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異世界送魂師ヒルメ 〜葬儀社勤務だった私の送魂は、誰にも救えなかった魂を救っていく〜  作者: ケンボー


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22/29

命を懸けた願い

指先が、蒼く輝く霊石へ触れた。


 その瞬間――。


 カッ――――!!


 霊石が眩い蒼い光を放つ。


 あまりの輝きに、フェネクスは思わず目を閉じた。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 広間全体が大きく揺れ始める。


 祭壇を囲んでいた白い浄火が、一斉に燃え上がった。


 ゴォォォォォッ!!


 天井へ届くほどの白い炎が渦を巻き、広間全体を包み込む。


 女性は静かにその光景を見つめていた。


「始まりましたか……。」


 白い炎は、まるで意思を持つかのようにフェネクスへ向かって集まり始める。


「っ……!」


 次の瞬間。


 轟音と共に白い浄火がフェネクスを飲み込んだ。


「きゃあぁぁぁぁっ!!」


 全身を焼き尽くす激痛。


 だが、それは先ほどまでとは違っていた。


 焼かれる感覚ではない。


 身体の奥へ。


 魂の奥深くへ。


 白い炎が流れ込んでくる。


「な、に……これ……。」


 苦しみに震えながらも、フェネクスは霊石から手を離さない。


 ゴォォォォォッ!!


 白い浄火は勢いを増し、次々とフェネクスの身体へ吸い込まれていく。


 やがて。


 燃え盛っていた浄火は、一筋残らずフェネクスの身体へ消えていった。


 広間を満たしていた炎は跡形もなく消え去る。


 残されたのは。


 蒼く輝く霊石と。


 それを握り締めたまま立ち尽くすフェネクスだけだった。


 フェネクスは霊石を握り締めたまま膝をつく。


 身体は限界だった。


 焼け爛れた傷は残ったまま。


 呼吸は乱れ、視界は霞む。


 それでも口元には、小さな笑みが浮かんでいた。


フェネクスは霊石を胸に抱き締めた。


「母上……。」


 安堵したように小さく微笑む。


 その瞬間。


 全身から力が抜けた。


 ガクッ――。


 膝をつき、そのまま前へ倒れ込む。


「フェネクス。」


 女性の静かな声が響いた。


 「目を覚ましてください。」


「……っ。」


 フェネクスはゆっくりと目を開いた。


 ぼやけていた視界が、少しずつ鮮明になっていく。


 見慣れた石造りの天井。


 静まり返った広間。


 そして。


「目が覚めましたか。」


 穏やかな女性の声が耳へ届いた。


 フェネクスはゆっくりと身体を起こそうとする。


「うっ……。」


 全身へ鈍い痛みが走る。


 思わず顔をしかめながらも、何とか上半身を起こした。


 女性は静かに微笑んでいる。


「無理をする必要はありません。」


「試練は、終わっています。」


 フェネクスは息を整えながら周囲を見回した。


 あれほど燃え盛っていた浄火は、もうどこにもない。


 広間は静寂に包まれていた。


 そして。


「……霊石。」


 右手には、蒼く輝く霊石がしっかりと握られていた。


 フェネクスはそれを見つめ、小さく息を吐く。


「……取れたんだ。」


フェネクスは霊石を胸へ抱き寄せた。


 瞳には、安堵と喜びが浮かんでいる。


「母上……。」


「これで……助けられる。」


 その小さな呟きを聞き、女性は静かに頷いた。


「あなたは最後まで歩みを止めませんでした。」


「どれほど苦しくとも。」


「どれほど恐ろしくとも。」


「決して、大切な者を見捨てなかった。」


 フェネクスは静かに女性を見つめる。


 女性は穏やかな微笑みを浮かべた。


「その心が、この霊石をあなたへ託したのです。」


 フェネクスは何も答えなかった。


 ただ、大切そうに霊石を抱きしめる。


「急がなくては……。」


 母が待っている。


 今、この瞬間も。


 その想いだけが、フェネクスの胸を強く満たしていた。


女性は静かに微笑んだ。


「霊石はあなたの手に渡りました。」


「ここから先は、ご自身の足でお戻りください。」


 フェネクスは小さく頷く。


「……はい。」


 霊石を抱き締めながら神殿を後にする。


 山道は静かだった。


 一歩。


 また一歩。


 母の待つ里へ。


 その想いだけを胸に歩き続ける。


 しかし。


「はぁ……はぁ……。」


 足が重い。


 視界が滲む。


 今まで気力だけで動いていた身体が、限界を迎えようとしていた。


「もう少し……。」


「あと少しで……。」


 足を踏み出した、その瞬間。


 ガクッ――。


 膝から崩れ落ちる。


 霊石だけは胸へ抱き締めたまま。


 そのまま意識は暗闇へ沈んでいった。


ガクッ――。


フェネクスの身体は力尽きるように地面へ崩れ落ちた。


それでも。


胸に抱いた霊石だけは、決して離さなかった。


霞んでいく視界。


遠ざかる意識。


(母上……。)


(間に合って……。)


その願いを最後に。


フェネクスの意識は、静かに暗闇へと沈んでいった――。


――幼い頃。


『フェネクス。』


 優しく頭を撫でてくれる母。


『あなたは私の誇りよ。』


 温かな笑顔。


『どんな時も、あなたらしく生きなさい。』


 幼いフェネクスは、嬉しそうに頷いた。


『はい、お母様。』


 景色が滲む。


 母の笑顔が、少しずつ遠ざかっていく。


「お母様……。」


 伸ばした手は届かない。


 暗闇が全てを飲み込もうとした


 ◇ ◇ ◇


 神殿の麓。


 ヒルメたちは、固唾を呑んで山頂を見つめていた。


 風が吹き抜ける。


 だが、誰一人として口を開かない。


 重苦しい沈黙だけが流れていた。


 シロも落ち着かない様子で山の方を見つめ、低く鼻を鳴らしている。


「フェネクス様……。」


 琥珀は胸の前で両手を強く握り締めた。


 不安を押し殺すように唇を噛み締める。


 そして。


「……もう待てません。」


 意を決したように一歩前へ踏み出した。


「私も行きます。」


 その言葉に、その場の視線が一斉に琥珀へ向けられる。


「フェネクス様は、お一人で試練へ挑んでいるんです。」


「このまま何もできずに待っているなんて……私にはできません!」


 山へ向かおうとした、その時。


「琥珀。」


 穏やかな声が響いた。


 琥珀は足を止める。


 振り返ると、フェネクスの母が静かに立っていた。


「お母様……。」


 母はゆっくりと琥珀のもとへ歩み寄る。


「あなたの気持ちは、とても嬉しいです。」


「ですが。」


「これは、あの子が自ら選んだ試練。」


「誰も代わることはできません。」


 琥珀は俯いた。


「でも……。」


「もし、フェネクス様に何かあったら……。」


 声が震える。


 フェネクスの母は、優しく微笑んだ。


「信じましょう。」


「あの子は必ず帰ってきます。」


「私は、あの子の母ですから。」


 その言葉には、不思議と揺るぎない力があった。


 ヒルメも静かに山を見つめる。


「私も……今すぐ助けに行きたい。」


 その一言に、皆がヒルメを見る。


「でも。」


「フェネクスちゃんは約束した。」


「必ず帰ってくるって。」


 ヒルメは小さく笑う。


「だから私は、その約束を信じる。」


 琥珀は再び山を見上げた。


 祈るように胸の前で手を組み、小さく目を閉じる。


「フェネクス様……。」


「どうか、ご無事で。」


◇ ◇ ◇


 どれほどの時間が経ったのだろう。


 頬を撫でる風の冷たさに、フェネクスの指先が微かに動いた。


「……ぅ。」


 ゆっくりと瞼が震える。


 重たい身体を起こそうとするが、思うように力が入らない。


「ここは……。」


 霞んだ視界の先には、見覚えのある山道。


 胸には、しっかりと霊石が抱かれていた。


 フェネクスは安堵したように、それを抱き寄せる。


「……よかった。」


 だが、立ち上がろうとした瞬間。


 全身に激しい痛みが走る。


「っ……!」


 思わずその場に手をつく。


 身体は限界だった。


 それでも。


「帰らなきゃ……。」


 母が待っている。


 その想いだけを支えに、フェネクスはゆっくりと立ち上がった。


 フェネクスは震える腕で地面を押し、ゆっくりと身体を起こした。


「……っ。」


 全身が悲鳴を上げる。


 立ち上がるだけで息が切れ、膝は今にも崩れ落ちそうだった。


 それでも。


 胸へ抱いた霊石だけは、決して離さない。


「帰らなきゃ……。」


 母が待っている。


 その想いだけが、身体を動かしていた。


 ふらつきながら一歩踏み出す。


 また一歩。


 山道をゆっくりと歩き始める。


 しかし。


 数歩進んだところで、不意に足が止まった。


「……あ。」


 力が入らない。


 視界が揺れる。


 霊石を抱き締めたまま、その場へ膝をつく。


「まだ……。」


 帰らなければならない。


 そう思うのに、身体は言うことを聞かなかった。


 その時だった。


 遠くから、誰かの足音が聞こえた。


 カサッ――。


 落ち葉を踏む音が、静かな山道へ響く。


 フェネクスは霞む視界の中、ゆっくりと顔を上げた。


 「帰らなきゃ……。」


 母が待っている。


 その想いだけを支えに、フェネクスはゆっくりと立ち上がった。


 一歩。


 また一歩。


 足を踏み出すたび、全身へ鈍い痛みが走る。


 呼吸は乱れ、視界も霞んでいた。


 それでも立ち止まらない。


 胸へ抱いた霊石だけは、決して離さなかった。


 山道を、ただひたすら歩き続ける。


 木々の隙間から差し込む陽の光が、少しずつ傾き始めていた。


 どれほど歩いただろうか。


 重くなった瞼を何度も開きながら、それでもフェネクスは前だけを見つめる。


「もう少し……。」


「あと少しだから……。」


 山道を抜ける。


 見慣れた景色が、少しずつ視界へ広がっていく。


「……帰って、きた。」


 掠れた声が漏れる。


 遠くには、霊獣族の里が見えていた。


 もうすぐだ。


 あと少し歩けば、皆のもとへ辿り着ける。


 だが。


 身体は、とっくに限界を超えていた。


 足は震え。


 呼吸は乱れ。


 意識も何度も途切れそうになる。


 それでもフェネクスは歩みを止めない。


「母上……。」


 その一言だけを胸に。


 杖を支えに、一歩ずつ前へ進み続けた。


 里の入口。


 琥珀は落ち着かない様子で、何度も山道の方を見つめていた。


「まだ……。」


 胸の前で手を握り締める。


 待っているだけしかできない自分が、もどかしかった。


 何度も歩き回り、立ち止まり、また山を見上げる。


「フェネクス様……。」


 その時だった。


 山道の向こうに、小さな人影が見えた。


「……え?」


 目を凝らす。


 杖を支えに、一歩ずつこちらへ歩いてくる小柄な姿。


 胸には、大切そうに抱き締められた蒼い霊石。


 琥珀の瞳が大きく見開かれた。


 琥珀は全力で駆け出した。


「フェネクス様!」


 その声に反応するように、フェネクスはゆっくりと顔を上げる。


「……琥珀。」


 かすれた声だった。


 それでも、その口元には小さな笑みが浮かんでいる。


 琥珀はフェネクスの前で立ち止まり、その姿を見て息を呑んだ。


「そんな……。」


 全身は傷だらけ。


 服も焼け焦げ、足元は血で赤く染まっている。


 今にも倒れそうなほど弱り切っていた。


 それでも。


 フェネクスは霊石だけは大切そうに胸へ抱いていた。


「……取って、きたよ。」


 震える手で霊石を少しだけ持ち上げる。


「これで……母上を助けられる。」


 その言葉を聞いた瞬間。


 琥珀の瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。


「フェネクス様……!」


 琥珀は思わずフェネクスを支える。


 フェネクスは力なく笑った。


「ただいま。」


 琥珀は震える手でフェネクスの身体を支えた。


「フェネクス様!」


 その声に反応するように、ヒルメたちも一斉に駆け寄る。


「フェネクスちゃん!」


 ヒルメは慌てて膝をつき、フェネクスの顔を覗き込んだ。


「大丈夫!?」


 フェネクスは苦しそうに息を整えながら、小さく笑う。


「……ただいま。」


 その一言だけで十分だった。


 ヒルメは安堵したように笑みを浮かべる。


「おかえり。」


 シロも嬉しそうに駆け寄り、フェネクスへ身体を擦り寄せた。


「ワウッ!」


 今度はいつものシロだった。


 フェネクスは震える手でシロの頭を優しく撫でる。


「ふふっ……。」


「ただいま、シロ。」


 その様子を見ていたフェネクスの母も、ゆっくりと歩み寄る。


 娘の傷だらけの姿を見た瞬間、小さく息を呑んだ。


「フェネクス……。」


 フェネクスは母へ視線を向ける。


 そして、震える腕で胸元を抱き寄せた。


「母上。」


 ゆっくりと両手を開く。


 そこには、蒼く輝く霊石が静かに光を放っていた。


「……取ってきました。」


 その言葉を聞いた瞬間。


 母の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。


「よく……。」


「本当によく頑張りましたね。」


 フェネクスは安心したように微笑む。


 

 フェネクスは霊石をヒルメへ差し出した。


「ヒルメちゃん……お願い。」


「母上を……助けて。」


 ヒルメは霊石を両手で受け取った。


 その瞬間。


「……!」


 膨大な魔力が手のひらから全身へ流れ込む。


(すごい……。)


(これが霊石……。)


 まるで命そのものを握っているような力だった。


 ヒルメは静かにフェネクスの母を見つめる。


 呼吸は弱く、今にも消えてしまいそうだ。


「急ごう。」


 霊石を両手で胸の前に掲げる。


 深く息を吸い込む。


 皆が息を呑んで見守る中、ヒルメは静かに目を閉じた。


「……始めます。」


 ヒルメは霊石を高く掲げる。


「天より降りし神聖なる光よ。」


「穢れを祓い。」


「禍を断ち。」


「呪縛を打ち砕け。」


「蝕まれし命をあるべき姿へ導き。」


「失われし生命の輝きを呼び覚ませ。」


「我が祈りと、この霊石の神威をもって。」


「今ここに、浄化の奇跡を顕現せよ。」


「──《ディヴァイン・ピュリフィケーション》」


 次の瞬間。


 霊石が眩い蒼白い光を放った。


「きゃっ……!」


 膨大な魔力が一気にヒルメの身体へ流れ込む。


「うぅっ……!」


 思わず膝が震えた。


 あまりにも強大な力。


 霊石の魔力が暴れるように全身を駆け巡る。


(すごい……。)


(これが霊石の力……!)


 腕が震える。


 光が激しく脈打ち、今にも制御を失いそうになる。


「うぅぅっ……!」


 歯を食いしばる。


 押し返されそうになる意識。


 それでも両手は決して霊石を離さない。


(負けない……。)


(フェネクスちゃんが命懸けで繋いでくれた希望なんだから……!)


「お願い……!」


  ヒルメは霊石を強く握り締めた。


(負けない……。)


(フェネクスちゃんが命懸けで繋いでくれた希望なんだから……!)


「お願い……!」


 霊石が一際強く輝いた。


 眩い蒼白い光が天へと立ち昇る。


 次の瞬間――。


 光は奔流となり、フェネクスの母を包み込んだ。


 誰も声を上げることができない。


 ただ、その奇跡を見守ることしかできなかった。


 神々しい光は、なおも溢れ続ける――。

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