一歩ずつ
◇ ◇ ◇
深い。
深い森の奥。
人の手が。
決して。
届かぬ場所。
巨大な木々に。
囲まれた。
小さな集落。
そこに。
フェネクス達は。
身を。
潜めていた。
フェネクスの母。
そして。
母に従い。
ここまで。
逃れてきた。
霊獣たち。
父の。
勢力から。
見つからぬよう。
ひっそりと。
暮らしている。
その。
集落の。
さらに奥。
「……。」
フェネクスが。
杖を。
構えていた。
正面。
少し離れた。
場所には。
一本の。
丸太。
訓練用に。
用意された。
標的。
そして。
フェネクスの。
隣。
「……フェネクス様。」
コハク。
「はい……。」
「もう一度。」
「……はい!」
フェネクスが。
杖を。
握り直す。
目を。
閉じる。
魔力を。
集める。
「……。」
魔力。
問題ない。
以前より。
遥かに。
安定している。
コハクには。
分かる。
このところ。
毎日のように。
続けている。
訓練。
フェネクスは。
確実に。
成長していた。
回復魔法。
身体強化。
魔力操作。
どれも。
以前とは。
比べものに。
ならない。
だが。
「……っ。」
杖先へ。
魔力が。
集まる。
あとは。
放つだけ。
ただ。
それだけ。
「……。」
フェネクスの。
手が。
震え始める。
「……っ。」
丸太。
ただの。
丸太。
生き物では。
ない。
誰も。
傷つかない。
分かっている。
それでも。
頭の中へ。
浮かんでしまう。
自分の。
魔法が。
誰かへ。
向けられる姿。
「……っ。」
杖が。
震える。
呼吸が。
浅くなる。
「……。」
やがて。
杖先へ。
集まっていた。
魔力が。
消えた。
「……ごめんなさい。」
フェネクスが。
俯く。
「また……。」
杖を。
胸元へ。
抱く。
「撃てませんでした……。」
「……。」
コハクは。
責めない。
ただ。
静かに。
フェネクスを。
見ている。
「もう一度。」
「……え?」
フェネクスが。
顔を。
上げる。
「まだ。」
「魔力には。」
「余裕がおありでしょう。」
「……はい。」
「でしたら。」
「もう一度です。」
「……。」
フェネクスが。
少し。
驚く。
そして。
「……はい!」
再び。
杖を。
構えた。
◇ ◇ ◇
何度。
繰り返しただろう。
魔力を。
集める。
震える。
消える。
また。
集める。
それでも。
撃てない。
「……っ。」
フェネクスが。
杖を。
下ろした。
額には。
汗。
「はぁ……。」
「はぁ……。」
魔力を。
使ったからではない。
ただ。
一発。
攻撃魔法を。
放とうとした。
それだけで。
酷く。
疲れていた。
「……コハク。」
「はい。」
「私……。」
フェネクスが。
丸太を見る。
「やっぱり。」
「駄目なのでしょうか……。」
「何がです?」
「……。」
フェネクスが。
俯く。
「戦うことが。」
小さな。
声。
「私には。」
「向いていないのでしょうか……。」
「……。」
「ヒルメさんは。」
「すごく強くて……。」
「シロちゃんも。」
「いつも。」
「怖がらずに。」
「敵へ向かっていって……。」
「アリアナさんも。」
「剣を持って。」
「私たちを。」
「守ってくれて……。」
ぎゅっ。
杖を。
握る。
「なのに。」
「私は……。」
「誰かを。」
「傷つけると思うと……。」
「怖くて。」
「身体が。」
「動かなくなって……。」
目。
少し。
潤む。
「また。」
「みんなと。」
「冒険したいのに……。」
「……。」
コハクが。
静かに。
聞いている。
「今度は。」
「もっと。」
「役に立ちたいんです。」
「守ってもらうだけじゃなくて……。」
「私も。」
「みんなを。」
「守れるように……。」
「……フェネクス様。」
「はい……。」
「一つ。」
「お尋ねしても?」
「……はい。」
「ヒルメ様達との旅で。」
「フェネクス様は。」
「何もなさらなかったのですか?」
「……え?」
フェネクスが。
顔を。
上げる。
「戦いで。」
「傷ついた者を。」
「癒したことは?」
「……あります。」
「仲間へ。」
「身体強化を。」
「施したことは?」
「……あります。」
「では。」
「フェネクス様の魔法で。」
「助かった者は?」
「……。」
フェネクスが。
黙る。
思い出す。
傷ついた。
仲間へ。
何度も。
回復魔法を。
使った。
戦う。
仲間へ。
強化魔法を。
かけた。
自分に。
出来ることを。
必死に。
やった。
「……いました。」
「でしたら。」
コハクが。
静かに。
言う。
「フェネクス様は。」
「既に。」
「戦っておられたのでは?」
「……。」
フェネクスの。
目が。
大きくなる。
「敵を。」
「倒すことだけが。」
「戦うということでは。」
「ありません。」
「……でも。」
「はい。」
コハクは。
先に。
答えた。
「それでも。」
「ご自身の手で。」
「大切な方々を。」
「守れるようになりたいのでしょう?」
「……!」
フェネクスが。
コハクを見る。
「だから。」
「私に。」
「訓練を頼まれた。」
「……はい。」
「でしたら。」
「私は。」
「止めません。」
フェネクスの。
顔が。
少し。
明るくなる。
「ただし。」
「……?」
「急ぐ必要も。」
「ありません。」
「……。」
「怖いものを。」
「怖くないと思う必要など。」
「ありません。」
「怖くとも。」
「それでも。」
「杖を向けねばならぬ時が。」
「いつか来るかもしれない。」
「その時。」
「今日の訓練が。」
「フェネクス様の。」
「支えになれば。」
「それで。」
「十分です。」
「……コハク。」
フェネクスが。
杖を見る。
少し。
考える。
「……もう一回。」
「はい?」
フェネクスが。
顔を。
上げる。
「もう一回。」
「やります。」
「……。」
コハクが。
僅かに。
笑う。
「承知しました。」
◇ ◇ ◇
少し。
離れた場所。
木陰。
そこから。
二人を。
見ている。
女性。
フェネクスの。
母。
「……。」
娘が。
杖を。
構える。
魔力を。
集める。
やはり。
手は。
震えている。
それでも。
杖を。
下ろさない。
「……あの子は。」
母の。
隣。
一人の。
霊獣が。
立っている。
「昔から。」
「優しすぎるのです。」
「……。」
「虫一匹。」
「傷つけることすら。」
「嫌がるような子でした。」
フェネクス。
魔力。
集める。
「それが。」
「自分から。」
「戦い方を。」
「教えてほしいなどと……。」
母が。
少し。
寂しそうに。
笑う。
「随分と。」
「変わりました。」
視線の先。
「……っ。」
フェネクス。
やはり。
撃てない。
魔力が。
消える。
だが。
今度は。
俯かない。
すぐに。
もう一度。
杖を。
構える。
「……。」
母が。
その姿を。
見つめる。
「ヒルメさん。」
小さく。
呟く。
「貴女との旅は。」
「この子に。」
「一体。」
「何を見せてくれたのでしょうね。」
◇ ◇ ◇
夕方。
「……はぁぁぁっ!」
フェネクスの。
杖先。
魔力。
集まる。
手。
震える。
「……っ!」
消えそうになる。
「……まだ。」
小さく。
呟く。
「まだ……!」
コハクは。
何も。
言わない。
見ている。
フェネクス。
目の前。
丸太。
「誰も。」
「傷つかない……。」
自分へ。
言い聞かせる。
「これは。」
「訓練……。」
魔力。
少しずつ。
安定する。
「……っ。」
怖い。
それでも。
「私も……。」
思い浮かぶ。
ヒルメ。
シロ。
アリアナ。
一緒に。
旅をした。
みんな。
「また。」
「一緒に……。」
杖先。
光。
強くなる。
「冒険したい……!」
魔力。
放つ。
――だが。
直前。
「っ……!」
また。
止まった。
光が。
消える。
「……。」
静寂。
フェネクスが。
杖を。
下ろす。
「……駄目でした。」
コハクが。
近付く。
「いいえ。」
「……?」
「先ほどより。」
「長く。」
「維持できておりました。」
「……。」
「一歩です。」
「……一歩。」
「はい。」
フェネクスが。
丸太を見る。
傷一つ。
ない。
それでも。
「……。」
少しだけ。
笑う。
「明日も。」
「お願いします。」
「もちろんです。」
「明後日も。」
「はい。」
「その次も……。」
「フェネクス様。」
「……はい?」
「まずは。」
「明日の訓練を。」
「終えてからにしましょう。」
「……。」
フェネクスが。
頬を。
膨らませる。
「コハクは。」
「意地悪です。」
「そうでしょうか。」
「そうです。」
二人が。
集落へ。
戻っていく。
その後ろ。
夕日が。
森を。
赤く。
染めていた。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
隠れ里から。
遥か離れた。
森。
「……いない。」
低い。
声。
数人の。
霊獣。
その中心。
男が。
地面へ。
手を。
触れる。
残された。
僅かな。
魔力。
「また。」
「外れか。」
「申し訳ありません。」
「構わん。」
男が。
立ち上がる。
「探せ。」
「森。」
「山。」
「洞窟。」
「人族の町。」
「全てだ。」
「必ず。」
「どこかにいる。」
一人が。
尋ねる。
「王妃様も。」
「ですか?」
「……。」
男が。
振り返る。
冷たい。
目。
「当然だ。」
「王に。」
「背いた者だ。」
「例外はない。」
「……はっ。」
男が。
森の奥を見る。
「フェネクス様も。」
「必ず。」
「見つけ出せ。」
◇ ◇ ◇
夜。
隠れ里。
フェネクスは。
小さな。
部屋で。
一人。
杖を。
見ていた。
今日も。
一発も。
撃てなかった。
「……。」
それでも。
以前とは。
少し。
違う。
「一歩……。」
コハクの。
言葉。
フェネクスが。
杖を。
胸へ。
抱く。
「ヒルメさん。」
「シロちゃん。」
「アリアナさん。」
目を。
閉じる。
「私。」
「頑張りますから。」
小さな。
笑顔。
「また。」
「一緒に。」
「冒険してくださいね。」
その願いが。
遠くない未来。
自分自身を。
大きく。
変えることになるなど。
今の。
フェネクスは。
まだ。
知らなかった。
◇ ◇ ◇




