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             異世界送魂師ヒルメ  ~涙は地に還り、想いは空へ還る~  作者: ケンボー


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死より蘇りし竜王

ドクン――。


ドクン――。


竜王の亡骸が脈打つ。


墓場全体を覆っていた瘴気が渦を巻き、巨大な亡骸へ吸い込まれていく。


「なっ……!」


エリスが目を見開いた。


黒く淀んだ空気が一変する。


まるで墓場そのものが、竜王を中心に息を吹き返していくかのようだった。


「父上……?」


エレンは震える声を漏らす。


信じられなかった。


信じたくなかった。


しかし、その姿は紛れもなく父だった。


かつて竜族を統べた、最強の王。


幼い頃、その広い背中へ乗せてもらった。


剣を握れば、優しく手を添えてくれた。


「強くあれ」


そう笑って、頭を撫でてくれた。


誰よりも竜族を愛し、誰よりも誇り高かった王。


「違う……」


「こんなの……父上じゃない……」


それでも心は信じてしまう。


目の前にいるのは父だと。


まだ声が届くはずだと。


「父上!」


エレンは大鎌を投げ捨て、一目散に駆け出した。


「私です!」


「エレンです!」


「お願いです!」


「目を覚ましてください!!」


ゆっくりと閉じられていた瞼が開く。


そこに宿っていたのは、命の光ではない。


赤黒く染まった、禍々しい双眸だった。


「グォォォォォォォォォォォッ!!」


天地を震わせる咆哮。


ドォォォォォォン!!


衝撃波が墓場全体へ広がり、無数の墓石が砕け散る。


竜王は、ゆっくりと娘へ視線を向けた。


しかし、その瞳に理性はない。


感情もない。


ただ、目の前にある命を壊すためだけに動いていた。


巨大な前脚が持ち上がる。


「危ない!!」


エリスが地面を蹴った。


ドゴォォォォォォン!!


「ぐぅぅぅっ!!」


聖剣で、その一撃を受け止める。


両腕へ凄まじい衝撃が走った。


足元の地面が砕け、膝が沈む。


ギギギギギ……。


剣が軋む。


「くっ……!」


「重い……!」


竜王はさらに力を込める。


エリスの身体が、少しずつ押し込まれていく。


「エリス様!」


アテナが杖を掲げた。


「炎を司る精霊よ」


「爆炎となり、敵を焼き尽くせ!」


《エクスプロージョン》


ドォォォォォォン!!


爆炎が竜王の顔面を包み込む。


その一瞬。


竜王の動きが止まった。


「今です!」


アリアナが地面を蹴る。


呆然と立ち尽くすエレンの腕を掴み、その場から強引に引き離した。


「離してください!」


「父上が!」


「落ち着け!」


アリアナが鋭く叫ぶ。


「今行っても死ぬだけだ!」


ドォォォォォォン!!


竜王の前脚が大地を砕く。


墓石が宙を舞い、地面が大きく抉れた。


エリスも後方へ飛び退き、大きく息を吐く。


「はぁ……」


「とんでもない力だな……」


エレンはアリアナの腕の中で、竜王を見つめ続けていた。


「父上……」


「お願いです……」


「やめてください……」


その声は震えていた。


だが、竜王には届かない。


竜王はゆっくりと身体を起こす。


その全身から溢れる瘴気は、先ほどまでとは比べ物にならないほど濃い。


黒い霧が大地を這い、墓石を包み、空気そのものを重くしていく。


ヒルメは静かに竜王を見つめていた。


胸の奥が締め付けられる。


苦しい。


悲しい。


怒っている。


そんな感情が、瘴気の奥から流れ込んでくるようだった。


「……まだ」


小さく呟く。


「まだ、苦しんでる……」


エリスは聖剣を構え直した。


「総員、迎撃!!」


「「「はっ!!」」」


騎士たちが一斉に駆け出す。


アリアナも細剣を構えた。


フレイヤは戦斧を肩へ担ぎ、ニヤリと笑う。


「よぉぉぉし!」


「こっからが本番っすね!」


シロも低く唸る。


「ワウッ!」


フェネクスは上空へ舞い上がり、ヒルメの周囲を旋回する。


「ヒルメ様!」


「私は負傷者の回復に回ります!」


「お願い、フェネクスちゃん!」


「はい!」


エリスが先陣を切る。


「はぁぁぁぁぁっ!!」


聖剣が白銀の軌跡を描き、竜王の前脚へ斬り掛かった。


ガギィィィィィン!!


硬い衝撃が手元へ返る。


刃は届いた。


だが、その先へ進まない。


黒い瘴気が竜王の身体を覆い、剣の威力を受け止めていた。


「くっ!」


「風を司る精霊よ」


「我が剣へ集いて」


「全てを断つ疾風となれ!」


《シルフィード》


翠色の風を纏ったアリアナが、死角から一気に斬り込む。


ザシュッ!!


だが、その刃もまた、黒い瘴気に阻まれた。


アリアナはすぐに距離を取る。


「やはり……」


「燃えてきたっす!!」


フレイヤが大きく跳躍する。


「オラァァァァ!!」


ドゴォォォォォン!!


紅蓮の炎を纏った戦斧が、竜王の横腹へ叩き込まれる。


しかし――。


ボォッ……。


黒い瘴気が炎を飲み込み、戦斧を弾き返した。


「そんなっすか!?」


「ワウッ!!」


シロが駆ける。


紅蓮の炎を吐き、続けて白銀の冷気を放つ。


炎と氷。


二つの力が同時に竜王を包み込んだ。


だが、瘴気は揺らがない。


炎を飲み込み。


冷気を押し返し。


竜王の身体へ、一切の傷を許さなかった。


アテナも杖を掲げる。


「炎を司る精霊よ」


「爆炎となり、敵を焼き尽くせ!」


《エクスプロージョン》


ドォォォォォォン!!


爆炎が竜王を包み込む。


轟音。


土煙。


熱風。


しかし、煙が晴れた先に立つ竜王は、傷一つ負っていなかった。


エリスは剣を構え直し、低く呟く。


「斬れていない……」


アリアナも静かに頷いた。


「刃は届いている」


「だが、その先で瘴気に阻まれているな」


アテナは悔しそうに唇を噛む。


「私の魔法も同じです」


「命中した瞬間、瘴気に相殺されています」


エレンは苦しげに拳を握り締めた。


「父上を覆う瘴気が……」


「全ての攻撃を拒んでいる……」


重苦しい沈黙が流れる。


その時――。


「全部は無理だけど……」


小さな声が響いた。


全員が振り向く。


ヒルメは杖を握り締め、真っ直ぐ竜王を見つめていた。


「一部分だけなら……」


「瘴気を祓えるかもしれません」


エリスが目を細める。


「一部分だけ……?」


ヒルメは小さく頷いた。


「はい。」


「墓場全体を浄化することは、時間が足りなくてできません。」


「でも……。」


竜王の胸元へ視線を向ける。


「あそこだけなら。」


「ほんの一瞬だけなら、瘴気を祓えると思います。」


アリアナはヒルメの視線を追い、静かに頷いた。


「なるほど。」


「瘴気に穴を開けるのか。」


「はい。」


ヒルメは杖を握り直す。


「私が瘴気を祓います。」


「その一瞬だけ、みなさんの攻撃が届くはずです。」


エリスは聖剣を握り直した。


「分かった。」


「その一瞬に全てを懸ける。」


アリアナも剣を構える。


「合図は任せる。」


「その隙は逃さない。」


フレイヤは戦斧を肩へ担ぎ、豪快に笑った。


「よぉぉぉし!」


「一発ぶち込んでやるっす!!」


「ワウッ!!」


シロも力強く吠える。


ヒルメは大きく息を吸った。


「お願いします……。」


杖をゆっくりと掲げる。


「清浄なる光よ


穢れを祓い


真実を照らしたまえ――」


《ピュリファイ》


眩い白い光が杖の先から放たれる。


一直線に竜王の胸元へ降り注いだ。


ジュゥゥゥゥ……


黒い瘴気が音を立てながら焼かれていく。


まるで霧が朝日に溶けるように、胸元を覆っていた瘴気だけが消えていった。


エレンが目を見開く。


「瘴気が……!」


「消えていく……!」


ヒルメは額へ汗を浮かべながら叫ぶ。


「今です!!」


「はぁぁぁぁぁっ!!」


エリスが地面を蹴る。


その横を翠色の風が駆け抜けた。


「風を司る精霊よ


我が剣へ集いて


全てを断つ疾風となれ!」


《シルフィード》


アリアナが風を纏い、一気に間合いを詰める。


二人は呼吸を合わせるように剣を振り抜いた。


ガギィィィィィン!!


ザシュゥゥゥゥッ!!


二本の刃が、浄化された胸元を深く斬り裂く。


鮮血が宙を舞った。


「入った!」


アテナが思わず声を上げる。


「効いています!」


フレイヤも拳を握り締めた。


「やったっす!!」


しかし――。


ズズズズズ……


竜王の傷口から黒い瘴気が溢れ出した。


「なっ……!」


エリスは即座に後方へ飛び退く。


瘴気はまるで意思を持つ生き物のように傷口へ絡み付き、裂けた肉へ染み込んでいく。


ジュゥゥゥゥ……


砕けた鱗が浮かび上がり、元の場所へ吸い寄せられる。


裂けた肉が蠢きながら繋がり、流れ出た血までもが逆流するように傷口へ戻っていく。


バキ……


バキバキッ……


砕けた鱗が完全に再生する。


ほんの数秒。


深く刻まれたはずの傷は、跡形もなく消え去っていた。


「そんな……。」


アテナが息を呑む。


「完全に……。」


「再生しています……。」


フレイヤも目を見開く。


「ウソっす……。」


「せっかく斬ったのに……。」


エリスは聖剣を構え直す。


「瘴気を祓いても、この回復力か……。」


アリアナも静かに息を吐いた。


「これでは埒が明かんな。」


ヒルメは竜王から目を離さない。


小さく唇を噛む。


「やっぱり……。」


その時だった。


「グォォォォォォォォォォォッ!!」


墓場全体が激しく震え始めた。


ゴゴゴゴゴゴゴ……


地面から黒い瘴気が噴き出し始める。


竜王の周囲へ集まっていく。



「なんだ……?」


アリアナが剣を構えた。


黒い瘴気は幾つもの塊となり、ゆっくりと形を変えていく。


翼。


牙。


爪。


尾。


やがて、それぞれが禍々しい竜のような姿を成していった。


「……あれは。」


エリスが目を細める。


アテナも息を呑んだ。


「わ、分かりません……。」


「そのような魔物、文献にも記されていません。」


エレンも黄金の瞳を見開く。


「私も……知らない。」


「父上が、あのような存在を生み出すなど……。」


次の瞬間――。


「ギャァァァァァァッ!!」


黒き異形が一斉に飛び立った。


その標的は、人間ではない。


空を舞う竜族だった。


「なっ――!」


完全に不意を突かれた竜族へ、黒き異形が一斉に襲い掛かる。


ドゴォォォォォン!!


「グォォォォォッ!!」


一頭の竜族が弾き飛ばされる。


さらに二体、三体と異形が群がり、巨大な身体へ噛み付き始めた。


「離れろ!!」


炎を吐き、鋭い爪を振るう。


しかし異形は怯まない。


吹き飛ばされても、すぐに起き上がり再び襲い掛かる。


「ぐあぁっ!」


別の竜族は翼へ食らい付かれ、飛行姿勢を崩した。


そこへ数体の異形が一斉に群がる。


「グォォォォォッ!!」


巨体が空中で激しく揺れた。


「まずい!」


エリスが叫ぶ。


その瞬間――。


「グォォォォォォォォォォォッ!!」


竜王がゆっくりと口を開く。


喉の奥へ赤黒い魔力が収束していく。


「ブレスだ!」


エレンの顔色が変わる。


しかし、異形へ拘束された竜族は身動きが取れない。


ドォォォォォォォォォン!!


漆黒のブレスが一直線に放たれた。


「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」


拘束された竜族へ直撃する。


巨大な身体が墓石を砕きながら地面へ叩き付けられた。


「父上!!」


エレンが思わず一歩踏み出す。


「お願いです!!」


「やめてください!!」


叫びは虚しく墓場へ響くだけだった。


「フレイヤ!」


エリスが振り向く。


「竜族を助けろ!」


「了解っす!!」


フレイヤは炎を纏った戦斧を構え、一気に跳躍する。


「オラァァァァァ!!」


ドガァァァァァン!!


異形をまとめて吹き飛ばした。


「ワウッ!!」


シロも一直線に駆け抜ける。


紅蓮の炎を吐きながら異形へ体当たりを食らわせ、そのまま白銀の冷気で竜族へ群がる異形を引き剥がした。


「今っす!」


「逃げるっす!!」


助け出された竜族は大きく距離を取る。


しかし、黒き異形は止まらない。


次から次へと空へ舞い上がり、再び竜族へ襲い掛かる。


「数が多すぎる!」


アリアナが舌打ちする。


「倒しても倒しても終わらん!」


アテナも杖を掲げ続ける。


「炎を司る精霊よ!」


《エクスプロージョン!!》


ドォォォォォォン!!


爆炎が異形を飲み込む。


それでも次の異形が姿を現す。


上空ではフェネクスが大きく翼を広げた。


「ヒルメ様!」


「皆さんの回復はお任せください!」


「命を照らす聖炎よ


再生の翼となり


傷付いた命を包みたまえ」


《エターナル・フレア》


暖かな紅蓮の炎が竜族と騎士たちを優しく包み込む。


裂けた傷が塞がり、失われた体力が戻っていく。


「助かった……!」


「まだ戦える!」


しかし、それでも戦況は変わらない。


異形は次々と湧き続ける。


竜族も騎士団も、それぞれの戦いで精一杯だった。


誰一人として、竜王へ近付くことができない。


ヒルメは戦場全体を見渡した。


竜王。


黒き異形。


傷付きながら戦い続ける仲間たち。


「……違う。」


ヒルメは小さく呟いた。


「何かがおかしい。」


その視線は、竜王の胸へ突き刺さった黒い杭へ向けられていた。


「あれ……。」


「もしかして……。」


ヒルメの瞳が大きく見開かれる。

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