みんなを守る力
◇ ◇ ◇
翌日。
学院の昼休み。
中庭の木陰には、いつものように三人の姿があった。
「一か月かぁ……。」
ヒルメはパンを齧りながら呟いた。
「何が?」
ミアが聞く。
「対抗戦。」
「ああ。」
「一か月って長いよね。」
「短いわよ。」
即座にリナが返した。
「え?」
「相手は貴族クラスなのよ。」
リナは呆れたようにヒルメを見る。
「小さい頃から家庭教師を付けてもらってる子も多いし、学院に入る前から魔法を習ってる子だって珍しくない。」
「そんなに?」
「貴族にとって魔法の才能は家の評価にも関わるからね。」
ミアが苦笑する。
「私たちとはスタートから違うってこと。」
「……。」
ヒルメは少し考え。
「じゃあ負ける?」
「何でそうなるのよ。」
「だって強いんでしょ?」
「強いからって最初から諦めるの?」
「諦めない!」
「なら聞かない!」
「どっち!?」
「あなたが勝手に負けるって言ったんでしょ!」
「言ってないよ!」
「言ったようなものでしょ!」
「まあまあ。」
ミアが笑いながら二人を止める。
その横では。
「ワウ。」
シロがヒルメの昼食を見つめていた。
「……。」
「……。」
ヒルメがシロを見る。
「さっき食べたよね?」
「ワン。」
「食べたよね?」
「ワン!」
「元気よく返事しても増えないよ。」
「クゥン……。」
「……。」
「ヒルメ。」
リナが釘を刺す。
「駄目よ。」
「まだ何もしてないよ。」
「あげようとしたでしょ。」
「してない。」
「そのパンを千切った手は何?」
「……。」
ヒルメは黙ってパンを自分の口へ入れた。
「クゥン……。」
「ごめんね。」
「だから甘いのよ。」
ミアが吹き出す。
しばらく。
そんなやり取りが続いた。
やがて。
リナが飲み物を置く。
「それで。」
「うん?」
「対抗戦の話。」
「あ、忘れてた。」
「忘れないで!」
「シロが……。」
「シロのせいにしない。」
「ワウ?」
「ほら、シロも違うって。」
「分かるの!?」
リナはため息を吐いた。
「とにかく。」
「三人一組なら、個人の強さだけじゃ決まらない。」
「連携次第では勝てると思う。」
ミアが頷く。
「迷宮の時みたいに?」
「そう。」
「あの時だって、誰か一人だったらオーガには勝てなかった。」
リナは指を一本立てる。
「ヒルメが守る。」
二本目。
「私が状況を見て指示を出す。」
三本目。
「ミアが動きながら攻撃する。」
「それぞれ役割があったから勝てた。」
「じゃあ同じでいいんじゃない?」
ヒルメが言う。
「駄目。」
「なんで?」
「相手は魔物じゃなくて人間だから。」
リナの表情が少し真剣になる。
「考えて動く。」
「こっちの弱点を狙ってくる。」
「それに――」
リナがヒルメを見る。
「あなた。」
「私?」
「攻撃魔法使えないでしょ。」
「……。」
ヒルメの動きが止まった。
ミアも。
「あ。」
「そういえば。」
「……使えないよ。」
「威張らない。」
「威張ってない!」
「《ガーディアン・プリズン》は強い。」
リナは続ける。
「多分、守るだけならかなり頼りになる。」
「でもヒルメが攻撃できないって分かったら、相手はどうすると思う?」
「……。」
ヒルメが考える。
「私を無視する?」
「そう。」
リナが頷く。
「ヒルメの結界を無理に壊す必要なんてない。」
「私とミアを集中して狙えばいい。」
「……。」
ヒルメの表情が変わった。
リナとミアが狙われる。
自分は。
それを守る。
けれど。
もし。
守りきれなかったら。
「それに。」
ミアが言う。
「三人同時に別方向から攻撃されたら、ヒルメ一人じゃ大変だよね。」
「うん……。」
「だから。」
リナが言った。
「対抗戦までの一か月。」
「三人で修行しましょう。」
ヒルメが顔を上げる。
「修行?」
「そう。」
「ミアは《ウィンド・ランス》を安定して使えるようにする。」
「うっ。」
「迷宮で一回成功したんだから、できないとは言わせない。」
「厳しい……。」
「私は動きながらでも正確に魔法を撃てるようにする。」
そして。
リナがヒルメを見る。
「ヒルメは――」
少し考える。
「とりあえず《ガーディアン・プリズン》の扱いをもっと上手くする。」
「……攻撃は?」
「使えないものは仕方ないでしょ。」
「むぅ。」
「学院で習ってる光属性魔法、まともに発動しないんだから。」
「そうだけど……。」
ヒルメは納得していない。
「それじゃ。」
リナが立ち上がった。
「今日の放課後から。」
「え、今日?」
「一か月しかないって言ったでしょ。」
「さっき一か月は長いって……。」
「ヒルメ。」
「はい。」
「返事は?」
「……やります。」
「よろしい。」
ミアも立ち上がる。
「じゃあ私も。」
「三人で頑張ろ。」
「うん!」
ヒルメも立ち上がった。
「絶対勝とうね。」
「気が早い。」
そう言いながらも。
リナは少し笑っていた。
◇ ◇ ◇
放課後。
三人は学院の屋外修練場へやってきた。
「まずは迷宮でやったことを確認するわよ。」
リナが言う。
「ミア。」
「はい。」
「《ウィンド・ランス》。」
「やっぱりそこから?」
「当然。」
「一回しか成功してないんだけど……。」
「だから練習するの。」
ミアは渋々。
的の前へ立った。
「……よし。」
杖を構える。
「大気を巡る風よ――我が意志に従い、敵を貫く一条の槍となれ――」
風が集まる。
迷宮で。
オーガへ放った時と同じように。
細く。
鋭く。
「《ウィンド・ランス》!」
バシュッ!
風の槍が飛ぶ。
そして――
的の横を通過した。
「……。」
「……。」
「……。」
ミアが振り返る。
「惜しかった。」
「どこがよ。」
リナが即答した。
「当たってないじゃない。」
「でも近かったよ。」
ヒルメが言う。
「ヒルメは甘やかさない。」
「甘やかしてないよ!」
「じゃあヒルメ。」
「え?」
リナが別の的を指差した。
「《ガーディアン・プリズン》。」
「うん。」
ヒルメが杖を構える。
「聖なる光よ――我が祈りに応え、堅牢なる守護の牢獄となれ!」
光が集まる。
「《ガーディアン・プリズン》!」
ガァン!
的の前へ。
光の壁が現れた。
「相変わらず速いわね……。」
ミアが感心する。
「次。」
リナが言う。
「動かして。」
「分かった。」
ヒルメが杖を握る。
「動いて……。」
光の壁が。
ゆっくりと前へ進む。
ズズズ……。
「もう少し速くできる?」
「やってみる。」
ヒルメが魔力を込める。
ズズズズッ――
結界が速度を上げる。
「おお。」
ミアが声を上げる。
「迷宮の時より速い。」
「ほんと?」
「うん。」
ヒルメが嬉しそうに笑う。
「でも。」
リナが言う。
「まだ遅い。」
「ええ!?」
「対人戦よ。」
「これだけゆっくりなら避けられる。」
「……確かに。」
「だからもっと速く。」
「それと。」
リナが指を立てる。
「出す場所。」
「出す場所?」
「迷宮ではミアの前にも出したでしょ。」
「うん。」
「自分の前だけじゃなくて、私たちの前にも瞬時に出せるようにする。」
「なるほど。」
「できれば同時に複数。」
「……できるかな。」
「やってみなきゃ分からない。」
「うん!」
ヒルメは。
再び杖を構えた。
◇ ◇ ◇
それから。
何度も。
何度も。
三人は魔法を繰り返した。
「《ウィンド・ランス》!」
バシュッ!
「また右!」
「分かってる!」
「力を入れすぎ!」
「リナ厳しい!」
「本番で外したらもっと困るでしょ!」
少し離れた場所では。
「《ガーディアン・プリズン》!」
ガァン!
一枚。
「もう一枚……!」
光が集まる。
ガァン!
二枚目。
「できた!」
ヒルメが喜ぶ。
だが。
一枚目が。
ふっと消えた。
「……。」
「……。」
リナが見る。
「一枚消えたわよ。」
「見なかったことにしよ。」
「しない。」
「むぅ……。」
「もう一回。」
「はい……。」
さらに。
「《ファイア・ボール》!」
ボンッ!
走りながら放った火球が。
的の中心から僅かに逸れる。
「……。」
リナが眉を寄せる。
「もう一回。」
「今の当たってたよ?」
ヒルメが言う。
「中心じゃない。」
「でも当たってる。」
「中心を狙ったの。」
「厳しい……。」
「自分にも厳しいんだよ、リナ。」
ミアが笑う。
「当たり前でしょ。」
「対抗戦で負けたくないもの。」
その言葉に。
ヒルメが笑う。
「私も。」
「私も。」
ミアも続く。
「……。」
リナは二人を見る。
「なら。」
杖を構え直す。
「もう一回よ。」
「うん!」
夕方まで。
三人の声と。
魔法の音が。
修練場から途切れることはなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
王城。
自分の部屋へ戻ったヒルメは。
ベッドへ腰を下ろしていた。
「疲れたぁ……。」
「ワン。」
シロが隣へ乗ってくる。
「シロは何もしてないじゃん。」
「ワウ。」
「応援してた?」
「ワン!」
「そっか。」
ヒルメが笑って。
シロの頭を撫でる。
「ありがと。」
そのまま。
ベッドへ倒れ込む。
「……。」
天井を見る。
今日の修行。
楽しかった。
ミアの《ウィンド・ランス》。
リナの《ファイア・ボール》。
二人とも。
攻撃する力を持っている。
自分には。
《ガーディアン・プリズン》。
守る力。
大切な魔法。
だけど――
『ヒルメが攻撃できないって分かったら、相手はどうすると思う?』
リナの言葉が蘇る。
『私とミアを集中して狙えばいい。』
「……。」
ヒルメは身体を起こした。
机を見る。
そこには。
一本の杖。
以前。
光を取り戻した。
自分の杖。
「……。」
ヒルメは立ち上がり。
杖を手に取った。
「ねえ。」
「……。」
返事はない。
「聞こえてる?」
「……。」
何も起きない。
ヒルメは。
杖を両手で握る。
「今日ね。」
「三人で修行したの。」
「リナ、すごいんだよ。」
「走りながらでも魔法当てられるの。」
「ミアも。」
「《ウィンド・ランス》、まだあんまり当たらないけど。」
少し笑う。
「でもきっと上手になる。」
「……。」
笑みが。
ゆっくり消える。
「私も。」
「もっと強くなりたい。」
「……。」
「《ガーディアン・プリズン》が嫌なわけじゃないよ。」
杖を胸元へ抱く。
「あの魔法のおかげで。」
「いっぱい守れたから。」
「大好き。」
「でも。」
少しだけ。
杖を握る手に力が入る。
「守るだけじゃ。」
「守れない時もあると思うの。」
オーガとの戦い。
もし。
リナとミアが倒れていたら。
もし。
二人が戦えなくなっていたら。
自分は。
結界の中で。
何ができただろう。
「……嫌だ。」
小さく呟く。
「みんなが傷つくの。」
「私だけ何もできないのも。」
「嫌。」
ヒルメは。
杖を強く抱きしめた。
「お願い。」
「私に力を貸して。」
「誰かを傷つけたいんじゃない。」
「強いって言われたいわけでもない。」
「ただ――」
目を閉じる。
「みんなを守りたい。」
「リナも。」
「ミアも。」
「アリシアも。」
ベッドの上で。
シロがヒルメを見る。
「シロも。」
「私の大切な人を。」
「私自身の力でも守れるようになりたい。」
「だから……。」
ヒルメは。
祈るように。
杖を胸へ抱いた。
「お願い。」
「私に――」
「みんなを守るために戦える力をください。」
「……。」
静寂。
「……。」
待つ。
「……。」
何も起きない。
「……あれ?」
ヒルメが目を開ける。
杖を見る。
「……。」
光らない。
「ねえ。」
軽く振る。
「……。」
「聞こえてる?」
「……。」
「結構真剣にお願いしたんだけど。」
「……。」
もう一度。
振る。
何もない。
「むぅ……。」
ヒルメの頬が膨らむ。
「前は勝手に光ったくせに。」
「……。」
「ぶー……。」
ヒルメは杖を机へ置いた。
「もういい。」
ぷいっと背を向ける。
「知らない。」
そのままベッドへ潜り込む。
「シロ。」
「ワウ?」
「こっち来て。」
「ワン。」
シロが寄ってくる。
その身体へ抱きつき。
ヒルメは布団を被った。
「おやすみ。」
「……。」
しばらくして。
規則正しい寝息が。
部屋に響き始める。
◇ ◇ ◇
「……ん。」
ヒルメが目を開けた。
「……?」
白い。
見渡す限り。
何もない。
どこまでも続く。
真っ白な世界。
「……ここ。」
ヒルメは身体を起こす。
「夢……?」
『そうよ。』
「!」
ヒルメが振り返る。
誰もいない。
「……え?」
『こっち。』
女性の声。
視線を向ける。
そこに。
淡い光が浮かんでいた。
その中心には。
自分の杖。
「……。」
ヒルメが目を見開く。
「喋った。」
『そんなに驚くこと?』
「驚くよ!」
ヒルメが駆け寄る。
「だってさっき何回話しかけても無視したじゃん!」
『無視していたわけではないわ。』
「じゃあ返事してよ。」
『今は、ここでしか話せないの。』
「……そうなの?」
『ええ。』
ヒルメは杖を見つめる。
「じゃあ。」
少しだけ。
表情が真剣になる。
「聞いてた?」
『聞いていたわ。』
「全部?」
『全部。』
「……。」
ヒルメの顔が少し赤くなる。
「なんか恥ずかしい。」
『自分から話したのでしょう?』
「そうだけど……。」
少しの沈黙。
やがて。
杖の女性が静かに告げる。
『ヒルメ。』
「うん。」
『あなたの願いは分かったわ。』
ヒルメが顔を上げる。
『みんなを守りたいのでしょう?』
「……うん。」
『なら。』
杖の周囲から。
淡い光が溢れ始める。
『一つだけ教えてあげる。』
「……!」
ヒルメの顔が明るくなる。
「攻撃魔法?」
『ええ。』
杖が。
ゆっくりとヒルメの前へ降りてくる。
ヒルメは両手で握った。
その瞬間。
知らないはずの言葉が。
頭の中へ流れ込んでくる。
『ただし。』
女性の声。
『忘れないで。』
『力は使い方を誤れば――』
ヒルメの周囲を。
無数の光が舞い始める。
『あなたの大切なものまで傷つける。』
「……うん。」
ヒルメは。
強く頷いた。
「忘れない。」
『なら――』
光が。
杖先へ集まる。
『唱えて。』
「……うん。」
ヒルメは目を閉じた。
頭の中にある言葉を。
ゆっくりと。
口にする。
「聖なる光よ――」
光が集まる。
「我が祈りに応え――」
さらに。
強く。
「邪なるものを穿つ一条の光となれ――」
ヒルメが目を開く。
杖を。
真っ直ぐ前へ向けた。
「《セイクリッド・レイ》!」
瞬間。
真っ白な世界を。
眩い一条の光が。
遥か彼方まで駆け抜けていった。




