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異世界送魂師ヒルメ 〜葬儀社勤務だった私の送魂は、誰にも救えなかった魂を救っていく〜  作者: ケンボー


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26/29

魔法大国ミラーク

◇ ◇ ◇


「ふわぁ……。」


ヒルメは大きく欠伸をしながら街道を歩いていた。


隣ではシロが楽しそうに尻尾を振り、軽快な足取りで歩いている。


「シロ。」


「ワウ?」


「あと少しで魔法大国ミラークに着くらしいよ。」


「ワウ!」


シロは嬉しそうに一声鳴く。


「ジジが言ってたんだよね。」


「世界中の魔法使いが集まる国だって。」


「きっと見たこともない魔法がいっぱいあるんだろうなぁ。」


ヒルメは期待に胸を膨らませる。


この世界へ来てから、多くの人と出会い、多くの別れも経験した。


嬉しいことも。


悲しいことも。


たくさんあった。


それでも旅を続けてこられたのは、いつも隣にシロがいてくれたからだ。


「ありがとね。」


ヒルメが優しく頭を撫でると、シロは気持ちよさそうに目を細める。


「ワウ♪」


その姿に思わず笑みが零れた。


「よし!」


「あと少し、頑張ろう!」


「ワウ!」


二人は再び歩き始める。


街道を吹き抜ける風は心地よく、青空には白い雲がゆっくりと流れていた。


やがて、遠くの景色が少しずつ変わり始める。


高くそびえる白い塔。


空へ向かって伸びる尖塔。


街の上空には淡い光がゆっくりと漂い、まるで空そのものに魔力が満ちているようだった。


「あれ……。」


ヒルメは思わず足を止める。


「見えてきた……。」


シロも前を見つめ、小さく鳴いた。


「ワウ……。」


近づくにつれ、その大きさがはっきりと分かる。


巨大な城壁は見上げるほど高く、表面には無数の魔法陣が刻まれている。


城門の前には多くの旅人や商人が列を作り、人間だけではなく獣人やエルフ、ドワーフと思われる姿も見える。


それぞれが杖や魔導具を手にし、談笑しながら入国の順番を待っていた。


「すごい……。」


ヒルメは思わず声を漏らす。


これまで訪れた国とはまるで違う。


街全体から魔法の気配が溢れ出していた。


城門の上には大きな文字が刻まれている。


――魔法大国ミラーク。


「やっと着いたんだね。」


ヒルメは胸の前で両手を握りしめた。


この国なら、自分の力について何か新しいことが分かるかもしれない。


もっと多くの人を救えるようになるかもしれない。


そんな期待が自然と胸に湧き上がる。


「シロ。」


「行こう。」


「ワウ!」


一人と一匹は顔を見合わせ、笑顔で頷く。


そして、新たな出会いと出来事が待つ魔法大国ミラークへ、一歩ずつ足を踏み入れた。


門をくぐった瞬間、ヒルメは思わず立ち止まった。


「……すごい。」


「ワウ……。」


シロも辺りを見回し、目を丸くしている。


目の前に広がる街は、これまで訪れたどの国とも違っていた。


道を歩く人々は実に様々だ。


尖った耳を持つエルフ。


筋骨隆々のドワーフ。


獣の耳や尻尾を持つ獣人。


角を持つ魔族。


さらには、翼を持つ種族まで空を飛び交っている。


誰もがお互いを気にする様子もなく、ごく自然に会話を交わし、買い物を楽しんでいた。


「いろんな種族が一緒に暮らしてる……。」


ヒルメは感心したように呟く。


帝国ではここまで多くの種族が集まる光景を見ることはなかった。


まさに世界中から人が集まる大国。


それが魔法大国ミラークだった。


「ねぇ、シロ。」


「ワウ?」


「あの子見て。」


ヒルメが指差した先では、十歳くらいの少女が手のひらに小さな炎を浮かべて笑っていた。


すると隣にいた少年が水の球を作り出し、それをぶつける。


炎は一瞬で消え、二人は楽しそうに笑い合う。


「遊びで魔法使ってる……。」


ヒルメは思わず苦笑する。


さらに歩けば、荷車は魔法陣を浮かべながらひとりでに走り、店先では魔法で食材が宙を舞いながら調理されていた。


壊れた椅子を修復魔法で直す職人。


風魔法で洗濯物を乾かす主婦。


空中に光の文字を映し出し、客寄せをする商人。


生活の全てに魔法が溶け込んでいた。


「ここじゃ……魔法を使うのが当たり前なんだ。」


ヒルメは改めて実感する。


すると前から一人の青年が歩いてきた。


本を読みながら歩いていた青年は、ヒルメの肩にぶつかりそうになる。


「あっ……。」


しかし青年は何事もなかったように指を鳴らした。


ふわり、とヒルメの身体が横へ滑る。


ぶつかることなく青年は通り過ぎた。


「失礼。」


それだけ言い残し、再び本へ目を向けて歩いていく。


「……え?」


ヒルメは何が起きたのか分からず立ち尽くした。


「今の……魔法?」


「ワウ。」


シロが頷く。


「ごめんって謝る前に魔法で避けちゃうんだ……。」


驚きながら周囲を見渡すと、似たような光景はいくらでもあった。


魔法で荷物を運び。


魔法で掃除をし。


魔法で会話を補助する。


この国では、魔法は特別な力ではない。


食事をすること。


歩くこと。


息をすること。


それと同じくらい当たり前の存在だった。


ヒルメは胸の前でそっと手を握る。


「……私の魔法。」


送魂。


魂を救う、自分だけの力。


この魔法至上主義の国で、その力はどう見られるのだろうか。


期待と、ほんの少しの不安を胸に抱えながら、ヒルメはシロと共に大通りを歩き始めた。


その時だった。


ドォォォォンッ!!


腹の底まで響くような轟音が街中を揺らした。


「きゃああああっ!!」


「な、何だ!?」


悲鳴が一斉に響き渡る。


ヒルメも反射的に音のした方へ視線を向けた。


すると、街の中心部から黒い煙が立ち上っている。


「シロ!」


「ワウ!」


二人が駆け出そうとした瞬間、大勢の人々がこちらへ向かって走ってきた。


「逃げろー!!」


「結界が破られた!」


「魔獣だ!!」


「えっ……。」


ヒルメは思わず立ち止まる。


その人波をかき分けるように、一人の騎士が叫んだ。


「避難してください!」


「騎士団が応戦します!」


直後。


グォォォォォォォォォッ!!


街中に響き渡る咆哮。


建物が震え、窓ガラスがビリビリと音を立てる。


人々の顔から血の気が引いた。


「シロ、行こう!」


「ワウ!」


人混みを抜けると、広場には既に数十人もの騎士と魔導師が集結していた。


その視線の先には、一体の巨大な魔獣。


全身を黒紫色の瘴気が包み込み、赤黒く濁った瞳が周囲を睨みつけている。


「瘴気を纏ってる……。」


ヒルメは息を呑んだ。


あの嫌な気配。


ドラゴンの墓場で感じたものと同じだ。


「全隊、攻撃開始!」


騎士団長の号令が響く。


無数の火球。


氷槍。


雷撃。


風刃。


ミラーク自慢の魔法が一斉に魔獣へ降り注いだ。


轟音が街を揺らす。


しかし――


「グルルルルルッ!!」


煙の中から現れた魔獣の姿に、その場の誰もが息を呑んだ。


「傷が……浅い?」


「馬鹿な……。」


「上級魔法だぞ!」


魔導師たちの表情が険しくなる。


「瘴気が魔法を弱めている!」


「このままでは押し切れん!」


その時。


魔獣が大きく腕を振り上げた。


「危ない!!」


轟音と共に石畳が砕け、衝撃で騎士たちが吹き飛ばされる。


「ぐあぁっ!」


「くっ……!」


前線が崩れた。


魔獣はそのまま逃げ惑う人々へ向かって歩き出す。


「まずい……!」


ヒルメは唇を噛む。


このままでは多くの人が巻き込まれる。


「シロ。」


「ワウ。」


一人と一匹は静かに頷き合う。


ヒルメはゆっくりと前へ踏み出した。

「ぐあぁっ!」


騎士たちが次々と吹き飛ばされ、前線が大きく崩れる。


「くっ……!」


「前線を立て直せ!」


騎士団長が叫ぶ。


しかし、その時だった。


「ママぁぁぁ!!」


幼い男の子の泣き声が広場に響く。


転んだ拍子に母親とはぐれたのだろう。


男の子は腰を抜かし、その場から動けずにいた。


「しまった!」


近くにいた騎士が駆け寄ろうとする。


だが、一歩遅い。


魔獣は赤黒い瞳で男の子を捉え、大きく腕を振り上げた。


「まずい!!」


誰もがそう思った、その瞬間だった。


「──《ガーディアン・プリズン》!」


澄んだ声が響く。


男の子の周囲を透明な光の障壁が包み込んだ。


ドォォォンッ!!


魔獣の腕が障壁へ叩き付けられる。


凄まじい衝撃が辺りを揺らす。


しかし障壁は砕けない。


「防いだ……!?」


騎士たちが驚きの表情を浮かべる。


その隙を逃さず、一つの白い影が駆け抜けた。


「ワオォォン!!」


シロだった。


炎を纏いながら一直線に魔獣へ飛び込む。


鋭い爪が魔獣の横腹を切り裂き、その勢いのまま体当たりを叩き込んだ。


ドンッ!!


巨体が大きくよろめき、数歩後ろへ下がる。


「今だ!」


ヒルメは男の子を抱き上げ、安全な場所へと走る。


「もう大丈夫。」


「お、お姉ちゃん……。」


「怖かったね。」


男の子を母親へ預けると、ヒルメは静かに振り返った。


シロは魔獣と距離を取り、低く唸っている。


全身を覆う瘴気は依然として濃く、黒い靄が絶えず溢れ出していた。


「やっぱり……。」


ヒルメは胸の前で両手を重ねる。


「あの瘴気を何とかしないと……。」


ゆっくりと目を閉じる。


温かな光が身体の奥から溢れ出した。


「──《サンクチュアリ》。」


柔らかな光が大地を駆ける。


その光は魔獣を包む黒紫色の瘴気へ触れ――


ジュゥゥゥッ……


まるで雪が陽の光に溶けるように、瘴気が少しずつ消え始めた。


「なっ……!」


「瘴気が……浄化されている!?」


宮廷魔導師たちが目を見開く。


黒い靄はみるみる薄くなり、魔獣の身体が露わになっていく。


苦しそうな咆哮を上げながら、魔獣は大きくよろめいた。


「グォォォォォッ!!」


その姿を見た騎士団長が剣を掲げる。


「今だ!」


「瘴気が消えたぞ!」


騎士団長の号令が広場中へ響き渡る。


「全隊、一斉攻撃!」


「はっ!」


宮廷魔導師たちが一斉に詠唱を始める。


空に幾重もの魔法陣が展開され、莫大な魔力が収束していく。


「シロ!」


「ワウ!」


ヒルメが声を掛けると、シロは素早くヒルメの元へ駆け戻ってきた。


「もう私たちの役目は終わり。」


「ワウ。」


二人は戦場を振り返る。


瘴気を失った魔獣へ、騎士団が一斉に突撃していく。


「押し切れ!」


「今なら通るぞ!」


無数の魔法と剣撃が魔獣へ叩き込まれ、激しい轟音が広場に響き渡る。


「攻撃が通るようになったが……この魔獣、こんなに強かったか?」


騎士団長は低く呟いた。


「どいていろ」


一人の青年がゆっくり前へ出る。


背中には人の背丈ほどもある大剣。


「レオン様」


「ホーリーブレイブ」


黄金の斬撃が一直線に走る。


魔獣が真っ二つに倒れた


「みんななら大丈夫。」


ヒルメは小さく微笑んだ。


「行こうか。」


「ワウ!」


二人は歓声が上がり始めた広場を背に、人混みへ紛れ込む。


誰もが魔獣の討伐へ視線を向けており、ヒルメたちに気付く者はいない。


しばらく歩くと、ようやく騒ぎも遠くなった。


「ふぅ……。」


ヒルメは小さく息を吐く。


「何とかなって良かった。」


「ワウ。」


シロも安心したように尻尾を振る。


「それにしても……。」


ヒルメのお腹が小さく鳴った。


「……お腹空いた。」


「ワウ!」


「ふふっ、シロも?」


「ワウッ!」


元気よく返事をするシロに、ヒルメは思わず笑ってしまう。


「今日は宿を探して、美味しいもの食べて、ゆっくり休もう。」


「ワウ♪」


二人は再び賑やかな大通りへ戻る。


広場から少し離れると、街の喧騒も次第に落ち着きを取り戻していた。


先ほどまで魔獣が現れていたとは思えないほど、人々は普段通りの生活へ戻っている。


「さすがミラークだね。」


「ワウ?」


「みんな慣れてるっていうか……切り替えが早いなぁって。」


そんな話をしながら歩いていると、一軒の宿屋が目に入った。


木造二階建ての落ち着いた雰囲気の建物。


入口には木製の看板が掛けられ、『旅人の宿 三日月亭』と書かれている。


「ここにしようかな。」


「ワウ。」


扉を開けると、小さな鈴が軽やかな音を鳴らした。


「いらっしゃいませ。」


受付に立っていた女性が笑顔で迎える。


「一泊お願いしたいんですけど。」


「もちろんです。お一人様ですね?」


「はい。あと、この子も一緒なんですけど……。」


ヒルメがシロを見る。


シロは行儀よくお座りをしていた。


「ワウ。」


宿の女性はその姿を見て優しく笑う。


「大丈夫ですよ。ちゃんと躾けられているようですし。」


「ありがとうございます。」


手続きを済ませると、鍵を受け取る。


「夕食でしたら、食堂はまだ開いておりますよ。」


「本当ですか?」


「はい。」


ヒルメはシロと顔を見合わせる。


「ご飯にしよう!」


「ワウッ!」


食堂へ向かうと、焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐる。


テーブルには様々な種族の旅人たちが座り、楽しそうに食事をしていた。


運ばれてきた料理を見て、ヒルメは目を輝かせる。


香ばしく焼かれた肉。


湯気の立つスープ。


焼きたてのパンに、新鮮な野菜のサラダ。


「わぁ……美味しそう。」


「ワウ!」


「シロも食べようね。」


「ワウ♪」


ヒルメは両手を合わせた。


「いただきます。」


一口食べた瞬間、思わず笑みがこぼれる。


「美味しい……。」


旅の疲れが、一気に吹き飛ぶようだった。


シロも夢中になって食事を頬張っている。


「ふふっ、そんなに急いで食べたら喉に詰まるよ。」


「ワフ。」


食事を終え、部屋へ戻る。


窓を開けると、夜のミラークの街には無数の魔法の灯りが浮かび、昼間とはまた違った幻想的な景色が広がっていた。


「明日は、どんな一日になるんだろう。」


ベッドへ腰を下ろし、静かに夜景を眺める。


その足元では、シロが丸くなって気持ち良さそうに眠り始めていた。


「おやすみ、シロ。」


「ワウ……。」


小さな返事を最後に、部屋は静かな寝息に包まれる。


ヒルメもそっと目を閉じ、新たな出会いが待つ明日に思いを馳せながら、ゆっくりと眠りへと落ちていった。


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