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異世界送魂師ヒルメ 〜葬儀社勤務だった私の送魂は、誰にも救えなかった魂を救っていく〜  作者: ケンボー


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38/66

赤い魔力に混じる影

◇ ◇ ◇



それから数日。


ヒルメの学院生活は、少しずつ形になり始めていた。


「ヒルメ、遅い!」


「待ってよ、ミア!」


朝。


学院の廊下を小走りで進むヒルメの横を、シロが楽しそうに駆けていく。


「ワン!」


「シロ! 走ったら駄目だよ!」


「ヒルメも走ってるじゃん。」


「私は急いでるの!」


「同じでしょ。」


「違うよ!」


そんなやり取りをしながら教室へ飛び込む。


「間に合った……。」


ヒルメが自分の席へ座った直後。


「三分前。」


隣から声が飛んできた。


「え?」


リナが教本を読みながら言う。


「授業開始まで三分。」


「間に合ったでしょ?」


「間に合えばいいってものじゃないの。」


「……。」


ヒルメがミアを見る。


「何?」


「リナって毎朝こうなの?」


「そうだよ。」


「聞こえてるわよ。」


リナが教本から顔を上げる。


「授業前に昨日の復習くらいするでしょ、普通。」


「してない……。」


「でしょうね。」


「なんで分かったの?」


「見れば分かる。」


「ひどい。」


「事実。」


「むぅ……。」


ヒルメが頬を膨らませる。


数日前までなら。


ここで会話は終わっていた。


だが今は――


「昨日のところ、分からないなら見せて。」


リナが自分のノートをヒルメの机へ置く。


「え?」


「昨日ずっと首傾げてたでしょ。」


「見てたの?」


「前向いてても視界には入るの。」


「ありがとう!」


「声大きい。」


「ごめん。」


ヒルメは嬉しそうにノートを開く。


そこには授業内容が綺麗にまとめられていた。


「……すごい。」


「何が?」


「分かりやすい。」


「授業聞いてれば普通よ。」


「この図とか先生より分かりやすいよ。」


「……。」


リナの手が止まる。


「そういうの、本人の前で言わない方がいいわよ。」


「なんで?」


「なんでも。」


「リナ、ちょっと嬉しそう。」


ミアが笑う。


「嬉しくない!」


「顔赤いよ。」


「赤くない!」


「ワン!」


「シロまで何よ!」


いつの間にか。


リナもシロに普通に話しかけるようになっていた。


ヒルメはそれを見て小さく笑う。


「何?」


「ううん。」


「気になるんだけど。」


「仲良くなったなって。」


「誰と誰が?」


「リナとシロ。」


「……。」


リナが足元を見る。


シロが尻尾を振って見上げている。


「ワウ。」


「……別に。」


そう言いながら。


リナはシロの頭を一度だけ撫でた。


「ほら。」


「これは違う。」


「何が?」


「朝の挨拶。」


「犬に?」


「悪い?」


「ううん。」


ヒルメは笑った。


「シロ、よかったね。」


「ワン!」


「……。」


リナは少し気まずそうに手を離した。



◇ ◇ ◇



午前の授業が終わり。


休み時間。


「ヒルメさん!」


聞き慣れた声が廊下から響いた。


ヒルメは顔を上げる。


「来た。」


ミアが笑う。


リナはため息を吐く。


「今日も来たのね……。」


「はい!」


いつの間にか教室へ入ってきたアリシアが満面の笑みで答えた。


「聞こえてたんですか!?」


「もちろんです。」


「……殿下。」


リナが慌てて立ち上がる。


「そのままで構いません。」


「ですが……。」


「学院では同じ生徒です。」


「いや、無理です。」


リナが即答する。


「え?」


アリシアが目を瞬かせる。


「無理です。」


「二回言った。」


ミアが笑う。


「だって殿下よ!?」


「私はもう慣れたよ。」


「ミアまで!?」


「毎日来るし。」


「毎日……。」


リナがアリシアを見る。


確かに。


ヒルメが編入してきてから――


ほぼ毎日来ている。


しかも。


「シロ様!」


「ワン!」


アリシアがしゃがみ込む。


シロが尻尾を振りながら近づいていく。


「今日も可愛いですね。」


「ワウ!」


「……。」


リナはその光景を見る。


数日前なら驚いていた。


今は――


「殿下。」


「はい?」


「シロ、さっき廊下走り回ってましたよ。」


「まあ。」


アリシアがシロを見る。


「いけませんよ、シロ様。」


「ワウ……。」


シロの耳が下がる。


「ふふっ。」


アリシアが頭を撫でる。


「ですが元気なのは良いことです。」


「ワン!」


「甘やかしてる……。」


リナが呟く。


「リナもさっき撫でてたじゃん。」


ヒルメが言う。


「それは朝の挨拶!」


「まだ言ってる。」


「本当だから!」


「ふふっ。」


アリシアが楽しそうに笑う。


その時だった。


「殿下。」


教室の入口から声がした。


アリシアが振り返る。


「セレスティアさん。」


金髪の少女が立っていた。


その瞬間。


教室の空気が少しだけ固くなる。


「次の授業が始まります。」


「もうそんな時間ですか?」


「はい。」


セレスティアは教室の中を見る。


そして――


ヒルメと目が合った。


「……。」


「……こんにちは。」


ヒルメが小さく頭を下げる。


セレスティアも軽く会釈する。


「ご機嫌よう、ヒルメさん。」


「はい。」


「……。」


会話が終わる。


(やっぱりちょっと怖い……。)


ヒルメは内心で苦笑する。


あの日以来。


セレスティアから何かをされたわけではない。


だが。


時折、こうしてヒルメを見ている。


「ではヒルメさん。」


アリシアが立ち上がる。


「また昼休みに。」


「来るんですか?」


「もちろんです。」


「……毎日来ますね。」


「ご迷惑ですか?」


途端にアリシアの顔が曇る。


「いや、そういう意味じゃ!」


「では参ります。」


「切り替え早い!」


アリシアは嬉しそうに教室を出ていく。


その後をセレスティアが追う。


だが――


扉を出る直前。


一度だけ振り返った。


その視線はヒルメへ向けられていた。


(……また見てる。)


ヒルメは首を傾げる。


「ヒルメ。」


「え?」


リナが声を掛ける。


「気にしない方がいいわよ。」


「何を?」


「あの人。」


リナが扉を見る。


「セレスティア様。」


「知ってるの?」


「そりゃ知ってるわよ。」


「有名なの?」


「……。」


リナが呆れた顔になる。


「あなた、本当に何も知らないのね。」


「ごめん。」


「アルヴェイン公爵家。」


「うん。」


「王国でも有数の大貴族よ。」


「そんなに?」


「そんなに。」


「へぇ……。」


「それだけ?」


「他にどう反応すれば……。」


リナが額を押さえる。


「まあいいわ。」


「でも。」


少しだけ声を落とす。


「殿下に近づく人間には厳しいって噂。」


「そうなの?」


「幼い頃から殿下と親しいらしいから。」


ヒルメは先日の食堂での会話を思い出す。


――私は殿下を大切に思っております。


「じゃあ、やっぱり心配してるだけなんだ。」


「……普通そういう結論になる?」


「違うの?」


「もっと警戒しなさいよ。」


「でも悪い人じゃないんでしょ?」


「知らないわよ。」


「じゃあ大丈夫。」


「何が!?」


ミアが吹き出す。


「ヒルメに何言っても無駄だって。」


「あなたはもう少し人を疑いなさい!」


「リナがお母さんみたい。」


「誰がお母さんよ!」


教室に笑い声が広がった。



◇ ◇ ◇



午後。


実技場。


「では二人一組になれ。」


カイルの声が響く。


「今日は魔力制御の訓練を行う。」


ヒルメの表情が固まった。


「また制御……。」


「あなたが一番必要なやつじゃない。」


リナが隣で言う。


「分かってるよ。」


「なら嫌そうな顔しない。」


「だって難しいんだもん。」


「難しいから練習するの。」


「……はい。」


「だから敬語。」


「うん。」


カイルが説明を続ける。


「片方が魔力を放出し、もう片方が量を確認する。」


「一定量を維持できれば交代だ。」


生徒たちが次々と組を作る。


ミアがヒルメを見る。


「一緒に――」


「ヒルメ。」


リナが先に呼んだ。


「私と組むわよ。」


「え?」


ミアが固まる。


「……。」


「……。」


リナも固まった。


「何よ。」


「いや。」


ミアがニヤッと笑う。


「別にー。」


「その顔やめなさい!」


「私まだ何も言ってないよ?」


「言わなくても分かる!」


ヒルメは首を傾げる。


「じゃあ私、リナと?」


「嫌ならいいけど。」


「嫌じゃないよ。」


即答だった。


「……そう。」


リナは少しだけ顔を逸らす。


「じゃあ始めるわよ。」


「うん!」


二人は向かい合う。


リナが手を差し出した。


「まず魔力だけ出して。」


「どれくらい?」


「ほんの少し。」


「分かった。」


ヒルメが集中する。


手のひらへ魔力を集める。


「少し……。」


淡い光が生まれる。


「そう。」


リナが頷く。


「そのまま。」


「うん。」


「増やさない。」


「うん。」


「絶対増やさない。」


「分かってるって。」


次の瞬間。


ボウッ!!


光が一気に膨れ上がった。


「増えてる!」


「勝手に増えた!」


「魔力が勝手に増えるわけないでしょ!」


「本当だよ!」


「抑えて!」


「やってる!」


「もっと!」


「これ以上どうやるの!?」


「知らないわよ!」


「えぇ!?」


周囲の生徒たちが笑う。


カイルも遠くから苦笑していた。


「もう一回!」


「うん!」


ヒルメが再び集中する。


今度は慎重に。


ほんの僅かだけ。


「……。」


「そう。」


リナが真剣な表情になる。


「そのまま。」


「……うん。」


「呼吸を乱さない。」


「……。」


「魔力を押さえつけるんじゃなくて、流れを細くする感じ。」


「流れを……。」


「そう。」


ヒルメは目を閉じる。


川。


以前旅の途中で見た、小さな川を思い浮かべる。


大きな流れではなく。


そこから分かれていく細い水路。


(細く……。)


光が少しずつ小さくなる。


「……!」


リナの目が僅かに見開かれる。


「そのまま。」


「うん。」


十秒。


二十秒。


三十秒。


光は変わらない。


「できてる。」


「本当?」


「集中切らさない!」


「ご、ごめん!」


光が膨らむ。


「ほら!」


「リナが話しかけるから!」


「返事しなきゃいいでしょ!」


「そんなの分からないよ!」


「もう一回!」


「はい!」


「敬語!」


「うん!」


少し離れた場所で。


ミアが別の生徒と組みながら笑っていた。


「もう普通に仲良しじゃん。」


本人たちは気付いていない。


けれど。


数日前まで険悪だった二人の距離は――


確実に縮まっていた。



◇ ◇ ◇



「次は交代。」


リナが言う。


「私がやるから見てて。」


「うん。」


リナが手のひらを上へ向ける。


目を閉じ。


静かに魔力を放出する。


小さな赤い光が生まれた。


「……。」


ヒルメが見つめる。


大きさは全く変わらない。


揺らぎすらほとんどない。


「すごい……。」


「喋っていいわよ。」


リナが目を閉じたまま答える。


「全然変わらない。」


「これくらいできなきゃ。」


「私よりずっと上手。」


「あなたと比べないで。」


「ひどい。」


「事実。」


ヒルメは頬を膨らませる。


しかし。


その時だった。


「……?」


ヒルメの表情が変わる。


リナの手のひらに浮かぶ赤い魔力。


その奥。


ほんの一瞬だけ――


何かが見えた。


黒。


「……。」


ヒルメが目を細める。


(今……。)


赤い光の中に。


ほんの僅か。


黒い魔力が混ざったように見えた。


「リナ。」


「何?」


「今――」


言いかけて。


止まる。


もうない。


赤い魔力だけが、一定の大きさを保っている。


「どうしたの?」


リナが目を開ける。


「……。」


ヒルメはその魔力を見る。


(見間違い……?)


「ヒルメ?」


「ううん。」


「何でもない。」


「変なの。」


リナは再び目を閉じる。


ヒルメは黙ってその手元を見つめた。


そして――


数秒後。


また。


ほんの一瞬。


赤い魔力の奥で。


黒い光が揺らめいた。


「……!」


今度は見間違いではない。


(黒い……魔力。)


ヒルメの胸が僅かにざわつく。


知っている。


あの感覚を。


自分が闇魔法を使う時と――


よく似ている。


(でも……。)


ヒルメはリナを見る。


本人は何も気付いていない。


「……。」


ヒルメは口を閉じた。


エルドから言われた言葉を思い出す。


――学院では、闇魔法は使わぬことじゃ。


(私だけで決めちゃ駄目だよね。)


もし。


本当に自分と同じものだったとしても。


自分には、それが何を意味するのか分からない。


(エルドさんに聞いてみよう。)


ヒルメはそう決める。


「ヒルメ。」


「え?」


「ちゃんと見てる?」


「見てるよ。」


「ならいいけど。」


リナは何も知らないまま。


静かに魔力を維持している。


その赤い光の奥で――


誰にも気付かれないほど小さな黒い光が。


もう一度だけ。


微かに揺らめいた。


「……。」


ヒルメの表情が変わる。


今度は、はっきり見えた。


ほんの一瞬。


本当に一瞬だけだったけれど。


リナの赤い魔力に混ざった、黒い魔力。


(あれ……?)


ヒルメは無意識に、自分の杖を握る。


どこかで見たことがある。


いや――


見たことがあるどころではない。


自分自身が、何度も使っている。


(これって……。)


ヒルメはリナを見る。


「?」


視線に気付いたリナが眉を寄せた。


「何?」


「……ううん。」


「何でもない。」


「変なの。」


リナは再び訓練へ意識を戻す。


その横顔を見つめながら。


ヒルメはもう一度だけ、先ほどの黒い光を思い返していた。


(まさか……。)


胸の奥に浮かんだ一つの可能性。


けれど。


それを口にするには――


ヒルメ自身にも、まだ確信がなかった。

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