三人で挑む、その前に
◇ ◇ ◇
オーガとの遭遇から、数日が経った。
結局。
第一訓練迷宮に、なぜオーガが現れたのか。
その原因は分からないままだった。
学院側はすぐに迷宮を閉鎖。
教師と冒険者による大規模な調査が行われたものの、他に危険な魔物は見つからなかったという。
そしてもう一つ。
ヒルメたちが使おうとして作動しなかった緊急転移石。
こちらも調べられたが――
学院へ戻った時には、何の問題もなく作動した。
「……おかしい。」
教室へ向かう廊下。
リナは腕を組みながら呟いた。
「まだ考えてるの?」
隣を歩くヒルメが聞く。
「当たり前でしょ。」
「オーガが偶然迷い込んだだけなら、まだ分かる。」
「でも転移石まで同じ場所で使えなくなった。」
「それが学院へ戻ったら正常。」
「偶然にしては出来すぎてるわ。」
「うーん……。」
ヒルメも考える。
確かに。
言われてみれば変だ。
「誰かがやったってこと?」
「そこまでは言ってない。」
「でも可能性はあると思う。」
少し後ろを歩いていたミアが二人の間から顔を出す。
「でも、誰が?」
「それが分からないから考えてるのよ。」
「リナ、ずっと考えてるよね。」
「ヒルメが考えなさすぎなの。」
「私も考えてるよ!」
「昨日シロと庭で昼寝してたのは?」
「考え疲れたから休んでた。」
「三分くらいしか考えてなかったじゃない。」
「なんで知ってるの!?」
「見てたから。」
「声かけてよ!」
「気持ちよさそうだったから。」
ミアが笑う。
「ヒルメ、シロのお腹枕にしてたよね。」
「ふわふわなんだよ。」
「ワン!」
足元を歩いていたシロが嬉しそうに鳴く。
「……緊張感ないわね。」
そう言いながらも。
リナの表情は以前より柔らかかった。
◇ ◇ ◇
教室の扉を開ける。
「おはよう。」
ヒルメが挨拶する。
何人かの生徒が振り返った。
「おはよう。」
「おはよー。」
以前と変わらない朝。
――のはずだった。
「ねえ。」
小さな声が聞こえた。
「最近、あの三人ずっと一緒じゃない?」
「迷宮の班が同じだったからでしょ。」
「でもリナでしょ?」
「よく一緒にいられるよね。」
ヒルメの足が止まった。
リナも聞こえている。
だが。
何も言わず、自分の席へ向かう。
「また人の魔法に色々言ってるらしいよ。」
「私だったら無理。」
「絶対疲れる。」
クスクス。
小さな笑い声。
「……。」
ヒルメが振り返ろうとした。
だが――
その袖を。
リナが掴んだ。
「いいから。」
「でも。」
「いつものこと。」
それだけ言って。
手を離す。
リナは自分の席へ座った。
鞄から教本を取り出す。
まるで何も聞こえていなかったように。
「……。」
ヒルメは少しだけ考えた。
そして。
リナの隣の席へ行く。
「リナ。」
「何?」
「今日、お昼一緒に食べよう。」
「……。」
リナが顔を上げる。
「いつも一緒でしょ。」
「そうだけど。」
ミアも反対側からやってきた。
「私も。」
「三人で食べよ。」
「……。」
リナは二人を見る。
そして。
小さくため息を吐いた。
「好きにすれば。」
「うん。」
ヒルメが笑う。
そのまま自分の席へ行こうとする。
「……ねえ。」
リナの声。
「何?」
「聞こえてたでしょ。」
「何が?」
「……さっきの。」
「ああ。」
「気にしないの?」
ヒルメは首を傾げた。
「なんで?」
「なんでって……。」
リナが言葉に詰まる。
ミアが机へ寄りかかる。
「私たちは自分でリナと話したじゃん。」
「……。」
「迷宮だって一緒に行った。」
「一緒に戦った。」
「だから。」
ミアが笑う。
「リナがどんな子かは、自分で決めるよ。」
「……。」
ヒルメも大きく頷く。
「うん。」
「私も。」
「口うるさいけど。」
「ヒルメ?」
「よく怒るけど。」
「喧嘩売ってる?」
「でも優しいよ。」
「……。」
リナが黙った。
「だから私はリナ好きだよ。」
「っ!?」
リナの顔が一気に赤くなる。
「ちょっ……!」
「?」
「そういうこと普通に言わないで!」
「なんで?」
「なんでも!」
ミアが吹き出す。
「ヒルメ、たまにすごいよね。」
「何が?」
「無自覚なのが一番怖い。」
「???」
リナは顔を逸らした。
「……馬鹿。」
けれど。
机の下で握られていた手からは。
いつの間にか力が抜けていた。
◇ ◇ ◇
昼休み。
三人は学院の中庭にいた。
木陰に座り。
それぞれ昼食を広げる。
シロはヒルメの隣。
「シロ。」
「ワン!」
「これは私の。」
「ワウ。」
「自分のあるでしょ。」
「……クゥン。」
「そんな顔しても駄目。」
「クゥーン……。」
「……。」
ヒルメの手が止まる。
「一個だけね。」
「ワン!」
「甘すぎ。」
リナが呆れる。
「だって。」
「絶対それ分かってやってるわよ。」
「シロが?」
「そう。」
ヒルメがシロを見る。
「……。」
シロが目を逸らした。
「シロ?」
「ワウ?」
「今目逸らしたよね?」
「ワン!」
「返事で誤魔化さないで!」
ミアが笑う。
そんな。
いつものような時間。
「そういえば。」
ミアがパンを食べながら言う。
「二人とも聞いた?」
「何を?」
「来月の対抗戦。」
リナが顔を上げた。
「もう発表されたの?」
「まだ正式には。」
「でも先輩が言ってた。」
ヒルメが首を傾げる。
「対抗戦?」
「一般クラスと貴族クラスでやる実戦形式の授業。」
リナが説明する。
「実戦?」
ヒルメの目が輝く。
「戦うの?」
「なんで嬉しそうなのよ。」
「だって――」
「授業。」
「……はい。」
「だから敬語。」
「うん。」
「もうわざとでしょ。」
ミアが続ける。
「去年は一対一だったらしいけど。」
「今年は三人一組になるって噂。」
三人。
ヒルメとミアが。
同時にリナを見る。
「……。」
リナも二人を見る。
「何?」
「三人だって。」
ヒルメが笑う。
「聞こえてたわよ。」
「じゃあ決まりだね。」
「何が?」
「私たち三人。」
「……。」
「また勝手に決める。」
「嫌なの?」
「……嫌とは言ってない。」
「じゃあ決まり!」
「話を最後まで聞きなさい!」
「ふふっ。」
ミアも笑う。
「今度も三人だね。」
「……。」
リナは。
少しだけ笑った。
「今度はオーガなんて出ないでしょうね。」
「それは先生に聞いて。」
「出たらシロにやってもらお。」
「ワン!」
「前回も最初からそうすればよかったんじゃない?」
「それは駄目。」
ヒルメがシロの頭を撫でる。
「私たちの訓練だったから。」
「死にそうになってたけどね。」
「……。」
「否定しなさいよ。」
「危なかったね。」
「本当にもう……。」
その時。
ヒルメはふと思い出した。
リナの魔力。
以前。
火属性の魔力に混ざって見えた。
ほんの僅かな――
黒。
(……。)
迷宮では。
見えなかった。
けれど。
やっぱり気になる。
(エルドさんに、もう一回聞いてみようかな。)
◇ ◇ ◇
その日の放課後。
「またお主か。」
「またって何ですか。」
ヒルメはエルドの部屋で頬を膨らませていた。
「最近よく来るからの。」
「駄目ですか?」
「誰もそんなことは言っておらん。」
エルドが笑う。
「それで?」
「今日は何じゃ。」
「リナのこと。」
「……。」
エルドの表情が僅かに変わった。
「例の娘か。」
「はい。」
ヒルメは椅子へ座る。
シロもその足元で丸くなった。
「迷宮では何か見えたか?」
「それが……。」
ヒルメは首を振る。
「何も。」
「普通の火魔法でした。」
「ふむ。」
「やっぱり見間違いだったのかな。」
「さての。」
エルドは少し考える。
「魔力というものは、本人すら自覚しておらぬ性質を持つことがある。」
「自覚してない?」
「うむ。」
「例えば固有魔法じゃ。」
ヒルメが自分の杖を見る。
「《ガーディアン・プリズン》みたいな?」
「そうじゃ。」
「固有魔法は誰でも使えるものではない。」
「そもそも素質を持つ者自体が少ない。」
「そして。」
エルドが指を一本立てる。
「素質があったとしても、必ず目覚めるとは限らん。」
「え?」
「一生発現せぬ者もおる。」
「じゃあ持ってても分からないの?」
「そういうことじゃ。」
ヒルメが驚く。
「学院の検査でも?」
「分からん場合が多い。」
「固有魔法は通常の属性適性とは別物じゃからな。」
「へえ……。」
「ただ。」
「稀に。」
エルドは続ける。
「何らかの強いきっかけによって、突然目覚める者がおる。」
「強いきっかけ?」
「生命の危機。」
「強烈な怒り。」
「悲しみ。」
「あるいは――」
エルドがヒルメを見る。
「何かを守りたいと強く願った時。」
「……。」
ヒルメは黙った。
「じゃあリナも?」
「可能性の話じゃ。」
エルドが釘を刺す。
「今の段階で本人に余計なことを言うでないぞ。」
「分かってます。」
「本当か?」
「なんで疑うんですか!」
「お主、顔に出るからの。」
「出ません!」
「出ておる。」
「むぅ……。」
エルドが笑う。
「まあ。」
「もし何かが眠っているのなら。」
「必要な時が来れば、自然と姿を現すじゃろう。」
ヒルメは。
その言葉を覚えておくことにした。
◇ ◇ ◇
数日後。
朝の教室。
カイルが教壇へ立った。
その手には。
一枚の紙。
「今日は授業の前に、一つ知らせがある。」
教室が静かになる。
「一か月後。」
カイルは生徒たちを見回した。
「貴族クラスとの合同対抗戦を行う。」
瞬間。
教室がざわめいた。
「来た!」
「今年もやるのか!」
「相手貴族クラスだろ?」
「勝てるわけないって。」
ヒルメがリナを見る。
リナも。
ミアも。
こちらを見ていた。
三人。
そして――
同時に笑う。
「三人一組?」
ヒルメが聞く。
「ああ。」
カイルが答えた。
「今年は三人一組での模擬戦形式だ。」
「班については――」
カイルが紙を見る。
「先日の迷宮実習と同じ班を基本とする。」
ヒルメの顔が明るくなる。
「やった!」
「喜ぶの早いわよ。」
そう言いながら。
リナも笑っている。
ミアが机の下で拳を出した。
「今度も三人で勝とう。」
ヒルメも拳を合わせる。
「うん!」
二人がリナを見る。
「……。」
「何よ。」
「リナも。」
「またやるの?」
「やる。」
「……。」
リナは周囲を見る。
そして。
今度は。
ほとんど迷わなかった。
二人の拳へ。
自分の拳を重ねる。
「……負けるつもりはないから。」
「もちろん!」
三人が笑う。
その時だった。
「でもさ。」
少し離れた席から声が聞こえた。
「相手、貴族クラスでしょ?」
「魔法の教育が全然違うじゃん。」
「ヒルメはともかく……。」
一瞬。
声が小さくなる。
「リナとミアじゃ厳しくない?」
「……。」
リナの笑みが消えた。
別の声。
「またリナが指示ばっかりするんじゃない?」
「ありそう。」
「迷宮でもそうだったらしいし。」
「自分が一番できると思ってるから。」
クスクス。
「……。」
リナは拳を引こうとした。
だが。
引けなかった。
右から。
ヒルメが握っていた。
左から。
ミアも。
「……何?」
リナが二人を見る。
ヒルメは。
何でもないような顔で言った。
「三人で勝とうね。」
「……。」
ミアも笑う。
「うん。」
「今度も三人で。」
「……。」
リナは。
二人の手を見る。
耳には。
まだ小さな陰口が聞こえている。
けれど。
不思議だった。
以前なら。
ずっと耳に残っていた言葉が。
今は。
それほど気にならない。
「……そうね。」
リナが二人の手を。
今度は自分から握り返す。
「勝つわよ。」
「うん!」
「もちろん!」
その様子を。
教室の後ろから。
カイルは静かに見ていた。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
学院の別棟。
貴族クラスでも。
対抗戦の班が発表されていた。
「セレスティア様。」
「今回もよろしくお願いいたします。」
「ええ。」
セレスティアは淡々と答える。
その手元には。
一般クラスの班分けが記された紙。
視線が。
ある一か所で止まっていた。
――ヒルメ。
――リナ。
――ミア。
迷宮から。
三人とも無事に戻ってきた。
それどころか。
オーガを倒した。
「……。」
セレスティアの指が。
紙の上に記されたヒルメの名前をなぞる。
「セレスティア様?」
「何でもありませんわ。」
いつものように。
静かに微笑む。
だが。
その瞳だけは。
笑っていなかった。
「今度こそ――」
小さく。
誰にも聞こえない声で。
「確かめさせていただきますわ。」
その言葉の意味を。
この時。
誰も知らなかった。




