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異世界送魂師ヒルメ 〜葬儀社勤務だった私の送魂は、誰にも救えなかった魂を救っていく〜  作者: ケンボー


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24/29

帰る理由

 ◇ ◇ ◇


 帝国を離れ、一人旅を続けて数日。


 アリアナは静かな森の中を歩いていた。


 鳥のさえずりが響き、木漏れ日が地面を優しく照らす。


 人の気配はない。


 聞こえるのは、風が木々を揺らす音だけ。


 旅路は静かだった。


 だからこそ、不意に思い出す。


 ヒルメたちと過ごした、賑やかな日々を。


「……元気にしているかな。」


 自然と口元が緩む。


 ヒルメ。


 シロ。


 フェネクス。


 エリス。


 フレイヤ。


 アテナ。


 短い旅だった。


 それでも、あの時間は不思議と心地よかった。


「まったく……最後まで賑やかな連中だった。」


 苦笑しながら歩みを進める。


 やがて、風が変わる。


 森の奥から流れてくる風は、幼い頃と何一つ変わっていなかった。


 アリアナは静かに一歩を踏み出す。


 故郷は、もう目の前だった。


 ふと、ヒルメたちと過ごした日々が脳裏をよぎる。


 いつも無茶ばかりする少女。


 その度に誰かを救い、誰かのために涙を流していた。


 そんな姿を見ているうちに、いつしか自分も惹かれていたのかもしれない。


「……また、あの旅に戻りたい。」


 思わず漏れた本音に、アリアナは自嘲気味に笑う。


 だが、今は駄目だ。


 今の自分では、ヒルメの隣に立つ資格はない。


 剣を握る手に、自然と力がこもる。


「今の私では……ヒルメを守り切ることはできない。」


 ヒルメの持つ力は、あまりにも特別だった。


 魂を救い、瘴気を祓い、人々に希望を与える力。


 あの力を知れば、必ず狙う者が現れる。


 いや――。


「既に動き始めている者もいるだろう。」


 ドラゴンの墓場で感じた、あの禍々しい気配。


 あれで終わるとは思えない。


 だからこそ。


「私はもっと強くならなければならない。」


 次に再会するその時までに。


 誰にも敗れぬ力を手に入れるために。


 アリアナは決意を胸に、故郷へと足を踏み入れた。


 故郷へ続く道を歩くたび、胸の奥に眠っていた記憶が少しずつ蘇っていく。


 幼い頃、剣を振るった訓練場。


 仲間たちと駆け回った森。


 厳しくも優しかった師の教え。


 どれも昨日のことのように鮮明だった。


「……懐かしいな。」


 自然と頬が緩む。


 そんな時だった。


 ピクリ――。


 アリアナの耳が僅かに動く。


 視線だけを森の奥へ向ける。


 気配が二つ。


 どちらも素早く木々の間を移動している。


 次の瞬間。


「止まれ!」


 鋭い声と共に二本の矢がアリアナの足元へ突き刺さった。


 同時に木の上から二人のエルフが姿を現し、弓を構える。


「それ以上近づけば容赦はしない。」


「名を名乗れ。」


 アリアナは驚く様子もなく、その場で静かに立ち止まる。


 そしてゆっくりとフードを外した。


 長い金色の髪が風になびく。


「私の名は、アリアナ。」


 その一言に、二人のエルフは顔を見合わせる。


「……アリアナ?」


「まさか……。」


 半信半疑のままアリアナの顔を見つめる二人。


 その整った顔立ち。


 透き通るような金色の長い髪。


 そして、他のエルフとは一線を画す神聖な魔力。


 二人の表情が一変した。


「ま……まさか……!」


「アリアナ様……!」


 二人は慌てて弓を下ろし、その場に跪く。


「ご無礼をお許しください!」


「まさか本当に……お戻りになられるとは……!」


 アリアナは静かに首を横へ振った。


「気にするな。」


「見張りとして当然の務めだ。」


 二人は安堵したように顔を上げる。


「王へすぐにご報告いたします!」


「ご案内いたします。どうぞこちらへ。」


 アリアナは小さく頷き、二人の後に続いてエルフの里へと足を踏み入れた。


 重厚な扉がゆっくりと開く。


 広い空間には静寂が広がり、その最奥には一つの玉座。


 玉座に腰掛けるのは、一人の男。


 長い銀髪を後ろで束ね、年月を感じさせる落ち着いた雰囲気を纏っている。


 その黄金の瞳が、静かにアリアナを見据えた。


「……久しいな。」


 低く、それでいて威厳のある声が響く。


 アリアナは片膝をつき、静かに頭を垂れた。


「エルフ王。」


 王はしばらくアリアナを見つめ、やがて小さく息を吐く。


「数百年。」


「一度も帰ることのなかったお前が、自らこの里へ戻ってきた。」


「理由を聞こう。」


 アリアナはゆっくりと立ち上がる。


 王の鋭い視線を真正面から受け止めながら、静かに口を開いた。


「力を貸していただきたい。」


 その言葉に、王の眉が僅かに動く。


「ほう。」


「数百年もの間、この里に姿を見せなかったお前が。」


「帰ってきた理由は、それか。」


 王は肘掛けに肘を置き、静かに問い掛ける。


「何のために力を求める。」


「何を守るためだ。」


 アリアナは迷うことなく答えた。


「守りたい者ができました。」


 王は目を細める。


「……それほどの者なのか。」


「はい。」


「お前が数百年帰らなかった故郷へ戻るほどに。」


「その者は、お前にとって大切な存在なのか。」


「はい。」


「では何故だ。」


「その者は、お前より弱いのか。」


 アリアナは静かに首を横へ振る。


「いいえ。」


「私より遥かに強くなるでしょう。」


「ですが――。」


 一瞬だけ言葉を切る。


「今の私では、その者を守ることはできません。」


 王は黙ったままアリアナを見つめ続ける。


「その者には、人を惹きつける力があります。」


「人だけではありません。」


「必ず、その力を利用しようとする者も現れます。」


「私は、その時に後悔したくない。」


「だから……もっと強くならなければならないのです。」


  王は静かにアリアナを見つめる。


「理由になっておらん。」


「守りたい者ができた。それだけで、お前が数百年もの間帰ることのなかった故郷へ戻るとは思えん。」


「何がお前をそこまで変えた。」


 アリアナは静かに目を閉じる。


 ヒルメと旅をした日々が脳裏を過る。


 初めて出会った時のこと。


 共に戦ったこと。


 命を懸けて仲間を守ろうとした姿。


 そして、あの笑顔。


 ゆっくりと目を開き、王を見据える。


「私は……長い年月を生きてきました。」


「ですが、あの子のような人族には、一度も出会ったことがありませんでした。」


 王は黙って耳を傾ける。


「あの子は、私がエルフだからという理由で距離を置くこともなく。」


「利用しようとすることもなく。」


「ただ、一人の仲間として私を受け入れてくれました。」


「共に笑い。」


「共に怒り。」


「命を預け、命を救おうとしてくれた。」


「そんなことは……私にとって初めてだったのです。」


 王は小さく息を吐く。


「人族が……。」


「俄かには信じ難い話だ。」


「我らエルフと人族は、長き時を互いに警戒し、距離を置いてきた。」


「その人族が、お前を何の偏見もなく受け入れたというのか。」


「はい。」


「だから私は知りました。」


「種族ではなく、人を見る者がいるということを。」


「私は、あの子に教えられました。」


「誰を信じるべきかではなく、誰を信じたいかを。」


 玉座の間が静寂に包まれる。


 アリアナは胸の前で拳を握る。


「だから私は強くなりたい。」


「今度は私が、あの子を守れるようになるために。」


「もし……。」


 そこで一度言葉を切る。


「もし誰かが、あの子の力を利用しようとするのであれば。」


「私はその前に立ちはだかります。」


「相手が誰であろうと。」


「エルフであろうと、人族であろうと。」


「私は、あの子を守ります。」


 王は静かに目を閉じた。


 その表情からは、何を考えているのか読み取ることはできなかった。


 王は静かに目を閉じた。


 その表情からは、何を考えているのか読み取ることはできなかった。


 やがて、ゆっくりと口を開く。


「一人の人族のために。」


「そこまで言い切るか。」


「はい。」


「……では、問おう。」


 王の黄金の瞳が鋭く光る。


「もし、その娘の力を我らエルフが必要としたらどうする。」


「その力が種族の繁栄に繋がるとしても。」


「その娘に犠牲になってもらうと決まったとしても。」


 アリアナは一切迷わなかった。


「断ります。」


 即答だった。


「私は、そのようなことをさせるために帰ってきたのではありません。」


「あの子を守る力を得るために帰ってきたのです。」


 王はなおも問いを重ねる。


「相手がエルフであってもか。」


「はい。」


「王である私の命であっても。」


 アリアナは真っ直ぐ王を見据えた。


「従えません。」


「私にとって、あの子は恩人です。」


「初めて種族ではなく、一人の私として向き合ってくれた。」


「その恩を裏切るくらいなら――。」


 一度言葉を切り、静かに息を吸う。


「私はエルフであることを捨てます。」


「里を追放されようと。」


「王に刃を向けることになろうと。」


「私は、あの子を守ります。」


 玉座の間に重い沈黙が流れた。


 王はアリアナを見据えたまま、微動だにしない。


 やがて、小さく息を吐く。


「……そこまでの覚悟か。」


 王は静かにアリアナを見つめる。


「……その覚悟が本物かどうか。」


「それを決めるのは私ではない。」


 王はゆっくりと立ち上がる。


「お前は力を求め、この里へ帰ってきた。」


「ならば、王として一つだけ許可を与えよう。」


 アリアナは黙って耳を傾ける。


「世界樹の地下迷宮。」


「エルフ王の許可なく立ち入ることを禁じられた聖域だ。」


「数多の戦士が挑み、そのまま命を落とした。」


「生きて帰れる保証はない。」


「それでも行くか。」


 アリアナは迷うことなく答えた。


「はい。」


「構いません。」


「私には、強くならなければならない理由があります。」


 王は静かに頷く。


「ならば行くがいい。」


「お前が求める力が、その先にあるかは分からぬ。」


「だが、その資格があるかどうかは、世界樹が決めるだろう。」


 アリアナは深く一礼した。


「ありがとうございます。」


 王は背を向け、静かに言葉を残す。


「必ず、生きて帰ってこい。」


「それが、お前に与える唯一の命令だ。」


 アリアナは王の間を後にした。


 扉が静かに閉まり、長い廊下へと足を踏み出す。


「世界樹の地下迷宮……。」


 幼い頃、その名だけは何度も耳にしていた。


 だが、その姿を見た者はほとんどいない。


 挑んだ者の多くは帰らず。


 帰ってきた者も、その中で何を見たのかを語ることはなかったという。


「望むところだ。」


 アリアナは静かに歩き続ける。


 その時。


「アリアナ様。」


 背後から声が掛かった。


 振り返ると、一人の女性エルフが立っていた。


 長い銀髪を揺らしながら、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。


「本当に……アリアナ様なのですね。」


 アリアナは目を細める。


「……リリアか。」


 女性は嬉しそうに微笑む。


「はい。お久しぶりです。」


「数百年ぶりになりますね。」


 アリアナは小さく頷いた。


「ああ。」


「随分と立派になったな。」


 リリアは少し照れたように笑う。


「アリアナ様ほどではありません。」


「皆、戻られる日を待っていました。」


「そうか。」


 短く返すアリアナ。


 その様子にリリアは少しだけ寂しそうに笑った。


「……これから世界樹の地下迷宮へ向かわれるのですか。」


「ああ。」


「王から許可をいただいた。」


 その言葉を聞いた瞬間、リリアの表情が強張る。


「まさか……。」


「本気なのですね。」


「危険です。」


「これまで何人もの戦士が挑み、命を落としています。」


 アリアナは静かに微笑んだ。


「だからこそ行く。」


「強くならなければならない理由がある。」


 リリアはその瞳を見つめ、何も言えなくなった。


 その決意が、決して揺るがないことを理解したからだ。


「……ご武運を。」


「ああ。」


 短く答えると、アリアナは再び歩き始めた。


 その先にそびえ立つ世界樹を見上げながら。


 巨大な世界樹の根元には、ぽっかりと口を開けた暗い入口があった。


 世界樹の地下迷宮。


 エルフ王の許可なく立ち入ることを禁じられた聖域。


 アリアナは入口の前で足を止める。


 静かに剣へと手を添え、深く息を吐いた。


「待っていてくれ、ヒルメ。」


「次に会う時は。」


「今よりもっと強くなった私で、お前の隣に立とう。」


 そう呟くと、一歩。


 そしてまた一歩。


 アリアナの姿は闇の中へと消えていく。


 その背中に迷いはなかった。


 必ず強くなって帰る。


 その決意だけを胸に、アリアナは世界樹の地下迷宮へと足を踏み入れた。

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