が震えていた。
エレンは静かに大鎌を構え直す。
「引け」
「これ以上戦えば命を落とす」
エリスはゆっくりと立ち上がる。
「断る」
「我々には瘴気を調査する使命がある」
「このまま退く訳にはいかない」
エレンは小さくため息を吐いた。
「愚かな」
「瘴気は無くならぬ」
「この墓場がある限り」
「永遠にな」
その言葉を聞いたヒルメは、墓場全体を見渡した。
無数の墓標。
朽ち果てた竜の骸。
黒く淀み続ける瘴気。
胸が締め付けられる。
「……違う」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「こんなの……」
「眠れてない」
「みんな……」
ヒルメはそっと胸へ手を当てる。
「苦しいんだ」
「ずっと……」
目を閉じる。
胸の奥が痛む。
この瘴気の中には、まだ眠れない魂たちがいる。
そんな気がしてならなかった。
「この地のみんなを……」
「ちゃんと送ってあげたい」
その言葉に、エレンは鋭く反応した。
「送る……だと?」
「何を馬鹿な事を」
「父上も、この地に眠る竜たちも」
「ここで永遠に眠る」
「それが竜族の誇りだ」
ヒルメは静かに首を横へ振る。
「違うよ」
「眠れてない」
「だから苦しんでる」
「そんなはずはない!」
エレンが声を荒らげる。
「人族に何が分かる!」
「父上を侮辱するな!!」
墓場に重い空気が流れる。
その時だった――。
パチン。
乾いた指鳴らしが墓場へ響いた。
「くくっ」
「随分と面白い話をしているじゃないか」
全員が一斉に振り返る。
巨大な竜王の亡骸。
その頭部の上に、一人の男が立っていた。
黒い外套。
全身を覆う禍々しい魔力。
口元には不気味な笑みが浮かんでいる。
「誰だ!」
エリスが剣を向ける。
男は肩をすくめた。
「名乗るほどの者ではない」
「ただ……少し退屈だったものでな」
「どれ」
「少しだけ手伝ってやろう」
男は懐から黒い杭のような魔道具を取り出した。
それは瘴気を凝縮したかのような、不気味な黒い輝きを放っていた。
エレンの顔色が変わる。
「ま、待て……!」
「やめろ!!」
「父上に触れるなぁぁぁぁぁ!!」
エレンは全力で駆け出した。
しかし男は薄く笑うだけだった。
「もう遅い」
グサッ――。
黒い杭が竜王の胸へ深く突き刺さる。
ドクン――。
墓場全体が脈打った。
「なっ……」
「何をした!!」
エレンの叫びが響く。
男は満足そうに笑みを浮かべる。
「眠れる王よ」
「さあ、目覚めるがいい」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
墓場全体の瘴気が、まるで生き物のように竜王の亡骸へ集まり始めた。
男は黒い霧へ姿を変えながら笑う。
「続きは、存分に楽しませてもらおう」
その姿は闇へ溶けるように消えていった。
残されたのは――。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
脈打つ音だけだった。




