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異世界送魂師ヒルメ 〜葬儀社勤務だった私の送魂は、誰にも救えなかった魂を救っていく〜  作者: ケンボー


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37/66

初めての一歩

◇ ◇ ◇



「広い……。」


ヒルメは食堂へ足を踏み入れ、思わず立ち止まった。


高い天井。


何列にも並ぶ長机。


奥には料理を受け取るためのカウンターがあり、昼休みということもあって大勢の生徒で賑わっている。


「学院で一番大きな食堂だからね。」


少し緊張が解けてきたのか、ミアが説明する。


「一般クラスも貴族クラスも、食堂は一緒なの?」


「一応ね。」


「一応?」


ヒルメが首を傾げる。


ミアが食堂の奥を指差した。


「あっち。」


見ると、同じ食堂でありながら雰囲気が明らかに違う一角がある。


置かれている机や椅子も上等で、給仕までいる。


「あそこは貴族の人たちがよく使ってる場所。」


「へぇ……。」


「別に決まりじゃないんだけどね。」


「じゃあ、こっちで食べてもいいんだ。」


「もちろん。」


「では、こちらにしましょう。」


王女が当然のように一般生徒たちが使う席へ向かう。


「えっ。」


ミアが固まった。


「どうしました?」


「殿下は……あちらでは?」


「今日はヒルメさんたちと一緒ですから。」


「……ですよね。」


諦めたようにミアが呟く。


ヒルメはそんな二人を見ながら笑った。


「ミア、まだ緊張してるの?」


「するよ!」


「王城だと普通だよ?」


「それはヒルメがおかしいの!」


「えぇ……。」


「ふふっ。」


王女が楽しそうに笑う。


「ワン!」


シロも何故か楽しそうに鳴いた。


「シロまで……。」


四人は料理を受け取り、空いている席へ向かった。


だが――


当然ながら目立つ。


「殿下だ……。」


「本当に一般側で食事されるのか?」


「あの白い髪の子は誰だ?」


「今朝、殿下と同じ馬車から降りてきた子じゃないか?」


周囲から聞こえてくる声に、ヒルメは少しだけ居心地が悪くなる。


(やっぱり見られてる……。)


王女は気にしていない。


ミアは気にしすぎている。


シロは料理の匂いしか気にしていない。


「クゥン……。」


シロの視線がヒルメの皿へ向いている。


「駄目だよ。」


「クゥン。」


「その顔しても駄目。」


「クゥン……。」


「……ちょっとだけね。」


「ワン!」


「甘いですね、ヒルメさん。」


王女が笑う。


「だって、この顔されたら……。」


「分かります。」


「ですよね。」


「はい。」


「だからシロが甘えるんですよ。」


ミアが呆れる。


そんな他愛もない会話をしながら食事を始めた、その時だった。


「あら。」


背後から女性の声がした。


王女の手が止まる。


ミアの表情が再び固まった。


ヒルメが振り返る。


そこには――


先ほど二階の渡り廊下からヒルメたちを見ていた金髪の少女が立っていた。


傍らには二人の女子生徒。


胸元には銀色の徽章。


(貴族クラスの人……。)


ヒルメは何となく分かった。


金髪の少女は王女へ美しく一礼する。


「ご機嫌麗しゅうございます、殿下。」


「セレスティアさん。」


王女も穏やかに微笑む。


「お久しぶりです。」


「はい。」


セレスティアと呼ばれた少女は顔を上げる。


「学院へお戻りになられたと伺い、安心いたしました。」


「ご心配をお掛けしました。」


「お身体は、もう?」


「すっかり元気です。」


「それは何よりでございます。」


本当に安心したように微笑む。


その表情を見る限り、王女を嫌っているようには見えない。


むしろ――


心から心配していたようだった。


「長くお休みになられておりましたので。」


「ええ。」


王女は少しだけヒルメを見る。


「もう大丈夫です。」


セレスティアはその視線を見逃さなかった。


自然とヒルメへ目を向ける。


「……。」


「……。」


目が合う。


ヒルメはどうすればいいのか分からず、とりあえず頭を下げた。


「こ、こんにちは。」


「……こんにちは。」


セレスティアも返す。


だが、その目はヒルメを観察していた。


髪。


服装。


胸元の一般クラスを示す徽章。


そして足元のシロ。


「殿下。」


「はい?」


「こちらの方は?」


王女の表情がぱっと明るくなる。


「ヒルメさんです。」


「……。」


それだけでは何の説明にもなっていない。


セレスティアが僅かに待つ。


しかし王女は続けた。


「私の大切な方です。」


「ぶっ!」


ヒルメが咽せた。


「ヒルメ!?」


ミアが慌てて背中を叩く。


「だ、大丈夫!?」


「だ、大丈夫……。」


ヒルメは咳き込みながら王女を見る。


「何言ってるんですか!」


「何がです?」


「大切な方って!」


「違うのですか?」


「違うっていうか……言い方!」


王女は不思議そうに首を傾げる。


「私にとってヒルメさんは大切な方ですが。」


「……。」


(この人、絶対分かってない……。)


ヒルメは顔を赤くしながら俯いた。


ミアは笑いを堪えている。


一方――


セレスティアは笑っていなかった。


「……大切な方。」


「はい。」


王女が即答する。


「私の命の恩人です。」


セレスティアの表情が変わった。


「命の……?」


ヒルメも王女を見る。


(そこまで言っちゃうの!?)


王女が病に伏せていたことは知られている。


だが、その原因。


そしてヒルメが何をしたのか。


それについては国王から口外しないよう言われている。


「殿下。」


ヒルメが慌てて声を掛ける。


王女も思い出したらしい。


「あ……。」


口元へ手を当てる。


「これ以上は秘密でした。」


「……。」


セレスティアの眉が僅かに動く。


「秘密、ですか。」


「申し訳ありません。」


「いえ。」


セレスティアは静かに首を振った。


「王家に関わることであれば、私が尋ねるべきことではございません。」


言葉は丁寧だった。


だが――


ヒルメへ向ける視線が先ほどより明らかに強くなっている。


(なんか……。)


(すごく見られてる。)


ヒルメは落ち着かない。


セレスティアはヒルメへ向き直った。


「ご挨拶が遅れました。」


美しい所作で一礼する。


「セレスティア・フォン・アルヴェインと申します。」


「アルヴェイン公爵家の者です。」


(公爵……。)


ヒルメの頭の中に疑問符が浮かぶ。


(公爵って……どれくらい偉いんだっけ。)


聞いたことはある。


かなり偉かった気がする。


でも王様よりは下。


(……あとでミアに聞こう。)


「ヒルメです。」


「よろしくお願いします。」


ヒルメも頭を下げる。


セレスティアはそんなヒルメを見つめる。


「ヒルメさんは、どちらのご出身ですの?」


「出身……。」


ヒルメが困る。


「それが……私にもよく分からなくて。」


「……分からない?」


「はい。」


「ご実家は?」


「分かりません。」


「家名は?」


「ないです。」


「……。」


セレスティアが黙った。


傍らにいた令嬢たちも顔を見合わせる。


「では……。」


セレスティアが続ける。


「どのような経緯で殿下と?」


「それは――」


ヒルメが答えようとした瞬間。


「セレスティアさん。」


王女が静かに名前を呼んだ。


「はい。」


「ヒルメさんを困らせないでください。」


「……。」


セレスティアは王女を見る。


怒っているわけではない。


王女の声は穏やかだった。


だが――


明確にヒルメを庇っていた。


「申し訳ございません。」


セレスティアはすぐに頭を下げる。


「少々、質問が過ぎました。」


「いえ……。」


ヒルメが慌てる。


「私は別に大丈夫です。」


「ヒルメさん。」


「本当に。」


ヒルメは笑う。


「答えられないことは、答えられないって言いますから。」


「……。」


セレスティアがヒルメを見る。


その答えが少し意外だったらしい。


「そうですか。」


「はい。」


「では、一つだけ。」


「?」


「殿下を利用するおつもりはありませんわね?」


食卓の空気が止まった。


「セレスティアさん!」


王女が初めて強い声を出す。


周囲にいた生徒たちもざわめいた。


「殿下。」


「そのような言い方は――」


「大丈夫です。」


ヒルメが王女を止めた。


「……ヒルメさん?」


ヒルメはセレスティアを見る。


怒ってはいなかった。


ただ。


少しだけ考える。


(利用……。)


王女の立場。


王城で暮らしていること。


学院へ入れたこと。


確かに――


外から見ればそう見えるのかもしれない。


「ありません。」


ヒルメは答えた。


「……。」


「私、王女様だから仲良くしてるわけじゃないです。」


王女がヒルメを見る。


「最初に会った時だって、王女様だって知らなかったし。」


「……。」


「今も……。」


ヒルメは王女を見る。


少し考えて。


「ちょっと勢いがすごい人だなって思ってます。」


「ヒルメさん!?」


「ぷっ!」


ミアが吹き出した。


「だって本当じゃないですか。」


「私、そんなに勢いがありますか?」


「あります。」


「……。」


王女が少しショックを受けた顔をする。


「シロも最初引いてました。」


「シロ様まで!?」


「ワウ?」


突然名前を呼ばれたシロが顔を上げる。


「……。」


セレスティアは呆気に取られていた。


王女を前にして。


この少女は――


あまりにも普通だった。


媚びるでもない。


必要以上に畏まるでもない。


王女が不満そうに頬を膨らませる。


「今はシロ様と仲良しです。」


「ワン!」


「ほら。」


王女が嬉しそうにシロを撫でる。


「……ふっ。」


セレスティアの口元から僅かに笑みが漏れた。


「え?」


ヒルメが見る。


「いえ。」


セレスティアはすぐに表情を戻した。


「失礼いたしました。」


そして王女へ一礼する。


「お食事中に申し訳ございませんでした。」


「セレスティアさん。」


王女が少し不満そうに名前を呼ぶ。


「はい。」


「ヒルメさんは、本当に私の大切なお友達です。」


「……。」


「それだけは覚えておいてください。」


セレスティアは一瞬だけヒルメを見る。


「承知いたしました。」


そしてヒルメへも軽く頭を下げる。


「ヒルメさん。」


「はい。」


「先ほどは失礼いたしました。」


「いえ。」


「ですが――」


一瞬。


その瞳が鋭くなる。


「私は殿下を大切に思っております。」


「……はい。」


「ですので、しばらくはあなたを見させていただきます。」


「え?」


「それでは。」


セレスティアは優雅に一礼し、二人の令嬢を連れて去っていった。


「……。」


ヒルメはその背中を見送る。


そして。


「……怖かったぁ。」


一気に力が抜けた。


「ヒルメ。」


ミアが呆れる。


「さっきまで普通に喋ってたじゃん。」


「内心ずっと緊張してたよ!」


「全然見えなかった。」


「本当に?」


「うん。」


ヒルメは胸を撫で下ろす。


「よかった……。」


王女は少し不満そうだった。


「セレスティアさんにも困ったものです。」


「でも。」


ヒルメが言う。


「王女様のこと心配してるだけじゃないですか?」


「……。」


王女が目を瞬かせる。


「そうでしょうか。」


「だって、最初に体調のこと聞いてた時、本当に心配してる感じでしたよ。」


「……。」


王女はセレスティアが去った方を見る。


「昔から、真面目な方なのです。」


「じゃあ悪い人じゃないですね。」


「少々真面目すぎるのです。」


「それはありそう。」


「ヒルメさん。」


「はい?」


「王女様ではなく、名前で呼んでください。」


「今その話ですか!?」


「大切なことです。」


「……。」


ミアが二人を見ながら笑う。


「なんか私も分かってきた。」


「何が?」


「殿下がヒルメを好きな理由。」


「え?」


「ヒルメといると、殿下が普通の女の子になる。」


「……。」


ヒルメが王女を見る。


王女もヒルメを見る。


そして――


「では、名前で。」


「そこに戻るんですか!?」


「はい。」


「……。」


ヒルメは困ったように笑った。


「分かりました。」


少しだけ考える。


「……アリシア。」


「はい!」


ぱっと王女の顔が輝く。


「ヒルメさん!」


「そんなに嬉しいんですか?」


「もちろんです!」


「……やっぱり勢いすごい。」


「また言いましたね?」


「ふふっ。」


「ワン!」


食卓に笑い声が広がった。



◇ ◇ ◇



午後。


「次は実技だよ。」


ミアが教本を鞄へしまう。


「実技……。」


ヒルメの表情が僅かに引きつる。


「何その顔。」


「嫌な予感がする。」


「まだ何もしてないじゃん。」


「午前中、水晶二回失敗したし……。」


「今度は大丈夫だって。」


「その言葉、信用していい?」


「多分。」


「多分なんだ……。」


二人が教室を出ようとした時。


「遅い。」


前から声が飛んできた。


「あ。」


廊下の壁に寄りかかり、リナが待っていた。


「リナ?」


ミアが首を傾げる。


「何してるの?」


「別に。」


リナはそっぽを向く。


「実技場に行くだけ。」


「じゃあ先に行けばいいじゃん。」


「……。」


「もしかして待ってた?」


「違う!」


即答だった。


「同じクラスなんだから行く場所が同じなだけ!」


「ふーん。」


ミアがニヤニヤする。


「何よ。」


「別にー。」


「その顔やめて。」


ヒルメは二人を見ながら首を傾げる。


「じゃあ、一緒に行きます?」


「……勝手にすれば。」


リナが先に歩き出す。


「やっぱり待ってたんじゃん。」


「ミア!」


「はいはい。」


ヒルメは少し笑いながら二人の後を追う。


「シロ、行こう。」


「ワン!」


四人で廊下を進んでいく。



◇ ◇ ◇



学院の裏手。


そこには巨大な実技場が広がっていた。


土で固められた地面。


いくつもの標的。


周囲には魔法による被害を防ぐための結界が張られている。


「ここが……。」


ヒルメは目を輝かせる。


「実技場。」


ミアが答える。


「広いでしょ?」


「うん!」


「ワン!」


シロも嬉しそうに走り出そうとする。


「シロ!」


「ワウ?」


「今日は大人しくしててね。」


「ワウ……。」


少し残念そうにヒルメの横へ座る。


やがてカイルが生徒たちの前へ立った。


「全員揃ったな。」


生徒たちが一列に並ぶ。


「午前中は魔力の放出と維持について行った。」


「午後はそれを魔法へ応用する。」


ヒルメが真剣な顔になる。


「今日は初級属性魔法だ。」


カイルが標的へ向き直る。


「自分が最も得意とする属性を使い、あの標的へ魔法を当ててもらう。」


「威力は必要ない。」


「重要なのは正確性と制御だ。」


ヒルメの顔が固まる。


(得意な属性……。)


頭に浮かんだのは――


闇。


そして神聖魔法。


(駄目だよね……。)


エルドから言われている。


闇魔法は学院では使わない。


神聖魔法についても、基本的には光属性として扱う。


だが。


(普通の光魔法って……。)


(使ったことない。)


ヒルメは少しずつ不安になる。


「まずは――」


カイルが生徒たちを見渡す。


「ミア。」


「はい!」


ミアが前へ出た。


杖を構える。


「我が声に応えし風よ――」


風が杖の先へ集まっていく。


「その刃をもって、我が敵を穿て。」


「《ウィンド・カッター》!」


ヒュンッ!


鋭い風の刃が飛び。


標的の中心付近へ命中する。


「よし。」


カイルが頷く。


「少し右へ流れたが十分だ。」


「はい!」


ミアが嬉しそうに戻ってくる。


「すごい。」


ヒルメが素直に感心する。


「これくらい普通だよ。」


「私できるかな……。」


「できるって。」


続いて次々と生徒が魔法を放っていく。


火。


水。


風。


土。


それぞれ得意な属性は違う。


だが、ほとんどの生徒が問題なく標的へ魔法を当てていた。


「次。」


カイルが名簿を見る。


「リナ。」


「はい。」


リナが前へ出る。


先ほどまでとは違い、その表情は真剣だった。


杖を構える。


「我が声に応えし炎よ――」


ヒルメが見つめる。


リナの杖先へ赤い魔力が集まっていく。


「小さき火球となり、我が敵を撃て。」


「《ファイア・ボール》!」


ポッ――


小さな火球が放たれた。


標的へ真っ直ぐ飛んでいき――


ボフッ。


中心へ命中する。


「……。」


ヒルメが目を瞬かせる。


威力は小さい。


ミアの風魔法と比べても明らかに弱かった。


だが――


「見事だ。」


カイルが頷く。


「中心からほとんどズレていない。」


「ありがとうございます。」


リナは淡々と答える。


「威力については引き続き課題だな。」


「……はい。」


ほんの僅か。


リナの表情が曇った。


ヒルメはそれに気付く。


(威力……。)


リナが戻ってくる。


「すごいですね。」


ヒルメが声を掛けた。


「何が?」


「真ん中に当たってました。」


「これくらい普通よ。」


「でも私だったら――」


「まだやってないでしょ。」


「そうですけど。」


「やる前から失敗すること考えないの。」


「……はい。」


「あと。」


リナがヒルメを見る。


「敬語。」


「え?」


「同じクラスなんだからいらない。」


「……。」


ヒルメの顔が少し明るくなる。


「うん。」


「……何笑ってるのよ。」


「別に。」


「変な子。」


リナはそっぽを向いた。


ミアが隣でニヤニヤしている。


「何よ、ミア。」


「なーんにも。」


「……。」


その時。


「次、ヒルメ。」


「はい!」


ヒルメの身体が跳ねる。


「……。」


「……。」


「……。」


一斉に視線が集まる。


ヒルメはゆっくり前へ出た。


(どうしよう。)


杖を握る。


目の前には標的。


(光……。)


(光属性ならいいって言われたけど。)


問題は――


普通の光属性魔法など一つも知らない。


「あの……。」


ヒルメが恐る恐る手を上げる。


「なんだ?」


「先生。」


「うん。」


「光属性の初級魔法って……。」


「……。」


カイルが止まる。


「知らないのか?」


「はい。」


「一つも?」


「はい。」


「……。」


カイルが額を押さえた。


「本当に基礎からなのか……。」


「ごめんなさい。」


「謝る必要はない。」


カイルは少し考える。


「では、今日は術式を教える。」


ヒルメがほっとする。


「ありがとうございます!」


「まずは《ライト・ボール》だ。」


カイルが杖を構える。


「光属性の最も基本的な攻撃魔法の一つだ。」


杖先に淡い光が集まる。


「我が内に宿りし光よ――」


「輝きとなりて集い、我が敵を撃て。」


「《ライト・ボール》」


小さな光球が放たれ。


標的へ軽く当たる。


「これを真似してみろ。」


「はい。」


ヒルメは杖を構える。


(魔力は少なく。)


(午前中みたいにならないように……。)


深く息を吸う。


そして――


「我が内に宿りし光よ――」


魔力を流す。


「輝きとなりて集い、我が敵を撃て。」


杖先に光が生まれる。


「《ライト・ボール》!」


ポンッ。


「……。」


「……。」


「……。」


杖先から。


親指ほどの小さな光が飛び出した。


ふよふよ。


ふよふよ。


「……。」


標的へ向かう。


途中で。


ふっ。


消えた。


「……。」


ヒルメが固まる。


ミアが固まる。


リナも固まる。


カイルまで固まる。


「……え?」


ヒルメが自分の杖を見る。


「消えた……。」


「消えたね。」


ミアが答える。


「なんで!?」


「私に聞かれても!」


教室――ではなく。


実技場のあちこちから笑い声が漏れ始めた。


ヒルメの顔が真っ赤になる。


「もう一回!」


「待て。」


カイルが止める。


「今の魔力の流れを確認する。」


「はい……。」


カイルは難しい顔でヒルメを見る。


魔力量が少なかったわけではない。


むしろ十分。


だが――


光属性の術式へ魔力がほとんど馴染んでいなかった。


「……なるほど。」


「?」


「もう一度やってみろ。」


「はい!」


ヒルメは再び杖を構える。


同じ詠唱。


同じ術式。


だが――


結果は同じだった。


ポンッ。


ふよふよ。


ふっ。


「……。」


「……。」


「……。」


ヒルメの肩が落ちる。


「私……魔法下手なのかな。」


「今さら?」


リナが呟く。


「リナ!」


ミアが怒る。


「でも。」


リナはヒルメを見る。


先ほどまでの棘のある表情ではない。


「魔力の流し方が変。」


「変?」


「うん。」


リナがヒルメのところへ歩いてくる。


「貸して。」


「え?」


「杖。」


ヒルメが渡そうとして――


一瞬だけ止まる。


昨夜見た夢が頭をよぎった。


白い世界。


喋る杖。


その内側から覗いた光。


(……。)


「ヒルメ?」


「あ、ごめん。」


杖を渡す。


リナは特に気にする様子もなく構えた。


「こう。」


「魔力を一気に流すんじゃなくて。」


「術式に合わせて少しずつ。」


「……。」


ヒルメが真剣に見る。


「最初に形を作って、それから放つ。」


「分かる?」


「……なんとなく。」


「なんとなくじゃ駄目。」


「難しいよ。」


「だから練習するの。」


「……はい。」


「敬語。」


「……うん。」


「もう一回。」


リナが杖を返す。


ヒルメは受け取る。


「ありがとう。」


「別に。」


リナは顔を逸らす。


「見ててイライラしただけ。」


「ふふっ。」


「何よ。」


「やっぱり優しいね。」


「はぁ!?」


リナの顔が赤くなる。


「どこが!」


「だって教えてくれたし。」


「それは!」


「ありがとう、リナ。」


「……。」


リナは言葉に詰まる。


そして――


「早くやりなさい!」


「う、うん!」


ヒルメが慌てて標的へ向き直る。


ミアは後ろで笑っている。


「これは早かったなぁ。」


「何がよ!」


「別にー。」


「ミア!」


「はいはい。」


ヒルメはそんな二人の声を聞きながら。


もう一度。


杖を構えた。


ヒルメはそんな二人の声を聞きながら。


もう一度。


杖を構えた。


(少しずつ……。)


(術式に合わせて、形を作る。)


リナに言われたことを頭の中で繰り返す。


「我が内に宿りし光よ――」


杖先へ、淡い光が集まっていく。


先ほどよりも小さい。


けれど――


今度は消えない。


「輝きとなりて集い、我が敵を撃て。」


ヒルメは真っ直ぐ標的を見つめる。


「《ライト・ボール》!」


ポンッ――


小さな光球が杖先から飛び出した。


ふらふらと頼りなく飛んでいき――


コツン。


標的の端へ当たる。


「……。」


ヒルメは目を見開いた。


「当たった……。」


威力などほとんどない。


標的には傷一つ付いていない。


それでも。


「当たった!」


ヒルメの顔がぱっと明るくなる。


「リナ! 当たったよ!」


「見れば分かるわよ。」


リナは呆れたように答える。


だが、その口元はほんの僅かに緩んでいた。


「ありがとう!」


「だから別に――」


「リナのおかげだよ!」


「……。」


リナは一瞬言葉に詰まり。


ぷいっと顔を逸らした。


「次は真ん中に当てなさいよ。」


「うん!」


「その次は、もう少し威力を上げる。」


「うん!」


「……返事だけはいいわね。」


「ふふっ。」


ミアが笑う。


「何よ。」


「別にー。」


「またその顔!」


「ワン!」


シロまで楽しそうに鳴く。


ヒルメは手にした杖を見つめた。


魔法を使うことはできる。


ずっと、そう思っていた。


けれど――


知らないことが、こんなにもたくさんある。


魔力の扱い方も。


魔法の仕組みも。


そして。


この学院で出会った人たちのことも。


ヒルメは顔を上げる。


「もう一回やっていいですか?」


「もちろんだ。」


カイルが笑う。


「何度でもやってみろ。」


「はい!」


再び杖を構える。


学院へ来たばかりのヒルメには、まだ分からないことばかりだった。


それでも――


少しずつ。


本当に少しずつ。


ヒルメの新しい日々は、動き始めていた。

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