王立魔法学院へ
翌朝。
ヒルメは鏡の前で、何度も自分の姿を確認していた。
「……変じゃないよね?」
王城で用意された学院の制服。
旅をしている間は動きやすい服ばかりだったため、どうにも落ち着かない。
襟元を直してみる。
スカートを軽く整えてみる。
もう一度、鏡を見る。
「……やっぱり変な感じ。」
「ワウ。」
足元にいたシロが尻尾を振る。
「シロはいいよね。いつも通りで。」
「ワン!」
「褒めてないよ。」
ヒルメは苦笑しながら杖を手に取った。
今日から学院へ通う。
そう決めたのは自分だ。
自分の魔法について学ぶため。
そして――
自分が何者なのか、その手掛かりを探すため。
分かってはいる。
分かってはいるのだが。
(緊張するなぁ……。)
これまで町から町へ旅をしてきたヒルメにとって、同じ場所へ毎日通い、大勢の同年代と一緒に学ぶという経験そのものがほとんどない。
しかも――
(アルベルトさんもいるんだよね……。)
闘技場で何があったのか。
ヒルメ自身にはほとんど記憶がない。
だが、エルドから大まかな話は聞いていた。
(会ったらどうしよう……。)
そんなことを考えていると――
コンコン。
扉が叩かれた。
「ヒルメさん。」
聞き慣れ始めた声。
「はい。」
扉を開ける。
そこには、同じ学院の制服に身を包んだ王女が立っていた。
「……わぁ。」
ヒルメは思わず声を漏らす。
「どうされました?」
「いえ……。」
思わず見惚れてしまった。
元々整った顔立ちをしているとは思っていたが、制服姿になると印象がまるで違う。
長い髪は綺麗に整えられ、学院の制服も驚くほど似合っている。
何より――
数日前まで病に伏せていたとは思えないほど、その表情は明るかった。
「すごく似合ってます。」
「まあ。」
王女は嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます。」
そしてヒルメの姿を見る。
「ヒルメさんも、とてもお似合いです。」
「そ、そうですか?」
「はい。」
「よかった……。」
ヒルメがほっと胸を撫で下ろす。
すると王女は部屋の中を覗き込んだ。
「それで――」
その視線がシロを捉える。
「シロ様!」
「ワン!」
「……。」
ヒルメがシロを見る。
数日前まで、王女が近づくだけで自分の後ろへ隠れていたはずなのだが。
今では名前を呼ばれただけで尻尾を振っている。
「おはようございます、シロ様。」
王女がしゃがみ込む。
「ワウ!」
シロは当然のように王女のところへ歩いていき、差し出された手へ頭を擦りつけた。
「ふふっ。今日もお元気ですね。」
「ワン!」
「……シロ。」
「ワウ?」
「完全に懐いたね。」
「ワン!」
王女が嬉しそうにシロの頭を撫でる。
「昨日も一緒にお庭を歩きましたから。」
「知ってます。」
「その前の日もです。」
「それも知ってます。」
「一昨日は私のお部屋にも遊びに来てくださいました。」
「それは知らない!」
ヒルメがシロを見る。
「シロ!?」
「ワウ?」
「いつの間に王女様の部屋に行ってたの!?」
「ワン!」
「返事されても分からないよ!」
王女が口元に手を添えて笑う。
「とてもお行儀よくされていましたよ。」
「そういう問題じゃ……。」
ヒルメは小さくため息を吐く。
(まあ……仲良くなったならいいけど。)
むしろ最初の様子を考えれば、少し安心した。
「それでは参りましょうか。」
「はい。」
ヒルメは杖を手にする。
王女が歩き出し――
その横をシロが当然のようについていく。
「……。」
ヒルメが立ち止まる。
「シロ?」
「ワウ?」
「私こっちだよ?」
「ワン!」
シロが戻ってきた。
「もう……。」
ヒルメは苦笑しながら、その頭を撫でる。
三人で部屋を出た。
◇ ◇ ◇
王城の正門前には、すでに一台の馬車が用意されていた。
王家の紋章が刻まれた立派な馬車。
その周囲を近衛騎士たちが固めている。
「……。」
ヒルメは足を止めた。
「これで行くんですか?」
「はい。」
「学院に?」
「はい。」
「……目立ちません?」
王女が不思議そうに首を傾げる。
「いつもこれですが。」
「あ……。」
(そうだった。)
(王女様だった。)
ここ数日。
あまりにも普通に話していたせいで、時々忘れそうになる。
目の前にいる少女は、この国の王女なのだ。
馬車へ乗り込む。
シロも続いて飛び乗った。
「シロ様、こちらへ。」
「ワン!」
シロが王女の隣へ座る。
「……。」
ヒルメは向かい側に座りながら、その光景を見る。
(本当に仲良くなったなぁ。)
馬車がゆっくりと動き始めた。
窓の外を王都の街並みが流れていく。
ヒルメは外を眺めながら、無意識に杖を握り締める。
「緊張されていますか?」
「え?」
王女に尋ねられ、ヒルメは少し迷ってから頷いた。
「……ちょっと。」
「大丈夫です。」
王女は穏やかに微笑む。
「私も久しぶりですから。」
「そうですよね。」
数年間。
王女は病によって学院へ通えなかった。
今日が久しぶりの登校になる。
(私より緊張しててもおかしくないのに……。)
「王女様は緊張しないんですか?」
「しますよ。」
「え?」
意外な答えだった。
「久しぶりですから。」
王女は窓の外を見る。
「皆さんがどれほど成長されたのか。」
「授業についていけるのか。」
「少し不安です。」
「……。」
ヒルメは王女を見る。
何でも完璧にこなしそうに見える。
それでも不安になるのだ。
「でも。」
王女がヒルメへ顔を向ける。
「今日はヒルメさんも一緒ですから。」
「私?」
「はい。」
にっこりと笑う。
「ですから、とても楽しみです。」
「……。」
ヒルメも少しだけ笑った。
「私もです。」
「ワン!」
「シロも?」
「ワン!」
「ふふっ。」
三人の笑い声を乗せながら、馬車は学院へと向かっていった。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
馬車の速度がゆっくりと落ちていく。
「到着いたしました。」
御者の声が聞こえる。
ヒルメは窓から外を覗いた。
「……わぁ。」
巨大な門。
その奥には、いくつもの大きな校舎が建ち並んでいる。
中央には巨大な時計塔。
そのさらに奥には、魔法の訓練に使うのだろう広大な演習場まで見える。
制服姿の生徒たちが次々と門をくぐっていく。
「ここが……。」
ヒルメが小さく呟く。
「王立魔法学院です。」
王女が答える。
馬車が正門前で止まる。
その瞬間だった。
周囲の生徒たちが次々とこちらへ視線を向ける。
「……王家の馬車?」
「まさか……。」
ざわめきが広がっていく。
扉が開く。
最初に王女が降り立った。
一瞬――
周囲が静まり返った。
そして。
「王女殿下……?」
「嘘……。」
「復学されたのか?」
「もう身体は……。」
驚きの声が次々と上がる。
王女は気にした様子もなく、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
続いてシロが飛び降りる。
「ワン!」
そして最後に――
ヒルメが馬車から降りた。
「……。」
周囲から向けられる視線。
王女。
白い犬。
そして、見たことのない少女。
(うぅ……。)
(すごく見られてる……。)
ヒルメは思わず杖を抱き寄せる。
「行きましょう、ヒルメさん。」
「は、はい。」
「シロ様も。」
「ワン!」
王女が歩き出す。
シロがその隣を歩く。
ヒルメも慌てて後を追った。
周囲の生徒たちが道を空けていく。
「誰だ、あの子……。」
「殿下と一緒に来たぞ。」
「それに、あの白い犬は……?」
小さな声があちこちから聞こえる。
ヒルメは聞こえないふりをしながら歩く。
(やっぱり目立つよ……。)
王女と一緒に登校した時点で、静かな学院生活など望めそうになかった。
校舎へ入ろうとした、その時だった。
「殿下。」
一人の教師らしき男が慌ててこちらへ歩いてくる。
「お待ちしておりました。」
王女が足を止める。
「お久しぶりです。」
「お身体の方は、もうよろしいのでございますか?」
「はい。ご心配をおかけしました。」
「いえ、そのような……。」
教師はほっとしたように頭を下げる。
そしてヒルメを見る。
「そちらが、本日より編入されるヒルメさんですね。」
「は、はい!」
ヒルメは慌てて頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「話は伺っております。」
教師は穏やかに頷く。
「まずは学院長室へご案内いたします。」
「はい。」
教師が歩き出そうとする。
だが――
その視線がシロで止まった。
「……。」
「ワウ?」
シロが教師を見上げる。
「こちらは……。」
教師が言葉を選ぶように王女を見る。
「シロ様です。」
王女が答えた。
「……。」
教師の表情が僅かに固まる。
「シロ……様、でございますか。」
「はい。」
「ワン!」
「……。」
教師はもう一度シロを見る。
そして王女を見る。
ヒルメを見る。
「ええと……。」
明らかに困っていた。
(あ。)
ヒルメも今になって気付く。
(そういえば……。)
(シロって学院に入っていいのかな?)
教師は慎重に口を開いた。
「大変申し上げにくいのですが……。」
王女が首を傾げる。
「はい?」
「学院内への動物の同伴には、規則がございまして……。」
「……。」
ヒルメは足元のシロを見る。
「ワウ?」
学院生活初日。
どうやら最初の問題は――
自分の魔法でも。
授業でもなく。
シロをどうやって学院へ連れて入るか、らしかった。
教師は慎重に口を開いた。
「大変申し上げにくいのですが……。」
王女が首を傾げる。
「はい?」
「学院内への動物の同伴には、規則がございまして……。」
「……。」
ヒルメは足元のシロを見る。
「ワウ?」
学院生活初日。
どうやら最初の問題は――
自分の魔法でも。
授業でもなく。
シロをどうやって学院へ連れて入るか、らしかった。
◇ ◇ ◇
「従魔……ですか?」
「はい。」
教師は申し訳なさそうに頷いた。
「学院では、契約を結んだ従魔に限り、主人と共に学院内へ入ることが認められております。」
「シロ様は従魔ではありません。」
王女が即座に答える。
「……はい。」
教師の背筋が僅かに伸びた。
「シロ様はヒルメさんの大切なご家族です。」
「……ご家族、でございますか。」
「はい。」
「ワン!」
「……。」
教師は困ったようにシロを見る。
ヒルメはその様子を見て、慌てて口を挟んだ。
「あ、あの!」
「はい。」
「登録だけ従魔ってことにすれば、一緒に入れるんですよね?」
「ええ。手続き上はそれで問題ございません。」
「じゃあ、それでお願いします。」
「ヒルメさん!?」
王女が驚いたように振り返る。
「だ、大丈夫です。」
ヒルメは王女を宥めるように両手を振った。
「シロが本当に従魔になるわけじゃないですし。」
「ですが……。」
「一緒に学院へ入るためだけですから。」
「……。」
王女は納得がいかない様子でシロを見る。
「シロ様……。」
「ワウ?」
「申し訳ありません。」
「ワウ?」
「しばらくの間だけ、従魔という扱いに耐えてくださいませ。」
「ワン!」
「シロ様……!」
「多分、何も分かってないと思います。」
「そんなことはありません。」
「そうかなぁ……。」
教師が小さく咳払いをする。
「では、従魔として登録させていただきます。」
「よろしくお願いします。」
「ただし。」
教師はシロを見る。
「授業中は大人しくしていただくことになります。」
「シロ様はとてもお行儀がよいので問題ありません。」
王女が即答する。
「ワン!」
「……左様でございますか。」
教師はそれ以上何も言わなかった。
(先生、大変そう……。)
こうして――
シロは本人の知らないところで、ヒルメの従魔として学院へ登録されることになった。
◇ ◇ ◇
手続きを終えると、教師は三人を校舎の奥へ案内した。
長い廊下を歩き、やがて大きな扉の前で足を止める。
「こちらが学院長室となります。」
「学院長……。」
ヒルメの身体が僅かに強張る。
「緊張されていますか?」
隣を歩いていた王女が尋ねる。
「ちょっと……。」
「大丈夫です。」
王女は優しく微笑んだ。
「私も一緒ですから。」
「ありがとうございます。」
ヒルメも小さく笑う。
教師が扉を叩く。
コンコン。
「ヒルメさんをお連れいたしました。」
「入れ。」
中から低い声が聞こえた。
扉が開く。
「失礼します。」
ヒルメが中へ入る。
「ワウ!」
シロも当然のようについていく。
そして王女も入ろうとしたところで――
「殿下。」
教師が声を掛けた。
「はい?」
「殿下はこのまま教室へ向かわれるよう、学院長より申し付かっております。」
「え?」
王女の表情が止まった。
「私もヒルメさんと――」
「後ほど学院長よりご説明があるかと。」
「……。」
明らかに不満そうだった。
ヒルメは苦笑する。
「大丈夫ですよ。」
「ですが……。」
「話が終わったら行きますから。」
「……本当ですか?」
「はい。」
王女は少し考え――
「分かりました。」
渋々と頷いた。
「では、後ほど。」
「はい。」
「シロ様も。」
「ワン!」
「また後でお会いしましょう。」
「ワウ!」
王女は何度も振り返りながら、教師と共に廊下の奥へ消えていった。
「……。」
ヒルメはその姿を見送る。
(なんか……。)
(お母さんみたい。)
そんなことを考えながら学院長室へ入った。
部屋の奥。
大きな机の向こうに、一人の老人が座っていた。
白髪を後ろへ撫でつけ、鋭い眼差しを持つ男。
その傍らには――
見慣れた人物が立っていた。
「エルドさん?」
「おう。」
エルドが片手を上げる。
「どうしてここに?」
「お主の入学について話を通したのは、わしじゃからな。」
「そうだったんですか?」
「そうじゃ。」
学院長がヒルメを見つめる。
「君がヒルメか。」
「は、はい!」
ヒルメは慌てて頭を下げた。
「本日からよろしくお願いします!」
「そう固くならなくてよい。」
学院長は小さく笑う。
「エルドから話は聞いている。」
「……。」
ヒルメの表情が僅かに引きつる。
(どこまで聞いてるんだろう……。)
まさか闘技場のことを全部――
「全部じゃ。」
エルドが言った。
「えっ!?」
「顔に書いてあるぞ。」
「……。」
ヒルメは恥ずかしそうに俯いた。
学院長が苦笑する。
「安心しなさい。」
「君を責めるために呼んだわけではない。」
「……はい。」
「むしろ逆だ。」
学院長は椅子へ深く腰掛ける。
「君が自らの力を正しく理解し、制御できるようにする。」
「そのために、この学院へ迎えることになった。」
「……。」
ヒルメは静かに頷いた。
「はい。」
学院長は机の上に置かれた書類へ視線を落とす。
「まず、君が使える魔法について確認しておきたい。」
「魔法……。」
「そうだ。」
学院長は顔を上げる。
「エルドから聞いたところでは、君は特殊な魔法を複数扱うそうだな。」
「はい……多分。」
「多分?」
「ちゃんと習ったことがないので……。」
「なるほど。」
学院長は顎へ手を添える。
「神聖魔法については聞いている。」
ヒルメが僅かに身体を強張らせる。
学院長はそれに気付いたのか、すぐに続けた。
「もっとも。」
「学院内では、光属性魔法として扱う。」
「光属性……?」
「うむ。」
エルドが頷く。
「お主の神聖魔法と光属性魔法は性質がよく似ておる。」
「もちろん、わしらから見れば明確に違う。」
「じゃが学生が見ただけでは、まず区別できん。」
「そうなんですか?」
「少なくとも《サンクチュアリ》程度なら、強力な光属性魔法だと思うじゃろうな。」
「……。」
ヒルメは少し安心したように胸を撫で下ろす。
学院長が続ける。
「君の力を必要以上に隠せとは言わん。」
「だが、自分でも理解していない力を不用意に晒す必要もない。」
「はい。」
「したがって学院内では、君は光属性魔法の使い手。」
「それで通してもらう。」
「分かりました。」
学院長は書類へ何かを書き込む。
そして――
一度、筆を止めた。
「問題はこちらだ。」
「……?」
「闇魔法。」
ヒルメの表情が固まる。
「……。」
エルドも腕を組んだままヒルメを見る。
学院長は静かに尋ねた。
「現在、自分の意思で扱える闇魔法は?」
「えっと……。」
ヒルメは考える。
闘技場で使った魔法については、エルドから聞いただけだ。
自分にはその記憶がない。
「……バインドくらいです。」
「拘束魔法か。」
「はい。」
「他には?」
「多分……使えると思うんですけど。」
ヒルメは困ったように杖を見る。
「ちゃんと覚えてないので……。」
「ふむ。」
学院長とエルドが視線を交わす。
「ならば。」
学院長が静かに告げる。
「学院内で闇魔法は使わないでもらいたい。」
「……はい。」
ヒルメは素直に頷く。
「闇魔法そのものを禁じているわけではない。」
学院長は続ける。
「闇魔法は悪しき魔法ではない。」
「ただ――」
「現在では、使い手がおらん。」
エルドが言葉を引き継ぐ。
「文献の中にしか残っておらん魔法を、突然一人の生徒が使えばどうなると思う?」
「……目立ちます。」
「大いにな。」
「……。」
「それだけならまだよい。」
エルドの表情が少し真剣になる。
「お主の力を知れば、興味を持つ者も出てくる。」
「純粋な興味だけならよいが――」
「世の中には、そうでない者もおる。」
「……はい。」
ヒルメは小さく頷く。
王が言っていたことと同じだった。
自分の力は強すぎる。
そして――
その価値を、自分自身が一番理解していない。
「分かりました。」
「闇魔法は使いません。」
「うむ。」
エルドが満足そうに頷く。
「もっとも。」
「命の危険がある時まで我慢せよとは言わん。」
「その時は使え。」
「はい。」
学院長も頷く。
「それでよい。」
そして書類を閉じた。
「さて。」
「最後に、君の所属クラスについてだ。」
「はい。」
「君には一般クラスへ入ってもらう。」
「一般クラス?」
ヒルメが首を傾げる。
「この学院では、貴族と一般の生徒でクラスが分かれている。」
「そうなんですか?」
「ああ。」
「教育内容そのものに大きな違いはない。」
「合同で行う授業も多い。」
「だが、基礎教養や礼法など、一部の授業内容が異なるためクラスを分けている。」
「なるほど……。」
ヒルメは普通に頷いた。
特に不満はない。
そもそも自分は貴族ではない。
当然と言えば当然だった。
「では、そちらへ――」
その時。
バンッ!!
学院長室の扉が勢いよく開いた。
「聞いておりません!」
「ひゃっ!?」
ヒルメが飛び上がる。
「ワン!?」
そこに立っていたのは――
先ほど教室へ向かったはずの王女だった。
「……殿下。」
学院長が額へ手を当てる。
「教室へ向かわれたはずでは?」
「向かいました!」
「では何故ここに。」
「ヒルメさんが一般クラスだと聞いたからです!」
「早いのう……。」
エルドが呆れたように呟く。
王女はずかずかと部屋へ入ってくる。
「学院長。」
「はい。」
「ヒルメさんを私のクラスへ移してください。」
「できません。」
即答だった。
「何故ですか!」
「規則だからです。」
「ヒルメさんは私の――」
「殿下。」
学院長の声が少しだけ強くなる。
王女が口を閉じた。
「これはヒルメさんのためでもあります。」
「……私のため?」
ヒルメが自分を指差す。
「そうだ。」
学院長はヒルメを見る。
「君は貴族ではない。」
「はい。」
「にもかかわらず、編入初日から王女殿下と同じ貴族クラスへ入ったらどうなると思う?」
「……。」
ヒルメは考える。
「目立つ……?」
「それだけならよい。」
学院長は王女を見る。
「殿下。」
「貴族社会というものを、あなたが一番よくご存じのはずです。」
「……。」
王女の表情が僅かに変わる。
「身分を持たない少女が突然王城で暮らし始め。」
「王女殿下と共に登校し。」
「そのうえ、本来所属できないはずの貴族クラスへ特例で入る。」
学院長は静かに続ける。
「何が起きるでしょうな。」
「……。」
王女は答えなかった。
だが――
理解したらしい。
「嫉妬。」
エルドが呟く。
「詮索。」
「敵意。」
「そして――」
「ヒルメを利用しようと近づく者も出てくるじゃろうな。」
「……。」
ヒルメの顔が少し引きつる。
(学院って……。)
(そんな怖いところなの?)
王女は悔しそうに唇を噛む。
「ですが……。」
「殿下。」
学院長の声は穏やかだった。
「ヒルメさんは、ヒルメさんとして学院へ来るのです。」
「あなたの庇護下にいる者としてではない。」
「……。」
「まずは一般の生徒として学院生活を送らせる。」
「その方が、この子のためです。」
王女はヒルメを見る。
「……ヒルメさん。」
「私は大丈夫ですよ。」
「ですが……。」
「それに。」
ヒルメは少し笑う。
「私、貴族じゃないですから。」
「一般クラスの方が普通だと思います。」
「……。」
王女はしばらく黙っていた。
やがて――
「……分かりました。」
渋々と頷く。
学院長がほっと息を吐く。
「ご理解いただけて何よりです。」
「ただし。」
「……はい?」
王女が顔を上げる。
「休み時間は会いに行きます。」
「それはご自由に。」
「昼食も一緒に食べます。」
「構いません。」
「登下校も一緒です。」
「好きになさってください。」
「シロ様にも会いに行きます。」
「……どうぞ。」
「では問題ありません。」
王女は満足そうに微笑んだ。
「問題ないんだ……。」
ヒルメが小さく呟く。
「ワン!」
シロだけは楽しそうに尻尾を振っている。
学院長はそんな三人を見ながら、小さく息を吐いた。
「では改めて。」
机の上の書類を手に取る。
「ヒルメ。」
「はい!」
「本日より、王立魔法学院一般科への編入を認める。」
ヒルメは杖を握り締めた。
「よろしくお願いします!」
こうして――
ヒルメの学院生活が、正式に始まった。




