新たな居場所
「一から魔法を学んでこい。」
「ええええええっ!?」
ヒルメの声が庭園に響き渡った。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんじゃ?」
「私、旅の途中なんです!」
「それは聞いておる。」
「だったら――」
「では!」
勢いよく声を上げたのは、少女だった。
「私も学院へ戻ります!」
「……。」
王が目を瞬かせる。
「いや、お前は治ったばかりで――」
「大丈夫です!」
「いや、だから――」
「ずっと戻りたかったんです!」
「それは分かっておるが――」
「では決まりですね!」
「何が!?」
王が思わず声を上げる。
レオンが苦笑しながら口を開いた。
「まずは明日にでも医師に診せて――」
「お兄様。」
「なんだ?」
「私、明日から学院へ戻ります。」
「だから話を――」
「決めました。」
「……。」
レオンが黙った。
(すごい……。)
ヒルメは呆然と少女を見る。
先ほどまで病弱で儚げな王女だと思っていた。
だが――
(全然イメージと違う……。)
「それから。」
少女がヒルメへ向き直った。
嫌な予感がした。
「ヒルメさん。」
「は、はい。」
「ヒルメさんも学院へ通われるのですよね?」
「いや、私はまだ行くとは――」
「では、一緒に通えますね!」
「聞いてます!?」
「毎朝、一緒に行きましょう。」
「だから――」
「帰りも一緒ですね。」
「まだ何も決まってないです!」
「でしたら決めましょう!」
「えぇ……。」
少女は少し考える。
そして――
ぱっと表情を明るくした。
「そうです!」
「……?」
「ヒルメさん、王城に住みましょう!」
「はい!?」
今度は王が口を挟む。
「待て待て。」
「なんですか、お父様?」
「さすがにそれはヒルメの都合が――」
「お部屋は私の隣が空いています。」
「聞け。」
「学院にも王城から通えます。」
「だからな――」
「食事も一緒にできます。」
「おい。」
「夜もお話できますね!」
「話を聞け!」
「楽しみです!」
「もう決定しておるではないか!」
王の声が庭園に響く。
しかし少女はまったく気にしていない。
「ヒルメさんのお荷物は、あとで宿から運んでもらいましょう。」
「えっ。」
ヒルメの顔が引きつる。
「ちょっと待ってください。」
「はい?」
「私、まだ王城に住むって言ってませんよ?」
「……。」
少女がきょとんとする。
「住まないのですか?」
「いや、そういう話じゃなくて……。」
「学院へ通うのでしたら、こちらの方が便利ですよ?」
「それはそうかもしれませんけど……。」
「では問題ありませんね。」
「あります!」
「何がです?」
「私の意思です!」
「あっ。」
ようやく気付いたような顔をする。
「……。」
「……。」
ヒルメと少女が見つめ合う。
数秒後。
少女はにっこりと微笑んだ。
「住みましょう?」
「戻った!」
レオンが堪えきれず吹き出した。
「ふっ……。」
「お兄様!」
「す、すまない。」
王も肩を震わせている。
「ははははっ!」
「笑い事じゃないですよ!」
ヒルメが王へ抗議する。
「すまんすまん。」
王は目元を拭う。
「しかし、ここまで元気な娘を見るのは久しぶりでな。」
「お父様。」
「好きにさせてやりたい気持ちはあるが、ヒルメにも都合というものが――」
「そうです!」
少女が何かを思い出したように声を上げた。
「まだありました!」
「今度はなんですか……。」
少女の視線がヒルメの足元へ向く。
そこにはシロが座っていた。
「シロ様。」
「……ワウ?」
シロが顔を上げる。
少女はシロの前へしゃがみ込んだ。
「もちろん、シロ様も王城で一緒に暮らしてくださいますよね?」
「……。」
「広いお庭もあります。」
「……ワウ。」
「お食事も毎日ご用意いたします。」
「……。」
少女がさらに顔を近づける。
「お肉がお好きですか?」
「……ワウ。」
シロが一歩後ろへ下がった。
「お魚でしょうか?」
さらに一歩近づく。
シロがもう一歩下がる。
「どちらでもご用意できますよ、シロ様。」
「クゥン……。」
シロがヒルメの後ろへ隠れた。
「シロ!?」
ヒルメが驚いて振り返る。
魔獣を前にしても怯まないシロが、完全に引いている。
少女は不思議そうに首を傾げた。
「どうされたのでしょう?」
「多分、勢いに負けてます……。」
「まあ。」
少女は立ち上がると、ヒルメの後ろから顔だけを覗かせているシロへ微笑みかけた。
「遠慮なさらなくても大丈夫ですよ、シロ様。」
「クゥン……。」
さらに引っ込んだ。
(シロがこんなになるの初めて見た……。)
ヒルメまで若干引きながら少女を見る。
その様子を眺めていた王が、とうとう大声で笑い出した。
「はははははっ!」
「いや、参った!」
「何がおかしいのですか、お父様?」
「全部だ!」
王はしばらく笑った後、楽しそうにヒルメを見る。
「どうやら娘の中では、お前さんが学院へ通うことも、王城で暮らすことも、すでに決まっているらしいぞ。」
「私は何も決めてないんですけど……。」
「諦めた方がよいかもしれんな。」
「王様!?」
「お父様。」
少女が満足そうに微笑む。
「お部屋の準備をお願いしますね。」
「お前は本当に人の話を聞かんな!」
「ヒルメさんのお部屋は私の隣でお願いします。」
「決定事項なのか!?」
「もちろんです。」
「ははははっ!」
再び王の笑い声が響く。
ヒルメは頭を抱えた。
(どうしてこうなったの……。)
その足元では――
「クゥン……。」
シロが未だにヒルメの後ろから出てこなかった。
「ははははっ!」
再び王の笑い声が響く。
ヒルメは頭を抱えた。
(どうしてこうなったの……。)
その足元では――
「クゥン……。」
シロが未だにヒルメの後ろから出てこなかった。
「まったく……。」
王は笑いながら目元を拭う。
「これほど騒がしい茶会になるとは思わなんだ。」
「お父様。」
少女が少し不満そうに頬を膨らませる。
「私は真剣です。」
「分かっておる、分かっておる。」
「では、ヒルメさんのお部屋は私の隣で――」
「その話は後だ。」
王がぴしゃりと言った。
「え?」
「お前は先ほどまで病人だったのだぞ。」
「もう治りました。」
「それを決めるのはお前ではない。」
「でも――」
「駄目だ。」
少女が口を開く。
「お父様、私は――」
「駄目だ。」
「まだ何も言っていません。」
「どうせ『明日から学院へ戻ります』だろう。」
「……。」
少女が黙る。
図星だった。
レオンが小さく息を吐いた。
「さすがに今回は父上の言う通りだ。」
「お兄様まで……。」
「数年間も原因不明の病に苦しんでいたんだ。」
「いくら今は身体が軽いからといって、すぐに元の生活へ戻していいとは限らない。」
「ですが……。」
少女は自分の身体を見る。
先ほどまでとは明らかに違う。
息苦しさもない。
身体の重さもない。
何年も忘れていた感覚だった。
「私は本当に大丈夫です。」
「分かっている。」
王の声が少しだけ柔らかくなる。
「だからこそ、きちんと確かめるのだ。」
「王宮医師にもう一度診せる。」
「治癒術師にもな。」
「身体に異常が残っていないことを確認してからだ。」
「……。」
少女は不満そうに王を見る。
「そんな顔をしても駄目だ。」
「……分かりました。」
渋々といった様子で頷く。
しかし――
「では。」
すぐに顔を上げた。
「異常がなければ学院へ戻ってもよいのですね?」
「うむ。」
「絶対ですね?」
「二言はない。」
その瞬間。
少女の表情がぱっと明るくなった。
「では問題ありません!」
「まだ検査しておらん!」
「きっと大丈夫です。」
「何故そう言い切れる。」
「だって。」
少女はヒルメを見る。
「ヒルメさんが治してくださったのですから。」
「えっ。」
突然話を振られ、ヒルメが目を瞬かせる。
「いや、私は瘴気を浄化しただけで……。」
「ですから大丈夫です!」
「そうなのかな……。」
(そんなに信用されると逆に怖いんだけど……。)
ヒルメは困ったように頬を掻く。
すると少女は何かを思い出したように両手を合わせた。
「そうでした。」
「今度はなんじゃ。」
王が警戒する。
「私の検査をしている間に、ヒルメさんの学院へ通う準備をしておけばよいのです。」
「え?」
ヒルメが顔を上げる。
「制服を用意して。」
「ちょっと――」
「教科書も必要ですね。」
「待ってください。」
「鞄も新しいものを――」
「待ってくださいって!」
ようやく少女が止まった。
「どうされました?」
「私、まだ学院に行くって返事してません!」
「……。」
少女がきょとんとする。
「行かないのですか?」
「いや……。」
ヒルメは言葉に詰まった。
王からは魔法を学べと言われた。
確かに昨日のことを聞けば、自分でも学んだ方がいいとは思う。
けれど――
「私、自分が何者なのかを知るために旅をしてるんです。」
「学院に通ったら、旅を続けられなくなっちゃいます。」
「ふむ。」
エルドが顎髭を撫でる。
「それは少し違うのではないか?」
「え?」
ヒルメが振り返る。
「お主の旅の目的は、自分が何者なのかを知ることなのじゃろう?」
「はい。」
「ならば、学院で学ぶことも旅の一つではないか?」
「……。」
ヒルメは目を瞬かせる。
エルドは続けた。
「学院には王国でも有数の蔵書が揃っておる。」
「魔法史はもちろん、古代魔法や失われた魔法について記された文献もある。」
「失われた魔法……。」
ヒルメの脳裏に、昨日の出来事が過ぎる。
自分では覚えていない。
けれどエルドによれば、自分は闇魔法を使ったらしい。
そして――
昨夜の夢。
真っ白な世界。
突然喋り出した、自分の杖。
『久しぶりに見たなぁ。あんなにいっぱい。』
あの言葉。
(あの人……。)
(闇魔法のことを知ってた。)
ただの夢だったのかもしれない。
けれど――
どうしても、そうは思えなかった。
ヒルメは傍らに立て掛けてある杖を見る。
いつもと変わらない。
古びた杖。
それなのに今は、以前とは少し違って見える。
「それにな。」
エルドの声で我に返る。
「お主は魔法を知らなさすぎる。」
「うっ……。」
「強大な力を持っておるからこそ、制御する術を身につけねばならん。」
「昨日のようなことが、次も起こらぬとは限らんからな。」
「……。」
ヒルメは俯く。
シロが蹴られた。
そこまでは覚えている。
その先は――
何もない。
気が付けば医務室だった。
(もし……。)
(今度また同じことが起きたら。)
今度もエルドが近くにいるとは限らない。
誰かを傷つけてしまうかもしれない。
「……分かりました。」
ヒルメは顔を上げた。
「私、学院へ行ってみます。」
「本当ですか!?」
「わっ!?」
少女が一瞬でヒルメとの距離を詰める。
「は、はい。」
「では決まりですね!」
「学院はです!」
ヒルメは慌てて念を押す。
「王城に住む話はまだ――」
「お父様。」
「おい。」
王が即座に反応する。
「ヒルメさんのお部屋の準備をお願いします。」
「今、本人がまだだと言ったばかりだろう!」
「ですが学院へ通われるのでしたら、王城からの方が便利です。」
「それはそうだが――」
「それに。」
少女はヒルメの後ろへ視線を向ける。
「シロ様にも、きっと気に入っていただけます。」
「……ワウ?」
自分の名前が聞こえたシロが、ヒルメの後ろから恐る恐る顔を出した。
少女の顔がぱっと輝く。
「シロ様!」
「クゥン!」
シロがすぐに顔を引っ込める。
「何故です!?」
「だから勢いがすごすぎるんですって!」
「そんな……。」
少女は本気で落ち込んだように肩を落とした。
「私、シロ様とも仲良くなりたいだけなのに……。」
「だったら、もう少しゆっくりでいいと思います。」
「ゆっくり……。」
「はい。」
「分かりました。」
少女は真剣な表情で頷いた。
そしてヒルメの後ろに隠れたシロへ、今度は静かに微笑みかける。
「よろしくお願いしますね、シロ様。」
「……ワウ。」
先ほどよりは警戒していない。
少女は嬉しそうに笑った。
「返事をしてくださいました!」
「だから近づかないでくださいね。」
踏み出しかけた少女の足がぴたりと止まる。
「……はい。」
「そこまで落ち込まなくても……。」
「ははははっ!」
また王が笑う。
「お前にも苦手なものができたようだな。」
「苦手ではありません。」
少女はきっぱりと言い切る。
「必ず仲良くなってみせます。」
「ワウ……。」
シロがヒルメを見上げた。
(シロ。)
(頑張って……。)
ヒルメはそっとシロの頭を撫でた。
◇ ◇ ◇
――とはいえ。
少女の希望通り、すぐに学院へ復学できるというわけにはいかなかった。
その日の午後。
王宮医師をはじめ、複数の治癒術師が呼び集められ、改めて少女の身体を詳しく調べることになった。
これまで何度調べても原因すら分からなかった病。
それが突然、跡形もなく消えている。
医師たちは最初こそ信じられない様子だった。
だが――
何度調べても結果は同じだった。
身体に異常はない。
乱れていた魔力の流れも正常。
呼吸にも問題はなく、熱もない。
それでも王は慎重だった。
数年間も娘を苦しめていた病である。
一度の検査だけで安心するつもりはなかった。
翌日。
さらにその翌日。
何度も検査が行われた。
その間も少女の体調が崩れることは一度もなかった。
むしろ――
「ヒルメさん!」
「待ってください!」
「今日は西側のお庭をご案内します!」
「昨日もずっと歩いてましたよね!?」
「昨日は東側です!」
「そんなに広いんですか、このお城!?」
すっかり元気を取り戻した少女に、ヒルメは毎日のように王城中を連れ回されていた。
そして。
少女が距離を縮めようとしていたのは、ヒルメだけではなかった。
「シロ様。」
「……ワウ?」
庭園で休んでいたシロが顔を上げる。
少女は少し離れた場所でしゃがみ込んだ。
あれ以来、無理に近づくことはしていない。
「こちら、よろしければどうぞ。」
少女が地面へ小さな皿を置く。
そこには、一口大に切られた肉が乗っていた。
「……。」
シロの鼻が動く。
くん。
くんくん。
「ワウ……。」
「厨房の方にお願いして、少し分けていただきました。」
少女はそれだけ言うと、一歩後ろへ下がった。
「無理にとは言いません。」
「……。」
シロが皿を見る。
少女を見る。
もう一度、皿を見る。
「……ワウ。」
ゆっくりと近づいていく。
「……!」
少女の顔が輝く。
しかし、声は出さない。
両手をぎゅっと握り、必死に我慢している。
シロは皿の前まで来ると、匂いを嗅いだ。
そして――
ぱくっ。
「……!」
少女の肩が跳ねた。
「ワウ。」
ぱくっ。
ぱくっ。
あっという間に肉がなくなっていく。
「美味しいですか?」
「ワン!」
「……!」
少女は嬉しそうに両手を合わせる。
「よかったです!」
「ワン!」
シロの尻尾が左右に揺れる。
その様子を少し離れたところから見ていたヒルメが、目を細めた。
(あれ……。)
(なんか普通に返事してない?)
食べ終えたシロは皿を舐めると、少女を見上げた。
「……。」
少女もシロを見る。
「もう少し……ありますよ?」
「ワンッ!」
「シロ!?」
ヒルメが思わず声を上げた。
シロが振り返る。
「ワウ?」
「さっきまで警戒してたよね!?」
「ワウ。」
「お肉でいいの!?」
「ワン!」
「いいんだ……。」
少女が嬉しそうに笑う。
「シロ様はお肉がお好きなのですね。」
「ワン!」
「覚えておきます。」
「ワウ!」
「シロ……。」
(完全に懐柔されかけてる。)
ヒルメは何とも言えない表情で二人を見つめた。
翌日。
「シロ様。」
「ワン!」
少女が庭園へ姿を現す。
その声を聞いた瞬間。
シロが立ち上がった。
「……。」
ヒルメがシロを見る。
シロの尻尾が揺れている。
「シロ?」
「ワウ?」
「なんでそんな嬉しそうなの?」
「ワン。」
少女はシロの前まで来ると、しゃがみ込んだ。
今日は手に何も持っていない。
「おはようございます、シロ様。」
「ワウ。」
少女が恐る恐る手を差し出す。
「今日は……撫でてもよろしいですか?」
「……。」
シロは差し出された手の匂いを嗅ぐ。
そして――
自分から頭を押しつけた。
「……!」
少女の目が大きく見開かれる。
「シロ様……!」
そっと頭を撫でる。
「ワウ……。」
シロが気持ちよさそうに目を細める。
「ヒルメさん!」
「見てます。」
「シロ様が!」
「見てますって。」
「私に頭を!」
「よかったですね。」
「はい!」
満面の笑みだった。
ヒルメも思わず笑う。
最初こそ勢いに圧倒されていたシロだったが、少女が自分に合わせてくれていることは分かったらしい。
それからは早かった。
庭園を歩けば――
「シロ様。」
「ワン!」
少女の隣を歩き。
休憩すれば――
「こちらへどうぞ。」
「ワウ。」
当然のように少女の隣へ座る。
頭を撫でられれば――
「気持ちいいですか?」
「ワウ……。」
その膝へ顎まで乗せるようになった。
「……。」
ヒルメはその光景をじっと見る。
「シロ。」
「ワウ?」
「ちょっと懐きすぎじゃない?」
「ワン!」
「そうですか?」
少女が嬉しそうにシロを撫でる。
「シロ様とはもうお友達です。」
「ワン!」
「いつの間に……。」
「昨日です。」
「昨日!?」
「はい。」
「ワン!」
「シロも認めてるの!?」
「ワウ!」
少女がくすくすと笑う。
「ヒルメさんもこちらへ。」
「え?」
「三人でお散歩しましょう。」
「ワン!」
シロが立ち上がり、ヒルメのところまで駆けてくる。
そのままヒルメの手へ鼻先を押しつけた。
「……ふふっ。」
ヒルメはシロの頭を撫でる。
「はいはい。」
「行こうか。」
「ワン!」
三人で庭園を歩き出す。
少し前までヒルメの後ろへ隠れていたシロは、今では少女とヒルメの間を楽しそうに行ったり来たりしていた。
そして数日後。
王宮医師から正式に、学院へ復学しても問題ないとの許可が下りた。
少女はその報告を聞いた瞬間――
「では、明日からヒルメさんと一緒に学院へ行けますね!」
満面の笑みを浮かべた。
同じ頃。
ヒルメの学院への編入手続きも、すでに完了していた。
そして――
「……。」
ヒルメは目の前に積まれた荷物を見る。
見覚えのある鞄。
着替え。
旅道具。
全部、宿に置いてあった自分の荷物だった。
「……なんで?」
「運んでいただきました!」
隣で少女が嬉しそうに答える。
「誰にですか?」
「騎士の方々に。」
「いつ!?」
「昨日です。」
「聞いてないんですけど!?」
「大丈夫です。」
「何がですか!?」
少女はにっこりと笑う。
そして豪華な部屋の扉を開いた。
「こちらがヒルメさんのお部屋です!」
「……。」
ヒルメは部屋を見る。
広い。
どう考えても宿の部屋より広い。
というより――
ヒルメがこれまで泊まってきた宿なら、何部屋入るのか分からない。
「ちなみに。」
少女は嬉しそうに隣の扉を指差した。
「私のお部屋は、すぐお隣です。」
「……。」
(やっぱり決められてる……。)
ヒルメはようやく理解した。
学院へ通うことを決めたあの日。
少女の中では――
王城で暮らすことまで、すでに決定していたらしい。
「シロ様。」
「ワン!」
少女が呼ぶ。
するとシロは嬉しそうに少女のところへ駆けていった。
「今日からよろしくお願いしますね。」
「ワンッ!」
「……。」
ヒルメは二人を見る。
少女がシロの頭を撫でる。
シロは尻尾を振りながら、その手へ嬉しそうに頭を擦りつけている。
「シロ……。」
「ワウ?」
「最初、あんなに引いてたよね?」
「ワン!」
「もう忘れたの?」
「ワウ!」
「絶対忘れてる……。」
少女が楽しそうに笑う。
「シロ様のお食事も、こちらへ運んでいただくようお願いしてあります。」
「ワンッ!」
「ほら! やっぱり食べ物じゃん!」
「ワウ!」
「否定して!」
ヒルメの声が部屋中に響く。
少女は口元へ手を添えて笑い――
シロは楽しそうに尻尾を振っていた。
(私たち……。)
ヒルメは改めて豪華な部屋を見回す。
学院へ通うことになって。
王女と友達になって。
シロまで、すっかり懐いてしまって。
そして――
(本当に王城に住むことになっちゃったんだ……。)




