送魂師ヒルメ
翌朝――。
柔らかな朝日が村を照らしていた。
「おはよー!」
ヒルメは元気よく部屋を飛び出した。
「朝から元気だなお前は」
アリアナは苦笑しながら立ち上がる。
「今日はみんなを助ける日だもん!」
「ワウ!」
「ふふっ、私も頑張ります」
フェネクスも笑顔で頷いた。
「ではまずは村人を集めよう」
「うん!」
ヒルメは宿屋の女将のもとへ駆け寄った。
「おばちゃん、おはよう!」
「あら、おはよう。
昨日は本当にありがとうね」
「お願いがあるの」
「村のみんなを広場に集めてもらえる?」
「みんなを……?」
「うん。
みんなを助けるから!」
「わ、わかったよ」
女将が村を回る。
「みんなー!
広場に集まっておくれ!」
「昨日泊まった旅のお嬢ちゃんが、病を治せるかもしれないって!」
杖をついた老人。
子どもを抱いた母親。
青白い顔の若者。
咳き込みながら歩く男。
互いに支え合う夫婦。
「本当に治るのか?」
「昨日、宿屋の女将さん、元気になったらしいぞ」
「藁にもすがる思いだ……」
「でも、あんな小さな子が?」
◇ ◇ ◇
その間にアリアナ達。
「フェネクス、そちらの柱を頼む」
「はい!」
「シロ、そこは踏むな!」
「ワウ!」
ヒルメは黙々と祭壇を作る。
村人たちは、
「何をしているんだ?」
「村の皆さんにもお願いがあります」
ヒルメは集まった村人達を見渡した。
「野原に咲いているお花を、一輪でもいいので摘んできてください」
「花を……?」
村人達は顔を見合わせる。
「それで病気が治るのか?」
「うん!」
ヒルメは笑顔で頷いた。
「みんなの想いを届けるのに必要なの」
「難しいことは私がやるから、お願い!」
「……わかった」
「よし、行こう」
村人達は半信半疑ながらも、それぞれ野原へ向かって歩き始めた。
「よし、完成!」
ヒルメは額の汗をぬぐい、満足そうに頷いた。
広場の中央には白い布を敷いた祭壇が作られ、その周りにはアリアナとフェネクスが立てた四本の柱が並んでいる。
「これをどうするんですか?」
フェネクスが首を傾げる。
「ここにお花を飾るんだよ」
ヒルメは祭壇の中央を指差した。
「村のみんなが摘んできてくれたお花を、ここに一つずつ置いてね」
村人達は顔を見合わせながらも、手にした花を祭壇へ供えていく。
赤い花。
白い花。
青い花。
色とりどりの花が少しずつ祭壇を彩り始めた。
「これで準備はできたよ」
村人達は一人、また一人と祭壇へ花を供えていく。
幼い少女は野花を抱え、大切そうにそっと置いた。
老人は震える手で白い花を供える。
母親は子どもと一緒に花を並べ、静かに手を合わせた。
やがて祭壇は色とりどりの花で埋め尽くされる。
「……これで準備はできたよ」
ヒルメは静かに祭壇の前へ立った。
その瞬間――
『やっと……』
『助けてもらえるの……?』
『ありがとう……』
今まで村中から聞こえていた泣き声が、一斉にヒルメへ向けられる。
その声は苦しみだけではなかった。
希望を信じるような、小さな願いが混じっていた。
「うん」
ヒルメは静かに頷いた。
「みんな、お家へ帰ろうね」
祭壇いっぱいに供えられた花を見渡し、目を閉じる。
「苦しかったよね……」
「寂しかったよね……」
「ずっと気づいてもらえなかったもんね」
「でも、もう大丈夫」
「今日からは悲しまなくていい」
「あなた達は一人じゃないよ」
「大切な人達はちゃんと覚えてる」
「だから――」
「安心して、お家へ帰ろう」
「それじゃあ始めるね」
「これより送魂の儀を執り行います。」
涙は祈りとなり
花は想いとなる
彷徨える御霊よ
もう泣かなくていい
もう苦しまなくていい
愛する者は
あなたを忘れてはいない
穢れを離れ
清き御霊となりて
大切な人々を見守り給え
我はその道を照らし
祈りを天へ届けん
《ソウル・アセンション》
祭壇を彩る花々が淡い光を放ち始めた。
一輪、また一輪と光の粒へ変わり、優しく空へ舞い上がる。
やがて村中を包んでいた黒い靄が、朝日に溶ける雪のように静かに消えていった。
『ありがとう……』
『ようやく帰れる……』
『気づいてくれてありがとう……』
ヒルメには無数の魂の声が聞こえていた。
その時――
「……お母さん?」
幼い少女が涙を流した。
『ごめんね……。
寂しかったね』
「おじいちゃん……!」
老人は震える声で空を見上げる。
『立派になったな』
「あなた……」
一人の女性が胸に手を当て、崩れるように膝をついた。
『ありがとう』
『幸せだった』
『これからも、ずっと見守っているからね』
その言葉を最後に、魂たちは穏やかな笑みを浮かべ、光となって消えていく。
消えたのではない。
穢れを祓われ、清き御霊となり、それぞれの大切な人を見守る存在となって還っていった。
村を包む風はどこか暖かく、花々が優しく揺れる。
誰も魂の姿は見えない。
それでも村人たちは確かに感じていた。
大切な人が、最後に「ありがとう」と伝えてくれたことを。
ヒルメは優しく微笑んだ。
「いってらっしゃい」
その瞬間――
どこからともなく、一枚の白い花びらが風に乗って舞い降りた。
村のどこにも咲いていないはずの、白い花びらだった。
花びらはゆっくりとヒルメの頬をかすめ、そのまま空高く舞い上がっていく。
続くように、また一枚。
また一枚。
無数の白い花びらが空を舞った。
「綺麗……」
誰かが思わず呟く。
花びらは風に乗り、青空の彼方へと消えていく。
その瞬間――
枯れていた木々に、小さな若葉が芽吹いた。
道端に咲いていなかった花々が、一輪、また一輪と花開く。
乾いていた大地には柔らかな風が吹き抜ける。
「木が……」
「花が……咲いてる……」
誰かが呟いた。
村全体が、まるで長い冬から目覚めたようだった。
「よかった……」
そう呟いたヒルメの身体が、ふらりと揺れた。
次の瞬間――
力が抜けるように膝から崩れ落ちる。
「ヒルメ!」
アリアナは咄嗟に駆け寄り、その小さな身体を抱き止めた。
「魔力切れか!?」
フェネクスも慌てて治癒魔法をかける。
「治りません……!」
ヒルメは苦しそうに笑みを浮かべる。
「大丈夫……」
「ちょっと……疲れちゃっただけ……」
そう言い残すと、静かに目を閉じた。
シロは何も騒がず、ヒルメの傍らへ歩み寄る。
「ワウ……」
心配するように一度だけ小さく鳴き、その場へ静かに座り込んだ。
アリアナは眠るヒルメの髪をそっと撫でる。
「……無茶をしすぎだ」
その表情には、安堵と心配が入り混じっていた。




