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             異世界送魂師ヒルメ  ~涙は地に還り、想いは空へ還る~  作者: ケンボー


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7/10

帝国の影

帝都へ続く街道――。


心地よい風が草原を駆け抜ける。


帝国騎士団は、任務を終え帝都への帰路についていた。


「隊長、あの子達……結局何者だったんでしょうね?」


若い騎士が口を開く。


「さあな」


エリスは前を向いたまま短く答えた。


「でも、あんな小さな子が魔物を浄化するなんて聞いたことありません」


「俺も初めて見た」


別の騎士も苦笑する。


「あの白い犬も強かったですよね」


「ワウ!」


騎士の一人が鳴き真似をすると、一同から小さな笑いが漏れた。


「隊長も少し笑ってましたよね?」


「……気のせいだ」


エリスはそっぽを向く。


「絶対笑ってましたって」


「ヒルメって子、また会いたいですね」


その言葉に、エリスは少しだけ空を見上げた。


「……そうだな」


やがて、遠くに巨大な城壁が姿を現す。


帝都――。


談笑していた騎士達は自然と口を閉ざした。


エリスも表情を引き締める。


「帰還報告までが任務だ。


 気を抜くな」


「「はっ!」」


帝国騎士団は、そのまま帝都の門をくぐった。


◇ ◇ ◇


王城――。


重厚な扉がゆっくりと開かれる。


赤い絨毯の先、黄金に彩られた玉座。


そこには帝国皇帝が静かに腰掛けていた。


その左右には宰相と近衛騎士達が控え、玉座の間は張り詰めた空気に包まれている。


エリスは玉座の前まで進み、片膝をついた。


「第三騎士団隊長エリス、ただいま帰還いたしました」


「任務を完了し、帰還いたしました」


「捕縛対象六名を確保」


「民間人への被害はありません」


「以上です」


皇帝は退屈そうに頬杖をついたまま、静かにエリスを見つめている。


しばらくの沈黙。


やがて玉座の傍らに立つ宰相が口を開いた。


「ご苦労でした」


「では、捕縛した者達を引き渡します」


その時だった。


「その必要はありません」


静かな声が玉座の間に響く。


壁際に控えていた黒衣の男が、一歩前へ出た。


顔は深くフードで隠れ、その表情は見えない。


「……暗部」


エリスは小さく呟く。


「捕縛した者達は暗部が引き継ぎます」


「ですが、まだ聞き出すべき情報があります」


エリスが食い下がる。


宰相は表情一つ変えない。


「決定事項です」


その一言だけだった。


エリスは皇帝へ視線を向ける。


皇帝は何も言わない。


ただ頬杖をついたまま、興味なさそうに書類へ目を落としていた。


「……承知しました」


エリスは静かに一礼する。


そのまま踵を返し、玉座の間を後にした。


捕縛した者達は、その日のうちに暗部へ引き渡された。


◇ ◇ ◇


数日後――。


エリスは王城の地下牢を訪れていた。


捕縛した者達の尋問がどうなったのか。


隊長として確認するためだった。


牢番はエリスの姿を見ると、慌てて敬礼する。


「エリス隊長」


「捕縛した者達の様子を確認したい」


「……申し訳ありません」


牢番は困ったように目を伏せた。


「捕縛した者達は三日前に地下牢から移送されました」


エリスの眉がわずかに動く。


「移送?」


「はい」


「暗部が身柄を引き取りました」


「誰の指示だ」


「宰相閣下です」


「……そうか」


エリスは短く答える。


そのまま踵を返し、地下牢を後にした。


向かう先は一つ。


宰相執務室だった。


◇ ◇ ◇


コンコン――。


「失礼します」


宰相執務室の扉を開ける。


「第三騎士団隊長エリスです」


書類に目を通していた宰相は、ゆっくりと顔を上げた。


「どうしましたか」


エリスは一礼する。


「捕縛した者達の件で参りました」


「地下牢を訪れたところ、暗部へ身柄が移されたと聞きました」


「尋問の進捗を確認したく参りました」


宰相は再び書類へ視線を落とす。


「現在、暗部が担当しています」


「では、尋問結果を」


「機密事項です」


エリスは一歩前へ出た。


「捕縛したのは我々第三騎士団です」


「部下達は命を懸けて捕縛した者達を連れ帰りました」


「隊長として、尋問結果を確認する責任があります」


宰相は静かにペンを置く。


「その必要はありません」


「必要です」

部屋の空気が一変した。


「彼らが何を語ったのか」


「誰の命令で動いていたのか」


「背後関係を知ることは、今後の任務にも関わります」


「それでも教えられないのですか」


宰相は表情を変えない。


「教えられません」


「理由を伺っても」


「機密事項です」


エリスは真っ直ぐ宰相を見つめる。


「……それが答えですか」


エリスは一歩も引かなかった。


「では、暗部の責任者とお会いしたい」


宰相は静かに首を横へ振る。


「許可できません」


「なぜです」


「権限がありません」


「私にも、ですか」


「はい」


部屋に重い沈黙が流れる。


エリスはゆっくりと息を吐いた。


「私は第三騎士団隊長です」


「部下達は命を懸けて彼らを捕らえました」


「その結果すら知らされない」


「これでは、次に同じ任務を受けた時、何を警戒すればいいのか判断できません」


宰相は静かにエリスを見つめる。


「それでも答えは変わりません」


「…………」


エリスは拳を強く握り締めた。


「……承知しました」


そう言って一礼する。


だが、その表情から納得の色は消えていなかった。


「……最後に一つだけ、お聞かせください」


エリスは執務室を出ようとした足を止めた。


宰相は静かに視線を向ける。


「何でしょう」


「捕らえた者達は、本当に何も話さなかったのですか」


部屋の空気が一瞬止まる。


「……どういう意味ですか」


「いえ」


「尋問結果すら開示されないものですから」


「何か重要な情報を掴んだのではないかと思っただけです」


宰相は無言のままエリスを見つめる。


「失礼しました」


エリスは一礼し、執務室を後にした。


「……聞きましたか」


側近が小さく呟く。


宰相は閉ざされた扉を見つめたまま答える。


「ええ」


「尋問結果を知りたいだけではない」


「あの娘は、何かに気付き始めています」


「監視を付けなさい」


「第三騎士団ですか」


「……いや」


「エリス一人でいい」


◇ ◇ ◇


エリスは廊下を歩きながら、小さく息を吐く。


(なぜ、そこまで隠す……)


ただ尋問結果を知りたかっただけだ。


それなのに、暗部。


機密事項。


一切の開示を拒まれた。


まるで、知られては困る何かがあるようだった。


その時――。


ふと、捕らえた盗賊の言葉が脳裏をよぎる。


『俺達は命令で動いてるだけだ。』


『俺達だけじゃねぇ……。』


『上には逆らえねぇんだよ。』


「……まさか」


エリスは足を止めた。


あの言葉は、命乞いでも虚勢でもなかったのか。


「……いや」


「考え過ぎだ」


そう自分に言い聞かせる。


だが胸の奥に残った違和感だけは、消えることはなかった。


◇ ◇ ◇


作戦会議室――。


重厚な扉が開く。


「第三騎士団隊長エリス、参りました」


エリスは一礼し、部屋へ入る。


部屋には宰相と数名の高官だけがいた。


机の上には帝国北西部の地図が広げられている。


宰相は地図の一角を指差した。


「第三騎士団に新たな任務を命じます」


エリスは静かに視線を落とす。


「目的地は、ドラゴンの墓場」


その名を聞き、エリスの表情がわずかに変わった。


「近頃、この周辺で消息不明者が相次いでいます」


「原因は現在も不明」


「現地を調査し、異変の原因を究明してください」


「必要と判断した場合は討伐を許可します」


「なお、民間人を発見した場合は保護を最優先としてください」


エリスは一度だけ頷いた。


「承知しました」


「出発は三日後」


「それまでに準備を整えなさい」


「はっ」


一礼すると、エリスは静かに作戦会議室を後にした。


廊下へ出たエリスは、手渡された命令書へ視線を落とす。


ドラゴンの墓場。


古くから騎士や冒険者でさえ不用意に近づかぬ場所。


そこへ第三騎士団だけを向かわせる。


「……面倒な任務になりそうだな」


エリスは小さく呟き、第三騎士団の詰所へ向かった。

第三騎士団詰所――。


エリスが扉を開けると、隊員達が一斉に顔を上げた。


「隊長!」


アテナが駆け寄る。


「次の任務だ」


その一言で、詰所の空気が引き締まる。


「目的地はドラゴンの墓場」


部屋が静まり返る。


「ドラゴンの墓場……」


フレイヤが小さく呟く。


隊員達も顔を見合わせた。


「調査任務だ」


「近頃、消息不明者が相次いでいるらしい」


「原因を究明し、必要と判断した場合は討伐を行う」


「民間人を発見した場合は保護を最優先」


「出発は三日後だ」


「「はっ!」」


隊員達はそれぞれ準備のため動き始める。


その様子を、腕を組んで見ていたガロンが口を開いた。


「ドラゴンの墓場か……」


エリスはガロンへ視線を向ける。


「ガロ爺、何か知ってるのか」


ガロンは少しだけ考えるように顎を撫でた。


「昔、一度だけ近くまで行ったことがある」


「だが、あそこは妙な場所だ」


「妙?」


「あぁ」


「魔物だけじゃねぇ」


「空気が淀んでやがる」


「生き物が近づいちゃいけねぇ場所……そんな感じだったな」


部屋の空気が少し重くなる。


ガロンはエリスの肩を軽く叩いた。


「無茶はするな」


「隊長だからって、一人で抱え込むなよ」


エリスは小さく笑った。


「心配するな」


「全員連れて帰る」


ガロンはニヤリと笑う。


「その言葉が聞けりゃ十分だ」


「隊長、何かありました?」


アテナが真っ先に気付く。


エリスは小さく笑う。


「いや、大したことじゃない」


「隊長」


アテナは真っ直ぐ見つめる。


「嘘は下手ですよ」


そこへフレイヤが笑いながら割って入る。


「もー、アテナお姉ちゃん」


「そんな詰めたら隊長困っちゃうじゃん」


「私は心配しているだけです」


「分かってるって」


フレイヤはエリスの肩を軽く叩く。


「でもさ、話したくないことなら無理に聞かない」


「その代わり、ヤバくなったらちゃんと頼ってよ?」


「うちら、そのためにいるんだから」


エリスは二人を見て、少しだけ肩の力を抜いた。


「……ありがとう」


「まっ、隊長が悩むなんて珍しいし」


「ドラゴンでもぶん殴ればスッキリするって!」


「フレイヤ」


アテナがじろりと睨む。


「冗談だって!」


フレイヤは舌を出し、詰所に笑いが広がった。


◇ ◇ ◇


翌朝――。


帝都の門前。


第三騎士団の隊員達が整列していた。


「全員揃いました!」


アテナが報告する。


「補給物資、装備ともに問題ありません」


「よし」


エリスは隊員達を見渡した。


「今回の任務は調査が最優先だ」


「無理な戦闘は避ける」


「だが、民間人を発見した場合は最優先で保護する」


「全員、生きて帰るぞ」


「「はい!」」


フレイヤがニヤリと笑う。


「隊長、そのセリフ毎回言ってますよね」


「当たり前だ」


エリスも小さく笑う。


「誰一人欠けさせるつもりはない」


「だから第三騎士団なんですよ」


アテナが微笑む。


ガロンは腕を組んだまま頷いた。


「いい面構えだ」


「ガロ爺」


「行ってくる」


ガロンはゆっくりとエリスの肩を叩く。


「帰ってこい」


「土産話くらい聞かせてもらうぞ」


「ああ」


エリスは剣の柄に手を添え、前を向く。


「第三騎士団、出発!」


「「おおっ!」」


帝都を後にし、第三騎士団は北西へ進路を取る。


その先に待つものが何なのか。


まだ、誰も知らない。


向かう先は――


ドラゴンの墓場。


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