三人で強くなる
◇ ◇ ◇
「……ん。」
ヒルメはゆっくりと目を開けた。
見慣れた天井。
窓の向こうから差し込む朝の光。
隣ではシロが丸くなって眠っている。
「……。」
ぼんやりと天井を見つめていたヒルメだったが。
ふと。
昨夜のことを思い出した。
「……あっ!」
勢いよく身体を起こす。
「ワウ!?」
突然のことに。
シロまで驚いて顔を上げた。
「あ、ごめんシロ。」
ヒルメはシロの頭を撫でる。
そして。
すぐに机へ目を向けた。
そこには。
昨夜と変わらず。
一本の杖が置かれている。
「……。」
ベッドから降り。
杖を手に取る。
夢の中。
真っ白な世界。
そこで聞いた。
女性の声。
そして――
教えてもらった魔法。
ヒルメは目を閉じる。
「聖なる光よ――我が祈りに応え、邪なるものを穿つ一条の光となれ――」
途中まで唱え。
慌てて口を閉じる。
「……危ない。」
ここで発動したら。
どうなるか分からない。
「《セイクリッド・レイ》……。」
名前も。
詠唱も。
はっきり覚えている。
夢だったとは思えないほどに。
「本当に使えるのかな。」
杖を見る。
「……。」
もちろん。
返事はない。
「やっぱり喋らない。」
軽く振ってみる。
何も起きない。
「夢の中では喋ったのに。」
「ワウ?」
シロが不思議そうにヒルメを見上げる。
「……。」
ヒルメはシロを見る。
「シロ。」
「ワン。」
「昨日ね――」
言いかけて。
止まる。
もう一度。
杖を見る。
「……やっぱり何でもない。」
まだ。
自分でもよく分かっていない。
この杖が何なのか。
あの女性の声が誰なのか。
どうして自分に魔法を教えてくれたのか。
だから。
今は。
自分だけの秘密にしておこう。
ヒルメは杖を握る。
「でも。」
少しだけ笑った。
「ちゃんと練習しないとね。」
『力は使い方を誤れば――あなたの大切なものまで傷つける。』
夢の中で言われた言葉を思い出す。
「うん。」
小さく頷く。
「分かってる。」
「ワン!」
「シロには言ってないよ。」
「ワウ?」
「ふふ。」
ヒルメは笑いながら。
学院へ向かう準備を始めた。
◇ ◇ ◇
その日の放課後。
学院の屋外修練場。
「じゃあ昨日の続きから。」
リナが腕を組んで二人を見る。
「ミアは《ウィンド・ランス》。」
「はいはい。」
「はいは一回。」
「はい。」
「ヒルメは《ガーディアン・プリズン》を――」
「あの!」
「何?」
ヒルメが勢いよく手を上げる。
「その前に。」
「私、試したいことがある。」
「試したいこと?」
ミアが首を傾げる。
「うん。」
「何を?」
「攻撃魔法。」
「……。」
リナが止まった。
「攻撃魔法?」
「うん。」
「昨日、使えないって話したわよね?」
「そうなんだけど。」
「……。」
リナが怪訝そうにヒルメを見る。
「何か思いついたの?」
「そんな感じ。」
「そんな感じって何よ。」
「とりあえずやってみたい。」
「……。」
リナは少し考える。
「使えるの?」
「多分。」
「多分?」
「まだ一回も試してないから。」
「待って。」
リナの眉が寄る。
「それなら、いきなり撃つのは危なくない?」
「大丈夫だよ。」
「あなたの大丈夫は信用できない。」
「なんで!?」
「迷宮で何回大丈夫って言ったと思ってるのよ。」
「……。」
「返事。」
「覚えてません。」
「でしょうね。」
ミアが笑う。
「まあ、訓練用の的ならいいんじゃない?」
「一番奥のにすれば。」
「……そうね。」
リナはまだ不安そうだったが。
修練場の一番奥。
離れた場所に設置された的を指差す。
「あれを狙って。」
「うん!」
「それと。」
「何?」
「初めて使う魔法なんだから、魔力はできるだけ抑えて。」
「分かった。」
「本当に抑えるのよ。」
「分かってるって。」
ヒルメは杖を握り。
一人。
前へ出る。
リナとミアも。
少し離れた場所へ下がった。
「……。」
ヒルメは。
静かに息を吸う。
昨夜。
夢の中で教えられた魔法。
あの時と同じように。
身体の中の魔力を。
ゆっくりと杖へ流していく。
「聖なる光よ――」
杖先に。
白い光が集まり始める。
「……!」
ミアが目を見開く。
リナの表情も変わった。
「我が祈りに応え――」
光が。
さらに強くなる。
「……ヒルメ。」
「邪なるものを穿つ――」
「ちょっと。」
リナが一歩前へ出る。
「それ、本当に抑えてる?」
「抑えてるよ!」
「そうは見えないんだけど!」
「一条の光となれ――」
杖を。
的へ向ける。
「ヒルメ、待っ――」
「《セイクリッド・レイ》!」
閃光。
次の瞬間。
ドォォォォォン!!
「きゃあっ!」
「うわっ!」
衝撃が。
修練場を駆け抜けた。
土煙が舞い上がる。
「な、何!?」
ミアが腕で顔を庇う。
「だから待ってって言ったのに!」
「聞こえなかった!」
「でしょうね!」
やがて。
土煙が晴れていく。
三人は。
前を見た。
「……。」
「……。」
「……。」
ヒルメが狙った的が。
ない。
それだけではない。
その後ろにあった。
二つ目の的。
三つ目の的。
それすら。
消えていた。
さらに。
修練場の奥。
石造りの壁には。
大きく抉れた跡が残っている。
「……。」
ヒルメは。
自分の杖を見る。
そして。
嬉しそうに。
「できた。」
「できたじゃないわよ!!」
リナの声が響いた。
「何よ今の!?」
「《セイクリッド・レイ》。」
「名前を聞いてるんじゃない!」
「でも。」
ヒルメは首を傾げる。
「ちゃんと抑えたよ?」
「どこが!?」
「もっと強いと思ってた。」
「もっと!?」
「……多分。」
「何を基準に言ってるのよ!」
「えっと……。」
ヒルメが目を泳がせる。
夢の中。
あの真っ白な世界を貫いた光。
それと比べれば。
今の一撃は。
確かに弱かった。
でも。
それを説明するわけにはいかない。
「なんとなく?」
「なんとなくで撃たないで!」
ミアが。
消えた的を見つめる。
「これ……。」
「対抗戦で使えるの?」
「今のままなら絶対駄目。」
リナが即答した。
「え。」
「人に向ける威力じゃないわよ!」
「……。」
ヒルメが少し落ち込む。
「せっかく使えたのに。」
「使うなとは言ってない。」
「え?」
リナは。
大きく息を吐いた。
「練習するの。」
「練習?」
「威力を抑える練習。」
リナは。
消し飛んだ的を指差す。
「あなたの修行内容。」
「今日から追加。」
「《ガーディアン・プリズン》の操作。」
「それと。」
「《セイクリッド・レイ》を、人に向けても大丈夫な威力まで弱くする。」
「弱くするの?」
「そう。」
「強くするんじゃなくて?」
「これ以上強くしてどうするのよ!」
「……確かに。」
「今気付いたの!?」
ミアが吹き出す。
「ヒルメだけ修行の方向が逆だね。」
「どういうこと?」
「普通はもっと強くするために練習するでしょ。」
「うん。」
「ヒルメは弱くするために練習する。」
「……。」
ヒルメは少し考える。
「なんか嫌。」
「我慢しなさい。」
「はーい。」
「伸ばさない。」
「はい。」
「よろしい。」
「リナ先生。」
「誰が先生よ!」
笑い声が。
修練場に響いた。
◇ ◇ ◇
それから。
三人の修行は。
本格的に始まった。
「《セイクリッド・レイ》!」
ドンッ!
光が命中し。
的が真っ二つになる。
「強い!」
「さっきより弱いよ!」
「まだ人に撃ったら大怪我する!」
「もう一回!」
「《ウィンド・ランス》!」
バシュッ!
風の槍が。
的の右を通り抜ける。
「また右!」
「分かってる!」
「撃つ瞬間に杖が動いてるの!」
「動かしてない!」
「動いてる!」
「ヒルメ、見てて!」
「うん!」
ミアが再び杖を構える。
「《ウィンド・ランス》!」
バシュッ!
「……。」
「どう!?」
「ちょっと右に動いてた。」
「嘘!?」
「ほら!」
「リナ嬉しそう!」
「嬉しくない!」
「絶対嬉しそうだった!」
少し離れた木陰では。
シロが寝転がっている。
「シロ!」
「……ワウ?」
「応援して!」
「ワン!」
尻尾を一度振る。
そして。
また伏せた。
「寝た!」
「放っておきなさいよ!」
「応援係なのに!」
「誰が決めたのよ!」
三人の声が。
夕暮れの修練場へ響いていた。
◇ ◇ ◇
五日目。
「《セイクリッド・レイ》!」
バンッ!
的に。
大きな穴が開く。
「……。」
ヒルメが。
的を見る。
「穴になった。」
「そうね。」
「消えてない!」
「最初よりはマシ。」
「やった!」
「喜ぶところじゃない。」
「でも成長したよ!」
「人に撃てるようになってから喜びなさい。」
「リナ厳しい。」
「あなたが危ないの!」
ミアが笑いながら前へ出る。
「じゃあ次、私。」
「うん。」
杖を構える。
「大気を巡る風よ――我が意志に従い、敵を貫く一条の槍となれ――」
風が集まる。
「《ウィンド・ランス》!」
バシュッ!
風の槍が。
的の端を掠めた。
「当たった!」
「端。」
「でも当たった!」
「次は中心。」
「少しくらい褒めてよ!」
「じゃあ。」
リナが腕を組む。
「昨日よりは良かった。」
「……。」
ミアがヒルメを見る。
「今の褒めてる?」
「多分。」
「多分って何よ。」
「二人とも聞こえてるわよ!」
三人が笑う。
◇ ◇ ◇
十日目。
その日の修行から。
内容が変わった。
「今日は動きながら。」
リナが魔道具へ魔力を流す。
ガコン。
修練場に並んだ的が。
左右へ動き始めた。
「対抗戦で相手が止まって待ってくれるわけじゃない。」
「だから。」
「動く相手に当てる。」
ヒルメの目が輝く。
「面白そう。」
「遊びじゃない。」
「分かってるよ。」
「じゃあヒルメ。」
「うん!」
ヒルメが走り出す。
杖を構え。
「聖なる光よ――我が祈りに応え――」
「止まらない!」
「え?」
「詠唱中も動く!」
「あ!」
慌てて走る。
「邪なるものを穿つ一条の光となれ――」
動く的へ。
杖を向ける。
「《セイクリッド・レイ》!」
シュン!
光が。
的の横を通り過ぎた。
「外れた!」
「止まって撃つのと全然違うでしょ?」
「難しい……。」
「だから練習するの。」
「もう一回!」
次は。
ミア。
そして。
最後にリナ。
「私も同じことをする。」
「リナも?」
「当たり前でしょ。」
リナが杖を構える。
「ミア。」
「うん?」
「《ウィンド・ショット》を私の近くに撃って。」
「当てないように?」
「そう。」
「避けながら的を狙う。」
「分かった。」
ミアが構える。
「行くよ。」
「いつでも。」
「《ウィンド・ショット》!」
風の塊が飛ぶ。
リナが。
横へ跳ぶ。
そのまま。
動く的へ杖を向ける。
「炎よ――我が手に集いて、小さき火球となり敵を撃て――」
赤い炎が。
杖先へ集まる。
その時。
「……。」
ヒルメの目が。
僅かに見開かれた。
炎の中心。
ほんの一瞬。
黒い何かが。
混じった。
「……え?」
「《ファイア・ボール》!」
ボンッ!
火球が。
動く的の中心へ命中する。
「すごい!」
ミアが声を上げる。
「避けながら当てた!」
「当然。」
リナは少し得意そうに答える。
だが。
ヒルメは。
リナの杖を見つめていた。
「……。」
「何?」
リナが気付く。
「え?」
「私の杖見てるでしょ。」
「……ううん。」
ヒルメは首を振る。
「何でもない。」
「?」
リナが首を傾げる。
ヒルメは。
先ほど見えたものを思い返す。
赤い炎の中。
確かに。
黒い何かがあった。
(また……。)
以前にも見た。
リナの魔法に混じる。
黒い魔力。
そして。
エルドの言葉が蘇る。
固有魔法。
その素質を持っていても。
目覚める者もいれば。
一生目覚めない者もいる。
強いきっかけによって。
突然発現することもある。
(……やっぱり見間違いじゃない。)
でも。
まだ。
リナ自身は何も気付いていない。
ヒルメは。
何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
十五日目。
「《セイクリッド・レイ》!」
シュン!
一条の光が。
動く的へ命中した。
的が。
大きく揺れる。
しかし。
壊れない。
「……。」
ヒルメが固まる。
「……壊れてない。」
リナも的を見る。
「そうね。」
「穴も開いてない。」
「そうね。」
「……。」
ヒルメが。
ゆっくりと振り返る。
「できたあああ!」
「きゃっ!」
隣にいたミアへ抱きつく。
「できた!」
「ヒルメ、苦しい!」
「人に撃っても大丈夫!?」
「多分!」
「多分なの!?」
リナは。
的の状態を確認する。
「まだ少し強い。」
「でも。」
ヒルメが期待した目で見る。
「対抗戦で使える?」
「……そうね。」
リナが頷く。
「このくらいなら。」
「やった!」
「ただし。」
リナが指を立てる。
「顔を狙わない。」
「うん。」
「近距離で撃たない。」
「うん。」
「興奮して威力を上げない。」
「……。」
「返事。」
「はい。」
「最後が一番心配。」
「大丈夫だよ。」
「その言葉が一番心配なの。」
「なんで!」
ミアが笑う。
「でもすごいよ。」
「最初は的三つ消したのに。」
「うん!」
「褒めてないと思う。」
「え?」
「もう……。」
リナも。
思わず笑った。
◇ ◇ ◇
二十日目。
「《ウィンド・ランス》!」
バシュッ!
風の槍が。
動く的の中心を射抜く。
「やった!」
ミアが拳を握る。
「真ん中!」
「もう一回。」
リナが言う。
「ええ!?」
「一回だけじゃ駄目。」
「今の完璧だったじゃん!」
「だから同じことをもう一度。」
「鬼!」
「本番で失敗したくないでしょ?」
「それは……そうだけど。」
「ほら。」
「もう一回。」
ミアは渋々。
杖を構え直す。
「リナ。」
ヒルメが呼ぶ。
「何?」
「お母さんみたい。」
「誰がお母さんよ!」
「だって。」
「ヒルメももう一回!」
「なんで私まで!?」
「口を動かす元気があるなら練習できる!」
「やっぱりお母さん!」
「ヒルメ!」
「逃げろー!」
「待ちなさい!」
ミアが。
杖を持ったまま笑い出す。
「練習できない!」
修練場に。
三人の笑い声が響いた。
◇ ◇ ◇
二十五日目。
夕暮れ。
三人は。
修練場の端に並んで座っていた。
「疲れたぁ……。」
ヒルメが。
そのまま後ろへ倒れる。
「私も……。」
ミアも続く。
「二人ともだらしない。」
リナが水を飲む。
「リナも寝ようよ。」
「嫌よ。」
「気持ちいいよ。」
「土の上でしょ。」
「でも空綺麗。」
「……。」
リナが空を見る。
夕焼け。
赤く染まった空。
「ほら。」
ヒルメが。
地面をぽんぽん叩く。
「ここ。」
「何で私まで……。」
そう言いながら。
リナは。
二人の隣へ横になった。
「来た。」
「うるさい。」
「三人だね。」
ミアが笑う。
「毎日三人でいるでしょ。」
「そうだけど。」
ヒルメが空を見ながら言う。
「なんか楽しいね。」
「……。」
「最初は修行ってもっと大変だと思ってた。」
「十分大変だけどね。」
ミアが答える。
「リナ厳しいし。」
「聞こえてる。」
「でも。」
ミアが笑う。
「楽しい。」
「うん。」
ヒルメも頷く。
「……。」
リナは。
何も言わなかった。
けれど。
二人には見えないように。
ほんの少しだけ。
笑っていた。
◇ ◇ ◇
そして。
対抗戦まで。
あと三日。
「最後に一回。」
夕暮れの修練場。
三人の前には。
三つの的。
「同時に撃つわよ。」
リナが言う。
「うん。」
「分かった。」
三人が。
横一列に並ぶ。
少し離れた場所では。
シロが座って見ている。
「行くわよ。」
「うん。」
三人が。
同時に杖を構える。
「聖なる光よ――我が祈りに応え、邪なるものを穿つ一条の光となれ――」
「大気を巡る風よ――我が意志に従い、敵を貫く一条の槍となれ――」
「炎よ――我が手に集いて、小さき火球となり敵を撃て――」
光。
風。
炎。
三つの魔力が高まっていく。
そして。
「……。」
ヒルメは。
また見た。
リナの炎。
その中心に。
一瞬だけ。
黒。
十日前より。
ほんの少しだけ。
はっきりと。
「《セイクリッド・レイ》!」
「《ウィンド・ランス》!」
「《ファイア・ボール》!」
三つの魔法が。
同時に放たれる。
シュン!
バシュッ!
ボンッ!
三つの的。
その中心へ。
ほぼ同時に命中した。
「……。」
「……。」
「……。」
ミアの顔が。
ぱっと明るくなる。
「全部真ん中!」
「やった!」
ヒルメも飛び跳ねる。
「できた!」
「これくらい当然。」
リナが言う。
「一か月近く練習したんだから。」
「でもリナも嬉しそう。」
「嬉しそうじゃない。」
「笑ってるよ。」
「笑ってない。」
「笑ってる!」
「うるさい!」
ヒルメが笑いながら。
手を差し出す。
「あと三日。」
ミアが。
その上へ手を重ねた。
「三人で勝とう。」
二人が。
リナを見る。
「……。」
リナは。
少しだけ呆れた顔をした。
でも。
もう。
以前のように。
「勝手に決めないで」
とは言わなかった。
迷うことなく。
二人の手へ。
自分の手を重ねる。
「当たり前でしょ。」
「勝つわよ。」
「うん!」
「もちろん!」
「ワン!」
シロの声まで重なる。
三人は。
顔を見合わせて笑った。
ただ。
ヒルメだけは。
まだ気付いていなかった。
修行を重ねるたび。
リナの炎に混じる黒が。
少しずつ。
濃くなっていることに――。




